フィフスグラウンド・オンライン10
一瞬の内に2機は2つの火球と、破片となって、空に散り、海へと墜ちて行く。
それは2人のプレイヤーが死んだと言う証明であっただろう。
そして残響と共に轟く爆音が、これが現実なのだと否応にも知らせてくる。
「くそっ!
あの馬鹿共!」
【KOM】は悪態をつきつつ、黒煙を背景にした影狼を睨み付ける。
「隊長、どうしますか?」
【RINA】が不安げに声を絞り出す。
「俺は、俺なりの責任を果たす。
お前らは逃げろ。
ここで無理に戦う必要は無い」
僕と【RINA】の先を飛翔する【KOM】は、徐々に加速を始める。
その先には影狼が、ゆっくりとこちらに機首を向き直した。
「隊長がそうでしたら、私としてもここはお供するしかないようです。
隊長一人だけで、あの影狼を倒せるとは思えませんし」
【RINA】は【KOM】の後に続くように機体を滑らせ機首を向け直し加速する。
「頼りにしてるぞ、馬鹿野郎」
普段決して他人を褒める事をしない【KOM】が、恐らくはこれが初めて聞いたであろう言葉に【RINA】はやや照れながらも訂正する。
「野郎じゃありません。
乙女です!」
そして、付け加えるように言う。
「【MUTO】さんは撤退を。
私達は時間を稼ぎますので」
「うん。
そうしたい所ではあるけれどね。
僕も、ここは一戦したい気分なんだ」
と、機体を傾けて、針路を変え、スロットルを捻りこむ。
加速し始める機体。
【KOM】を先頭にして、彼の左後方に飛ぶ【RINA】の右側に機体を付ける。
【KOM】、【RINA】と僕の3機は綺麗な三角形を形作り、影狼に向かっていく。
「ここにいる奴は皆が馬鹿野郎だな!」
鼻を鳴らす【KOM】。
「とにかく離れない様に、但し攻撃は自由にだ」
「了解」
と、短く答える。
次第に影狼との距離が近付く。
シールドを全開にしているとはいえ、直撃した際に角度を変えなければ、そのままシールドのエネルギーを超過して、先ほど墜ちて行った機体のように、貫通してしまう。
故に、いつでも、機体の姿勢を変えられるような操縦が必要だ。
「このまま加速して奴と交差する瞬間に、急旋回。
奴の背後を取る」
【KOM】が告げつつ、更に機体を加速させる。
と、影狼も同じように、加速し始めた。
まるでこちらの意図を知っているかのように。
既に互いのレーザー射程圏内だと言うのに、撃とうとはしない。
例え撃ったとしても、シールドに弾かれると思っているのか、或は別の考えがあるのか。
徐々に近づく。
影狼の操縦者のヘルメットの奥は遮光機能で、顔の表情が見える事は無い。
だが、真正面に、影狼を捉えた時、何か底知れぬ不安が背筋を駆け上ってくる。
全く、感情の持たない、無機質さとでも言うのであろうか。
その無機質が、無慈悲で、残酷なまでの精確さを以って、命を狩り取ろうとしている。
これは、オンラインゲームであって、現実の自分の生命に何ら影響は無いのではあるが、それは勿論、知っている事であり、十分に理解しているとしても、今、相手にしているのは「死」そのものが具現化したかのような強い印象を与えられて、恐怖が、そしてそれを回避しようとする焦燥が、否応なしにも溢れ出てくる。
漆黒の沼地に引き摺り込まれ、そのまま二度と出て来られないような、昏い感情。
それに飲み込まれまいと、スロットルを握る指に力を込めた。