和菓子『夕日』と曼珠沙華
「ロミナ、カミロ、ヒイロ、遅くなってごめんな。実はお彼岸前に急な護衛依頼が入ちまってな。お彼岸迄には帰ってくるはずだったんだけど、遅くなっちまったんだわ。
ごめん、ごめん。そう怒るなよ。その変わりじゃないけど、こうして朝早い、まだまだ薄暗いなか、父ちゃん お前達に会いたくて町から駆け足で来たんだぜ。
それに母ちゃんのロミナが好きだった赤い火花の花や、カミロが好きだった木の実が沢山入った焼き菓子。カミロも赤ん坊の頃好きで良く果汁を飲ませてやってた。ヒイロ用の蜜柑を沢山持って来たから、昔みたいに皆で仲良く食べてくれよ。」
まだまだ薄暗い朝早い時間の中。街頭の明かりを頼りに冒険者の格好をした中年の男性が、持参した赤い花の花束、素朴な見た目ながらも美味しそう焼き色が付いた。木の実がぎっしり入った焼き菓子。
その昔存在した1人の勇者が広めたとされる、果物の1つ。蜜柑を掃除を終えたばかりの3人の名前が刻まれた墓に供え。1人話しかけていた。
「それにさぁ、ロミナもカミロもヒイロも、ジャックさんの事覚えているか?
ほら、お前達に良く行商先の面白話をしてくれていたジャックさんだよ。
あっ、ヒイロは母ちゃんの腹の中にいる時に会っただけだから解らねぇか!…………う~ん、まぁ、しょうがねぇ。ヒイロ、ちいっと我慢して父ちゃんの話を聞いてくれや。
それでなぁ、そのジャックさん。先の戦争で行商先で避難してたらしいんだけど、また行商を再開したらしくさぁ。
この前仕事終わりに松乃に行ったら、朝倉町に行商に来ていたジャックさんとばったり風呂場のなかで再会してな。
それで懐かしさも合間って、ついつい長長と露天風呂に浸かりながら話し込んじまってよぉ。
ジャックさんも父ちゃんも、ちいっとばかりのぼせかけたりとアクシデントもあったりしたんだけどよぉ。
気付けばいつの間にか、あれよあれよと言う間に昔のよしみで、次の行商先までの護衛依頼を頼まれちまってよ。
まぁ、ちいっとばかり行商先の目的地まで距離はあったんだけどさぁ。
父ちゃん、今回も皆と力を合わせてバッサバッサと魔獣を倒してよ。そりゃあスゲェ活躍してジャックさんにも『さすがマウロさん。腕は衰えてませんね』って誉められちまってよ。本当、人気者は辛いぜ~!ガハハハハハーーーーーー!」
尽きぬ話を朝日が顔を出し。墓地や周囲に咲く、白や赤、ピンクの秋桜、赤や白の彼岸花達を朝日の光で染めつつ。周囲が明るくなる時間まで楽しそうに話し込み。
「………………………お前達にもそんな父ちゃんの背中、見てほしかったなぁ………………。」
最後にポッリと呟くと、墓守のドルイド僧達が早朝の墓地の掃除に来たのをきに、少々名残惜しそうにしつつ。男性は町へと帰って行った。
◇◇◇◇◇
「で、秋から登場した秋限定の新作商品の1つが、この『夕日』と言う名前の寒天を使った。ワシ、イチオシの流し菓子になるのじゃよ!
