後編
クレメンスは装備を解かぬままソファに腰掛け、のんびりとコーヒーを飲んでいた。
トントンと扉をノックし、ロジーナがやって来た。
「皆、滞りなく帰宅したか」
クレメンスの問いに、ロジーナは無言でうなずく。
「そうか」
クレメンスはコーヒーを一気に飲み干すと立ち上がった。
「ロジーナ、行くぞ」
クレメンスは素早く術を完成させた。
*****
カルロスは妖魔に囲まれていた。
妖魔は倒しても倒しても、次から次へと湧いてくる。
「ちっ。きりがねぇな」
カルロスは舌打ちをしながらも、術を繰り出し、着実に妖魔を仕留めていった。
ふいに頭上にクレメンスの魔力を感じた。
ロジーナの魔力も感じる。
助かった……。
カルロスは心の中でホッと息をついた。
すぐにクレメンスが援護してくれると期待していた。
ところが、いつまでたってもクレメンスは頭上に留まっていて、いっこうに動きだす気配がなかった。
「師匠。見てないで助けてください」
カルロスはたまらず言った。
「ん? 助けてほしかったのか?」
クレメンスの声がふってきた。
「見ればわかるじゃないですか!!」
カルロスは妖魔の攻撃を避けながら叫ぶ。
「そうか? 楽しんでいると思っていたのだがな。なぁ、ロジーナ」
クレメンスはしれっとした声で言った。
「はい。先輩はとても楽しそうです」
ロジーナの声が聞こえる。
「おいこらロジーナ。てめぇ何言ってやがるんだ。こないだクレープを奢ってやっただろがよ」
カルロスは眉をピクピクさせながら妖魔に火球をヒットさせる。
妖魔の断末魔があがる。
「あれは食事当番を代わった見返りだったはずですけど?」
ロジーナは意地の悪い声で言った。
「な……そ、それは……ああそうだよ。その通りだよ!!」
カルロスは叫びながら火炎放射を繰り出す。
「ロジーナ。シャンテでパフェ奢ってやるから、師匠に頼んでくれよ」
「えー。先輩って大声だして恥ずかしいんだもの。遠慮しときます」
ロジーナはすげなく断る。
「て、てめぇ……」
カルロスは背後からの妖魔の攻撃をなんとかかわした。
「フフフ。カルロス。見事に振られたな」
クレメンスの楽しそうな笑い声が響く。
「ちっ」
カルロスは横からの攻撃にバランスを崩した。
体力が限界に近づいていた。
なんとか踏みとどまったと思ったが、次の瞬間、目の前に妖魔の鋭い爪が迫ってきていた。
殺られる。
カルロスはとっさに腕で頭をかばう。
刹那、クレメンスの魔力が動いた。
一気に妖魔の気配が消える。
「少々やりすぎたかな」
静かになった辺りを見回し、クレメンスは顎をなでながらつぶやく。
「私の分……」
妖魔を屠る気満々だったロジーナは肩を落としうなだれた。
クレメンスがハッとしたように固まる。
「すまない……」
クレメンスは視線を落としながら言った。
「師匠。ロジーナ泣かしちゃダメですよ」
カルロスはニヤニヤ笑いながら言った。
クレメンスは横目でチラリとカルロスを見る。
そして素早く術を完成させ、ロジーナとその場から消えた。
「え? 師匠ぉぉぉぉぉ」
一人取り残されたカルロスの声が、辺りにむなしく響きわたる。
カルロスは一晩、妖魔の森に放置された。