和菓子『うぐいす餅』と立春
「あ、ヤダ!!今日って万次郎茶屋で春の新作和菓子が販売する日じゃない!…………あちゃーぁ、忘れてた。
ど、とうしょう!私これから遅番の仕事なのに、今日限定の立春セットの限定生菓子買いに行けない!
あ~~~ぁ、本当にどうしょう!」
何やらお昼過ぎに起きてきて、呑気にお昼ご飯を食べていた。朝倉町に住むレイチェルは、何気なく目にしたカレンダーを見て、家中に響き渡るような悲鳴を上げた。
そんな娘の悲鳴にレイチェル用のお茶を煎れていた。裁縫倶楽部に席を置く、母親のナタリーは飛び上がらんばかりに驚き。
5日前に運悪く捻挫してしまった右足を若干引きずりながら、何事かと娘の元に駆け寄った所。
娘のレイチェルがカレンダー前で右往左往しながら『どうしょう!どうしょう!』と口ずさんでおり。
何事かとレイチェルに話を聞いた所。
本日1日だけの限定販売になる。万次郎茶屋の立春セットの生菓子を買いに行くのを忘れてしまっていて
また、これから遅番の勤務になり。
このままでは、朝倉町に移住してから欠かした事のない。
万次郎茶屋の限定生菓子が食べられなくなってしまうとショックを受けた様子で話す。
そんな娘の話に、出来る事ならば自分が娘の変わりに買いに行ってあげたいのだが、あいにくナタリー自身も右足を捻挫しており。
お医者さんからも家で安静にしているようにと注意されていて………………。
ちなみにここだけの話。
捻挫を甘く見ていたナタリーは、捻挫した後もいつも通りに家事をこなしており。
それは良いのだが、つい3日前。久しぶりの天気の良さに気を良くしたナタリーは、何を思ったのか、以外に重労働になる。家族みんなの布団干しをしてしまい。
布団干しで、少々無理をしてしまった結果。
捻挫が悪化し、治りかけていた患部もまた腫れ上がり。先生からは大目玉もくらって……………。
現在、自宅安静を強く言いつけられていた。
その為、どうしたものかと頭を悩ませていたナタリーとレイチェルの2人であったのだが、何やら思い出したとばかりに顔を見合わ。
朝倉町ではすっかりポピュラーになった、とある家電を使って、難題を解決するのであった。
◇◇◇◇◇
「はぁ~~~、ちくしょう~~~!
今日はせっかくの休みだから仲間達とツルんで、風呂屋・松乃でまったりするはずだったのに、何てこった!
それにいったい全体、今日の天気はどうなってるんだよ!
朝からポカポカした過ごしやすい天候だから油断してたら、昼になってみりゃあ、風がビュービュー吹いて寒いじゃぁねぇか!
クソーーー!こんなことなら何か羽織る物でも家から一枚持って出れば良かった!
クソ~~~、風呂上がりの体には堪える寒さだぜ!
う~~~ぅ、寒いじゃねぇか!」
クリスが悪態つくよう、朝のポカポカ陽気の天候が一変。お昼を過ぎた辺りから冷たく、強い強風が吹き付ける中。
ナタリーの息子のクリスは、あまりの寒さに1人悪態をつきながら、母親のお願いと言う名のミッションを叶える為。
風呂上がりにも関わらず。とある店を目指して足早で歩いていた。
◇◇◇◇◇
チリ~ン、チリ~ン♪
「いらっしゃいませでござるよ。………って、クリスじゃないでござるか?
あれ?今日は1人でござるか?クリスが1人で茶屋に来るなんて珍しいでござるね。
お母上のナタリー殿や、姉上のレイチェル達はどうしたでござるか?」
立春限定セットの生菓子を求めるお客さんで少々込み合う茶屋の中。
万次郎茶屋のお手伝いをしていた愛之助は、いつもは甘い物好きの姉のレイチェルを始め。
母親のナタリーが参加している裁縫倶楽部などの関係から愛之助達とも親しい。母親のナタリーの荷物係で万次郎茶屋を訪れる事は有るものの。
1人で茶屋に来た事のないクリスの姿を見つけ。不思議そうに首を傾げ、声をかける。
「あぁ、愛之助か!よっ、久しぶりだなぁ。」
「うん、久しぶりでござるよ、クリス!
