和菓子『嵯峨菊』と重陽の節句の被せ綿
その日 秋晴れの晴れやかな天気のなか。
万次郎茶屋では、菊の香りが染み込んだ綿を使い。何やらチビッ子組のタリサやマヤラ、光貴、愛之助達4人が自身の両手足を黄色い綿で一生懸命拭いていた。
◇◇◇◇◇
「よち、よち!マヤラのちぇあちピカピカ~~♪
ちょれに、なんじゃかフキフキちゅるまえよりもキレイになちぇるきがちゅる!」
マヤラが幼児特有の小さなぷにぷにした両手で、愛満から渡された黄色い色した『被せ綿』を握りしめ。
自分1人で一生懸命吹き上げた自身の両手足を見つめながら、何やら満足そうな笑みを浮かべると、少々大きな独り言を呟く。
すると自身の両手足を拭き終え。弟マヤラの手伝いをしょうとマヤラの元にやって来たタリサが、そんなマヤラの大きな独り言を聞き。
「えっ!マヤラ1人で拭けたの?スゴいじゃん!偉い偉い!
どれどれ、ちょっと両手足見せて………うんうん、綺麗に拭けてるね。上手上手!」
マヤラの小さな両手足を確認しながら綺麗に拭けてると絶賛した所。
ピーンと立った真っ白なうさ耳や小さな尻尾をフルフルと揺らし。何やらヤル気がみなぎり、どこか誇らしげな様子のマヤラが
「あい!マヤラひちょりでふけちゃよ!にいたんはふけちゃ?
ふけちぇにゃいにゃら、マヤラがてちゅだちゅってあげようか?」
いつもは自身の手伝いしてくれる兄タリサに、今日は自分がお手伝いしてあげるとヤル気に満ちた声で話しかける。
「えっ!マヤラ、僕の『被せ綿』手伝いたいの?」
「あい!」
「……あっ、えっと、そうなんだ。……………そっか、う~ん、……あのね、マヤラ。実は何と言うか、……………ごめん!実は僕も『被せ綿』拭き終わっちゃったんだ。」
「えっ!!!そうにゃの!………………………そうにゃんだ……………にいたんも、もうフキフキしおわちゃたんじゃね。……しょっか………にゃらしょうがにゃいね。」
兄タリサの答えに想像以上にマヤラがガックリと項垂れる中。そんな弟のマヤラの姿に気まずさ満開のタリサは
「…えっと………もしかしてマヤラ、誰かの『被せ綿』のお手伝いしたいの?」
恐る恐る問いかけてみた所。
今だ落ち込んだ様子ながらも、何やら瞳をキラキラさせ。瞳の奥にヤル気の炎が見え隠れするマヤラが、黄色い綿を握りしめた右手を天高く掲げ。
「あい!マヤラ、みんにゃのフキフキおてちゅだいしちゃいの!」
「アハハッ…………やっぱり、そうなんだ…………。
そっか……………なら僕は吹き終わったから光貴や愛之助か誰かの『被せ綿』の手伝い出来ないか聞いてみようか?
光貴、愛之助~、悪いんだけど、もう『被せ綿』拭き終わった?」
タリサがいつにないマヤラの姿に乾いた笑いと共に苦笑いし。
妙にヤル気みなぎっている可愛い弟マヤラの為にと、近くで『被せ綿』をしている光貴や愛之助に声をかける。
「へけっ?急にどうしたへけっか?
もちろん、僕も愛之助も『被せ綿』拭き終わったへけっよ。
それよりどうへけっ?『被せ綿』で吹いたら、何だか僕の両手足ピカピカしたような気がしないへけっ?」
「どうしたでござるか、タリサ?
拙者も光貴も『被せ綿』拭き終わったでござるよ。あっ!もしかして『被せ綿』の綿が足りなかったでござるか?
