「七草粥」と新年初の爪切り
ピューピュー、ピューピュー、ピュ~ルルル~
「あっ!待つでござるよーーー!!………………………はっ、はっ、はぁ~!あーーーぁ、悔しいでござるー!
これで3度目でござるよ!!せっかく集めたゴミや落ち葉が、この風のせいで何度も飛ばされたでござるよ!!
………はぁー、また1からやり直しでござるか………。」
冷たく悪戯な強風が吹雪く中。
愛満のお手伝いで茶屋前の掃き掃除をしている愛之助は、せっかく集めたゴミや落ち葉を何度も悪戯な風に吹き飛ばされ。
息切れするほど必死にゴミを追いかけては、また綺麗に掃き掃除し。また風に吹き飛ばされるという。終わりなきおいかけっこをしていた。
「はふゅ~、………やっと終わったでござる。
いやはやしかし、今日はいつにもまして何だか倍疲れた気がするでござるよ。
ハァ~~、…………それにしても今日は本当に寒いでござるね。寒さが身に染みるでござるよ。」
あの後、何度も悪戯な風と戦い。何時もの倍の時間がかかってしまったのだが、何とか悪戯な強風に打ち勝った愛之助は、やっと終わった外仕事にヘトヘトに疲れた様子で哀愁いっぱいに独り言を呟き。トボトボと力無く茶屋へと帰って行く。
◇◇◇◇◇
「あっ、愛之助お疲れ様へっけ。外仕事終わったへっけか?
僕も愛満のお手伝いの茶屋内のテーブル吹き、さっき全部吹き終わったへっけよ。」
茶屋内のテーブル吹きのお手伝いをしていた光貴が、お疲れ気味の愛之助に声をかける。
「……あっ、光貴。テーブル吹きのお手伝いでござるか?
偉いでござるね。お疲れ様でござるよ。」
「ううん。愛之助こそ、寒い中いつも外の掃き掃除お疲れ様へっけ。
それにしても愛之助。今日はいつにもまして顔色が青白いへっけよ。
それに唇も真っ青で、なんだかものすごく疲れてる気がするへっけ?どうしたへっけ!?
あっ!もしかして、さっきチラッと外を見た時、愛之助が全速力疾走してた事が何か関係あるへっけか?」
「……そ、そんなことないでござるよ。拙者、今日も元気百倍でござるよ!
それに光貴が見た全速力疾走もでござるね。何だか最近運動不足でござったから掃き掃除の合間に軽く走って、運動不足を解消していただけでござるよ。」
愛之助が今一番ふれてほしくない出来事を光貴にズバッと聞かれ。男心を刺激されたのか、妙な見栄をはってしまう愛之助であった。
そうして愛満のお手伝いを終えた愛之助と光貴の2人は冬の間の指定席。茶屋内に有る温々 炬燵でボッーと夢見心地で暖をとっていた所。
「よいしょ。よいしょ。」
「よいちょ。よいちょ。」
「タリサもマヤラも大丈夫かのう?こぼさんように運ぶんじゃぞ。」
昨日から愛満宅にお泊まりしていたタリサとマヤラ、山背の3人が何やら木の桶を持ち。台所から茶屋内へと戻って来て
そんな3人の姿を見た愛之助と光貴の2人は、何やら気まずそうに顔を見合わせ。慌てた様子で炬燵から出るとタリサ達の元へ駆け寄り。
「3人とも大丈夫でござるか?マヤラ、貸すでござるよ。重たいでござろう。何処に置くでござるか?」
「あいのちゅけ、あいがとう。」
「タリサ大丈夫?重いでしょう?一緒に持つよ。」
「光貴、ありがとう。重たかったから助かったよ。それじゃあ、そこのテーブル席まで一緒に運ぼうね。」
タリサとマヤラの2人に声をかけ。水の入った重たい木の桶を皆で仲良く運ぶ。
「いやいや!ちょいちょい、お2人さんよ。ワシの手伝いは誰も来てくれんのかのう!?
ワシも水が入った重たい木の桶1人で運んでおるのじゃが!
それにワシはか弱い年寄りなのじゃぞ!
ちょいちょい、ちょいちょいや!もしもし~~!そこのお2人さ~~ん!
こら!少しは年寄りと言うか、ワシを労らぬか!」
◇◇◇◇◇
「それで、この木の桶テーブルまで運んだでござるが何をするでござるか?」
何やらいろいろな形や大きさの葉っぱと水が入った木の桶を覗き込みながら愛之助がタリサ達に不思議そうに質問すると
「あのね、何かね。愛満が今、朝ご飯を作ってくれててね。
その間にこの木の桶の水に爪を浸してから、爪のお手入れをしてねって言ってたよ。」
「うん?????………………この桶の水の中に爪を浸してから、爪の手入れをするでござるか?」
「どういう意味へっけ?訳が解らないへっけ!」
何やら愛満にお願いされたらしい事をタリサが教えてくれたのだが、それだけでは意味が全く解らなく。
?マークに頭の中を支配された様子の愛之助と光貴の2人が不思議そうに首をかしげつつ。その先の続きの説明を求めるようにタリサを見詰めていた所。
つい先程まで『ハァ~ハァ~!!』言ってソファーに倒れ込んでいた山背が突然ソファーの上に仁王立ちになり。何やら自信満々の様子で
「ちょいちょい、何やらお困りの様子の2人さんよ~!
