表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
189/252

悲しみの『鰤しゃぶ鍋』とかじけ猫



「ううぅ~寒い寒い。お父さん、昨日も寒かったけど、今日はここ一番の寒さだね。」


まだ薄暗い早朝の街中を寝ぼけ眼(ねぼけまなこ)の幼いマヤラを片手に抱いた父親のアルフと息子のタリサ達3人が寒そうに白い息を吐きながら仲良く手を繋ぎ、万次郎茶屋への道を歩いていた。


「本当だね、タリサ。今日は昨日無かった風もあるから昨日よりも寒さが身に染みるね。

ほら、お父さんのカイロもあげるから片っ方(かたっぽ)のポッケに入れなさい。少しは寒さが紛れるよ。」


「えっ!?良いの?僕にカイロをあげたらお父さん寒くない?風邪引かない?大丈夫?

僕なら大丈夫だよ!こんくらいの寒さなら我慢できるし。それに愛之助が教えてくれたんだけど、子供は風の子、元気な子なんだって!」


父親のアルフが差し出すカイロを見つめながら、タリサは寒さを誤魔化すように空元気な様子で話す。

すると他人を思いやれる優しい心の持ち主に成長した息子のタリサを愛しそうに優しく頭を撫でたアルフは


「ハハハ~、タリサは本当に優しいね。けど心配しなくても大丈夫だよ。お父さんはタリサよりも寒さに強いし。今はマヤラを抱っこしてるからそれほど寒くないんだよ。

ほら、遠慮しなくて良いからカイロ受け取りなさい。」


愛之助プレゼントのマイメロちゃんの手袋をしているにも関わらず、寒さのため片手を入れているタリサのポッケにカイロを入れてあげる。

そして何気無く空を見上げると、今にも雪でも降りそうなどんよりした曇り空に、何やら考え深げな様子で


「う~ん、それにしても何だか雪でも降りだしそうな空だね。

……こんな天気ならお客さんが増えそうな予感がするなぁ~……………。うん、そうだね。やっぱり今日はいつもより多目にタオルや浴衣。外からのお客さん用の雪や雨を拭けるタオル等を準備するように言っておきましょう。」


ついつい自身が勤める風呂屋松乃の仕事の事を考えて呟くと、アルフの言葉に何やら喜んだ様子のタリサが瞳をキラキラさせて


「えっ!?雪?お父さん、今日雪が降るの?やったー!雪が降ったら愛之助達と雪合戦やかまくら作って遊べるや!

えっーと、それにそれに、かまくらの中でお餅焼いたり、甘酒飲んだり、愛満お手製の餡子を使ったぜんざいが食べれるかも!」


嬉しそうにぴょんぴょんと跳び跳ね。急かすように繋いだ父親の手を引き、茶屋へと足を早めるのであった。



◇◇◇◇◇



チリーン、チリーン


「愛満~、愛之助~、光貴~、山背~、みんなおはよう~♪タリサが今日も元気にやって来たよ~♪」


今日も元気にタリサが万次郎茶屋の面々に朝の挨拶をするなか。これから出勤するアルフからマヤラを受け取り。

朝の挨拶を終えた愛満は、まだまだ眠そうに頭をコクコクさせてるマヤラを茶屋内に有る小上がりの炬燵に入れてあげ。もうしばらく眠らせてあげる。


そうしていると万次郎茶屋隣の黛藍が営む『包子(パオズ)』への朝の挨拶を終えたタリサが戻って来て、弟のマヤラが眠る炬燵へと足を入れた。

すると何とも言えないふさふさした柔らかい物に炬燵への侵入を阻まれ。驚いたタリサは慌てて足を引っ込めると炬燵の中を除きこみ。


「あれ!?なんか炬燵の中に茶色いトラ柄の猫のぬいぐるみが入ってるよ!?誰が入れたの?

て、あれ?、うん?ううん??………………え!もしかして茶色のトラ柄ってことは、コテツおじちゃん?えっ!モカのお父さんのコテツおじちゃんなの!どうしたの?いつから居たの?全然気付かなかったよ!」


朝倉町の町民になり、ケットシー・一座の『ケットシーの七宝(しっぽ)』の座長でも有る。ケットシーのコテツが炬燵の中で微睡んでいる事に驚いて声をかける。

するとタリサの問い掛けに寝ぼけ眼の様子で炬燵から這い出てきたコテツは、寝ているうちにずれた腹巻きやステテコを整えながら大きなアクビをし


「ふぁ~~、もう朝ニャゴか。おっ、タリサ坊ニャゴ、おはようニャゴな」


朝の挨拶をするとタリサの問い掛けをスルーして、また炬燵の中へと戻ってしまう。


そんなコテツの様子に、今だ訳が解らないタリサが首をかしげていると、一連の様子を見ていた愛之助が何やら覇気のない様子で近付いて来て


「タリサ、タリサ。ちょっとこっちに来てほしいでござるよ。」


力なく手招きし。炬燵の中のコテツに聞こえないようにタリサの耳元でコソコソと


「実はでござるね。コテツ殿、何やら昨日ミム殿と大きな夫婦喧嘩をしたみたいなのでござるよ。

どうやらコテツ殿が一座で使うケットシー使用の小道具が壊れたのを馴染みのケットシー職人に直してもらうためにケットシーの里へと行ってる間にでござるね。自分に内緒で一座の皆で忘年会を兼ねた鍋パー(パーティー)を開いたのを他の人から聞いて知ったらしいのでござるよ。

