揚げあんドーナツと春疾風・風のイタズラ
ビュービュー、ビュービュー
ビュー、ビュービュービュー
「うわー!今日も昨日に引き続き、風が強いでござるね。外に置いてある鉢植え、愛満の言うとおり畑の方に移動させて置いて良かったでござるよ。」
「しかしスゴい風音だね!あんまりにも風が強いからビュービュー唸ってるみた。」
「本当へけっね。何だか怖いへけっ!」
「こあいね。ちょれにかじぇがちゅめたくていやじゃね。」
その日も朝から吹き付けるような強い風で、窓を閉めていてもビュービューと唸るような風音が鳴り響くなか。
風音が気になる様子の愛之助達は、窓に張り付き外の様子を観察していた。
「うわー!見たでござるか!?さっき風でバケツが転がっていったでござるよ!」
「見た見た!何処の家のバケツだろうね!カランコロン言いながら転がっていったね!
あっ!今度は洋服が飛んでいったよ!洗濯物かなぁー?」
「うわっ!みんな見るへけっよ!あっちの方では花びらが飛んでいるへけっよ!綺麗へけっね~♪」
外の様子を観察しながら、強風のせいで飛ばされる物を見つけては皆で教え合う。
すると次の瞬間、何やら大変な物を見つけた様子の愛之助が
「あっ!あれは!みんな見てはいけないでござるよ!武士の情けでござる!」
言いながら、3人に見えないように自身の体を使って、外が見えないように窓を必死に隠す。
しかしそうされれば見たくなるのが人のさがで、タリサ達は愛之助の腕の脇から窓の外をのぞきこみ。
「えっ!何々?何かスゴいのが飛んでるの?」
「気になるへけっ!……………あっ、タリサ!何やら黒い物体が飛ばされてるへけっよ。ほら、あそこ!」
「どこどこ?解んない?」
「ほら、あそこへけっ!」
「……あっ、本当だ!黒いフサフサした物体が飛んでるね。それにその下をおじさんが必死に追いかけて走ってる。
黒い毛皮のマフラーか帽子が風で飛ばされてるのかな?」
「あぁ、外は寒いからそうかもしれないへけっね。しかしこんな風が強くて寒い日に、帽子かマフラーが飛ぶなんて可哀想へけっ。」
とあるフサフサしたカ○ラなる物体を黒い毛皮の帽子やマフラーとタリサ達が勘違いして、おじさん可哀想だねと話をしているのを聞き。
黒い物体が何かを知っている愛之助は、動揺した様子であるが、おじさんの名誉を守るため。
カツ○とバレないように強く!強く!帽子とマフラーが飛ばされておじさん可哀想だとのタリサ達の話しに同意し。
今だ黒い物体を追いかけているおじさんからタリサ達の気を引く。
「そ、そうでござるよ!あのおじさん、帽子かマフラーが飛ばされて可哀想でござるね!」
「そうだよね。こんな風が強い日は、マフラーはしっかり結んだり。帽子なんかは、飛ばされないように工夫しなくちゃいけないよね。」
「本当へけっね。あのおじさんには悪いへけっが、僕達はあのおじさんを教訓にして、風の強い日のマフラーや帽子を使用するさいは気を付けなくてはいけないへけっ!」
風の強い日のマフラーや帽子の着用のさいの注意点でタリサ達が話し込むなか。ただ1人の人物が、おじさん対強風の決着を見届けたのであった。
◇◇
「うゎ~!ほんちょ ちゅごかった!
くろいフチャフチャしちゃのが、すこしおちてきたちょころをおじたんがガチッとちゅかみ。おじたんがあちゃまにかぶちゃんだよ。」
※『うゎ~!本日スゴかった!黒いフサフサした物が、少し風がおさまり下に落ちてきた所をおじさんがガシッと掴み。
次の瞬間には、おじさんの頭に髪の毛が生えてたんだよ!』
興奮気味にマヤラが話してくれるのだが、まだまだ舌足らずで滑舌の悪い幼児言葉のマヤラの言葉を違う方に理解したタリサ達は
「へぇ~、やっぱりあの黒いフサフサした物体、おじさんの帽子だったんだね。」
「どこが遠くに飛ばされる前に無事帽子を取り戻せて、おじさん良かったへけっね。」
おじさんが帽子を取り戻せた事に安堵しながら、また寒さで鼻の頭が赤くなるなか興味津々で外の様子をのぞきこむのであった。
◇◇◇◇◇
そうしてしばらくの間、窓に張り付き。外の様子を愛之助達が見ていると
「こらこら、そんな窓に張り付いていると体が冷えて風邪引いちゃうよ。それに鼻の頭が真っ赤じゃないか、もうー、しょうがないなぁ。
温かい柑橘ほうじ茶と揚げたて熱々の『あんドーナツ』持って来てあげたから、みんなで炬燵で食べよ。」
マーマレードジャム入りのほうじ茶ときび砂糖がまぶされ、お腹をくすぐる美味しそうな匂いを放つ。小山に盛られた一口サイズの揚げあんドーナツを持った愛満が4人に声をかける。
「えっ!あんドーナツでござるか!?食べるでござるよ。う~ん♪美味しそうな匂いでござる♪愛満、ありがとうでござるよ。」
「僕も食べる食べる!」
「マヤラもちゃべる!」
