へたれ勇者と最強王女
勇者様と、ある一国の王女様とのラブロマンス。
――小さいころに見た本で、そんなことが現実にあればいいのに…と夢をみていたのに、現実は違う。
――だいたい、親父が勇者だからって何で魔物と戦わないといけないわけ?
いつの間に母さんがこっそり王様と内通して俺を魔物退治に向かわせたいわけ?
……冗談じゃない。俺だって、みんなと同じ人間だ。一般人だ。
ちょっと親父が勇敢だったってだけで、それで魔王様を討伐しましょう!とかふざけてる。
元はと言えば、親父が大魔王なんちゃらと戦って、どっかの火山で行方不明になっちまったのが原因だろう。
16歳の誕生日になったら王様の所に行けとかじっちゃんが言っていた。
つまり!明後日の誕生日までにこの国を抜け出さないといけない!
「右よーし、左よーし……」
正面の入口だと母さんにバレてしまうので子供の頃に家からこっそり抜け出す為に使っていた裏の抜け穴を使う。
これで安心。一通り旅に必要なものは持ったし、隣の村までたどり着けたらその後は何とかなるだろう。
余裕じゃん?俺って超天才。鼻歌でも歌ってやろうかと思い、家の門に向かうと、見慣れた人影が見えた。
手には長刀のようなものを持ってこちらに向けて暗闇でも分かるくらい満面の笑みを浮かべている。
「どこに行くのかしら?イルム」
「か、かかかかか母さん!?さっきまでキッチンに居たハズじゃあ……」
じりじりと笑みを浮かべながら近寄ってくる母さんの威圧感ぱねぇ。
俺は額から伝い落ちる冷や汗を抑えることも出来ずに引きつった笑みを返した。
実の息子に長刀なんて向けるんじゃねえよ危ないったらありゃしない。
母さんも若かりし頃は、親父と一緒に世界のあちこちを旅してまわっていたらしい。
しかも親父より力があって、回復魔法が使えるとか何とか。
今だって多分、その長刀ぶん回したら外にいるでっかいウサギの一匹でも軽く仕留めることくらい出来ると思う。
寧ろ、俺が魔王退治に行くくらいだったら、母さんが行った方が強いんじゃないか?ってくらい。
「イルム、明後日の誕生日まで、このお家から一歩も出ることは許しません」
「そ、そんなぁ……」
首根っこを掴まれて家の中にずるずると強制連行される。
――どうやら内通者は同居しているじっちゃんらしい。
ちくしょう……勇者アステカの子に産まれてしまったのが不幸の始まりだ。
勇者なんていなくたって世界は平和なんだよ!!バーロー!バーロー!
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「あのさー、これって監禁って言うんじゃないのかなー?じっちゃん」
のん気に新聞を読みながら茶を啜っている同居しているじっちゃんに声をかける。
ちらりとこちらを見た後は、にかっと歯の抜けた顔で笑い、再び新聞に視線を落としている。
くっそお、トイレ以外マジで何処にも行けない。足首には変な錘がついているし、手首は麻縄で縛られているし。
「まぁ、メイサを怒らせてしまってはしょーがないことじゃ」
「どっかの一般人Aみたいな台詞言ってないでせめて手首の縄だけでも外してよ。これじゃあ俺マジで死んじゃう」
「あいたたた……持病のぎっくり腰が…」
このクソジジイ。
無表情のまま俺は心の裡でそう呟く。全くもって役に立たない……このじっちゃんは。
そりゃそうか。母さんを怒らせてしまったらじっちゃんの行く先は教会の神父様のところに行って天に召されてしまうもんな。
でも本当につまらない。このまま縛られて1日過ごすくらいだったら何か別の楽しみが欲しいくらいだ。何度目かわからないため息をつくと救世主の声が下から聞こえてきた。
「イルム―?居るー?居ないのー?」
「おぉ!天の助け!二階!二階来てよタクト」
戦災孤児であるタクトは隣の離れに住んでいる。
どうやら、丸1日俺の姿を見ていないことを不審に思ったようで、わざわざ家を訪ねて来ていた。
こういう時に持つべきものは友!