まず見た目が2色の色合いで、味がそれぞれ違う寒天菓子に別れておって、オシャレなワシにピッタリで素敵じゃろう。
それになんと言っても、秋が深まると共に黄金色に色付いていく稲を連想させるような。きび砂糖と白こし餡を使った下の寒天菓子の層が、実に奥深い味わいになるのじゃよ。
かたや斜め上の寒天菓子の層も、紅色に染まる夕日のような美しい色合いでのう~。ほんのり葡萄の味や風味が楽しめ。さっぱりとした味わいながら侮れんのじゃよ。
そして、そしてなのじゃ!その2色に別れた寒天菓子を一緒に口の中に頬張り。それが合わさると、実に!実に!上品な甘さや、優しい味わいに皆ノックアウトなのじゃよ!」
その日万次郎茶屋では、秋分を過ぎ。すっかり朝晩冷え込む事からお気に入りのカーディガンに袖を通した。前掛け姿の山背が万次郎茶屋の常連客の1人でも有る。朝倉町を拠点に活動する冒険者のマウロに、自身イチオシの秋限定の和菓子を熱心にプッシュしまくっていた。
「どうじゃ、マウロ!この和菓子の『夕日』食べたくなったじゃろう~!」
「……えっ!あっ、………お、おう。そ、そうだなぁ。」
そんな山背の熱烈な様子に驚き。少々引き気味に相づちを打ち。マウロと山背から呼ばれ、執拗に話しかけられている男性が誰かと言うと。
山背と同じツルツルした反りあげられた坊主頭に、深く刻み込まれた目尻の笑いシワが目を引き。
何やら深みが有ると共に、人の良さそうな雰囲気を醸し出している。見た目4~50代なかばの中年男性に見え。
冒険者らしく鍛え上げられた筋肉質の厚みのある体格で、朝倉町にギルドが出来るとともに町に移り住み。
自身の兄弟や従兄弟達5人とチームを組み。朝倉町を拠点に活動する冒険者の1人になる。
そして、つい昨日まで昔馴染みの旅商人からの遠出の護衛依頼をチームの仲間と共に無事に完了させ。
24時間利用出来る風呂屋・松乃で仕事の疲れを洗い流し。町が寝静まる薄暗い朝早い時間から、自身の家族が眠る墓へと墓参りを行い。
その足で、朝早い時間から町を立つ旅行者達の為にと朝早い時間から店を開けている。自身の好物でもある万次郎茶屋の和菓子を食べに来ていて。
そんなまったりしていた所を開店直ぐで暇をもて余した山背に捕まってしまい。
こうして訳の解らないうちに、何やら秋限定の和菓子になるらしい。流し菓子とも言われる寒天やこし餡を使った和菓子『夕日』とやらを猛プッシュされていたのだ。
「そうじゃろう、そうじゃろう。よし!ワシも男じゃ!
今日はワシが大盤振る舞いで、ワシイチオシの和菓子『夕日』をマウロに振る舞ってやるのじゃあ。(ボソボソ……それにツルツル頭仲間のマウロになら、いくら食べられても惜しくはないのじゃ………ボソボソ)
ちょっと待っとれ。今、愛満に頼んで『夕日』を皿に盛り付けてもらってくるからのう!」
マウロが静かに和菓子を楽しんでいた所を勝手にマウロが座る前の空いてる席に座り。1人話していたのを椅子からトォーっと、何やら意味もなくカッコつけて飛び降り。
愛満が作業している茶屋奥の台所へと意気揚々と歩いて行き。
「すまん、すまん。マウロ、待たせたのう。
これがワシ イチオシの流し菓子の『夕日』じゃあ!」
お皿に盛り付けられた半月型で斜めに2層になった『夕日』と、丸々一本の『夕日』が乗った長皿や急須に入ったお茶、自身愛用のマイ湯飲みを山背サイズのワゴンで運んで来て。自信満々の様子で、マウロや自身が座っていた席の前に置き。
マウロの湯飲みにお代わりのお茶を注いであげながら
「さぁさぁ、遠慮せずに食べると良いのじゃ。それに心配せんでもお代わりの『夕日』もお茶も沢山持って来たから、何の心配せんでも大丈夫じゃぞ!」
話すと、マウロが『夕日』を食べるのを確認してから自身イチオシの『夕日』を口にし始め。2人仲良く和菓子『夕日』に舌鼓を打っていくのであった。
◇◇◇◇◇
そうして、山背が持って来てくれた丸々一本の『夕日』を半分ぐらい食べ終えた頃。
「山背、ありがとなぁ。山背が進めてくれた、この『夕日』。
優しい甘さで、ついこの間まで長期の依頼で気を張ってた疲れた体にじんわり染み込んできて、口当たりも良くて旨かったよ。山背、本当にありがとう。
……………て、それでって訳じゃないんだけどさぁ………茶屋に来た時からずっと気になってたんだけど、山背の頭に乗ってる、ソレ。
今の時期良く花を咲かせてる赤い『火花』の花だよなぁ?どうして『火花』の花を頭の上に乗せてるんだ?」
山背が進めてくれた『夕日』の感想を交えつつ。マウロが茶屋を訪れた時からマウロがずっと気になっていた。山背の頭の上に咲いている、赤い火花の花の事を質問する。
「おっ!(ボソボソ……さすがツルツル坊主頭仲間のマウロ…ボソボソ)この火花のカチューシャの事に気付いておったか!