ここはこのワシ!山背が詳しく教えてしんぜよう!心して聞くように!良いかのう~。」
と言い放つと、何やら勿体ぶった様子でわざとらしい咳をしてから
「この木の桶の水に浸しているのはのう~。『春の七草』で七草粥の具材にもなる。
消化を助ける働きの『芹』
胃や神経痛に効果のある『清白(大根)』
視力や内臓の働きを良くする効果のある『薺(ペンペン草)』
吐き気や痰に効果のある『御形(母子草)』
歯茎の腫れ、利尿作用に効果のある『繁べら(ハコベ)』
歯痛に効果のある『仏の座(コオニタビラコ)』
消化作用の効果のある『菘(蕪)』なのじゃが
この七草に浸した水に爪を浸して柔らかくしてから新年初めての爪を切ると『その年は風邪を引かない』と言われておるそうなのじゃよ。」
この目の前に置かれた水の入った木の桶と『春の七草』が関係している事を話。
「じゃが、ワシ達は年の暮れに爪の手入れをバッチリしたからのう。
みんな爪がそんなに伸びておらんじゃろうからと愛満が今日は水に爪を浸すだけにして、簡単な爪のお手入れをするだけにしてほしいとお願いされてのう。
他にも『指先が少し冷えてしまった頃には、出来立て熱々の『七草粥』を食べれるようにするから皆で仲良く爪のお手入れをしていてね』だそうじゃ。」
最後の方には何故か、愛満の真似をしながら親切丁寧に教えてくれ。
そんな山背の説明を聞いていた愛之助達は、愛満の声色や立ち振舞いを真似している。少々…………いや、かなり気持ち悪い山背の姿に無反応な反応をしながら
「へぇ~、七草とは食べるだけと思っていたでござるが、そんな行事もあったでござるか!
それは知らんかったでござるよ。うんうん、驚きでござるね。」
「僕もへっけ!
昨日、夜に愛満や愛之助達から『人日の節句』の『七草粥』の意味を教えてもらったへっけが
そんな七草粥に使われる春の七草達が七草粥だけじゃなく、違う使い方があるなんてビックリへっけ!」
春の七草入りの水の入った木の桶の使い道をやっと理解出来た事に喜びつつ。
「ハァ~~♪七草粥か………………どんな味がするんだろう。
うんうん、食べるのが楽しみだねぇ~♪」
「にいたん、ななくちゃがゆたのちみだにぇ♪
ハァ~♪おいちいのかにゃ~♪はやくちぇべちゃいなぁ~♪」
タリサとマヤラの食いしん坊の2人は、この後初めて食べる事になる『七草粥』に気をとられながら、愛満のお願い通り。
七草入りの木の桶の水に指先を浸して、簡単な爪のお手入れをするため動き出すのであった。
◇◇◇◇◇
「うわ~♪爪がピカピカだ!すごいー!綺麗~♪愛之助、ありがとう!」
「マヤラのちゅめもピカピカじゃ!あいのちゅけ、あいがとね。」
「僕の爪もピカピカで綺麗になったへっけ!愛之助、ありがとう!」
あの後、自室からマイ○ロちゃんの爪のお手入れセットを取って来てくれた愛之助から一人一人、丁寧に爪の手入れをしてもらい。
初めて体験した夢見心地の爪のお手入れタイムにうっとり気味のタリサ達は、ピカピカと光輝く自身の爪を嬉しそうに見せ合いっこしながら口々に愛之助にお礼の言葉を言い。
勿論の事、山背も
「ワシの爪も爪やすりで磨いてもらってピカピカになったのじゃ。うひゃ~美しいのう~♪最高じゃのう~♪
しかし、フッフフフフ~~ワシみないなダンディーなジゴロには、このような美しい光輝く爪がお似合いなのじゃ!」
何やらダンディーやジゴロなる言葉を繰り返しながら、踊り出さんばかりに大喜びして
「しかし愛之助よ。その爪のお手入れセット本当に良いのう~。
………良いのう~!本当に良いのう~~!
あ~ぁ、ワシもそんなの持てたら幸せじゃのう~。本当に良いのう~!ワシも欲しいのう~!」
「……………………分かった、分かったでござるよ。
山背も爪のお手入れセット欲しいのでござるか?
