第九話 素材集め・サイドA
この世界にきてから一ヵ月近く経ったある日、マルコがある提案をしてきた。
「ワープインプを狩りに行かないか」
「「「ワープインプ?」」」
ワープインプは名前の通り、ワープを得意とする悪魔である。
「なんで急に」
「お前、今武器を二つ使っているだろ」
勇は現在、シエルに貰った剣とマルコから貰った刀を両方とも使っているが、両方とも持っていくのはかなり厳しいため、狩りの際はどちらか一方を持っていくことにしている。
「ワープインプのクリスタルがあれば、武器を収納出来る魔道具の作成と鞄の拡張が出来るんだが」
「武器が収納出来る!?」
「鞄の拡張!?」
勇にとっては武器が収納出来るのはありがたい。鞄に関しても素材をこれまで以上に持ち運ぶことが出来、借金返済に大きく役立つ。
「「狩ろう! 今すぐに!」」
興奮し、目を輝かせる勇と琴美。
「お、おう。ならば、ダルク洞窟に向かう必要がある」
マルコは地図を開き、ダルク洞窟を指で指す。
ダルク洞窟はスルンを東に進み、アルクス平原を抜けてすぐのラーラ山脈に存在する洞窟。
ここから馬車で一時間かかり、麓から洞窟まで歩いて三十分かかる。
「こんなに遠いの」
「馬車代もかかる」
現状、借金が返済できず、その場しのぎの生活を送っている勇達にとっては痛い出費になる。
「だが、将来のことを考えるなら今から作っていた方が良いぞ」
「だよな……よし、みんなで行くか」
琴美とエーシャは、「おー」と声に出しながら腕を突き上げやる気を見せるがマルコはそんな空気にお構いなしに告げる。
「おい、行くのは二人だけだ」
「「「えっ」」」
「馬車代も結構かかるし、それにワープインプはただ瞬間移動するだけで、そこまで強くないから二人で十分集められる」
「なら、ボクと勇で」
真っ先に意見を出すエーシャだがマルコに反対される。
「ダメだ、今回は琴美とエーシャでダルク洞窟、勇と俺で行動する」
「なんで!?」
マルコの編成に不満を持つエーシャがマルコに問い詰める。
「魔法を基本にした琴美と素早いエーシャの方がワープインプと相性がいい」
ワープインプは瞬間移動をよくするため、素早い近距離攻撃か予測して遠距離攻撃するのが基本的な戦い方であり、勇も神速を使えば高速移動が可能だが、あれは発動者の負担が大きく、一直線にしか動けない。
「俺と勇では少しばかり効率が悪い」
「でも……」
「エーシャ、わがまま言わない」
「……分かったよ琴美」
琴美に叱られしょんぼりするがちゃんと言うことは聞くエーシャ。
「で、俺達はどうするんだ?」
「ミリオンの森にいるタウルスを狩る。あいつの皮を鞄の素材にする」
「了解。……ねえちゃん達が帰ってきたら牛の肉を焼いておくから」
「よし、エーシャすぐに行くわよ!」
「え、こ、琴美!?」
エーシャの腕を引っ張りながら出かけていく琴美。
牛肉を食べられると聞いてよほど嬉しいらしい。
「クリスタルは持ってこれるだけ持ってきてくれ! あと、鉱石も少し拾ってきてくれ!」
「分かったわー」
マルコは琴美に届くように声を出し、聞き取った琴美は返事を返した。
スルンから出発する馬車に乗り、ラーラ山脈までたどり着いた琴美とエーシャはダルク
洞窟に向かって歩いていた。
「結構距離があるのね」
「琴美、前に魔物がいるよ。まだこっちに気づいていないみたいだから」
「分かったわ」
前方にはオロチと言う大蛇の魔物がいる。
琴美はすぐに魔法を唱える。
「フリーズ!」
放った魔法はオロチではなく、オロチのすぐ下の地面に当たり、地面とオロチの胴体の一部を一緒に凍りつかせた。
急に身動きが取れなくなったオロチが動揺している内に、エーシャが素早い動きでオロチの頭を切り、跳ね飛ばす。
「弱いね」