それなら愛満に言えば、まだ使用してない『被せ綿』が有るでござるよ。
どれ、拙者が愛満へと言って来てあげるでござるよ!」
何やら勘違いした愛之助を慌てて止めつつ。
タリサ達と一緒に愛満から『被せ綿』を貰った愛之助や光貴達が『被せ綿』で両手足を拭き終わってた事に、内心やはりかとガッカリしながら、どうしたものかと考え込んでしまう。
すると、そんなタリサの姿に何かあったのかと心配した愛之助や光貴が声をかけてくれ。
可愛い弟マヤラのプライドやヤル気を傷つけないようにと細心の注意をはらいながら、マヤラには聞こえないようにタリサはコッソリと2人に事情を話。
「あのね、…………『被せ綿』は足りてたから大丈夫だったんだけど、……………それより実は……マヤラが1人で上手に『被せ綿』で両手足拭けてね」
「おっ!マヤラ1人で拭けたでござるか!それは頑張ったでござるね。」
「手伝い無しに拭き終えたへけっか!マヤラ頑張ったへけっね!」
「うん。それは良かったんだけど…………それでね。1人で拭けたのがスゴく嬉しかったらしくて、僕の『被せ綿』の手伝いしてくれるって言ってくれたんだけど、……………僕も拭き終わったばっかりでね。
マヤラがいつになくヤル気がみなぎってて、なら愛之助や光貴の
『被せ綿』が終わってなかったら、『被せ綿』の手伝いさせてもらえないかなぁと声をかけた訳だったんだよ…………。」
「あぁ~……そうでござったか、…………それは何と言って良いやら、……力になれず面目無い。
しかしだからでござるね。なぜ先程からマヤラは、あんなに『被せ綿』を握りしめ、ヤル気がみなぎっている顔をしているか不思議に思っていたでござるが、タリサの話で謎が解けたでござるよ。」
「そうだったへけっか………けど僕も愛之助も『被せ綿』拭き終わったへけっから、…ねぇ。……う~ん、どうすれば良いへけっか…………
かと言って、もう一度僕達の誰かが『被せ綿』で拭くからと話してへけっ。マヤラに手伝ってもらっても、マヤラ納得しなさそうへけっから…………」
「そうなんだよねぇ………」
3人の近くで黄色い綿の『被せ綿』を握りしめ。被せ綿拭きのお手洗いにヤル気みなぎるマヤラが仁王立ちで待っているなか。3人とも自身の『被せ綿』拭きは終わっており。
マヤラがお手伝い出来そうな相手もいなく。どうしたものかと愛之助やタリサ、光貴達3人が頭を悩ませていると
「おゃ、どうかしたのじゃ?そんなとこで3人で固まっておって。何やら悩み事かのう?」
愛満の手伝いをしていた山背が遅れて、愛之助達の為のお茶を運んで来てくれ。何やら困っている様子の愛之助達に声をかける。
「あっ、山背。愛満の手伝いしてくれていたでござるか?ありがとうでござるよ。重たかったでござろう。そのおぼん拙者が運ぶでござるよ。」
愛之助がお礼の言葉をのべながら、山背が運んで来てくれたおぼんを受け取り。
まだまだ考え込んでいるタリサや光貴達の前のテーブルの上に、山背が持って来てくれたお茶を配る。
すると自身の指定席に『どっこいショウイチからのどっこいしょ』と少々古くさい親父ギャグを口にしながら座る山背にタリサが近付き。
「実はね、山背。マヤラが1人で『被せ綿』出来たのがスゴく嬉しかったらしくて、他の人の『被せ綿』拭きを手伝いしたいらしいんだ。
けど僕も愛之助も光貴も自分達で拭き終わちゃってるし。誰か『被せ綿』拭きの手伝いをさせてくれる人がいないかと頭を悩ませてるんだ。
ねぇ、山背。誰かタイミング良く今すぐ茶屋にやって来て、説明は後回しで、何も聞かずにマヤラに『被せ綿』をお手伝いさせてくれる人いないかなぁー?」
どう考えても良いアイディアが出ず。
かと言って、今から誰か『被せ綿』をお手伝いさせてくれる人を呼びに行くのも、1から『被せ綿』の事や、マヤラの事を説明するのに時間がかかってしまい。
マヤラのヤル気を損なってしまうかも知れないと考えてしまうと、少々八方塞がりな状態で、どうすれば一番良いのか解らなくなり。
タリサは、ほとほと困ってしまい。頭を抱えて山背へと相談する。
しかし話を聞いた山背も何やら渋い顔になり。
「そうじゃのう。ワシも助けてやりたいとこじゃが『被せ綿』拭きを愛満から今朝教えてもらってのう~。朝の日課のラジオ体操後に終わらせてしもうたのじゃよ。
