和菓子『富士山』と山開きと山登りのかけ声
お昼の一番日差しがきつい時間が過ぎたその日。
万次郎茶屋にやって来たドワーフの凱希丸は、自身馴染みの席になるカウンターの右から2番目の席に座り。
愛満が出してくれた温か冷か夏限定だけどちらか選べる。冷たく冷えたおしぼりで火照った顔や首筋、手を拭きながら、その心地好さに一息つき。
「ハァ~~~~~♪これこれ!夏の時期の冷たく冷えた冷やしおしぼりは、本当に最高だっぺ♪
それに無駄に冷えすぎておらず。適温に冷えた万次郎茶屋の茶屋内は実に快適で、そして完璧で、その心地好さからついつい長居してしまいそうだっぺよ!」
実に幸せそうに話し。そんな凱希丸の姿を微笑ましそうに見ていた愛満は、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべながら使用済みのおしぼりを引っ込め。替えのおしぼりを凱希丸へと差し出し。
「そう?それは良かった。うちの茶屋で良かったらゆっくりしていってね。
それでね。ちょっと悪いんだけど、一昨日売り切れて品切してた陶器の風鈴の追加注文の品がさっき届いたんだ。
で、本当に悪いんだけど、凱希丸さんが和菓子選んでる間、この風鈴達店に品出ししてても良いかな?
あっ、もちろん!凱希丸さんが食べる和菓子決まったら直ぐ戻って来るから、ね!良いかなぁ?」
黛藍が王都に住む祖母への贈り物として朝倉町で誕生した。
お土産や自宅用など、どちらかと言うと女性に人気を博す真っ白な陶器製の風鈴の品出しをしても良いかとお願いする。
すると凱希丸は、そんな愛満の願いを二つ返事で了解し。
愛満が奥に置いてある風鈴入りの段ボールを取りに行くのを見送ると、ウキウキワクワクした様子でカウンター席を立ち。生和菓子が並ぶ商品棚に近付き。
いつものように今日食べる和菓子を決める為、真剣な眼差しでシゲシゲと生菓子が並ぶ商品棚を見詰め。
「う~~~~~~ん………………………………………今日はどの和菓子を食べるだっぺかな、悩むだっぺねぇ~~
う~ん、この夏限定のツル~~リとした喉ごしが素晴らしい『水まんじゅう』や『フルーツ水まんじゅう』も良いだっぺし。
キラキラ光輝く見た目についつい瞳を奪われる『あじさいかん』や金魚や西瓜をモチーフにした『錦玉かん』も可愛らしくて心動かされるだっぺ。
その一方でシンプルな見た目ながら、きな粉と黒蜜のコンビネーションが素晴らしい『わらび餅』もまた心引かれて良いだっぺ!
そしてそして!忘れていけない竹筒に作られた涼しげな見た目と滑らかな舌触りの『水羊羮』も捨てがたいだっぺよ!
う~ん、けどだっぺ、他にも夏の花を模様した。向日葵や朝顔がモチーフの練りきり生菓子達にも心を引かれるだっぺよ
………………………………………………ハッ!!いかんいかんだっぺよ!
どれもこれも美しく美味しそうな見た目で、ついつい時が立つのを忘れてしまうだっぺ!これは早く食べる和菓子を決めるだっぺよ!
……………ハァ~~、けどあれもこれもと目移りして、本当に悩むだっぺねぇ。」
吟味に吟味を重ねる。悩みに悩み始めるのであった。
◇◇◇◇◇
そうして、あれからかれこれ15~6分が過ぎた中。
大の甘党の凱希丸が和菓子棚(生菓子ケース)の前で、アレやコレやと頭を悩ませていると
何やら頭にサングラス、短パン、亀のイラストが描かれたアロハシャツ姿に腰には浮き輪をはめ。
お腹をくすぐる香ばしい香りを放つ。パンパンに膨れ。所々串が袋の口から飛び出した買い物袋を両手に持った山背が、いつの間にか隣に立っており。
「おう!凱希丸よ、いらしゃいませなのじゃ。
それにしても先程から見ておったのじゃが………お主、何やらお困りのようじゃのう。」
少々………いや、かなりミスマッチな姿でニヒルな笑みと共にカッコつけ。更にはキザな動作を加えた山背が凱希丸へと話し掛けてきて
何やら極秘の秘密情報とばかりに凱希丸の側によるとコソコソ小声で耳打ちし
「実はのう。ここだけの話。その二段目の右から3番目に置かれた生菓子はのう。『山開き』の今日だけの限定商品になるのじゃよ。
そしてのう~、お主が光貴が見ておった風景写真で感銘を受け。お主の店の名前『富士』にもなっとる『富士山』をモチーフにした和菓子こと、生菓子になるのじゃよ。」
得意気に話し。耳打ちするため凱希丸の耳に添えた山背の手首辺りにぶら下がっている。袋から飛び出た『イカ焼き』の持ち手部分の串が凱希丸の頬にあたり(刺さり)
また運が悪い事に持ち手部分の串についたイカ焼きのタレが凱希丸の頬を汚している事にも気づいているのかいないのか、気にした様子もみせずに山背は話を続け。
「それにのう。白と水色のグラデーションになっとる求肥で白餡を包み。富士山を模様した山形になっとって美しいじゃろう!
