お婆ちゃんの「いなり寿司」と、旅商人の『でやんす!』
チャソ王国から2つ離れた。手先が器用な国民が多いラクトシア国にある。刺繍が特産で有名なクロア町で、仕入の旅の途中に知り合った元旅商人の男に頼まれ。
その男が贔屓にしていた。地図にも載らないほどの小さな『大吉村』と言う海に面した小さな村を目指し。
狐族で旅商人の朱冴は、相棒で栗色の毛並みが美しい雄馬のソルトが引く荷馬車に乗り、のんびりと山道を進んでいた。
◇◇◇◇◇
「う~~~ん♪晴れ晴れとした天気で気持ちが良いやんす!
♪♪~~~♪~~~♪~♪~~♪~♪~♪~~~♪~♪~~♪~~~♪~♪
それにしても本当、人生どう転ぶか解らないでやんすねぇ~♪」
いつになく機嫌が良い様子の朱冴が、目的地途中の山道を暢気に鼻唄を奏でながら歩みを進めている中。
何やら思い出した様子でしみじみと呟く。
と言うのも、そもそも今回朱冴が見知らぬ大吉村を目指している訳は1人の男との出会いになり。
始め新手の詐欺師かと男を疑っていた朱冴であったのだが、よくよく男の話を聞いた所。
どうやら男は先のチャソ王国の戦争の際、身重の妻や幼い子供を連れ。妻の実家があるラクトシア国に避難してきたらしく。
戦争が終わったと聞き。自分の祖国でもあるチャソ国へと帰ろうと思ったのだが、今は妻の両親が営んでいる。
鮮やかな刺繍が施されたクロア町名産の品々を販売する店を手伝っており。
幼い頃から父親に連れられ。長年荷馬車での行商をしていた為か、はたまた朱冴が客観的に見ても人受けする穏和な顔や、少々……………………いや、結構。コロコロと丸みをおびた体型なども+されてか、それほど時間がかかる事なく客達からも受け入れられ。
他にも長年行商をしていた事もあり。自分と同じようにラクトシア国へと避難して来た知り合いの行商仲間の、慣れない土地での苦しそうな生活を目の辺りにし。
何とか仲間を助けて上げたいとの気持ちから、ラクトシア国内や、その付近でのクロア名産の品々を販売する新しい行商ルートを確率させ。
避難する際は身重だった妻も無事子供を産み。上の子と合わせて子供達はまだまだ幼く。
お産を終えたばかりの妻も長旅には耐えられそうになく。
年老いた妻の両親も自分が店を継いでくれるものと考え。
大いに喜び、ひどく安心した様子で、これからは可愛い孫達とのんびり出来ると喜んでいて。
1人いろいろと考えた結果、自分はチャソ国には戻れない、…………………いや、戻らずに、このラクトシア国のクロア町に骨を埋めると決心したとの事。
しかし男が話すには、チャソ王国へと1つだけ心配と共に心残りがあるそうで、自分の親の代から贔屓にしてきた。
ついつい行商の男が心配するほどの。
ハッキリ言って、優しすぎると言って良い程に人が良く。少々無知な所も有り。
ヘタな行商人等からは、一発でカモにされてしまうのではないかと心配してしまう程の。
大吉村なる海の沿いの小さな村に住んでいる村人達の事が気になるそうで…………。
他の旅商人に託そうにも、めぼしい知り合いの旅商人達はラクトシア国の行商に力を貸してくれており。他に信頼できそうな旅商人もおらず。
毎日商人ギルドに来ては、大吉村の事を託せそうな旅商人を探していた所。
なんとか信頼できそうな朱冴を探しだしたとの事。
その為、見も知らぬ大吉村の事を一方的に託すようになり。
本当に心苦しいのだが、大吉村はチャソ王国の外れになって行きも帰りも道が険しく。
何か特別な特産のある旨味のある村ではない為。ハッキリ言って儲け話には繋がらないのだが、村人皆良い人ばかりなので、何卒 大吉村のルートを任されてくれないかと相談を持ちかけられ。
そんな初対面になる男の話を聞いた朱冴は、男のあまりの必死な様子や熱意に、まだまだ身を固める予定もなく。自分一人のその日暮らしな気楽な生活な事もあり。
面白そうだなぁという軽い感覚だけで、その仕事を二つ返事で引き受けたのであった。
◇◇◇◇◇
「ソルト、だいぶ遠くまでやって来たでやんすなぁ。
確かあのピーターの話では、この山を越えて、もう一つの山も越え。荷馬車で1~2日したら着くといってたでやんすけど………まぁ、そこは臨機応変に。ソルト、お互い頑張ろうでやんす!」
人が話す言葉を正確に理解している様子の。実に頭の良い相棒のソルトを励ましながら目的地の大吉村に足を進める。
そして無事一つ目の山を降り、二つ目の山を登り出して直ぐの事。
山道が突然、旅慣れしている朱冴でさえ見た事もないような、美しく平らな石畳の道に変わり。
その周りにはまた見た事もないような、美しい看板や外灯が現れた。
「……な、何でやんすかコレは???