丁度母さんも買い出しに行っていて留守。再び逃げるチャンス到来。俺って幸運の女神様にまで祝福されてんじゃん?
二階に上がって来たタクトは縛られている俺の姿を一瞥して爆笑した。
「……何、イルム。またメイサ様を怒らせたの?」
「またって何だよ、またって……大体、母さんが16歳の誕生日にお城に連行するって言うから嫌な予感しかしなくて」
タクトに短剣で縄を切ってもらい、漸く腕が自由になる。
足枷についてはどうしようも無かったので、多少不自由なものの放っておくことにした。
じっちゃんは俺達二人のやり取りを見ても、流石にもう止める様子はなかった。
――悪いなじっちゃん。後で母さんにこっぴどく叱られてくれ。俺はこのままタクトと一緒にこの国を出る!
再び逃げる準備をするために荷物をまとめていると、タクトが何かを思い出したようにあっと声を上げた。
「あー、メイサ様が言ってるのって、あの立て札の件かな?クレッセン城の第一王女マリア様が巨大なドラゴンにさらわれたんだって」
「マリア様が?あの純情可憐な美人王女様が?」
クレッセン城の第一王女マリア様は俺と同じ御歳16歳。
その年齢にそぐわないくらい小さくて美しい顔に自然な長い睫毛。頭の回転も速く、国の政に意見を述べて重鎮をまとめるその手腕。
漆黒のさらさらしたストレートロングヘアーには、金の王冠が非常に映える。
ごきげんよう、と話す声は鈴の音よりも可憐で、ふわりと微笑む笑顔は街人を一瞬で虜にしてしまう。
白いドレスを翻して歩く姿は周囲に花が飛び交うような空気を醸し出す。
あぁ……マリア様。その名前の通り可憐な貴方に一度だけでいいからくちづけたい。
「あのー、イルム?妄想してるトコ悪いんだけど……そのマリア様がさらわれたんだって」
「だから?俺はマリア様のことを崇拝しているが、危ないドラゴンなんかとやりあう自信なんて微塵もねえぞ?」
一応マリア様の情報は仕入れたものの、だからってドラゴンなんて危険なものと戦う気なんて一切ない。
大体、そういうのはお城の親衛隊とかどっかの強~い勇者様が名乗りを上げてくれるもんだ。
俺のチキン発言にタクトはうげぇと情けない声を出しながら苦笑している。
「うわぁ……勇者アステカの息子とは思えないクソっぷりだな」
「何とでも言え何とでも!世間の奴らは勇者の息子は勇者と思ってこっちは迷惑ったらない。俺なんかより母さんの方が強いっての」
「確かに。……メイサ様は勇者アステカの片腕って言われていた神官だし。俺も、メイサ様に憧れたから分かる」
タクトは先の大戦で親を亡くしている。唯一の生き残りの彼は戦いで失ったものの大きさに自分の命まで絶とうとしていた。
そこを母さんに「生きていることに意味がある。貴方が死んでしまったら、貴方を守って死んだご両親が報われない」と頬を本気で殴られて改心したらしい。
母さんはごもっともなことを言うが、見ず知らずの他人にも全力で殴りつけるから怖い。
タクトは殴られた時に言われた言葉は覚えているものの、頬は青あざになり大きく腫れ、三ヶ月くらいまともにご飯を食べれなかったという。
それでも、そんな母さんに憧れて神官になりたいと志したのだから、世の中変わった人間もいるもんだとつくづく思う。
「……ま、そんなことよりも俺はとにかく隣の村まで逃げる。明日誕生日を迎えてしまったら俺はもう逃げ道を失う。タクトすまんが俺を見逃してくれ」
「えぇぇええ!?無理だよ。俺、メイサ様に殺されちゃう」
情けない声を上げるタクトの肩をぽんと叩き、俺は親指をぐっと突き立てながら大丈夫と諫める。
「大丈夫だ、母さんは腐っても神官の端くれだ。人の命までは取らない。だから、俺の身代わりによろしく!」
「――また悪いこと考えてるのね、イルム……タクトまで巻き込まないでちょうだい?」
がしっと背後から肩を掴む恐ろしい気配を見つめ返すことなんて出来なかった。