他にものう~富士山(求肥)の中の白餡玉の中にはのう。愛満いわく、マグマなるモノをモチーフにした薄ーく飴をコーティングした苺飴が隠れておってのう。
一口かじると求肥のモチモチ感と白餡の旨さ、飴がコーティングされた苺飴のパリパリした食感、苺のジューシーさが口一杯に感じられ。まさにパーフェクトな1品になるのじゃよ!」
山背イチオシになるらしい生菓子の『富士山』を大プッシュくる。そして更には、何やら思い付いたとばかりに大きく頷き。
「あっ!そうじゃあ。せっかく運良く『山開き』に茶屋にやって来た凱希丸にワシが生菓子『富士山』を大盤振る舞いでご馳走するのじゃよ。
ちいっとばかり今夜の晩酌のツマミになる予定のこの『イカ焼き』と『焼きとうもろこし』を台所に置いてくるから待っとってくれ!」
何だかんだと山背の大プッシュやお誘いに負け。凱希丸が山背と2人仲良くカウンター席に並んで座り。山背が出してくれた山盛りの生菓子『富士山』を味わう事が決定する。
「ハァ~~~♪山背が言うとおり。この生菓子の『富士山』本当に旨いだっぺなぁー!
このモチモチした食感とパリパリした食感が何とも言えないだっぺよ!」
「なっ!ワシの言うとおりじゃろう!このモチパリの食感や白餡の滑らかな舌触りと苺のジューシーさが口の中で一体感になり。実にたまらんのじゃよ!」
「だっぺだっぺ!!それに一番は、この美しい富士山の形をモチーフにしてる所が実に良いだっぺね!
うんうん、旨い、旨いだっぺ!……モグモグ……………モグモグ…………あっ!けどだっぺ。なぁ、山背。今日が『山開き』とは、どういう事だっぺか?
山開きと言うだけあって、何か山関係であるだっぺか?」
『山開き』を知らない凱希丸は、口一杯に生菓子『富士山』を頬張る山背へと質問する。
のだが、『山開き』1日限定の生菓子『富士山』が苺を使用した和菓子な事や。きっと苺好きの愛之助達が帰って来たあかつきには、自分の食い扶持が少なくなると考えている山背は『富士山』を食べる事に夢中で
更には、今一つ『山開き』の意味を良く知らない為。そんな凱希丸の質問を軽くスルーして聞き流そうとする。
しかし凱希丸もなかなか頑張る人で、なおも『山開き』の意味を二度三度と山背へと訪ねてきて
そんな凱希丸の度重なる質問になんと答えたら良いかと山背がモシャモシャ『富士山』を食べながら答えを考え込んでいると
風鈴を売場に並び終えた愛満がカウンター席の2人の元へと戻って来て
「いやいや。凱希丸さん、お待たせしました。本当にすいませんね…………って、あれ?山背プールから帰って来てたんだ?
今日は愛之助達と閉店までプール園に居るって話してたのに?何かあったの?