う~~ん………可愛いマヤラ達の為に相談にのってやりたいんじゃが、そもそもワシが朝のうちに『被せ綿』拭きを終えておるのをマヤラに話してしもうてのう。マヤラも知っておるからのう……………こればかりはのう。」
日課のラジオ体操後に『被せ綿』拭きを終えていた事や、それをマヤラに話してしまった事を伝える。
そんな山背の話に更に頭を抱えるタリサ達は
「そっか、…………そうだよねぇ。だから山背は僕達と一緒に『被せ綿』拭きをしないで、愛満のお手伝いしてたんだもんねぇ。」
「そうでござるね。……………………しかしそうすると拙者達の誰かが、もう一回『被せ綿』拭きをする事にしたとしてでござる。
マヤラに手伝ってもらう事にしたとして、何度もやったら『被せ綿』拭きの『不老長寿』や『無病息災』の効果が薄まるんじゃないかと心配でござるよ。
もちろん!拙者は可愛い弟分のマヤラの為なら身を犠牲にしても惜しくないでござるよ。けど、それで吹いてくれたマヤラの方の効果が薄まってしまうかと考えると、なかなか踏ん切りがつかないのでござるよ…………………」
「あっ、そういう可能性もあるへけっね!全然考えてなかったへけっ。そっか、体の大きな僕達なら良いへけっが、まだまだ体の小さなマヤラにもしもの事があると思うと心配へけっよね!」
そもそも一種の季節の行事の1つ。『被せ綿』拭きにそこまで強い力は無いと思うのだが、4人はあーでもない、こーでもないと頭を悩ませる。
すると突然、何やら閃いた様子の山背が少々行儀が悪いのだが自身の座っていた椅子の上に立ち上がり。
「おっ、そうじゃ!そもそも愛満が教えてくれた話しではのう~。
この『被せ綿』は、他にも『菊の着綿』とも言われる重陽の節句の菊を使った『習わし』の1つなのじゃそうなのじゃ。
重陽の前日に黄色い綿を菊の花に被せ。翌朝 朝露を含んだ綿を菊から外し。
それで体を清めれば、愛之助が話しておった『不老長寿』や『無病息災』になると言われておるそうなのじゃ。
じゃのにワシは体操後に両手足などは清めはしたのじゃが、大事な甲羅は清めておらんかったのじゃ!
じゃからマヤラ。マヤラさえ良かったらワシの甲羅を『被せ綿』で清めてはくれんかのう?」
少々演技がかった口調で話し。ヤル気がしぼみかけていたマヤラに優しくお願いするのであった。
◇◇◇◇◇
そうして、マヤラ大満足の山背の甲羅の被せ綿拭きが終わる頃。何やら可愛らしい和菓子を持った愛満が茶屋内へと戻って来て
「みんな お待たせ。被せ綿拭きは終わった?」
「あい!マヤラひちょりでフキフキじえきちゃんじゃよ!しょれにやまちえのせにゃか(甲羅)もフキフキしちぇあげちゃの!」
「えぇー!マヤラ1人で拭けたの?スゴい~頑張ったね。
それに山背の甲羅も拭いてあげたの?スゴいね。マヤラは優しいね。」
「ほんちょ?マヤラ ちゅごい?やちゃちい?えらい?」
「うん。他の人のお手伝い出来るなんて、マヤラは優しくて偉いよ。」
「えへへへ~」
愛満の周りをうろちょろしながら、どこか誇らしげに先程までの出来事を報告するマヤラの様子に
愛満は嬉しそうに返事しながら、自身が持ってきた和菓子を何やら達成感に満ち溢れている愛之助達の前に置いていってあげる。
すると食いしん坊な愛之助達の興味と目線は、直ぐ様、目の前に置かれた和菓子へと移り。初めて見る新作和菓子に
「うわ~!なにこの和菓子。まるでお花みたいで可愛い見た目の和菓子だねぇ。初めて見た!」
「本当へけっ!小さくて、白い沢山の花弁がくついてて、食べるのがもったいないへけっ!」
「よしみちゅ、このわがちかわいいにねぇ♪」
初めて見る可愛らしい見た目の和菓子の感想を口々に話し。作り手の愛満を喜ばせてくれる。
そしてそんな愛満達の様子を何やらニヤニヤ聞いてる山背や、皆が使った被せ綿を集めてくれていた愛之助が
「愛満、使用した綿は、この籠に集めたでござるが良かったでござるか?」
「えっ、愛之助。皆が使った被せ綿集めてくれてたの?ありがとう、スゴく助かるよ。」
集めた黄色い綿『被せ綿』が入った籠を愛満に手渡し。愛満から感謝の言葉かけてもらっていると