それで、まるで一座の皆から仲間外れにされたみたいで、それはそれはショックを受けたみたいなのでござる。

しかも、その事でついつい愚痴をブツブツとお酒を呑みながら1人愚痴っていたら運悪くミム殿に見付かり。謝られるどころか男らしくないと怒られたみたいなのでござるよ。

それでついついミム殿と口論になり、呑んでいたマタタビ酒片手に家を飛び出し。閉店間際の茶屋へとやって来て茶屋内で大泣きし。

昨日からああして炬燵の中にこもると言う名の籠城(ろうじょう)してしまっているのでござるよ。」


コテツが炬燵の中に居る(籠城)理由を教えてくれた。

そんなコテツの話に可哀想に思ったタリサは


「そうだったんだ。だからいつもより元気が無いんだね。

それにちょいワル男の身だしなみと言って、いつも自慢してるツヤツヤキューティクルの毛並みが、今日は寝癖だらけで、何だか艶もなくてパサパサしてるし。ステテコ、腹巻き姿なのもビックリしちゃったもん………………。

それにしても1人だけ鍋パーティーに内緒で誘われないなんてコテツさん可哀想。僕でも大泣きしちゃうよ。」


思わず自身が仲間はずれされた風景を思い浮かべ、涙目になり可哀想だと話す。

するとそんなタリサの話を黙って聞いていた、昨日さんざんマタタビ酒に酔ったコテツに絡まれ。至近距離でニャゴ~、ニャゴ~や、昆布だしが何とか、美しく盛り付けられた(ぶり)の切り身が何とか、しゃぶしゃぶしたかったとか、と大泣きの泣き声や愚痴に耳をやられ。

愛満共々コテツが飲み食いして散らかした炬燵上の片付け等で疲れはて、目の下にはうっすらとクマが出来た愛之助は苦笑いし


「そうでござるね。昨日の夜の一連の行動が無かったら可哀想と拙者も心の底から思うでござるし。

炬燵の中で大の字になった、ふてぶてしい姿ではなく『かじけ猫』の姿でもしてれば可愛いと思うでござるが……………」


言葉を濁すのであった。

そんな愛之助の疲れた様子を心配しつつも、愛之助のある言葉に反応したタリサは


「かじけ猫?かじけ猫って何?」


初めて聞いた『かじけ猫』と言う言葉の意味を質問する。


「あぁ、『かじけ猫』でござるか、……そうでござるね。う~んと、まず『かじけ猫』を説明する前に猫の意味が解るでござるか?」


ケットシーとは違う、4足歩行の猫の事をタリサに質問する。


「猫?猫の事なら知ってるよ。この前読んだ絵本や猫雑誌に乗ってた4足歩行の可愛い動物の事でしょう!

僕、僕達と同じ耳や尻尾の生えた兎さんも好きだけど、猫も好きだよ♪」


「そうでござるね。拙者もタリサ達と良く似た耳や尻尾の生えた可愛い兎さん達も好きでござるし。猫さんや犬さん達も好きでござるよ。」


思わず2人で微笑み合いながら、愛之助が『かじけ猫』の説明を続け。


「それで『かじけ猫』とは、でござるね。

猫とはもともと愛満の故郷のアフリカと言う国からインドと言う国にかけて分布する野生種を飼い慣らしたものらしいのでござるよ。

それで、アフリカと言う国やインドと言う国は暖かい気候の地域らしく、猫は寒さが苦手らしいのでござる。

だから四季折々の季節が訪れる愛満の国では、寒い冬の時期に炬燵で丸くなっている猫を『炬燵猫』

(かまど)の中で灰だらけになっている猫を『竈猫』等と呼ぶ言葉が残っているそうなのでござるよ。

そしてタリサが知りたがっていた『かじけ猫』とは、寒さに縮こまって丸まっている猫の姿を『かじけ猫』と呼ぶらしいのでござるよ。」


「へぇ~!かじけ猫ってそんな意味なんだ!」


「拙者も詳しくは知らないのでござるが、拙者がこの前読んだ時代小説に『かじけ猫』を見た堅物の主人公の武士が、寒さに縮こまりながら小さく丸まってる2匹の猫の姿があまりの愛らしく、自分が寒いのも忘れて、思わず頬を緩めた(微笑む)と書いてあったのでござるよ。