「やったへけっ!少し小腹が空いてたへけっよ。甘い食べ物大歓迎へけっ♪」
あんドーナツに釣られてやって来た4人は炬燵へ座り。愛満から渡されたおしぼりで手を拭き。仲良く食事の挨拶をして、揚げたて熱々の『あんドーナツ』を頬張る。
「アフッ!………う~ん♪僕が大好きな愛満お手製の粒あんの美味しさが口中に広がる!美味し~い♪」
愛満が作る餡子が大好きなタリサは、揚げてのあんドーナツの熱さにハフハフ言いながら、ドーナツ生地の中に包まれた粒あんの美味しさに幸せそうにうっとりする。
「本当に美味しいへけっ!粒あんを包んでるドーナツ生地がしっとりしているへけっし。それに揚げたて熱々だから、噛みしめると油と餡子が口いっぱいにジュッと広がるへけっ!」
「あいあい、おいちいね♪」
「本当でござるね~♪このドーナツの回りにまぶしてあるきび砂糖が、中の粒あんとしっとりした食感のドーナツ生地と良く合っているでござる♪
柑橘ほうじ茶もマーマレードジャムの爽やかな甘さとほうじ茶独特の渋味や旨味と合わさり、飲みやすくて美味しいでござるよ!」
満面の笑みで、美味しい、美味しいとあんドーナツの感想を愛満に伝えてくれる。
そして、あんドーナツを美味しいそうに食べている愛之助が続けて
「それにしても愛満。今日のあんドーナツ、いつものふあふあ生地のドーナツと違って、しっとりとした食感で美味しいでござるね。拙者、しっとりとした食感のこのドーナツも好きでござるよ!」
いつもと違うしっとりとした食感のあんドーナツ生地を気に入った愛之助が愛満に伝える。
「そう、愛之助達が気に入ってくれたみたいで良かった。ありがとうね。
それから今日のあんドーナツがしっとりしている訳は、絹ごし豆腐をドーナツ生地に混ぜこんでいるからだと思うよ。」
「絹ごし豆腐でござるか?」
「うん。今日のあんドーナツ生地は、いつも愛之助達に食べてもらっているふあふあ生地の発酵させたドーナツ生地と違ってね。
簡単に混ぜるだけで作れるタイプのドーナツ生地で作ったから、時間をおいても固くなりにくいドーナツ生地をと思って、絹ごし豆腐を加えて作ったんだよ。
だから普段のふあふあドーナツと違って、しっとりした食感になっているんだよ。」
「へぇ~!豆腐って万能な食べ物でござるね!」
愛満の話を聞き。何やら豆腐のスゴさに驚く愛之助が驚いているなか、今度は光貴が
「それにしても愛満、ここ最近どうしてこんに風が強いへけっか?こんなに風が強いと砂埃がすごくて外で遊べないへけっ。」
連日の強風の毎日で、天気が良くても風が強く冷たく砂埃もたち。外で遊べない事が不満な光貴が愛満に質問する。
「あぁ、それはね。少しずつ春に近づいているからなんだよ。」
「春に近づいているへけっか?こんなに風が冷たく寒いのにへけっか?」
「そうだよ。今吹いてる外のこんな風の事をね、僕の住んでた故郷では『春疾風』と呼んでいるんだ。
疾風とは、急に激しく拭き起こる風の事で、普通春の風は優しいイメージなんだけど、激しく吹き荒れることもしばしばあってね 。
春疾風の他にも『春荒』、『春嵐』とも言うんだ。」
愛満と光貴が話していると愛満の話をさえぎるように、話を聞いていた愛之助が
「それなら愛満、よく言われる『春一番』とは、どういう意味でござるか?」
「あぁ、春一番ね。春一番は春疾風の中でも、立春から春分までの間に吹く最初の南風の事を春一番と呼んでいるんだよ。
春一番が吹くと、ぐっと気温が上がってね。この前みたいにポカポカした陽気になるんだけど」
愛満が説明していると、今度はタリサが
「あっ!この前みんなで外で遊べた日の事?
あの日は少し暑いくらいだったよね。だから朝倉神社の境内で、みんなで鬼ごっこしたり、けんけんぱして遊んだんだ。楽しかったなぁ~♪
けど次の日には、また寒さがぶり返したように冷たい風が吹いていて。せっかく皆で、明日は丈山が作ってくれた竹馬で遊ぼうって約束してたのに遊べなくなちゃって、僕ガッカリしちゃたの覚えている。」
あの日の事を思い出したのか落ち込み、残念そうに話す。すると、そんなタリサの頭を優しく撫でながら愛満が
「そうだね。あの日は本当に残念だったね。……………あっ、だけどね、タリサ。そんなポカポカ陽気になる春一番のような風とすぐに冷たい風が吹く日々を繰り返して春二番、春三番と同じような風が吹くたびにタリサ達が待ちわびる、暖かい春へと導かれていくんだよ。」
「そうでござるよ、タリサ。春はもうすぐそこでござる!ほら、あんドーナツでも食べて元気だすでござるよ!」
「そうへけっ、そうへけっ!また直ぐにでも皆で外で遊べるへけっ!」
「にいたん、げんきだちて!」
落ち込んだ様子のタリサを皆で慰めるのであった。
◇◇◇◇◇
こうして今日もまた、愛之助達の何気無い1日が過ぎていく。




