和菓子『栗どら焼き』と、ターハの並みの並みならぬ餡子への野望
「………ま、……まいりましたのじゃ……………………。」
日に日に風が冷たく感じる、秋の日の今日この頃。
異世界に在る。朝倉町の万次郎茶屋の小上がりの一角では、残り少なくなってしまった自身の将棋の駒を苦々しそうに見つめていた山背が、実に悔しそうに、また絞り出すような声で、何やらとある勝負の負けを宣言していて……………。
そんな山背の負けを認める声に山背達の近くの小上がり席で、仲良くお絵描きを楽しんでいた。光貴やタリサ達なる山背の将棋の勝敗をノートに書き出すお手伝いをしていた光貴達が、仕事だ、仕事だとばかりに嬉しそうに山背達の元へ駆け寄り。
「あっ、山背。また負けちゃったへけっか?
えっ~~とへけっ、……ならコレで山背は、今日ターハ兄ちゃんと朝から将棋で勝負していた勝敗は、15戦中13敗1引き分けになるへけっかな?」
「違うよ、光貴。今の負けを入れて、これで14敗だよ。」
「あっ、そうだったへけっ。ごめんゴメン、間違えたへけっよ。へへへ~~♪タリサ、ありがとうへけっ。
じゃあ、改めて発表するとへけっね。今日の山背とターハ兄ちゃんの将棋勝負の勝敗は、山背が15戦中14敗1引き分けへけっで、」
「ターハ兄ちゃんが15戦中14勝1引き分けになるよ!」
どこか誇らしそうに自分達のお手伝いの結果を光貴やタリサ達2人が山背的には運良く?たまたまお客さんの途切れた。無人の茶屋内に響き渡るような元気一杯の声で発表してくれ。
………時に幼さとは残酷で、ただでさえ負け続けの将棋の勝負に打ちのめされていた山背は、光貴達の発表にとどめを刺され。力なく、その場に倒れこむのであった。
◇◇◇◇◇
一方、太陽もまだ上らないような。そんな薄暗い早朝の時間帯から妹や弟の兄妹達と力を合わせ。
街で開業しているパン屋で、その日販売する何種類ものパンを作り終え。まさにホッと一息つく暇もなく。
『餡パン』を買いに来た山背に拉致された。エルフ族のターハは、将棋好きの山背に付き合ってくれたお礼にと万次郎茶屋の主人、愛満からの差し入れとなる。
小山に盛られた秋限定の『栗どら焼き』や、程好い温さに入れられた緑茶を一口飲み。どこか、やっと一息つけた様子で
「はぁ~~、……………美味しいですね。
最近少しずつ寒くなってきていますから、先程山背が持って来てくれた冷たく冷えた緑茶も十分美味しかったですが、こうして愛之助君が煎れてくれた程好い温さの緑茶を久しぶりに飲むと、何だかホッとしてしまって、柄にもなく、しみじみしちゃいます。
愛之助君、美味しいお茶を煎れてくれて、本当にありがとう。」
自分のためにわざわざ湯を準備し。美味しい緑茶を煎れてくれた愛之助へとお礼の言葉を伝えると、照れくさそうに照れ笑いを浮かべた愛之助が
「いえいえでござるよ、ターハ殿。それよりお茶のお代わりはいかがでござるか?
あっ、拙者とターハ殿の仲で遠慮は無しでござるよ!
