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カメレオンの恋愛手法

作者: 目榎粒子
掲載日:2016/06/13


「もう耐えられない、結婚して」

 そう呟いただけで、私とキスもしたことないくせに、その人は嬉しそうに「本当?」と聞いた。


  *


 付き合っていたはずのひとは勝手にどこぞと知れぬ女のものになっていて、他人と伴侶を共有するなんて気持ち悪いからすぐに振った。

 とにかく不快でたまらなくて、吐き気はするし下痢もあるしなんだかノロウィルスにでも感染したみたい。薬代わりにワインを飲んで、すぐに寝た。そして別に追いかけてくれると思っていたわけではなかったのに、翌朝スタンプすら送られてきてないLINEのトーク画面を見て、私たちの2年間は一体なんだったのだろうと絶望した。

 その反面、いまゼクシィを勝手に買ってきて私の横で嬉しそうに読んでる彼は、1年も前にお断りしたのにずっと私のことが好きだったらしい。その1年間、私はこの人をまるっきり放っておいて元カレに尽くしていた。努力って、あてにならない。

 私は結婚がしたくて、それも普通の結婚では嫌で、なんでもいいというわけじゃなかった。女性であるという理由だけで結婚しようと言われるのも、家事力や経済力を目当てにされるのも、若さや美しさだけで求められるのも嫌で、ただ、愛してるという理由だけで選んで欲しかったし、選びたかった。

 なまじ良い職について、自立しているだけに、ただ生活するだけなら私は一人でも生きていける。だからこそ、相手にも、僕の人生には実は女性はいらないんです。でも、貴方を知ってしまったので、どうしても欲しくなりました。結婚してください。というようなプロポーズがされたい。

 ついでに言うなら子供が欲しいからと結婚されるのも嫌だった。家族になるのは私だけ。私だけを目当てに結婚して欲しい。

 ねえ、と、今や婚約者となった彼に迫ると、これ以上ないぐらい気を使った瞳でこちらを向く男がいる。

 この幸せを、なぜ、今、彼から手に入れられるのか分からない。彼がどうして、私のことをずっと好きだったのか分からない。

「ずっと、彼女は作ってなかったの?」

 私がそう聞くと彼は少し考えるようにしてから、そうだねと答えた。

 補足するように、5年いなかった、と付け加える優しさ。

 どうしてかしら。どうしてこの人は、二十代後半の遊び盛りを素通りした上で、三十代前半の今、年収的にも選び放題の選択肢の中、私一人にこだわり続けるのだろう。

 もしかしたら課題解決能力が低いのかもしれない。会社では、同じアプローチしかしないやつだと馬鹿にされているのかも。

 そんなことを考えたところで、やっぱり元カレのことが好きだったんだと分かる。

 彼はしっかりしていた。駄目なこと、失敗したこと、見劣りすることがあれば、すぐに切り替えて新しいやり方を試す。

 仕事ならいいけど、恋愛でそれをやられたらたまらないわけで、だから今こんなひどい状況になっているわけだけど。

 ふと気になって、いろんな質問を、来月結婚する彼にする。

 質問というのは、投げかけるだけでも効力を発揮するものがいくつかある。

 そんなこと聞くの!? ひどい! って思われるようなあけすけな問いだったり、逆に、聞いてしまうことで何かを強く主張することになる、裏側に濃い含みを持つ問いだったり。

 彼はどの質問にも鈍感に正直に答えてみせた。

 私は半ば彼を傷つけるために、たくさんの質問をする。

 モテなかったの。年収はいくら。貯金はあるの。車の車種。親との仲。長男かどうか。小さい頃の教育方針。会社での立ち位置。初めて彼女のできた年齢。部下の人数。

 やがて嫌がらせの質問が尽きた頃、私の元カレの話でもして無遠慮に傷つけようかなあなんて考えてた時に、彼はそっとわたしの頭を撫でた。

 もちろん、彼に頭を撫でられるのは、人生で初めてのことだった。

「怒らないのね」

 不思議になって尋ねると、彼はなんでもないことのように言う。

「怒るわけない」

「あなたはたくさん努力してきたんでしょう。その努力の結晶を、三十年の結晶を、私が台無しにするかもしれないのに? ご両親泣くんじゃないの」

 自分でも、こんなに厳しいことが人に言えたんだなあと感心する。愛というのはすごいし、裏切られたときの痛みによる逆上の力もすごい。

 私は自分を守るために、いわば防御を高めるために、彼を攻撃している。やっていることはただ彼を傷つける、無駄な殺生なのだけれど、本当にやりたいことは私自身を守ること。出来るだけこの突き槍を研いで、先を尖らせあなたに向けることで、私は安全なドームのなかで守られた気持ちになれる。

 彼は、うんうんと私の言葉に頷いて見せてから、にっこりと微笑んだ。ほんとうに不可解だ。


「報われたよ、君と結婚できた」



  *


 この、どうしようもない、辛さも、多分報われる日が来る。

 もしくは風化して、そんなことあったっけ? ってとぼけられるようになる。懐かしい思い出に、なる。

 今はどんどん過去になるということ。時間は過ぎるということ。

 彼氏がいつ結婚を申し出てくれるだろう、と焦っていた時にはなかった感情だ。時間がすぐ過ぎ去って欲しい。私自身は老けてくかもしれないけれど、きっと心は時間が癒してくれる。

 だから、来月結婚する。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章力が高く、この文章で綴られたお話に目で触れたいと読み手に思わせる力があります。少なくともわたしにとっては、最後の行まであまさず食べつくしたいと感じさせられる文章でした。たとえばそのひと…
2017/03/21 05:53 退会済み
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