これはのう~、マウロが言う『火花』こと『彼岸花』と言う花でのう~」
山背が自身の頭につけているカチューシャの位置を気にしつつ。何やら自慢気にカチューシャに付いた彼岸花の事を説明しょうとしていた所。タイミング悪く、朝の作業を終えた愛満と愛之助が茶屋奥の台所からやって来て
「マウロ殿、おはようでござるよ!それにお久しぶりでござる!」
「マウロさん、遅くなってすいません。おはようございます。今日は朝早くから茶屋に来てくれてありがとうございます。
確か行商の方の護衛依頼で町を離れてたんですよね。無事のお帰りご苦労様です。
って、山背。まだ彼岸花の造花が付いたカチューシャ、頭にしてたの?ずっとつけてて頭が痛くならない?」
常連客の1人、マウロへと挨拶をしつつ。
今朝 愛之助からプレゼントして貰ったばかりの彼岸花の造花が付いたカチューシャを頭にし続けている。山背の頭皮の事を心配して、思わず愛満が声をかけたのだが、意味が解らない山背から逆に不思議そうに返され。
「えっ?頭なんぞ痛くないぞ。そもそも、どうしてカチューシャしてたら頭が痛くなるのじゃ?」
「えっ!?本当に痛くないの?
だってカチューシャの内側には髪を押さえる為の突起物が付いてたでしょう?
それに僕の姉ちゃんなんかは、髪質が細くて、どちらかと言うとボリュームが少ないサラサラヘアーだったから、カチューシャを長時間してたら頭が痛くなるって言って、嫌がってたんだよね。
だからさぁ~、………う~んと、それに……その……………(コソコソ……山背の頭には髪が無いから……)ほら!何て言うのかなぁ~……………。
とにかく、いくらトゲトゲしてないからといって、ずっと頭にしてたら山背も姉ちゃんみたいに頭が痛くないのかなぁと心配したんだよ。」
自身の姉の例を伝えつつ。少々オブラートに包みながら山背の頭を心配した事を伝える。
すると愛満が髪の無い山背の頭(頭皮)の事を心配しているとは思わない山背は、
「おおぅ!!そうじゃったのか、それはありがとうなのじゃ、愛満。
けど心配せんでも大丈夫じゃぞ。逆に頭のツボを押されてるようで、気持ち良いくらいじゃ。
それに愛之助も言っておったが、オシャレを楽しみには、少々の我慢も必要要素なのじゃろう?
じゃからこのくらい、オシャレなワシにとっては屁のカッパなのじゃよ!」
心配する愛満を豪快に笑い飛ばし。『いや~~、オシャレなワシに時代が追い付いてくるのは、いつになるやらのう~!』と、何やらご満悦な様子で、一人 大きく頷き。何やら良い事を思い付いたと立ち上がり。
狩りも行う冒険者の職業柄、モノトーンな服や森に同化する色合いの少々地味な服装ばかりのマウロの為にと自身が所有する。コプリ族の呉服屋に発注した山背デザインの反物で、オシャレな普段着を作ってあげると突然言い出し。
自身が住む城へと、いそいそと沢山有る反物を取りに行く。
と、そんな山背をしりめに久しぶりに来店したマウロとお喋りに興じていた愛之助は
「それでねござるね。山背が頭にしていたカチューシャとは、拙者達『苺忍者隊』が一つ一つ手作りして、今年の秋から売り出している。頭を着飾るアクセサリーになるでござるよ。
まぁ、手作りと言っても、そこは仕入れて来たシンプルなカチューシャに、可愛らしい造花の花やレースを思い思いに飾り付けた一品になるでござるが、世界中探しても他には無い1つになるでござるし。
これからますます寒くなる冬には花が少なくなるでござるから、小さな子供達から年配の女性達まで、大きく人気を得ているでござるよ。」
山背が頭にしているカチューシャの事を説明し。マウロがカチューシャの事や苺忍者隊の活動の事を知らない様子だったので、更に付け加えて
「ほら、愛満のいなり寿司の情報を見返りに、朱冴のお店の一角に苺忍者隊が手作りして委託販売している雑貨やアクセサリーコーナーが有るでござろう?知らないでござるか?