その背後の気配と表情の恐ろしさは、俺の目の前に立っているタクトの顔を見るだけで一目瞭然だ。
――ドスの効いた声が怖いですね、母さん。本当に……本当に。
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クレッセン城――
街の中央の泉を橋でつないでいる先に位置しているこのアルツェンド大陸の中核としてあるお城だ。
国王はヴァルシャード18世。息子には恵まれず、第一王女のマリアが愛娘として育てられている。
マリアはよくできた姫なので、きっと国王が病に伏せった時は間違いなく彼女が女王としてこの国を治めるだろう。
世継ぎ争いというものは無縁のようなごくごく平和な国だ。
結局誕生日まで家から出られなかった俺は、珍しく絹で作られた高級な貴族の服を着せられていた。
馬子にも衣装ってやつか。でもこんな高い服なんて着た事がないから落ち着かない。
母も神官のローブを身に纏い、手には長年愛用していた杖を持っている。そうやって大人しくローブを着て居たら母さんだって清楚で美人な未亡人だってのに。
家の中では悪魔神官にしか見えない。一体、俺を城に強制連行して何をしたいって言うんだ。
あーやだやだ早く帰りたい。帰って漫画でも読みたい。
魔物なんてきっといない。ドラゴンなんてきっと夢だ。王女様は眠りの国に入っているに違いない。
「勇者イルムと、神官メイサですね」
「はい。国王様に謁見をお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
謁見なんて頼んでもいない。むしろ俺は強制連行された身です。国王様に洗いざらい本音を吐いてさっさと家に帰りたい。
門番は2分足らずで戻って来た上、ご案内しますと背中を押されてしまい逃げることもできなかった。
通された大広間には赤い絨毯が敷かれており、その何十メートルも先には高い玉座と、そこにふてぶてしい態度で座る国王が見える。
隣に立っていた母が跪いたので俺も仕方なく形式上真似る。
「国王陛下、息子のイルムを連れて参りました」
「ご苦労メイサ……そなたがイルムか。父にそっくりで逞しく育ったのう」
こいつ、親父を知ってるのか。そりゃそうか、よく考えたら親父も母さんもこの国に暫く滞在してたんだっけ。
だからって面が似てるだけで親父みたいに俺が強いわけないんだから、そんな世間話のような会話を繰り広げないで欲しい。
「主らを呼んだのは他でもない……我が国の第一王女であるマリアが、先日巨大なドラゴンにさらわれてしまったのだ」
「はい……マリア様をさらったのは飛龍族の者かと思われます。海を挟んだ隣の大陸にある小さな小島。あそこが飛龍族の巣窟になっているようです」
「ふむ。メイサの読み通り、そこに数日前から兵士を送っているのだが、生きて帰って来たものはない」
そんな話聞かされたらますます行く気がなくなるじゃねえか!!
マリア様のお命が奪われてしまったら大変だから、きっと助けに行かないと…とは思っていたけど、ここのお城の衛兵達ですら勝てないドラゴンにどうしろと。
大体、ドラゴンの皮膚って普通の剣とかじゃ鱗も削れないんじゃなかったっけ?
ご立派な武器なんて無いだろうこんな小さい国に。竜殺しの剣<ドラゴンキラー>とか格好いい武器でもない限り無理だろ無理無理。
「アステカが残してくれた物の中に、竜殺しの剣<ドラゴンキラー>があります。なので、イルムにそれを持たせてマリア様の救出に向かわせます」
「そうか……頼もしい限りだ。やってくれるなイルム?」
ちょっと、俺抜きで勝手に話を進めないでくれ!ってか、母さんも何でそんな物騒なもん倉庫にしまってたんだ。
確かに親父の残した武器は強力なものが多いっていうけど、だからってドラゴン相手に旅立ちなんて絶対にしたくない!死ぬに決まってるじゃんそんなの!!