だからも拙者も、コテツ殿が炬燵の外で『かじけ猫』の用に寒さに縮こまって丸まっているならば、あの堅物の主人公が頬を緩めたぐらいだから、昨日事を水に流せられるかも知れないと思ったでござるよ。」


今だ昨日の事を根に持っている様子の愛之助が『かじけ猫』の意味をタリサに説明し終える。


そうして愛之助が昨日のコテツの様子をタリサに問い掛けられ。どんな様子だったか話していると、何やら昆布だしの良い匂いが茶屋内にただよい始め。


何やら白い湯気上げる大きな土鍋が乗ったワゴンを押す愛満と大皿に綺麗に盛り付けられた鰤の切り身の皿を持った山背

照れ臭そうに苦笑いを浮かべるエプロン姿のコテツの妻のミムが台所からやって来て

ミムが真っ白な毛並みを恥ずかしそうに逆立てながらコテツが籠城する炬燵に近づき。

何やら2人でコソコソ話をし終えると、炬燵から出てきたコテツの世話をミムが甲斐甲斐しく焼きながら、コテツが昆布だし、鰤の切り身、しゃぶしゃぶしたかったとさんざん昨日の晩に愚痴っていた。

ミム達が忘年会の鍋パーティーで食べたらしい。ケットシー達ドハマり中の大好きな魚や千切りした大根、人参、水菜などを昆布だしでしゃぶしゃぶしてポン酢でいただく。

ほどよく脂が落ち、あっさりとした美味しさを楽しめる。ミムと愛満お手製の『鰤しゃぶ鍋』を朝早くから皆でしゃぶしゃぶしながら仲良く食べ始めるのであった。



ちなみにケットシーのミムが異世界料理の冬の味覚の『鰤しゃぶ』をそもそも知った訳は


「う~ん♪今月2回目の鰤しゃぶになるでござるが、何回食べても鰤しゃぶは美味しいでござるね。

しゃぶしゃぶも楽しいでござる。しゃぶしゃぶ、しゃぶしゃぶ♪」


「本当に美味しいへけっ!しゃぶしゃぶ、しゃぶしゃぶ♪」


「お肉もしゅきだけど、マヤラ、おちゃかなもおいちいからしゅき!にいたんもおいちい?」


「うん!すごく美味しいね、マヤラ♪

それに鰤の切り身を皆でしゃぶしゃぶして食べるのも面白いから、ついつい食べすぎちゃうよ♪僕、もうお腹パンパン!」


「本当に旨いのう~!これもそれも『鰤しゃぶ』と言う料理を愛満に教えてくれたお婆様に感謝じゃのう~!」


「本当でござるね。こんなに楽しくて美味しい『鰤しゃぶ』と言う料理を愛満に教えてくださったお婆様に感謝、感謝でござるよ。

確か、父方のお婆様が教えてくれてのでござるよね、愛満?」


まだ幼く、1人で鍋にしゃぶしゃぶ出来ないマヤラの世話を焼いてる愛満に話しかけ。


「うん、そうだよ。お父さん達の仕事の締め切りの関係で、毎年は行けなかったけど、たまに年末にお父さんの京都の実家に帰省するとお婆ちゃんが冬の味覚だと言って、この『鰤しゃぶ』準備してくれていたんだ。

それにね。帰省出来なかった年なんかは、毎年新鮮な鰤を丸々一匹お婆ちゃん達が送ってくれてね。家族皆楽しみに鰤の頭やアラは煮付けになんかしたりして、美味しくごちそうになってたんだよ。

だからか、毎年寒い季節になると京都のお婆ちゃんの思い出の料理の1つ『鰤しゃぶ』が恋しくなってね。

この前仕入れの時に新鮮で丸々太った鰤を見付けたから、たまたま茶屋にお茶しに来ていたミムさん達も誘って

大人数で食べる鍋は楽しくて美味しいから、皆でお鍋して食べたんだよね。」


愛之助と愛満が話していると、何やら先程からため息を度々(たびたび)ついていた山背が


「かぁー!これで今が朝でなかったらのう~、ここで熱燗と一緒にきゅっと鰤しゃぶが楽しめたのに、かえすがえすも惜しいのう~!」


雄叫びを上げ。悔しそうに鰤の切り身をガバッと3枚重ね取ると、昆布だしがきいた鍋の中でしゃぶしゃぶし出した。



◇◇◇◇◇



こうして夫婦喧嘩は犬も食わないと言うことわざ道理。愛之助達が骨折り損のくたびれ儲けをしただけのコテツの家出は1日で終わり。

タリサが待ち望んだ雪ではなく(みぞれ)が降るだけで、雪遊びやぜんざいは食べられなかったのだが、明日もまたコテツとミムを含めたケットシーの七宝一座は、その日のうちにコテツと仲直りをし。風呂屋松乃の劇場で、一座仲良くお客さん達の頬を緩め、楽しませるのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