朱冴の店の入り口に苺忍者隊の活動報告書を無料配布してるでござるのに……………う~ん、おかしいでござるね。
それに苺忍者隊の作る雑貨やアクセサリーと言ったら街の皆や街を訪れる人達から、普段使い用やお土産等として好評でござるよ。」
活動報告書と言う名の町に溢れる苺の美味しい食べ方や、苺の品種の美味しさのポイントの違い。
朝倉町でしか食べれない苺を使った美味しい料理(菓子やパン等)のお店情報等が手書きされた活動報告書の事等をマウロが知らない事に愛之助が首を傾げ。不思議がっていると、苺忍者隊の活動を知らなかった事にマウロが苦笑いしながら謝り。
「それより愛之助。さっき山背が火花の事を何か違う名前で呼んでたけど、あれはどういう意味なんだ?」
こちらの世界では、加治屋が加治仕事をする時に豪快に飛び散るような。まるで火花が散っているような赤い色合いや見た目、形から火花と呼ばれる花の名前の事を質問する。
「山背が話していた事でござるか?…………火花?…………あぁ、彼岸花の事でござるね!」
「彼岸花?………火花じゃないのか?」
「彼岸花とは愛満の故郷での火花の花の名でござるよ。
こちらでは火花と呼ばれているでござるが、愛満の故郷では彼岸花は秋のお彼岸の時期に咲くでござるから『彼岸花』と呼ばれているみたいでござる。」
自身も愛満から教わった彼岸花の情報を話始め。
「それにでござるね。『彼岸花』の他にも『曼珠沙華』とも呼ばれているでござるよ。
曼珠沙華とは梵語をそのままうつしたもので、直訳すれば『赤い花』なのでそうでござる。
まぁ、赤い花と言う意味でござるから、こちらの呼び名の火花とはそう変わらない気がするでござるがね。
あっ、けどマウロ殿。拙者もまだまだ未熟ゆえ、梵語の事は良く解らないでござるから、これ以上詳しく説明できないでござるよ…………すまんでござる。」
梵語の意味など、詳しく説明出来ない事をすまなそうに謝る。
「いやいや、気になったらトコトン知りたがる俺の性分が悪いだけだから気にしなくて大丈夫だぞ、愛之助。
それに山背が火花を彼岸花と呼んでた訳が解っただけでもスッキリして納得したから良かったぜ。
もし愛之助が教えくれなかったら、しばらくの間1人モヤモヤしてたはずだしな!」
自分の知識の無さにすまなそうに謝り。少し落ち込む様子の愛之助を励まし。笑い飛ばすと謝る事はないと逆にお礼の言葉をかける。
そんなマウロの言葉に元気を取り戻した愛之助は、『本当でござるか!?拙者の説明で役にたったでござるか!!』と嬉しそうに微笑み。
「そうだ!マウロ殿。彼岸花はござるね。昔から蓮の花等とともに天界の花とも言われているでござるよ。
拙者、そんな話を愛満から聞き。一目彼岸花の咲き誇る群生を見て見たいと思い立ち。
この前タリサ達と一緒に隣山の墓地に群生している彼岸花を見に行ったでござるよ。
そしたらでござるね。燃え立つような赤い彼岸花が群生している風景が、それはそれは目にも鮮やかで、何やら心の臓を揺さぶられる美しさで、言葉では表せないぐらい感動したでござる。
けど、あんな美しい風景ならば、昔の人達が、西の彼方にあると信じられる極楽浄土を見てるようだと錯覚をしてしまった気持ちも解る気がしたでござるよ。
ねぇ、愛満。彼岸花の群生の光景は、素晴らしいものでござるもんね!」
彼岸花が咲き誇る風景を思い浮かながら、愛之助がこの前彼岸花の群生を見た時の感想を交えつつ話してくれ。