…………………うんうん!それにしても本当にスゴいでやんすね!
ふぇ~~惚れ惚れするほどの美しさでやんす~♪」
あまりの場に不似合いな光景に驚きながらも朱冴は荷馬車から降り。
好奇心満開な様子でアチラコチラとウロチョロしながら、暫くその場をいろいろ見て回っていたのだが、あまりにも長い道草だった為。
待ちくたびれたソルトの呼び掛けにより。実に渋々と荷馬車へと戻り。
まだまだ先の長い目的地へと先を急ぐ為。歩みを再開させたのだが、
「ブル!ブル、ブルブル!ブル、ブル、ブルルル~!!」
「解ったでやんす!私が道草したから悪いでやんす!そんなに怒らなくてもいいでやんす!
まったく、ソルトは頭が固すぎでやんすね~!」
「ブル!ブルブルブル、ブルブル、ブル!」
「あっ!!!主人が脳天きすぎるおバカで困るでやんすと!な、何て事言うでやんすか!私はバカでないでやんす!
そ、そう!ちょっとマイペースなだけでやんすよ!」
何やらソルトと口喧嘩を繰り広げながら、石畳の歩きやすくなった山道を進んでいた所。
「って、あれは何でやんすか?
ソ、ソルト!ソルトにも見えているでやんすか!?私の目の錯覚ではないでやんすよね!?」
先程の光景を更に凌駕するような。見た事もない美しい建物が立ち並ぶ光景が目の前に広がっており。
「う~~~ん?いつの間にピーターさんでも知らない村が出来たのでやんすか?…………まぁ、良いでやんす!
それより、今日は野宿をしなくてすみそうで、本当に助かったでやんす。
うんうん!野宿は本当に辛いでやんすからねぇ~!」
ピーターから教わっていた話では、山二つ前の町から大吉村までは町や村など一つもないと聞いていた朱冴は、不思議に思いながらも、実にアッサリした様子で、今夜は野宿せずに助かったと能天気に考え。
近くの建物横にある厩舎に荷馬車ごとソルトを入れ。置いてある備品で念入りにソルトの世話をし。
嬉しそうに厩舎横の建物の中に入って行くのであった。
◇◇◇◇◇
その日、連日の兎族兄弟の問題を無事解決し。
少し気疲れしていた愛満は、久しぶりに大好きな祖母が愛満達兄妹の運動会や遠足等のおりに毎回作ってくれていた。
甘いお揚げにキリリとした胡麻の風味入りの酢飯が絶妙に混ざり合い。
毎回一口かじるなり、知らず知らずのうちに美味しさで頬が緩んでしまう。
祖母直伝の『いなり寿司』を昨日の夜から無性に食べたくなり。
なので毎日作っている。万次郎茶屋で販売している和菓子の品数を1~2品減らし。
昨日の夜のうちに仕込んでおいた。甘いお揚げの煮汁ごと一晩馴染ませ。味の染み込んだ大量のお揚げを使い。
愛之助と2人、せっせと大量の『いなり寿司』の山を皿の上に5山以上は作り上げていた。
そうして正確には、昨日の夜から作っていた愛満念願の『いなり寿司』を愛之助やタリサ、マヤラ達の4人で『美味しい、おいちい』等と話しつつ。
仲良く食べていると、来客を知らせるお店の扉のベルが鳴り。
チリーン、チリーン♪
「い、いらっしゃいませ。」
愛満が慌てて立ち上がり。万次郎茶屋へと来店して来たお客さんを迎え。
そんな愛満の横では、口一杯の『いなり寿司』を必死に呑み込もうと格闘している愛之助やタリサ、マヤラ達3人も立ち上がり。
口一杯に詰め込まれた『いなり寿司』で声は出せないのだが、せめてもと頭を下げると
「どうも初めましてでやんす!私、旅商人の朱冴と言う者でやんす。
実はでやんすね。大吉村に向かう途中、たまたまこちらの村を目にして立ち寄らせて頂いたのでやんすよ。
しかし初めて来た村なのでかってが良く解らず、こちらに寄らせて頂いたのでやんす。
あの、ここは店屋であってるでやんすか?」
オレンジ色した髪からニョキッと生えた小麦色から白にグラデーションする可愛らしいキツネ耳と尻尾。
