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魔剣アロンダイト、いざ参る!  作者: はたらかない
グレイハウンド辺境にて
11/37

10 魔剣、暗い森のなかで夜を明かす



 ひと晩過ぎて。

 旅装に身を包んだ三人とダイトを、クノハハは見送る。

 エルフの里からはやはり、猛反発があったが、ブリューナクの言葉という事で、彼らは渋々矛先を納めた。だが、強硬派が出るとも限らないということで、明朝すぐに出立することにして、メアリリ、ストロロ、サムタウそれぞれに準備を取り急ぎ行うようにクノハハは言い含めていた。

 エルフの里はグノーグの相当入り組んだ奥地にあったらしく、うねうねと曲がりくねった道を何度か行って、ようやくエルフの里とグノーグとの境界まで出る事が出来た。

 しかし、出立は生憎と快晴ではなく、薄い霧雨が立ち込めていた。その為、全員の装いは肌を晒さないローブ姿であった。


「ストロロ、サムタウ。メアリリとブリューナク様を頼んだぞ」

「はい!」

「わかりました!」


 サムタウとメアリリはそれぞれ胸に手を当て、元気よく応えた。

 メアリリは続くクノハハの諫言(かんげん)に唇を尖らせる。


「メアリリ、お主はブリューナク様を担う巫女として、くれぐれも巫山戯(ふざけ)た行動を取らぬようにな」

「わかってますぅー!」


「どうだか……」

「それよりも、ばーちゃんの方こそ、わたしが居なくなって張り合いなくして勝手におっ()んだりしないでよ?」


「あたしゃ、あんたがどこかで悪さしてないかが不安で、ストレスで死ぬ方があると思うがね」


 出立際でも、メアリリとクノハハは、変わらず減らず口を叩き合っていた。

 その様子を見ていたダイトは、懐かしい気持ちになって、目を細めていた。


 ――こういう光景は、何度もあったなあ。


 ダイトは、在りし日の魔剣使い逹を幻視する。

 (いくさ)に臨む前に、こういった軽口を叩き合って、互いを励ましていたあの頃。明日帰ることがないかもしれない戦いの中、こうして己を確かめ合って、気持ちを奮い立たせていた。それに魔剣とか人だとかの垣根はなく、お互いがお互い饒舌になり、くだらない事を笑い飛ばしたものだった。

 今では多くの魔剣は滅び、覚醒(めざ)める事もない眠りに着いたものもいたが、それでも、彼らが作った未来はしっかりと今、息づいている。

 それはどんなに嬉しいことか。


 ダイトは、メアリリ、ストロロ、サムタウと旅路をともにしながら、感慨に耽っていた。




*-*-*-*




 薄暗い深緑。国を別つまでの大森林と化したグノーグの森の常がそれであった。

 あまねくすべての生命に対して過酷なこの森では、いついかなる時でも油断することはできない。何故なら、多くの森の狩人達が引きも切らず獲物を探しているからだ。飢えた腹を満たすために、森の狩人達は牙を研ぎながら、獲物の気が逸れるのを今か今かと待ち望んでいる。

 宵闇のような昏さの中で光る金色の瞳が、獲物の疲労を捉えてその喉笛を噛みちぎらんと四肢にちからを入れた時――


 ごとりと、音が鳴った。


 獣は何の音か、判断がつかなかった。それよりも、自分の視界が地に伏していることに疑問を覚えて。

 やがて自分が斬られた(・・・・)と認識した時、その金色の瞳からすっと生気が喪われる。


「ふう。やっぱり人が多くなると、狙ってくる獣達も多くなるね」


 森に潜って四日目となる。霧雨はすっかりと鳴りを潜め、じめっとした空気が辺りに漂っている。

 グノーグを進む一行の中、突如として姿を眩ませたダイトは、剣に付着した血を払いながら納刀する。

 連れ立っていたエルフ三人は慣れたもので、「ああ、またなにか見つけて倒したんだな」と勝手に納得していた。


「なにが居た?」


 ダイトが出てきた先に向かったサムタウにストロロは問うた。彼女の知覚出来る範囲には、獣や魔物の気配など伺えなかった。そんな中で、ダイトは易易と獣を見つけて瞬間的に屠ってみせた事に、彼女は恐怖を隠せないでいた。しかし、ダイトには獣の判別がつかない為に、肩を竦めるだけしか出来ず、代わりに自分が出てきた茂みの向こうに顎を向けた。


