歌舞伎揚と歌舞伎
「それにしても惚れ惚れするほど大きく立派な出来映えでござるね!」
「風呂屋松乃みたいに大きく立派へけっ!」
「本当にでかいのう~♪」
その日 愛満達4人は、朝早い時間から昨日完成したばかりのとある建物前で楽しそうにおしゃべりしながら、何やらお客さんが到着するのを待っていた。
「そうでしょう、そうでしょう!なんたって歴史ある歌舞伎劇場の建物をモデルに建てたからね!
小学生の頃に一度しか行った事は無いけど、そこはイメージでカバーして。
お客さん達が利用出来る表の建物内は、歌舞伎を披露する劇場でしょう。
それからチケット売り場、案内状、弁当売り場、お土産売り場、各階にあるトイレ、荷物預け所、食事処、甘味処、お茶処。
次に関係者しか利用できない裏の建物内は、歌舞伎役者さん達用の楽屋……………」
祖母の影響で歌舞伎好きの愛満が嬉しそうに建物内の説明をしてくれるのであった。
◇◇◇◇◇
愛満達が誰を待っているかと言うと、1週間前の夜の愛満宅でのひとこまにさかのぼる。
「愛満、見てほしいでござるよ!」
「愛満、見てへけっ!」
台所で明日用のお米を研いでいた愛満の元へ、何やら顔に張り付けた愛之助達がケラケラ楽しそうに笑いながらやって来る。
「えっ!何それ?………あっ、歌舞伎メイク?」
「さすが愛満!良く解ったでござるね。これ、歌舞伎メイクが描かれた顔パックになるでござるよ!
この前の調達の際に面白いと思いゲットしたでござるよ。」
顔パックをした愛之助が、顔パックに描かれた物が歌舞伎メイクだと一目見て解った愛満を誉める。
「顔パックね。そっか、この前塚風顔パックやお多福さん、ひょっとこ、マイ○ロちゃんの描かれた顔パックなんかを大量に持って帰ってたもんね。歌舞伎メイクのもあったんだ。
へぇ~、それにしても最近の顔パックて進化してるんだね。」
愛之助のしている顔パックをまじまじと愛満が見つめ。感心ていると、愛之助とはまた違った歌舞伎メイクの顔パックをしている光貴が
「愛満、僕の顔パックも見てへけっ、見てへけっ!
ほら、僕の顔パック、赤い線で描かれていてカッコいいへけっでしょう!」
光貴の目線に合わせてかがんでくれた愛満にズイッと顔を近付け。自身が選んだカッコいい顔パックを見せる。
「本当だ。愛之助のは『火炎隈』だけど、光貴のは『筋隈』が描かれてるんだね。」
何やら感心した様子で光貴のしている顔パックを見る。
すると愛満が話した『火炎隈』や『筋隈』の意味が解らなかった愛之助達が
「火炎隈?筋隈?それって何の事でござるか?」
「熊さんへけっ?」
「光貴、熊じゃないよ。隈だよ。
光貴達の顔パックに描かれた赤い線は『隈取り』と言ってね。
なかでも赤い線は『紅隈』と言って、顔の血管が怒りによって隆起した様のもので正義や若さを表しているんだよ。
特に筋隈は、最高の怒りを表していてカッコいいよね。」
「僕、カッコいいへけっか!」
筋隈の顔パックをしている光貴が、自分が誉められたと思い照れ笑いする。すると火炎隈の顔パックをしている愛之助が
「愛満、拙者は拙者は?拙者もカッコいいでござるか?」
「うん、愛之助も光貴も2人ともカッコいいよ。
あっ、そうだ。紅隈はね、歌舞伎でいうところの正義の勇者を表しているんだ。
だから紅隈の顔パックをしている2人は勇者になるね。」
愛満が話していると茶の間の方から美樹の声が聞こえ。
「愛満、米研ぎ終わったか?お茶煎れたから一休みしようぜ。」
米研ぎを終えた愛満達は、茶の間に移動して一休みする。
◇◇◇
「ふぅ~。寒い日に飲む緑茶は格別に旨いのう~♪
それにこの煎餅。丸い形の方がワシの甲羅の形に似ておって、可愛らしいのう~♪
味も、ついつい手がのびる甘じょっぱい味付けで、実に良い!」
藍色の線で描かれた歌舞伎メイクの顔パックをしている山背が、お茶請けのお供の『歌舞伎揚』をバリバリ食べながら話す。
「本当に美味しいアルね。ほんのりとした甘味のある緑茶と、この『歌舞伎揚』と言う煎餅良く合うアルよ。
少し不満があるとしたら、もう少し歯応えある固さがあれば最高アルね!」
豪快に歌舞伎揚を三枚重ねてモリモリ食べている黛藍が続けて話す。
そうして6人で歌舞伎揚を食べていると何やら歌舞伎揚をまじまじと見ていた美樹が
「けどさぁ、そもそもどうしてこの煎餅『歌舞伎揚』て言うんだろうなぁ。それに形も四角や丸いのがあって、それも不思議なんだよな。」
不思議そうに話す。すると話を聞いていた愛之助達も何でだろうねと言い出し。最後はいつものように物知り先生の愛満へと質問する。