ギリ180cm位の高い身長なのにペラペラの細身の体格で、一見チャラそうに見えるものの。
八重歯がチャームポイントになる。何故か可愛らしく見え、庇護欲をくすぐる男性が立っていた。
「そうなんですか、遠い所をわざわざご苦労様です。
私はこの万次郎茶屋の主人、愛満と言います。隣に居るのが弟の愛之助で、その横がタリサとマヤラになります。」
愛満が話してると朱冴のお腹が勢いよく鳴り。悲しそうに八文字になった眉で、『いなり寿司』を見つめながら『お腹が空いたでやんす』とポツリと呟く。
その姿を見た愛満は何故か、いつしかのチョコフォンデュ器を欲しがった時の愛之助の姿と朱冴の姿がダブリ。
無言でさっきまで愛満達が『いなり寿司』を食べていたテーブル席へと朱冴を座らせ。
そんな愛満に釣られるように愛之助やタリサ、マヤラ達3人も朱冴の為に取り皿やお箸、お味噌汁、お茶等々。
何やらせっせと4人で朱冴の世話を焼き。気がついたら初対面になる朱冴へと『いなり寿司』をごちそうしていた。
「な、なんでやんすか、この食べ物!!
この回りの茶色いのは甘く、噛み締めるたびにジュワーと旨味が出てきてでやんすね!
中の入ってる白い粒々した物は、まろやかな酸味があり。そこに更に小さい粒々した物が噛み締めるたびに香ばしい風味が口の中に広がってでやんすね♪
全てが口の中で味が合わさり、実に旨いでやんす♪」
初めて食べた『いなり寿司』の美味しさに感動しながら、箸が止まらない様子の朱冴は1人で2皿分の小山を食べきり。
満足げに愛之助が煎れてくれたお茶を飲み干しながら、実に満足げな様子で愛満達と喋り始め。
朱冴が向かう予定だった大吉村の今を知り。自分が旅商人として行かなくても生活が滞りなく出来ている事。
また発展途中の朝倉村の事が気になり。
愛満に是非とも自分も朝倉村に住ませてもらい。
今まで確立してきたルートを使って仕入れた商品を販売する店屋をやらせてほしいとお願いする。
そう!決して、決して、先程食べた『いなり寿司』の魅力に釣られ。
この村に住めば、いつでも好きなだけ『いなり寿司』がお腹一杯食べれると考えた下心があるわけでは、………………………あった!
自分の欲求に素直な朱冴は100%下心満載で、結構気に入っていた自由気ままな旅商人を辞め。
『いなり寿司』の為だけに、良く知らない朝倉村に住む気満々であり。
今思い返せば、何故かイマイチ解らないのだが、朱冴のあまりの『いなり寿司愛』の熱意にうたれた愛満達4人は朱冴を村に迎え。
そのうえ店舗兼住居も建ててあげる事にトントン拍子に話が決まり。
場所も朱冴の相棒ソルトの為。ドワーフ族の凱希丸家、下に在る広々した放牧地が使えるよう。
凱希丸家隣に凱希丸家2軒分の大きさで、1階部分がソルトの部屋の他、2軒分まるまる贅沢に使った、広々したコンビニ風な造りの店舗になり。2階部分がまるまる朱冴1人の住居になる。
店舗兼住居の和風な建物を愛満達が気が付いた時には、いつものように愛満の力を使い建築してあげた後であった。
◇◇◇◇◇
そうして愛満達の記憶があやふやな数時間の間に、元旅商人の朱冴が営む事になる。
日本で言うとコンビニみたいな造りでいて、品揃え豊富なお店がアッという間に村に建ち。
愛満お手製の『いなり寿司』大好きな狐族の朱冴と相棒ソルトが朝倉村の村人に仲間入りする。
ちなみに後々に解ったことであるのだが、朱冴には生まれつき人に好かれ、助けられる加護みたいな物がついているそうで…………。
良く周りの人から良く『あんたの事見てると何故だかほっとけないのよね』と、あれもこれもと世話を焼かれ。
何だかんだと周りの人達から好かれたり、助けれたりと不思議な出来事がこれまでにも多々あり。
今回も愛満達が気づかぬうちに朱冴の加護がひとりでに発動したのかもしれないとの事だった。