「うわ……フォレスト・ジャガーじゃん……」


 こういう時に行動が早いのはサムタウであった。彼は茂みの向こうに居た首なしの大きな豹に青褪めた顔でつぶやきを漏らした。

 それは森の狩人という異名さえある、森を友とするエルフでも手を焼く獣であった。

 柔軟な筋肉を有しており、その身体はどこまでも(しな)やかで、煩雑な森の中を一瞬の内に駆け抜けてその強い顎の力で敵の喉笛を噛み千切る、人族では犠牲を伴うのが前提とさえ言われた化け物だ。

 だが、それ以上のダイト(ばけもの)がいとも簡単に狩ってみせたことに、ストロロとサムタウは背筋に冷たいものを感じていた。


「へー、ダイトくんすごーい!」


 一方、メアリリはただ無垢な賞賛をダイトに対して向けていた。巫女として育てられてきた彼女にとって、この獣の脅威はイマイチぴんと来ないらしい。

 ストロロはその事に対して何か言及しようとしたが、おそらくはこの能天気には通じないだろうと考えて頭を振って心の内に留めた。

 ダイトはありがとう、と素直に礼を述べながら、難しい顔をして圧倒的なまでの緑を睨んだ。


「こいつの縄張りなんて通ったっけな……。サムタウ、ストロロ、道外れてるなんてことはない?」

「いや、大丈夫ですよダイトさん。間違いなく森の外へ、グレイハウンド領に向かって進んでいるはずです」

「サムタウが言うと信用ならないけど、方位磁針(コンパス)が示す通りには進めているはずよ」


 ストロロは紐で吊った方位磁石を摘んで見せて、方角を確かめた。やはり間違いはなく、南西の方向へ歩を進めている。


「結構適当に走ってたから縄張りに掠らなかったのかな。まあいいか」


 頬を掻きながら、納刀したアロンダイト(じぶん)を抜刀しやすい収まりの良い位置に動かしながら、ダイトはぼやいた。


「一体どんな探索の仕方してたんスか……」

「聞くだけ無駄だ、サムタウ。そいつに常識は通じない」


 サムタウが恐ろしいものを見る目でダイトを見たが、ストロロは冷たく切って捨てると、懐に方位磁石を戻して、短刀で樹に傷をつけた。

 これは既に通ったという意味合いでストロロが個人で着けているものだ。ダイトだけが唯一その行動に感心したように頷いている。


「さてと、そろそろ夜が更けてきたことだし、フォレスト・ジャガー(こいつ)で食事にしようか」


 ダイトは途中寄った街から買った剥ぎ取り用のナイフや香辛料などを取り出して、フォレスト・ジャガーの解体に努める。

 肉食の動物は肉が異様な臭みが出てまずいが、魔物とカテゴライズされているフォレスト・ジャガーはそういった肉食獣の独特な臭みはなく、筋張ってはいるが食べられない程ではない代物ではない。エルフの里を探って五日のうちに食した生物のうちに、フォレスト・ジャガーは含まれており、可食出来ることを事前に知っていた為、その行動ははやかった。

 エルフ三人も難色を示すことなくそれに従う。

 何故なら、いくらか保存食を持たされたといっても、携帯するには限度というものがある。既に何食かを残して平らげてしまっており、食事事情は世知辛いものとなっていた為、抵抗はなかった。




*--*--*--*




 野宿において火の番は重要だ。

 生物は必ず睡眠を摂らなければならず、睡眠を欠かせば様々な不調を身体は起こしてしまう。

 しかし、ダイトは人という枠組みを外れた存在。『魔剣』である彼は、睡眠を必要としなかった。故に、火の番を彼は買って出ていた。


 けれども、それを良しとしないものがいる。ストロロだ。

 生真面目な彼女はまだダイトに対して一定の敵愾心を抱いており、いつ自分らに累を及ぼすかわかったものではないから、神経を尖らせていた。勿論、抵抗しきれるとは思ってはいない。ただ単に、彼女の中の負けず嫌いがそれっぽい理由をつけて、彼を一方的に嫌っているだけだ。