お茶のお代わりならいくらでも有るでござるから、遠慮せずに申し出てほしいでござる。」
と話し。自身が持って来た『栗どら焼き』を改めてターハへと食べるように薦め。
自身は今だ小上がり席で、何やら山背を囲んでワサワサしている様子のタリサやマヤラ、光貴達3人をターハ用の『栗どら焼き』とは別に自分達用に持って来た。
美味しそうな焼き色のついた皮に、秋が旬の栗を使い。そんな栗餡が惜し気もなくこん盛りと挟まれた。秋限定の『栗どら焼き』を1分1秒でも早く食べる為。
現在ターハと愛之助達が座るテーブル席へとタリサ達を呼び寄せるため愛之助が声をかけに行ったのだが、……………。
タリサ達と一緒にテーブル席に戻って来た愛之助の両手には、何やらいじけて甲羅の中に閉じ籠ってしまったらしい(光貴やタリサ談)山背が抱えられており。
苦笑いを浮かべた愛之助が自身が座るソファーの隣へと、光貴に手伝ってもらいながら丸クッションを置いてもらい。その上に山背を優しく置いてあげつつ。
しょうがないなという様子でため息を一つつき。愛之助の目の前に座るターハと目が合うと、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべ頭をかき。何やら改まった様子でターハの方を向くと
「ターハ殿、忙しいなか無理矢理茶屋に連れてこられ。長時間拘束してしまい。本当に申し訳なかったでござるよ。
山背に代わりと言うか、拙者が頭を下げても何にもならないかもしれないでござるが、このとおり。本当に申し訳なかったでござるよ。
もし、山背に腹を立てているでござるならば、この後拙者や兄者の愛満がきつく注意するでござるから、今日の所は何卒山背の事を許してほしいでござる。」
山背に代わり愛之助が何度も頭を下げ。何やら隣に居る山背へと聞こえぬよう。わざわざターハの隣に移動をして、コソコソと耳打ちし。
「………………………で、と言うわけではないのでござるが、これに懲りず。また山背と将棋で遊んであげてほしいでござるよ。
…………と、ターハ殿!申し訳ないでござる。実に自分達に都合の良い事を拙者、ターハ殿に言っていると解っているのでござるが、…………………。
あぁして将棋に負け。いじけて甲羅の中に閉じ籠ってしまうと言う。実に大人気なく、自己中な所も多々あるのでござるが、根は本当に優しい良いお爺ちゃんでござるし。
拙者達には大切な家族の1人になるでござるから、…………このとおりでござる。これからも山背の事、友達の1人として、よろしくお願いしますでござるよ。」
最後の方は照れくさそうに苦笑いを浮かべ話し。
「まったく!山背は本当に困ったお爺ちゃんでござるねぇ~!
ほらほら、いつまでも甲羅の中に閉じ籠ってはおらずに愛満お手製の『栗どら焼き』一緒に食べるでござるよ!
それに早く甲羅から出てこぬなねば、拙者達だけで『栗どら焼き』食べ尽くしてしまうでござるよ。良いでござるのか?」
今だ甲羅の中に閉じ籠っている山背に問いかけ。何やらタリサ達に目配せして、自分達用の『栗どら焼き』を手にすると勢い良く食べ始め。
「あ~~ぁ、栗どら焼き美味しい~~♪」
「本当に美味しいへけっ!これなら何個でも食べれるへけっね♪しかも今の秋の時期しか食べられない『どら焼き』になるへけっから、また美味しさが格別な気がするへけっよ!」
「モグモグ、モグモグ……ほんちょうに美味しいね~~♪」
「本当に美味しいでござるね!光貴も言っていたでござるが、今の時期にしかたべられない。この秋限定になる栗餡の食感や口当たりも良いでござるし。
まるで黄金色に光輝く栗餡が、拙者には金のように尊い物に感じるでござるよ♪」
大食らいの山背を食べ物で釣る為。示し合わせたかのように栗どら焼きを『美味しい、美味しい』と食べ。
そんな愛之助達の姿を見ていて、愛之助達の意図に気付いたターハも自身の前に置かれた『栗どら焼き』を手に取り。
食欲の秋らしく。9月の頭辺から自分のお店のパン屋が忙しく。なかなか万次郎茶屋へと足を運べなかったターハは、今年初になる『栗どら焼き』を味わうようにしみじみと噛みしめ。
「うんうん!愛之助君達が言うように、この『栗どら焼き』本当に美味しいですね。
久しぶりに愛満君お手製のどら焼きを食べましたが、この何とも言えないしっとり食感のどら焼きの皮は勿論の事。
秋限定の『栗どら焼き』と言うほどあって、どら焼きの中の栗餡が栗クリしていて口の中全体に栗の風味や、粗みじんされた栗の粒の食感が1度に楽しめ。本当に美味しいかったです。
後…………………これは私の直感なのですが、この栗どら焼きに使用された『栗餡』。きっと家のパン生地に合いそうな気がビンビンするのですが、愛満君はこの栗餡の作り方を私に教えてくれるでしょうか?