美味しそうな新作和菓子を前に、待ちきれずに早々と食べ始めていたタリサ達が
「うーん、美味しい!フワッとした甘い香りに豊かなコクがあってね。そこになめらかな舌触りと品のいい甘味が合わさって、やっぱりいつ食べても愛満の作る和菓子は本当最高に美味しいねぇ!」
「本当に美味しいへけっ。それにこのなんとも言えない上品な甘さが最高へけっよ!」
「ほんちょうにおいちいにぇ♪」
口々に愛満が作った和菓子を誉めてくれ。少し遅れて食べ始めた愛之助も新作和菓子を味わうように食べ、深く頷くと
「うん、うん。可愛らしい見た目も素晴らしいでござるが、この上品な甘さやコクが口の中で広がり。この茶とも良く合い。実に美味しく最高の組み合わせでござるよ。
それにやっぱり一番は、愛満が作る和菓子は一つ一つ仕事が丁寧で口当たり良く、美味しいでござる。」
新作和菓子の感想や愛満の手仕事を誉めてくれ。
「それからこの可愛らしい花の和菓子は、今回何の花をモチーフにしてるでござるか?」
タリサ達も先程話していた、今回の和菓子のモチーフになった花は何なのかと質問すると。愛満は自身が手作りした和菓子を美味しそうに食べてくれるタリサや愛之助達を何やら嬉しそうに眺めながら
「あぁ、今日の和菓子はね。今日が重陽の節句を意識して、細い花弁が幾度にも重なる古典菊の一種でもある『嵯峨菊』をモチーフにして作った和菓子になるんだよ。」
「菊?菊って、今日母ちゃんに風呂屋・松乃のロビーに飾ってて朝渡してた、あの菊の花の事?
あれ?けど朝見た菊は丸くて、この和菓子と見た目が違った気がするんだけど?」
口一杯に和菓子を詰め込んだタリサが、慌ててお茶で和菓子を飲み込み。自分や弟のマヤラ達を出勤前に万次郎茶屋へと送ってくれた母親のアコラに、今朝愛満が自身の庭で育てて朝摘みした菊の花を渡していた花の形と愛満が説明してくれた菊の花の形が違う事を不思議に質問する。
そんなタリサの質問に何やら感心深げにタリサの頭を撫でた愛満は
「タリサ良く覚えたね。スゴいスゴい。そうだよ、今朝アコラさんに渡した菊の花はね。一般的な菊の花になって、この和菓子のモチーフになってる菊の花とは見た目が違うんだ。
嵯峨菊は繊細でね。それを和菓子で表すために真っ白な花弁を白餡と大和芋を混ぜた練り切り生地を目の細かい裏ごし器に通して長目のそぼろにしてね。山背が丸めてくれた餡玉の全体につけたんだよ。」
「へぇ~菊は菊でも嵯峨菊と言う菊をモチーフにした和菓子なんでござるね。
しかし愛満、和菓子の事は解ったでござるが、どうして重陽の節句で『被せ綿』や『菊の和菓子』になるでござるか?」
何やら朝から菊尽くしのいつもと違った1日に、愛之助が不思議に質問する。
「あぁ、それはね。僕も婆ちゃんから教わっただけだから詳しくは解らないんだけど、今日9月9日は重陽の節句の五節句のひとつでもあってね。
奇数は縁起のいい陽数とされ、なかでも最も大きい『九』が重なる9月9日を重陽の節句と定め、昔から長寿を祈願したそうなんだよ。
それで、古来より『仙人の住むところに咲く』と言われている高潔で、僕の故郷でも有る日本人に親しまれてきて、邪気を払うとも言われている菊の花を使って、お祝いするならわしが何時しか出来たそうなんだ。」
愛満達が重陽の節句のいわれなどを話していると、お代わりした和菓子『嵯峨菊』を『美味しい、美味しい』と食べてるタリサ達に向かい。山背が突然テーブルの上に立って、仁王立ちになり。
「ふっふふふ~!そうじゃろう!そうじゃろう!この和菓子は、頬っぺたが落ちそうなぐらい旨いじゃろう!
なんたって、この中のこし餡はワシが一つ一つ端正込めて丸めた餡玉じゃからな!旨いのは当然なのじゃ!」
高笑いし出したり。
その後、直ぐにタリサ達からテーブルの上に立つのは行儀が悪いんだよともう攻撃を受けたり。
ちょっとしたハプニングがあったりもしたのだが、こうして万次郎茶屋の菊尽くしの『重陽の節句』の1日は、楽しげな時間に包まれたなか過ぎていくのであった。
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誤字、脱字が多々ある作品ですが、何卒よろしくお願いいたします。