 ちなみに、サムタウだが安心して寝入っている。あれは楽が出来ればなんでも良いと考えている節がある為、恐らくはその思考に基づいての行動だろう。


「今日も起きているつもりなのかい?」


 アロンダイトを肩に抱いて、火を絶やさぬように乾いた木の枝を放り投げるダイト。魔法で着けた炎とはいえ、一度発現したものは燃えるものがなければたちまち消えてしまう。こうして乾いた木をくべて、常に火を絶やさないように務めるのも火の番の立派な役目だ。

 そんな余裕があるダイトに対して、ストロロは不快げに双眸を細めると、 


「ああ。貴様が、不埒なことをしないかを見張る為にな」


 くちを尖らせて、ストロロは言う。こじんまりと、可愛らしく膝を抱えて、ダイトを睨んではいるが、そこに粗暴さは見られない。何とも言えない小動物のような可愛らしさをダイトはストロロから感じていた。

 ややあって、「ああ」と認識を改めたダイトはアロンダイトを持ち上げながら、ストロロに告げる。


「言っておくけど、ぼくの本質は魔剣だよ。人を愛しいとおもっても、性的に見る事はない」


「その言葉を信用出来る程の信頼をまだ得ていないと考えてくれれば、わかるか?」


「左様で」


 ダイトは肩を竦めて笑うと、押し黙った。

 光の()さない宵闇の森で、揺らめく炎がストロロの麗しい顔を照らす。

 肩口で切りそろえた短髪(ショート)が揺れて、絹糸のような金糸が僅かな赤光を帯びる。

 きりりと持ち上げられた碧眼の眼差しは、相変わらずダイトをじっと睨みつけて離さない。

 ダイトはやれやれといった様子で嘆息するが、何も言わない。


 重い、沈黙が流れる。

 ばちばちと火が爆ぜる音だけがこだまする。

 時折、獣の雄叫びや鳥が羽撃(はばた)く音が聞こえるが、ふたりは動じずにダイトは火を、ストロロはダイトに視線を釘付けにしたままだ。

 そんな中。ふと、彼女は口を()いて、言葉をつむいだ。


「貴様は、どうして眠っていた?」


 それは彼女の中で、大いに疑問になっていた事だった。

 アロンダイトを駆る少年。魔性に魅入られた血の通わぬ青白いの肌をした魔剣の担い手。

 ダイトの語る通りならば、彼は魔剣の、聖遺物(レリック)という五光神杖(ブリューナク)とさして変わらぬ英傑のひとりとして数えられる筈だが、彼はブリューナクのように人族を導く事なくただ眠りこけていた。


 それは、真面目さを取り柄とするストロロには度し難い怠慢にみえた。

 だから、彼女はおもったことをついくちにしてしまった。

 四日に及ぶ監視生活に変化が訪れたことに、素直に驚きが隠せないでいたダイトは、すこしして落ち着くと、その問いを噛みしめるようにして飲み込み、返答した。


「そうだね。色々理由があるけれども、"疲れた"が一番の理由かな」


 ダイトは枝を折って、火に投げ入れる。

 たちまち火が移って、ぱちぱちと爆ぜる音とともに燃え上がる。


「"疲れた"?そんな、軟弱な理由で貴様は今まで眠っていたのか」


 ストロロの声に、険のあるものが宿る。

 言うに事欠いて、そんな自堕落な理由で彼は眠りについたというのか。内心で、燻っていた嫉妬の炎が大きくなるのを感じた。

 そんなストロロの変化を感じて居たが、彼は構わずに告げる。


「そうだよ。人の生死(いきしに)戦友(まけん)の別れ。そして、斬ってきた亞人の怨嗟。空白の歴史(あのころ)の戦争は、そういったもので満ち溢れてて、臆病なぼくはいつしか、疲れてしまっていたんだ。ひととは違うとは言え、魔剣であるぼくにも出来る事と出来ない事はある」