………………いや!教えてくれるでしょうかではなく。私は強く、強く!そう、心の底から強く!愛満君からこの栗餡の作り方を教えてもらいたいです!
いや必ず、この栗餡の作り方を私は習得してみせます!そう、絶対に!
愛満君、愛満君!愛満君は何処に居るのですか!?
出来れば一刻も早く、私にこの『栗餡』の作り方を教えてほしいのですが!!」
最初は山背を甲羅から出す為のちょっとしたお芝居と言うか、目の前に置かれた。美味しそうな栗どら焼きを一刻も早く食べたい愛之助達の直感的な行動に釣られただけのはずが、最期の方は愛満に『餡パン』の中身の『餡子』や『白餡』
更には『ジャムパン』の中身の『苺ジャム』等の作り方を教わって以来。
すっかり異国の餡子やパンの数々にハマってしまっていたターハが、餡子に何処と無く似た口当たりの『栗餡』の作り方が知りたいと強く、強く!
そう!かなり圧強めで、普段のクールビューティーな見た目が嘘のように目を軽く血走らせながら力説し始め。
茶屋奥の作業場で作業をしている愛満を連呼し始めたのであった。
◇◇◇◇◇
「で、ですね。この『栗どら焼き』の中の『栗餡』は実にシンプルと言うか、栗と水、三温糖でしょう。それに味醂と塩で作ってあって、ターハさんの所のパン生地にも勿論の事。
家の茶屋なら秋限定の『栗どら焼き』に始まり。同じく秋限定の『栗大福』や『栗饅頭』、『栗カステラ』なんかに使用しているんですよ。
あ、後ですね。今年の『栗餡』は黄色と言うか、僕的には秋の色だと思っている。栗の身の優しい色合いの黄色を目からでも楽しんでもらおうと思って
いつもと言うか、去年までは栗の渋皮煮や渋皮煮の煮汁、三温糖で作る。ちょっと渋皮色した茶色い栗餡を使っていたんですけど、今年はちょっと気分を変え。
蒸した栗の身を取り出して作る。マロン色した栗餡にしてみたんですよ。」
栗餡の作り方を習いたいとのターハからの突然の願いに愛満は嫌な顔一つせず。
逆に嬉しそうに笑みを浮かべ。二つ返事でオーケーサインを出してくれ。
尚且つ自分のしていた作業の手を止め。使用していた作業場を片付けてから、栗餡の作り方を知りたがっているターハを作業場へと招き入れ。
現在のように楽しくお喋りしながら栗餡作りの作り方を教えていて
「そうそう。鍋に砂糖と水を火にかけて作ったシロップにですね。
さっき蒸して栗の殻から取り出した栗の身を今やってるみたいにヘラで混ぜながら煮ていき。
汁気が残っているうちに味醂と塩を加えて、また煮た後。
パンに使うなら栗の粒々感を残すようにして、気持ち粗めにフードプロセッサーで裏ごししたりしても良いですし。
家の茶屋では、大福や饅頭にも使うから丁寧にザルで裏ごしした後に完成になるんですけど、……………あっ、あと勿論。フードプロセッサーでも滑らかな栗餡にもなりますし。
茶屋ではザルで丁寧に裏ごした栗餡を用度に合わせ『粗みじん切りした栗』や『スライスした栗』を加えたりしてるんですよ。」
愛満も昔、婆ちゃんから習った。祖母直伝の『栗餡』の作り方を今度はターハへと伝授しつつ。
「だからターハさんのお店でも、今作っている栗餡をパン生地に練り込んだり。シナモンロールみたいにパン生地で巻いてみたり。パン生地で餡パンみたいに栗餡を包み込んでみたりしても良いと思うんですよ。
