「大根の和風ポトフ」と寒の丑紅
その日 茶屋が定休日の愛満の姿は、朝倉町や街を訪れる若い女性や奥様方に大人気の手作り化粧品全般を製造、販売する。
心は乙女の熊族のカリンや、猫族で双子の姉弟のミィナ、ムムナの3人が営む店にあった。
◇◇◇◇◇
「それでね。この前カリンから里帰りのお土産で貰った。カリンの里で採れる『マピの木の実』なんだけど
カリンに教えてもらったとおりに炒ってみたら、ちょっと苦味があるんだけどビールのつまみに最高だって山背や美樹達が喜んでたんだ。ありがとうね。」
可愛い物好きのカリンの趣味全開の小花の絵が散りばめられた可愛らしい花柄のティーカップでお茶を楽しみながら、数日前にカリンが里帰りした際、里特産のお土産として貰った。マピの木から採れる『マピの実』のお礼を伝える。
「あら、ほんと。それなら良かった。けどその顔じゃ愛満達の口には合わなかったみたいね。」
「あっ、えっと、……うん。せっかくお土産にくれたのにごめんね。ちょっと苦いのて言うか、苦味系全般が苦手で、一口食べてみたんだけど………。」
マダミアナッツのような見た目に騙され。一口食べ、その独特の苦味にノックアウトされた事をカリンに見破られた愛満は、少々気まずそうに苦笑いする。
するとそんな愛満の苦笑いした顔に釣られたかのように同じ苦笑いを浮かべるカリンが
「気にしなくて良いのよ。実はね、私もあの独特の苦味が苦手で『マピの実』苦手なのよ。
けど里の男達は、あの苦味と酒を一緒に飲むのが最高の組み合わせだなんて言うし。
里帰りしたさいは父が必ずお土産として、わざわざ山まで行って採って来てくれたマピの実を袋いっ~~ぱい持たされるのよ。
本当は荷物になるし。マピの実も苦手なんだけど、わざわざ父が採って来てくれたわけだし。父のあの笑顔を見ちゃうとねぇ~。
なんだか罪悪感にかられちゃって、ついつい喜んだふりして断れずに毎回笑顔で受けとちゃうわけよ。」
「あ~ぁ、それ解る。僕の家でもさぁ、毎年正月になると爺ちゃんが七輪でお餅焼いてくれるんだけどね。
昔、爺ちゃんが焼いてくれたお餅が一番美味しくて大好きって小さい頃に僕が言ったみたいで
お餅を焼く時に家族みんなにお餅の数を聞いてくれるんだけど、規格外の大食いの母さんや姉さん、その旦那さんの数の後に僕のお餅の数を聞くもんだから、正直に1つや2つでお願いと言うと、目に見えてガックリした様子になちゃうんだよ。
だからここ何年も毎年いつも爺ちゃんに気を使ってさぁ。まさにお節を食べる隙間もないくらい。腹がはちきれそうになる寸前まで無理して焼き餅食べちゃってるんだ。」
「あら!それはなんと言うか…………愛満も苦労してるのね………アハハハ。」
「カリンの方こそ。アハ、アハハハー。」
お互いに家族に気を使ってる事を暴露しつつ。2人が乾いた笑いの苦笑いをするしかないなか。何やら思い出した様子の愛満が
「あっ!そうだった。いけない、いなけない。
あのね。今日はカリンに伝えたい事があって訪ねて来たんだった。ゴメンゴメン。
実はさぁ。カリンがマピの実が大量に余って大変って言ってたでしょう?それでね。カリンの里特産のマピの実を使って、何か出来ないかといろいろ調べてみたんだ。
そうしたらね。僕の故郷の方のとある地域や国で採れる『ホホバ』て言う、多年生低木の木の実に性能が良く似てたんだよ。」
「ホホバの木の実?」
「うん、ホホバの木の実!
ホホバの木の実はね、コーヒー豆に似てる木の実なんだけど、効能がいろいろスゴくて非加熱、低温で低圧力で圧搾したゴールデン色のホホバオイルは、アトピーや湿疹なんかにも効能があるんだ。
それにそのホホバオイルを使ってカサついた唇なんかを潤すリップクリームやハンドクリームなんかが作れるんだよ。
ほら、前に僕の姉さんが肌が弱くて市販の化粧品なんかが合わないから、化粧水とか化粧品を婆ちゃんと一緒に手作りしてたの手伝ってたて話してたでしょう。
だからリップクリームもホホバオイルや蜜蝋、蜂蜜を使って手作りするの手伝わされてたから、マピの実の効能を調べてたら、たまたまホホバオイルの事を思い出したと言う訳なんだ。」
愛満はやや興奮した様子でカリンの村で食されている『マピの木の実』に良く似た『ホホバの木の実』の説明し。
「あっ、あとね。僕のいた故郷では、寒の入り後の最初の丑の日に口紅を新調すると良縁に恵まれると言われる『寒の丑紅』という行事があってね。
昔の人は紅で唇を彩っていたから、この時期の紅は発色も良く。紅花の油分が唇の乾燥を防いでくれて
冬晴れの空の下、美しい紅で唇を艶やかに彩った女性達は、すれ違う男性の目を惹き付けて良縁に恵りあってたんだよって、婆ちゃんが教えてくれたんだ。
だから家でも毎年、この時期になると市販の口紅でも調子が悪い時は唇があばけちゃう姉ちゃんのために、お手製の色つきリップを作って新調してあげてたんだよ。
だからマピの木の実の効能を調べて見た時に、ピンと思い出せたわけなのさ。」
と、何故ホホバオイルの効能を思い出せた訳を話すと、愛満より興奮した様子のカリンが、体をクネクネさせながら
「リップクリーム!!ハンドクリーム!!それに『寒の丑紅の日』何それ!!なんだかロマンチックで、魅惑的だわ~♪
美しい紅の口紅をさした女性の唇に目を奪われて、男女が出会うだなんて………キャー!情熱的♪乙女の憧れ♪キャー!