 自分に言い聞かせるように言うと、ダイトは瞑目する。

 浮かぶのは、凄惨な情景。血と糞尿が入り混じった戦場の臭い。砕かれる戦友。魔剣の使い手が力及ばず、亞人達にその場に磔にされて殺される光景。昨日隣で笑っていた友が、気付けばいなくなっていた寂寥感。

 そういった思いが走馬灯のように明滅して、彼の瞼の裏によみがえる。

 とても、そう、とても気怠けに嘆息とともに呟かれたその言葉は、どこか言いようのない圧力に満ちていて、思わずストロロはくちを真一文字に噤んでしまった。


「ぼくは聖遺物(レリック)の中で変わり種でね、『何かを失う』ことにすごく臆病だった。『魔王』と戦う時も、失うものの恐ろしさに震えたものさ。自分のちからに向き合って、出来ることと出来ない事を取捨して、その中に大切な戦友(とも)が居たりして……そう言った判断の連続に、ぼくはいつしか疲れてしまっていたんだ」


 彼は手を灯る火に向かって、手を翳した。まだ、剣に塗れていない手。だが、その中には多くの血と失われた生命が渦巻いていた。


「……まるで、人のようだな」


 ストロロは責めるような口調ではなく、どこか気遣わしげな声でつぶやきを漏らした。

 ダイトはそんなストロロに対して視線を上げて答えると、続きを待った。


「人族は、失うことを極度に恐れる。物だったり、友だったり、家族だったり。貴様には、それが居て――そして、居なくなったのだな」


 僅かな慈愛の色を宿した目で、彼女はダイトを見た。

 彼女はすくない旅路の中、ダイトを『万事動じずに解決する超然としている』と認識していた。それは自分の理想像であり、それを平然と熟すダイトに彼女は嫉妬していた。

 僅かに伏せられた睫毛が、焚き火に照らされて赤く色づく。麗しい輪郭の顎を引いて、彼女はダイトから視線を落とした。


「そう――そしてまた、それが繰り返されようとしている。だからぼくは、みんなが作ったこの平穏な世を護るために、ぼく自身のちからを振るうことは惜しむつもりはないよ」


 ダイトは翳した手をぎゅっと握りしめて、胸に掻き抱く。

 それは彼なりの断固たる決意(デタミネーション)であった。

 ストロロは視線をあげてその様子を見ると、彼女は素直に頭を垂れた。


「すまない。先の言葉を取り下げたい。非礼を詫たい」

「いや、いいよ。結局、眠っていたのは事実さ。脅威が迫ってようやく目を開けるくらいの寝坊助だからね」


 ダイトは苦笑しながら、頬を掻いた。


「そうか。ありがとう。どれ、私も眠らせてもらおうか」

「監視役はいいのかい?」


 意地悪っぽくダイトはとぼけるが、ストロロは苦笑してそれに応じる。


「サムタウであるなら必要かもしれないが、おまえなら必要なさそうだ」


 ストロロはダイトに向かって手を振ると、川の字になって眠るメアリリ達の方に近づき、身体を横たえた。

 やがてすぐにちいさな寝息が聞こえてくる。

 ダイトはそれを見守ると、鬱蒼と茂る森を見上げた。


「そうだね。ぼくはうじうじ悩む、臆病者」


 どこか儚げな表情で見つめながら、ダイトはこぼす。

 自分は人から生まれた訳じゃない。亞人から生じたひと振りで、独りよがりだった亞人の『道義』に同調して、人に牙を剥いた愚か者だ。悔いても、奪ってきた生命が帰ってくるわけでもない。人と魔の恩讐を多く喰らい、そして人の子(このからだ)も喰らってきた自分に出来ることと言えば、災厄(まおう)を打ち払うことだけ。


「きみ達のように快活には生きられそうにないよ」


 かつての戦争を生き残った聖遺物(とも)達を思って。彼は一夜を過ごす。

 どこまでも昏い夜は、いつしか耽っていった。



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