「あの、お言葉ですが国王、俺は――」
「行くわよね?イルム」
ドスの効いた母さんの声が怖い。これって、もしかしなくても母さんに殺されるか、ドラゴンに殺されるかの二択?
いやまさか実の母親がそんな物騒な。大体、母さんってば腐っても神官だし?そんなことするわけないよね?ね?
「行くわよね?イルム」
にっこりと微笑みながら半ば強制的に返事をさせられる。マジで怖い。ここで醜態を曝したらこの場で首を落とされそうな勢いじゃねえか!
こうなったらマリア様との縁談とか、ドラゴン退治できた後の報酬とか、遊んで暮らせるだけの富とか!そういうの期待させてもらえないんだろうか。
「イルム、マリアを無事に救出してくれた時、そなたをこの国の次期国王として迎え入れても良いと思っている」
次期国王――それってつまり、マリア様と結婚できちゃうってこと?
やっぱさらわれた王女様を救出した後のハッピーエンドってそうと決まってるよな。
どっかのブッサイクだったら命がけとかかったるいけど、あのマリア様だし。
あんな可愛い声でうるうるしながら『イルム様、わたくし信じてました!』とか言われたら鼻の下伸びちゃうかも。
「――国王陛下、期待してお待ちください。必ずやマリア様を救出してみせますからっ!」
「おぉ……頼もしい。それでこそ、勇者アステカの息子ぞ!」
王様の信頼もゲット。母さんの面子も守った。後はドラゴン様がどれくらい強いか拝ませてもらって、具合を見て王女様だけ救出してトンズラしちゃえばいい。
そうだよ、別にドラゴンを殺せって命令されているわけじゃない。あくまで保険として竜殺しの剣を持っていくだけなんだから。
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母さんが調べた飛龍族の巣窟という場所はアルツェンド大陸の西側に位置する小さな小島だった。
船を借りて約5時間程で到着したその島は鬱蒼とした森が茂っており人の気配はない。
1人で行くのが怖かったので、同行者として半強制的にタクトを連れて来た。そして腰には似合わない竜殺しの剣が携えられている。
「メイサ様の仰っていた場所は多分この洞窟ですね。松明つけます」
「さんきゅー。やっぱタクトが居てくれて助かったよ。俺一人じゃ怖くて無理無理」
「確かに……こんな暗いところ、間違いなく何か出ますよね。蝙蝠とか」
手慣れた手つきでタクトは松明に火をつけると、俺よりも勇敢に先陣を切って歩いてくれた。
本当に持つべきものは最高の友だ!俺はタクトの神官のローブの裾を持ちながらいつ襲い掛かってくるかわからない蝙蝠の存在におびえて歩く。
ある程度一本道の洞窟を進むと、壁際に白い骨のようなものが転がっているのが見えた。
しかも、まだ真新しい破れた洋服や、血のついた甲冑まで転がっている。
「ぎゃああああ!これって、これってもしかしてあれか!?」
「お、落ち着いて、イルム。クレッセン城の兵士とは限らないでしょう?大体ここは小島なんだから、他にだって人が来ていた可能性があるんだから」
「はぁっはぁっはぁっ!」
こんな怖いところで冷静になんてなれない。幸いなことに血生臭い感じはなかったけど、逆にそれって、ドラゴンが身体全部がぶーって食べたとか?