これこそまさにパッションよ!」
と何やら身悶えクネクネし、キャーキャー騒ぐと
「あ~ぁあん、これはそう!その『寒の丑紅』とやらを、この店を訪れてくれる乙女達のために開催しなきゃ!
そのためには新たな出会いを求めるための必需アイテムの化粧品を作り出すわよ~!
愛満、作り方知ってるんでしょう。教えてちょうだい!この店にやって来る乙女達のために!出来れば今すぐに!!」
と熊族特有の大柄で筋肉質のカリンに迫られながら、ある日の恐怖の思い出を思い出した(第87話の出来事)愛満は、涙目になりながらも、カリンの言う乙女達のために力強く頷くのであった。
◇◇◇◇◇
「えっと、今からお教えるリップクリームは、僕の姉ちゃんが普段使いしてたリップクリームになるんだけど
今日は材料も少なく簡単に、蜜蝋、蜂蜜、ホホバオイルの変わりのマピオイルの3つを使って、今から作るね。」
あの後、ケットシーのポポロが営む。魚をくわえた黒猫の看板が目印の魚料理専門店の『焼き・煮魚のポポロのお店』に買い物に行っていたミィナとムムナを呼び戻し。
蜜蝋等の材料をそろえると、マピオイルを使ったリップクリーム作りのミニ教室が開催されていた。
「まぁ、作ると言ってもスゴく簡単でね。
この耐熱容器に蜜蝋と蜂蜜、マピオイルを入れ。湯煎して材料が溶けたら、よくかき混ぜ。
このリップクリームのケースに手早く注いだら、冷まして
蓋をして冷蔵庫で一時間ほどしっかり冷やし固めたら出来上がりなんだ。ねっ、スゴく簡単でしょう。
もしケースに注いでる時にリップクリームが固まっちゃても、焦らず騒がす、また湯煎して注げばいいだけだし。」
姉達の手伝いで作り慣れた愛満が、パッパとリップクリームを説明、作り終える。
すると早く作りたくてウズウズしていたカリン達も早速作り始め。何やら心配そうに
「けど愛満。オイルと言ってもこのマピオイル、熱をくわえて、また冷やし固めても効能的には大丈夫なの?」
「それね!僕もどうかなと心配して調べたんだけど、このマピオイル、本当にホホバオイルと同じで、熱に強くて本当に最適なんだよ。」
熱をくわえる事で、本来の効能などが変わらないかと心配したカリンの質問に答えていると、同じリップクリームを作っているミィナとムムナも
「愛満、さっきの話だと、このリップ他にも違うのが作れるのかニャ?」
「……コクコク…。」
「うん。他にも材料を変えたり。香りを足したり、色をつけられたりもするよ。
あっ、あとね。今作ってるリップでも蜜蝋の量をやや多めにすると固めのリップクリームが出来るし。蜜蝋をやや少なめにすると柔らかいリップバームになると姉さんが言ってたよ。」
「ほんとかニャ!そんな無限の可能性があるニャね!これは研究のしがいがあるニャ!ムムナとカリンもそう思うニャね!」
「…コクコク。」
「本当よねぇ~。なんだかワクワクしてきちゃうわ♪
……そうだわ!ミィナとムムナ、今からこのリップクリームをたくさん作って、明日店を訪れてくれた子達や街の皆に配ってあげましょうよ!
そして乙女達だけに、明日の『寒の丑紅』の話をこそっと教えてあげて。みんな良縁に恵まれようにハッピーにするのよ♪」
「それは良いニャ!ムムナ、聞いたかニャ!今から頑張るニャよ!」
「………コクコク。」
と何やらヤル気満々な3人を残して、愛満のミニ教室は終了する。
◇◇◇◇◇
「あ~ぁ、久しぶりの徹夜疲れちゃったわ。
ダメねぇ、徹夜なんてお肌の敵なのに………うふふ♪けど、皆の喜ぶ顔が見れると思うとワクワクしちゃうわ~♪」
軽やかな足取りのカリンが、短い仮眠の前に逸る気持ちを落ち着かせるため、ホットミルクを飲もうとキッチンにやって来る。
「あ~ぁダメダメ。少し落ち着きなきゃ。こんなに興奮してたら眠れないわ。ここは、蜂蜜入りのホットミルクを飲んでリラックスしなちゃ。……えっと、小鍋小鍋。
………………あら?何かしらこの鍋?今日は作りおきしてなかったはずだけど?ミィナ達のかしら?………………まぁ!?何これ美味しそう~♪」
しみしみに味が染み込んでいる輪切りの大根や、大きめに切り分けられた鶏もも肉、人参、キャベツ、じゃが芋、玉ねぎ等が深鍋いっぱいに煮込まれてるのを発見したカリンは驚く。
そして、近くに置いてある愛満の置き手紙に気づくと
「えっと、何々。
今日は、お世話になりました。カリン達が街の皆のためにリップクリームを作ると聞いたので、夜?朝ご飯?夜食のどれかになればと思い。
昆布で出汁をとって作った『大根の和風ポトフ』を置いていくね。たくさん作ったから3人で仲良く食べてね。
だって、もう愛満たら!本当に優しいだから。
それじゃあ、お言葉に甘えて、ありがたくミィナとムムナ達が起きてきてから3人で仲良く食べるとしましょうか♪」
愛満の優しさに心をホッコリさせながら、ホットミルクを温めはじめるカリンなのであった。