それに餡パンをモチーフにした栗餡パンで言うのであれば、餡パンが丸い形になるから、栗餡を包み込んだ『栗餡パン』は栗の形をモチーフにしてみたら面白いと思うんですよね。
ほら、丸みを帯びた三角ぽい形の下の部分に『白ゴマ』か『けしの実』なんかを飾り付けたら栗っぽく見えると思うし。
逆にこの前、ターハさんが食べさせてくれたモチモチ食感のパンと言うか、パン生地があったじゃないですか。
で、そのパン生地を使って、この栗餡を包み。
それを小さ目に作って、回りに素麺やパスタみたいな細いのを砕いてまぶせば、毬栗みたいに見えて面白いとも思うんですよね。」
「あぁ、凱希丸さんの所の麦を使ったパン生地ですね。
…………うんうん。あのパン生地の食感なら小さくても食べごたえありますし。見た目も愛満が話すように毬栗みたいにしたら、きっと子供達も面白がって食べてくれるかも知れませんね。
それに一口サイズにするならば、口の小さなお子さんから、大きく口を開ける事を嫌がる王都からのご婦人達にも人気をはくすかもしれませんし。
ほら、王都の方では大きく口を開けて食す事は恥だと言われていますから、…………………パンを食べるにしても一口大にちぎり食べるのがマナーだそうで、………………うん!決めました。
愛満、愛満さえ良かったら、ぜひ家の店で、この栗餡を使った毬栗パン等を販売してみたいのですが、良かったら後程、相談にのって頂けますか?」
「はい、全然大丈夫ですよ。逆に僕も毬栗パン食べてみたいと思うからターハさん達が作ってくれてラッキーって感じですよ♪
あっ、後ですね。今さらで悪いんですけど味醂や塩を加えた後、あまり煮詰めない方が、その後の裏ごし作業が楽になりますから、そこを気を付けながら煮ていって下さいね。」
「そうなんですか、解りました。オーケーです!」
鍋の中の栗餡が焦げないように木ベラを動かしながらターハと2人。せっせと適度に栗餡を煮む中。
自身が日々の栗餡作りで気付いたや、ターハ達兄妹が営むパン屋にこの後登場するであろう。パン作りのアイディア等を話したりしながら、少々欲張って大鍋いっぱいに作ってしまった『栗餡』に色々思う所が生まれつつ。
その後、愛満達が黙々と鍋の中の栗餡を混ぜていた所。
何やら思い出した様子のターハが、先ほど食べた愛満からの差し入れの『栗どら焼き』のお礼の言葉と共に味の感想を教えてくれ。
弟の愛之助と良く似た照れ笑いを浮かべた愛満は、恥ずかしそうに笑い。
ターハの妹や弟達用の『栗どら焼き』を、ターハ達が作り終えた『栗餡』と共に帰り際持たせてくれるのであった。
◇◇◇◇
こうして、長時間になる山背との将棋の勝負も含め。ターハ満足の充実した1日が過ぎていく。
ちなみにあの後、山背は愛満お手製の『栗どら焼き』を我慢できずに甲羅から出て来る事になり。山背が少々気まずそうな雰囲気を醸し出す中。
そこは気遣い人の愛之助が上手く取り持ち。愛之助を含め。タリサ達が優しく山背へと接してあげ。
お腹いっぱい『栗どら焼き』を食べた山背は、満足そうに『栗餡』の作り方を愛満から伝授してもらった。将棋仲間のターハとも仲直りをするのであった。