肉食だろう絶対!だってドラゴンだよドラゴン。
でも死ぬんだったら一瞬で痛みが無い方がいいなあ。中途半端に切られて痛いのとか勘弁して欲しい。
「イルム……人の気配がする。静かに」
先を歩いていたタクトがしゃがみこんで松明の灯りを少し手で隠して暗くしていた。
いやだ、暗い方が怖い。人の気配って一体何がいるんだよ……
恐る恐るタクトの視界の先を見ると、牢屋のような場所で、窓の外を見つめる女性が見えた。
「あれは、マリア様じゃねえか?」
「でしょうね。きっとこのドアを開ける鍵はドラゴンが持っているのでしょうか」
「はぁ、遠目で見てもマリア様可憐だ……物憂げな表情が堪らない……」
マリアの後ろ姿を見て色々妄想する俺に呆れたようなため息交じりの声がかかる。
「……そんな妄想繰り広げる暇があったらさっさとドラゴン探しましょう」
「夢の無い奴だなあ、まっ、とりあえず目標は決まったから鍵探しだな」
人の気配は囚われのマリアしかなかったので、来た道以外のもう一本の分かれ道の方を探索する。
長年使われていなかったようなその洞窟には鼠や蝙蝠は時々横や頭上を通り抜けていたが、飛龍やドラゴンなどは一切姿を現さなかった。
丁度餌を探しにどこかに行ってくれているならありがたい話だ。
変なのはこの島にクレッセン城の兵士が来ているはずなのに、死骸すらも見当たらない。
訝しみながらも奥まで進むと台座のような場所にちょこんと金の鍵が置かれていた。
「絶対罠だよなあれ」
「ですねえ……とりあえず遠くから鍵取ってみましょうか?」
恐る恐る鍵に近づくと、吹き抜けになっていた天井から巨大なドラゴンが大きな羽音を立ててズシンと降りて来た。
体長30メートルはありそうな巨体と、口から吐き出す吐息は今にも炎のブレスでも吐いてきそうなくらい煙が出ている。
「ぎゃああああああ!!!ドッドドドドラゴン!!!!!」
「だから、イルム…落ち着いてって!」
「縄張り荒らしてほんとすいません!すいません!今すぐ撤収しますんで命だけはっ!」
ギロリとこちらを睨み付けるドラゴンの迫力ある眼光が怖い。目で殺すってやつだあれ。
目からレーザービームでも出てくるんじゃないか?ってくらい怖い。ずっと睨まれたら間違いなくちびりそうだ。
「マリア様もなんであんな怖そうなドラゴンにさらわれて無事なんだ!?手なずけてるのか?」
「さぁ……それは分かりませんが、俺達がいくら騒いでもきっと言葉通じてませんよ?」
『――おぬしらの目的は何だ』
って、ドラゴンが喋ったし!しかも言葉まで通じてる!
そういえば、ドラゴンって確か何千年も生きている超賢い生き物だったはず。不老不死って言うんだっけそういうの。
俺とタクトは仲良くフリーズしながらドラゴンにどう説明すべきか考える。
国王からは、ドラゴンを殺せとは言われていない。……だからと言ってここでその鍵貸してください。
王女様だけでも救出に来ましたと言って乱戦になったら正直勝てそうな気がしない。
「こ、これが目に入らぬかぁ!」
困った時の親父頼み!!
俺は竜殺しの剣をすらりと抜いてドラゴンの眼前に見せた。
――……その行動が果たして吉だったのか、凶だったのか。
よくわからないが、一瞬目を見開いたドラゴンは口をくわっと開けるとそれ以上何も言わずに再び吹き抜けから空へと飛び立っていった。
残された二人はとりあえず無事であったことを噛みしめ泣きながらお互い抱きしめ合う。
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無事に牢屋の鍵をゲットした俺とタクトは再びマリアが待つところへと戻って来た。
勇者様と囚われの王女様との再会。まるで素敵なラブロマンスの始まりじゃあないか。
逸る鼓動を抑えながら、俺は静かに牢屋の鍵をさし込んでドアをゆっくりと開けた。
音に驚いたマリアはゆっくりと振り返り、俺の姿を見て可憐な笑顔を向けてくれる。
あぁ、夢にまで見たマリア様がいま俺に向けて極上の微笑みをくださっている――
い、生きてて良かった……この瞬間だけ、アステカの息子で良かったと思うよ、ありがとう親父。ありがとう母さん。
「勇者イルム様、ですね?」
「マリア姫、ご無事で何よりでした。私は勇者アステカの息子イルムと申します。国王陛下の命により貴方様を救出に参りました」
うやうやしく膝をつきながらずっと練習してきた台詞をさらりと吐く。
これで地位は安泰だ。そしてこの世界で一番の美貌とうたわれているマリア様が俺の伴侶に。
妄想だけがどんどん膨らんでいく。その妄想をさらに掻き立てるように、嬉しい…と言ったマリア様が俺に抱きついてきた。
胸に収まる小さな身体をきゅっと抱きしめる。甘い花のような香りが鼻腔を掠める。やっぱり可憐な人は身体からもいい匂いがするんだなぁ。
感慨に浸っていると、マリアが俺の手を取り、左手の薬指に何か指輪をはめた。
まさか、大胆過ぎるお姫様。もう結婚指輪はめちゃうの?