タイミング良く早朝2組目のお客さんの接客を終え。出口まで見送り終えた愛満に話しかけ。愛之助に話しかけられた愛満も
「そうだね。彼岸花が群生している光景は本当に美しいよね。
僕も故郷では、よく学校の行き来の道で群生している赤い彼岸花と小麦色に首部を垂れてる田畑の風景を見ながら、思わず写真に納めておきたい綺麗な風景だなぁと思っていたよ。」
自身の昔の事を懐かしそうに思い出しながら話。途中、何やら彼岸花の風景をきっかけに思い出した様子で
「それにね。僕がタリサぐらいの小さな子供だった時の話になるんだけど。
僕の実家の近所に、ある時期になると真西に沈む夕日を見送りながら手を合わせ拝んでいる。お富さんと言うお婆ちゃんがいてね。
自宅脇の田畑のあぜ道で、目の前に広がる大きな田んぼや真っ赤な彼岸花達と一緒に、紅色の夕日に染まりながら、春の彼岸や秋の彼岸の一月の間。毎日毎日夕日を見つめては、何やら一生懸命に手を合わせていたんだ。
けど幼い僕には、富婆が夕日に手を合わせている意味が解らなくてね。毎日どうして夕日に拝んでるのかと不思議に思って、ある日富婆に訪ねた事があるんだ。
そしたら富婆が、そもそもは春や秋の彼岸の日に真西に沈む夕日を見送りながら、浄土を思い、亡くなった人をしのぶ風習の『日想観』だと教えてくれて。
本当は春のお彼岸や秋のお彼岸の日に行うらしいんだけど、富婆が言うには、自分にはそれだけでは足りないらしくて
お彼岸の時期は毎日こうして手を合わせているんだと話してくれたんだ。」
黙って愛満の話を真剣な顔で聞いてくれているマウロの事を少し気にしつつ。
「それでね。………………後で婆ちゃんがコッソリ教えてくれたんだけど。富婆がああしてお彼岸の時期に手を合わせいるのは、昔 学校の先生をしてた人と結婚してたらしくて、村の外にお嫁に出たらしいんだ。
けど僕の故郷でも昔大きな戦争が始まり。戦争で旦那さんは遠い異国の国の戦地に徴兵されてね。そのまま戦地から帰っててこなくて……………。
5人いた子供達も生まれつき体が弱く、自分の里で療養させてた娘さんを1人を残して、後の4人は疎開先や戦禍のなかで命をおとしてしまったそうなんだ。
だから、失ってしまった家族5人の事を思い。…………毎年手を合わせては心の中でお話ししているんだよって…………………。」
今は亡き富婆の事を思い出しながら話。
山背やマウロが食べ終えた『夕日』の和菓子が乗っていた皿を見つめ。
「それからも富婆、腰が曲がっても、足腰が弱くなって車イス生活になっても、娘さんの芳子さんの手を借りながら、あの彼岸花が群生しているあぜ道に連れて来てもらい。毎年毎年、この時期になると夕日を見送りながら手を合わせていたんだ。
………だから、そんな富婆や富婆の失ってしまった5人の家族の思い出にと、僕が出来る事と言ったら和菓子作りしかないから、何十年もの間富婆が手を合わせてきた風景を思い浮かべて。
高齢の富婆でも食べやすいように寒天を使った。和菓子のなかでも流し菓子と言われる『夕日』と言う名の和菓子を作ったんだ。」
寒天を使った流し菓子の『夕日』が誕生した訳を話終え。ある事に気付くと愛之助と目配せし。
自身も戦争で家族を失った過去をもつマウロが、家族の事を思い出した様子で、静かに涙を流している事には触れず。
静かに席を外し。店の看板を裏返して、思いのままに涙を流させてあげるのであった。