ハァ~~、……なら今度、愛満とお出掛けに行った時に山背の分の爪のお手入れセット調達して来るでござるよ。
だから拙者の右足に両足両腕絡め。すがりつかないでほしいでござるよ。」
まるで酸っぱい梅干しを食べているような渋い顔をした愛之助が約束する中。
「本当かのうー!!やっほーー!やったぞーーー!!
何事も言ってみるもんじゃのうー!
うんうん、これでワシもダンディーでいて渋いジゴロな紳士にまた一歩近づいたわい!」
まる解りのおねだりをして見事『爪のお手入れセット』をゼットした。自称ダンディーでいて、ジゴロな紳士になる山背が喜びを爆発させる。
◇◇◇◇◇
「みんな~、お待たせ。今日の朝ご飯の『七草粥』だよ。」
愛之助達が使用した木の桶を片付け終わった絶妙なタイミングで、白い湯気上がる土鍋を持った愛満が台所からやって来る。
「やったー七草粥だ!僕、七草粥初めて食べるんだ!」
「モクモク湯気が上がって美味しそうじゃのう~♪」
「どんな味がするへっけね。楽しみへっけ。」
「「「「「いただきます。」」」」」
タリサ達の期待度がグングン高まる中。6人の朝ご飯の時間が始まり。皆ニコニコ『ふーふー』と粥を冷ましながら初体験の七草粥を一口食べると
「ほわ~あったまる~♪」
「あちゅあちゅ とりょけるにぇ!」
「…はふ、はふっ……ご飯がとろとろでおいひいへっけ!」
「お腹に優しい味でござるね。」
意気揚々と食べ初めたレンゲの動きが鈍くなり。にっこり眉が、だんだん八の字に下がっていき。とどめに山背が
「うん!美味しくないのじゃー!ほんのり感じる塩味と青菜の風味を感じるだけで、ワシにはもの足りん!」
実に残念そうに愛満に伝えた所。皆が『七草粥』を食べている様子を見ていた愛満が
「うん。七草粥はあんまり美味しくないよね。」
爆弾発言をして、何やら含み笑いを浮かべながら台所に何かを取りに行き。
おぼんいっぱいに乗せられたトッピング用の『温泉卵』や『ちりめんじゃこ』、『明太子』、『鮭フレーク』等々を持って戻って来ると
今だ目の前の『七草粥』に苦戦してる愛之助達に好きなトッピングをお好みで粥に加えて食べるように進めつつ。
昨日、愛之助や光貴達は愛満から聞いて知っているのだが、それを知らないタリサやマヤラ達の為と言うか………。
少しでも『七草粥』を食べる手を止めたい為に先程『七草粥』の言われを質問してきたタリサ達の為に改めて説明し始め。
「あのね。この『七草粥』は7日の朝に1年の無病息災を祈って食べる行事食になってね。
お正月のごちそう三昧で疲れた胃を整える働きや胃腸を労り。冬場に不足しがちなビタミン類を補う意味があるんだ。
他にも疲れた胃や腸を労る為に変にあれもコレもと味付け等をせず。シンプルに塩だけで味付けしていてね。
この七草粥の見た目にしても、七草を長く煮込んで茶色く変色しないよう。お粥を蒸らす時に最後にパッと七草を加えて色鮮やかな七草の色合いを壊さないように作ってあったり。
人によっては、別に七草を湯がいて最後にお粥に加えたりとか、見た目にも気を使って作っているんだよ。
でね、何が言いたいかと言うと、さっき皆が食べて物足りなそうにしていた『七草粥』の味の訳は今話した通りになってね。
1度ぐらいは、ちゃんとした『七草粥』を食べてもらいたかったかたと言うか
だから別に皆に意地悪して、このお粥を作った訳じゃないんだよ。」
愛満に遠慮して『七草粥』を『美味しい、美味しい』と軽く瞳を潤ませながら食べていたグルメな食いしん坊の愛之助達に教えてあげると
何やらホッとした様子のタリサや愛之助達が、すっかりトッピングの『温泉卵』や『明太子』、『鮭フレーク』に占領された『七草粥』を食べる手を止め。おずおずと遠慮して言えなかった『七草粥』の本音を話始め。
「そうだったんだ。見た目、お米の白と七草の緑で綺麗だったのにあんまり味がしないと言うか、シンプルな塩の味だけだったからどうしちゃったんだろうと心配してたんだ。」
「本当へっけ。僕も愛満疲れてお粥の味付け塩だけして忘れちゃったのかと心配したへっけもん!」
「ちおのあじじゃけじゃったもんにぇ!」
「そうそう、それにお粥の見た目は綺麗でござったから、ついいつもの癖で食べ進めてしまったでござるが………………そこはあれ……………………何と言うか……………でござるもんねぇ!」
次々に暴露して、愛満が苦笑いを浮かべる中。
トッピングまみれの『七草粥』を食べ。1年間の無病息災を願いつつ。万次郎茶屋の1日が始まるのであった。