それより、本当にどうしたでござるか?クリスが1人で万次郎茶屋に来るなんて、ナタリー殿やレイチェル達に何かあったのでござるか?」
「はぁ~~~………………いやいや、俺の方が聞きたいくらいだぜ。
それより愛之助、何か母ちゃんや姉ちゃん達が言ってた。立春限定の生菓子セット、まだ残ってるか?
残ってるなら10セット欲しいんだけど」
愛之助の質問に苦笑いを浮かべ、軽く流しつつ。
何やらお疲れ様子のクリスは、立春の日限定の生菓子セットがまだ残っているのかを聞き。
残っているのならば、母親達に指令された10セット買いたいと注文する。
そんなクリスの様子から、何やらあったのだろうと察した愛之助は、慈愛に満ちた笑みを浮かべつつ。
クリスが注文した品を準備してもらうため愛満の元へと向かい。
足りない分を今から作る事になるものの。
無事10セットの立春の日限定の生菓子セットが持ち帰り出来る事を伝えるため。
密かに甘い物好きなクリス用の、本日から発売される事になった生菓子や『緑茶』を持って戻って来て
「はい、どうぞ。何やらお疲れの様子でござるから、甘い物でも食べて元気を出すでござるよ!
ほらほら、拙者からのサービスでござるから遠慮せずに食べるでござるよ。
それにこの生菓子はでござるね。本日から発売される『うぐいす餅』になるでござるよ。」
クリスの前に山盛りに詰まれた『うぐいす餅』なる和菓子や、白い湯気上げる『緑茶』を置いてくれつつ。
周りには甘い物好きを公言していないクリスが食べやすいように何気なく話を続け。
「そうそう、その立春の日から販売される『うぐいす餅』は、愛満曰く、『春告鳥』のうぐいすをかたどった春の和菓子と言われておってでござるね。
まぁ、冬の和菓子とも言われているそうなのでござるが、………………で、そんな『うぐいす餅』はねでござるね。
餅粉や水飴を使用したプルプル食感の求肥生地になり。
そんな求肥生地の中には、愛満お手製の美味しい『こし餡』が包まれておるのでござるよ。
更には、ほんのり黄緑色した可愛らしい色合いの青大豆粉が振るわれておってでござるね。」
等と話して、何気ない風に装いながらクリスが美味しそうに『うぐいす餅』を食べ進める姿を嬉しそうにチラ見しつつ。
チラ見しているのをクリスにバレないように
「他にもこの『うぐいす餅』の形はでござるね。
うぐいすのように端を少しすぼめた可愛らしい形が特徴になるらしく。
その昔、愛満の故郷では有名な武将(豊臣秀吉)が開いた茶会で献上された餅菓子を見て、『うぐいす餅』と命名したとも言われているそうなのでござるよ。」
プチ雑学を混ぜ込みつつ。合間合間に緑茶のお代わりを湯飲みに注いでくれ。
「そうそう。それにそもそも先程から話している『立春』はでござるね。
愛満の故郷の二十四節気の1つでござって、冬と春を分ける節分の日の翌日が立春になるのだそうでござるよ。
なので立春の今日からは暦の上では春になり。
東から吹く春の風と、いつしか薄くなっている氷に、春の兆しを感じるそうなのでござるよ。」
等と1人、長々とお喋りをしていた所。
愛之助が話終えるのを待っていたかのようにタイミング良く。
愛満が新たに作り終えた立春の日限定の生菓子の箱詰めを持って来てくれ。
その後、自宅等では自身と同じ甘い物好きの姉や母達に取られ。
お腹一杯食べれない大好きな和菓子を前に、『うぐいす餅』をお腹一杯食べれ事に満足した様子のクリスが、何の相槌も打たずに愛之助1人に長々と話させた事を謝りつつ。
改めて、愛之助達と何気ない世間話に花を咲かせ。
無事、手に入れられた立春限定の和菓子セット10セットを手にして、多分首を長くして家で待っていだろう母親ナタリーの元へと生菓子セットを届ける為
「はぁ~~~………………、やっぱり愛満も言ってたけど、いくつになっても男って言う者は、母ちゃんや姉ちゃん達には敵わないんだよなぁ~…………。」
などと考え深げに一人言を呟きながら、足早に帰るのであった。




