表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

証言記録その6:「ドアノッカー計画」について

作者: その他の記録保管部門

 これは私の友人の話だ。1968年のことだった。私はその頃、米軍の士官学校にいて、毎日いそがしい日々を送っていた。

 その年の一月、B-52が墜落して軍は大騒ぎだった。私はそれをのんきに眺めていたものだ。ルームメイトのオーウェンは、墜落した爆撃機には水爆じゃなくてもっとヤバいものが載っていたのだとしきりに話していた。最高機密レベルの兵器だと。私はそれを一笑に付していたものだった。

「水爆よりもヤバいものって何だ?」私は二段ベッドの下で雑誌を読みつつ、オーウェンに尋ねた。

「色々な説がある。空軍に回収された特殊な隕石を改造したものだとか……」

「おいおい、どこでそんな話を聞いたんだ?」

「ピートさ。アイツは情報を仕入れるのが得意だからな」

「デマを仕入れる、の間違いだろ」

「今度は本当らしいぞ!」

「やめとけって」

 オーウェンは頭が良いが、そういったゴシップへの興味が尽きない男だった。それが親しみやすさでもあったのだが。

 彼は、更に絵を描くのも得意だった。エドワード・ホッパーの絵が好きで、よく真似て描いていた。オーウェンの描く絵には間違いなくホッパーの特徴があり、驚かされる時もあったものだ。その頃に彼が描いてくれた、私が寮の机で勉強している絵は今でも書斎に飾ってある。スタンドの光に照らされた私の横顔、雨水の滴る窓、薄汚れた二段ベッド……。参考書をめくる音まで聞こえてきそうだ。そう、オーウェンには確かに才能があった。


 1969年、オーウェンは何やら重要な軍の作戦に関わるようになった。一部で、彼が関わっているのは、軍の最高機密の「ドアノッカー計画」だと噂される様になっていた。それが本当だったのかは今でも分からない。とにかく、オーウェンは私が起きるよりも早く出かけ、私が寝た後に帰るような生活を送るようになっていた。

 彼は日に日にやつれていき、笑うことが少なくなった。時折、寝言で「閉めろ! 入ってくるぞ!」と叫ぶ時もあった。私がそのことについて触れると、彼は無言で首を振って答えるのを拒否するのだった。

 一度、帰宅したオーウェンの制服の肩に、緑色の「藻」のようなものがくっ付いていたことがあった。私がそれを素手で取ろうとすると、彼はものすごい剣幕でそれを阻止した。彼はナイフでそれを突き、机の上に置くと、マッチで燃やしはじめた。不気味な緑色のそれは「キュウキュウ」という音を出し、ものすごい勢いで暴れだしたが、オーウェンは突き刺したナイフの先を「藻」から離さなかった。三分後、彼は炭になったそれを水の入っていない水筒に入れると、そのまま何も言わずに寝てしまった。翌朝には、もうオーウェンもその水筒の姿も無かった。


 ただ、オーウェンは絵を描く事だけはやめなかった。しかし、彼の描く絵はだんだんと不穏なものになりつつあった。ある日、私が部屋に落ちていたクシャクシャの紙を広げると、そこには目玉をくり抜かれた胎児の絵が描かれていた。以前のオーウェンなら絶対に描かないようなものだ。他にも、空から伸びる巨大な手に、人々が握り潰されている絵なんかもあった。

 ある休日、オーウェンは私の絵を描きたいと言ってきた。一時間ほどで描き上げた彼の絵の中の私は、いつもと変わらないようだった。しかし、その私の隣には、何かが立っていた。真っ黒に塗りつぶされた何かが。私はオーウェンに「それ」について訊いてみた。

「いつもいるだろ? だから描いたんだ」

 彼は何の疑いもなくそう言ってのけた。私は気味が悪くなり、後でその絵をベッドの下にしまい込んでしまった。

 そして、その時から、私は何者かの視線を感じることが多くなっていった。共同シャワー室でも、トイレでも、寝る時でさえ。

 ある夜、うなされて目覚めるとオーウェンが私の方を見ていた。何をしているのかと尋ねると、彼は部屋の隅を指差して言った。

「そいつがお前に悪さしないように見張ってたんだ。ホントは俺の方に来るはずだったのにな」

 私は部屋の隅を見つめた。暗闇に包まれたそこには何も居ないようだった。

「もういないよ、大丈夫。お休み」

 オーウェンはそれだけ言うと眠ってしまった。私の方は、それから朝まで熟睡できなかった。


 その出来事から二週間後、オーウェンは死んだ。士官学校の食堂で、大勢の人の目の前で自殺したのだ。彼はナイフを持って自分の喉を掻き切ると、それから三十分かけて自分の頭を切り落とした。そして、オーウェンは自身の頭を空いている皿の上におくと、そのまま倒れて、二度と起き上がることはなかった。

 全てが奇妙で狂った出来事だった……彼は自分の喉を掻き切った時点で、既に死んでいたはずなのだから。

 結局、オーウェンは単なる自殺として処理された。軍の公式発表は、その一連の行動は「死後痙攣による偶発的な行動」と「集団ヒステリーによる幻覚」が合わさったものであるとした。いったい誰がそんな話を信じたかって? 私を除く全員だ。全員がそれを信じ込んだのだ。


 その事件のあと、オーウェンの机を整理していると、私は一枚の絵を見つけた。そこには彼自身が描かれており……その隣には黒く塗りつぶされた何かが立っていた。絵の中のオーウェン自身は、安らかな顔をしていた。まるで苦しみから解放されたとでも言うように。

 私は、前に描いてもらった絵を確認しようとした。しかし、ベッドの下から取り出したそれには、黒く塗りつぶされた何かはいなかった。跡形もなく消えていたのだ。

 結局、私がその絵をどうしたのかはよく覚えていない。二枚とも焼いてしまった様な気がする。


 少しして、「ドアノッカー計画」は一時的に中止されたという噂が士官学校に流れた。それ以来、私は何者かの視線を感じることはなくなった。1973年に計画は再始動されたらしいが、その任務に従事していたMC-130Eが行方不明になったことで、今度は完全に凍結されたという。


 これで、前途ある若者であり、私の友人でもあった青年の話は終わりだ。少しでも多くの人が彼のことについて知ってくれたら、と思う。


[証言終了]

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