「イルム、これでお前は私の物だ。その指輪は私との契約の証。勇者アステカの息子でありながら腑抜けたその精神……情けない!私が鍛えなおしてやるわ!」
え。別人?これは夢?頬をつねってもめっちゃ痛い。
タクトと思わず顔を見合わせると目の前にいる可憐な美少女がクツクツと小悪魔の笑みを浮かべていた。
「知らなかったのか、私は黒魔法使い。術を得意としているからドラゴンなぞペットのようなものだ。メイサがお前の腑抜けっぷりを毎度父上に泣きついていてな。世界各国を巡って強力な魔物をぶっ倒して来いと命令が下ったよ」
「はああああああ!?聞いてない。聞いてないよそんなの。じゃあ、マリア様との婚約は?次期国王の約束は?」
「ふん、父上も話を合わせただけだろう。恨むのならお前がアステカの息子に生まれたことを恨むとよい。大丈夫だ、私の魔法でお前を助けてやる」
がくりと項垂れる俺の顎を掴むマリア様は口は悪いが顔はいい。
性格もかなり荒いけど、こういうきつい子が可憐なモードになるとギャップ萌えな気が。
「アステカの息子だからって、俺が命張ってまで危険な旅をして何の利益があるんですかっ!大体俺の根性なんて叩きなおしてもらわなくても結構です!」
「ふん、お前がそこそこいい男に成長したら、本当に私がお前を夫にもらってやる。そうしたら――名実共にお前はこの国の国王だよ?」
「ッ……」
「そうだ、タクトと言ったな。おぬしも出来れば旅についてきて欲しい。メイサ直伝のその回復魔法は旅の役に立つだろうしな」
「は、はいっ。俺でよろしければ。――イルム、諦めよう。メイサ様の方が多分3枚くらい上手だから勝てないよ?」
友にまで憐れまれながら肩を叩かれる。俺ののんびりライフが終焉を迎えようとしていた。
しかも夢にまで見た可憐な王女マリア様がこんな言いたい放題のおてんば姫だったなんて聞いてない。
ガラガラと大きな音を立ててマリア様像が崩れたと共に、俺は強制的に姫様の護衛をしながらとんでもない旅に向かうこととなった。
勇者の息子だからって、何でも旅に出るって設定はやめてくれ!!!
俺の心の声なんて、どうせ誰にも届かない。わかってるんだそんなこと。
「ほら、早く行くぞイルム。いい男になって私を満足させてくれ?」
勇者様と、とある一国の王女様とのラブロマンス。
その小さな本の物語は、まだ序章に過ぎない。
思いつきで書いたファンタジー・短編ネタです(*´Д`)雰囲気的にはDQ3の始めみたいな感じです(笑
母親最強伝説、王様貧弱、実は王女最強という設定です。
今回短編で終わりましたが、ご希望などあればまたいつか長編で書くかもしれません。
一気にまとめたのでどうしてもドタバタ感が否めないですが、楽しんで頂けたら幸いですm(__)m
2016.9.25 蒼龍 葵