「僕も詳しくは解らないんだけど、歌舞伎揚の由来はね。
歌舞伎とは日本の伝統的な古典演劇になり。煎餅も古くから親しまれてきた日本独特の菓子になるんだ。
そこで、この両方の伝統文化を伝えようと煎餅の包装袋に歌舞伎の定式幕の模様を取り入れたり。
美樹が不思議がっている煎餅の形も、四角い形が三枡の『市川団十郎家』、丸い形が七つ割丸に二引の『片岡仁左衛門家』の家紋をデザインした刻印を取り入れ。1枚1枚に施して、歌舞伎揚と命名したんだよ。」
「へぇ~!ただの四角や丸だと思ってたけど、家紋の形が刻印してあるんだなぁ。知らなかったぜ。」
初めて知った事実に美樹が驚き。納得した様子で頷いていると、更に愛満が
「きっとそうだと思うよ。さっき黛藍が固さが物足りないと言ってたけど、昔は黛藍好みの硬さで家紋の刻印が目で見る解るほどハッキリ見えていたらしいんだ。
だけど時代と共に硬い食べ物を食べる人達が減り。噛む力や顎が弱くなり。
そんな消費者の嗜好に合わせて、柔らかめのソフトな煎餅にシフトチェンジされ。今では家紋の形が不鮮明で、解りにくくなっているんだよ。」
話し。みんなにお代わりのお茶を煎れてくれる。
「けど歌舞伎かぁ~。懐かしいなぁ~…………。
むこうでは婆ちゃんが歌舞伎が大好きだったから、歌舞伎座には遠くてなかなか見に行けなかったけど、テレビでは良く見ていたんだ。
……………こっちでも見れたら良いんだけど。そしたらドーンと劇場だって建てあげて、芸事に打ち込めるようにプレゼントしてあげるのに……けど歌舞伎は無いもんね。無い物ねだりは駄目だね。」
しょんぼりした様子で愛満がお茶をすする。すると歌舞伎揚をボリボリ食べながら話を聞いていた山背が
「歌舞伎とはこの前 愛之助達と一緒に見ていた。着物を着た者達が演じておった舞台の映像の事かのう?」
数日前の夜に愛之助達と一緒に見た。『助六由縁江戸桜』の歌舞伎DVDの事を質問する。
「そうだよ。山背も一緒に見たでしょう。面白かったよね。」
質問に答えると、何やら考え込み出した山背が
「……………う~ん…………何か似たような物を観た事があるよな、忘れておるような………おっ!そうじゃあ。思い出したぞ!
愛満、ワシに任せておくのじゃ!上手くいけば、この街でも歌舞伎とやらに似た劇を観られるぞ!」
話し、何やら説明し出す。
それによれば、山背の知り合いに歌舞伎と良く似た劇を生業にしている者達がおり。役者は全て男性になり。女役も男性が演じているらしい。
そして、その舞台では小道具や舞台セット、音楽、魔法などを多岐に渡り使用するため。
裏方の黒衣、後見、演奏者など一座は大所帯になり。
山背が朝倉町に移住する少し前に会った時には、なかなか一座の資金繰りが厳しく。出来れば何処かに自分達だけの舞台を持ち。
どっしりと構え、新作の劇などを発表し。観客の皆さんに長く愛される舞台をやっていきたいと話していたらしい。
なので愛満さえよければ、その者達を街に招き。舞台をさせたらどうだろうと提案されたのであった。
◇◇◇◇◇
「それでね。歌舞伎座の両脇に放置された桟敷席もちゃんと造ってあるんだよ!」
「桟敷席でござるか?」
「うん、桟敷席だよ!桟敷席は他の席と違ってね。そこに座れる事がいっしゅのステータスになってるし。
他の席と違い横を向いて座る事になるんだけど二人席で堀炬燵式に足を下ろせて、小さなテーブルが備え付けられてるんだ。
まぁ、本当の事を言うと横向きだから舞台は見にくいらしいそうなんだけど………。
あっ!けどね。昔は花道から登場した役者さんが、桟敷席に座るご贔屓筋に目で合図を送ったりしてたらしいんだよ。素敵だよね。」
あれから尽きない愛満の歌舞伎愛話に山背達が疲れ、うたた寝をするなか。
ただ1人愛之助だけが話に付き合ってくれ、律儀に合間合間に相づちをうつのであった。
「それにしても愛満。山背の知り合いの旅一座の方達、なかなか到着しないでござるね。何か良からぬ事があったのでござるかね。心配でござる。」
愛満達が待っている。山背の知り合いの旅一座の者達が約束の時間を過ぎてもなかなか到着しない事を心配して愛之助が話す。
「本当だよね。どうしたんだろう。心配だよね。」
2人が話し。うたた寝をしている山背を起こし話を聞こうとしていると建物前に何台も連なる荷馬車が止まり。
道を間違えてしまい約束の時間に遅れてしまったと座長らしき男性が頭を下げながら荷馬車からおり。愛満の元にやって来て謝罪するのであった。
◇◇◇◇◇
こうして、朝倉町へと愛満お待ちかねの旅役者の一座がやって来た。