それに凱希丸さんの接客してくれたんだね。ありがとう。」
すっかり茶屋使用の格好に着替えた山背を見つけた愛満が2人に声をかけ。凱希丸には謝罪の言葉と共に山背へ感謝の言葉を伝える。
するとそんな愛満の登場にナイスタイミングだとばかりに山背から『山開き』の意味をバトンタッチされた愛満は、少々ビックリした様子で訳が解らないながらも『山開き』の意味や、どうして『山開き』1日限定の和菓子『富士山』を販売しているのかを苦笑いを浮かべながら説明し始めるのであった。
◇◇◇◇◇
「えっとですね。そもそも『山開き』とは、僕の故郷の国土の約75%を山地が占めているですよ。
そして古くから山は神聖な場所と考えられており。
昔から僕の故郷では山岳信仰が根付いていて、山には神霊が宿るとされてきたんです。
なので昔は、むやみに山に立ち入る事ができなかったんですよ。
それに神聖視されていた山などは、山に登ることは修行と同じ意味を持っていたので、通常山には修験者しか立ち入る事ができなかったんです。
けれど夏の一定期間の間だけ、その禁を解き。
一般の人々にも登山を許可するようになった解禁日を『山開き』と呼ぶようになり。登山が解任され、それが『山開き』の起源になるそうなんですよ。」
おおまかな『山開き』の意味を愛満が説明し終えるのだが、愛満から『山開き』の意味の話を聞き。
何やら話の続きがあるんでしょうとばかりに、ひどくワクワクした様子の凱希丸の姿に、話終えたはずの愛満は少々焦りながら頭を働かせ。
「あっ!それにですね。凱希丸さんが大好きな僕の故郷にある霊峰富士の『山開き』も、もちろん7月1日になり。頂上にある浅間神社では開山の神事が行われるんですよ。
なので7月1日の山開きには、一般登山者さんの他に全国各地から金剛杖を持った白装束姿の行者の人達が集まり。仏教用語の『六根清浄』と唱えながら登り始めるそうなんです。」
凱希丸大好きな富士山の話を続け。
「それにですね。この『六根清浄』さっきもは言いましたが仏教用語になり。
六根とは、迷いを起こさせる眼や耳などの6つの器官を指し。白装束の修験者が見る・聞く・嗅ぐといった感覚による迷いを断つために『六根清浄』と唱えながら山を登るそうなんです。
けど、その『六根清浄』。山登りのかけ声『どっこいしょ』と繋がりがあって、仏教用語になる『六根清浄』が、いつしか変化して『どっこいしょ』になったといわれてるんです。不思議でしょう!」
「ホォ~~~♪ワシが良く使う『どっこいしょ』は、仏教用語なる『六根清浄』が変化したのじゃなぁ!知らんかったのう~!」
「本当だっぺね!それにこの和菓子『富士山』は、そんな関係もあって『山開き』1日限定の生菓子のモチーフになっただっぺね。納得だっぺ!」
凱希丸や生菓子『富士山』でまだまだ頬を膨らませ山背が納得してくれるなか。愛満は胸を撫で下ろすのであった。
◇◇◇◇◇
そうして万次郎茶屋自慢の和菓子を堪能した凱希丸は、今さらながらではあるのだが、何やら思い出したよう。普段より静かな茶屋内をキョロキョロ見渡すと首を傾げ。
「あれ?愛満、今日は愛之助達何処かにお出掛けしてるだっぺか?」
愛之助プラス、チビッ子3人組のタリサ、マヤラ、光貴達4人が普段茶屋内で陣どると言うか、………いつの間にやら自分達の指定席とばかりに占拠している。空の小上がり席を見詰めつつ。カウンター席前のミニキッチンで作業している愛満へと声をかける。
そんな凱希丸の質問に、愛満が凱希丸や山背の前の空のグラスに冷たく冷えたレモン水のお代わりを注いで上げながら
「うん、そうなんだよ。ほら、さっき凱希丸さんに話したかと思うけど、今日7月1日は『山開き』と共に『海開き』、『川開き』の日でもあるんだ。
だから愛之助達のお願いから海の変わりに村にある湖を利用して作った。自然プール園のプール開きが今日開園と共に水難事故など起きないように安全祈願が行われてたんだ。
だから自然プール園の発起人でもあり。プール園の園長でもある愛之助は、せめて開園日ぐらいはお客さん達の事を見守りたいからと話してね。
友達のタク達も交えたチビッ子組のタリサ達も一緒に、そのまま監視員も兼ねて1日プール園で警備しながら過ごす予定なんだ。」
本日愛之助達が不在の訳を凱希丸へと話し。少々いつもより静か過ぎる万次郎茶屋で、のんびりとした時間を過ごすのであった。