血が付いた短刀を振り、血を飛ばした。
「……かわいい顔して容赦ないわね」
「気にしてたらやっていけないよ。琴美はもう血は平気なの?」
「スプラッタな光景を毎回見てたら嫌でも平気になるわよ」
他の三人が剣をよく使うため、琴美は毎回血を目の当たりにしていた。そのため、最初のころとは嘘のように平気になってしまった。
今の琴美なら、一人で解体も出来る。
「さっさと、行くわよ」
「待ってよ琴美」
二人はそのまま山を登り続けていく。
周りの道はけもの道になっており、一切人の手が加わっておらず、いつ魔物が襲ってくるか分からない。
さっきのように魔物に気づかれず不意打ちを与えることはそうそう出来ない。
「ちょっと疲れたわね。あそこの木陰で休まない?」
琴美は一本の樹木を指し、提案をした。
「ずいぶん歩いたし、休もうか」
二人は木陰に入り、腰を下ろす。
琴美は大きく息を吐き、疲れを癒す。
「やっと一息つけた。まだつかないのかしら」
「もうすぐのはずだよ」
二人の間に静けさが広まり、風が通り抜ける音しか聞こえない。
この時、琴美は三日前に勇から聞かされた話を思い出していた。
『ねえちゃん、エーシャに俺達のこと話さないか』
『いいの? 変な人と思われるかもしれないけど』
『思われるかもね。でも、マルコは信じてくれた。きっとエーシャも信じてくれるはず。それに、変に秘密にしてる感じがして嫌なんだ』
『……分かったわ。私から言っておく』
『ありがとう、ねえちゃん』
琴美もエーシャに話したいと思っていた。
しかし、いざ言おうとなると言いづらい。
話を聞いたエーシャが自分達を冷たい目で見て、離れてしまうのではないかと思ってしまう。
琴美はそれを恐れた。
今まで上辺だけの関係しかしてこなかった琴美に、初めて心から友達と言える人が現れたかもしれないのに、失うのが怖い。
この気持ちが琴美を抑えている。
「琴美、ボクに話したいことがあるんじゃない?」
図星を言われてしまい、動揺してしまう琴美。
「な、なんで!」
「一ヵ月近く一緒に住んでるんだよ。少しは分かるよ」
エーシャは目線を合わせず、ただ前を見て話す。
「何を悩んでいるか分からないけど、それはボクには言えない事なの?」
「……言ったら、エーシャが離れると思う」
「ボクってそんなに信用ないのかな」
苦笑して、エーシャは人差し指で頬をかく。
「そんなことない! だってあなたは――」
私の友達だから……その言葉が口から出ない琴美は悔しい。
もしかしたら、自分はエーシャを信用していないのではないか。
前の世界と同様、ただ上辺だけの関係としか思っていなかったのか。
琴美は自分の心を疑い始める。
そんな琴美をエーシャは優しく抱きしめた。
「ごめん、ボクは琴美の気持ちを全部知ることは出来ない。でも、勇がボクにしてくれたように受け止めてあげることは出来る。だって……ボクの大切な友達だもん」
自分を友達と言ってくれるエーシャを琴美ははっきりとエーシャのことを友達と呼べると確信を持つことが出来た。
「ありがとうエーシャ。……聞いてほしいことがあるの」
エーシャから少し離れ、自分達のことを話し始める。
自分達は違う世界からきて、シエルに借金を肩代わりしてもらい、今それを返済していること、全てを話した。
「このことはマルコも知っているわ」
「……で?」
「え?」
「ボクが信じないと思ってたの? 一緒にいたんだから今さら疑わないよ!」
頬を膨らませて怒っているエーシャを見て、琴美は悩んでいた自分がおかしくて笑えてしまう。
「そうよね、今さらよね。勇が、借金があるって言ったのに一緒に頑張るって言うほどなのに」
お互いにくすくすと笑う。
「なんかスッキリした! それじゃあ、出発しましょ!」
「そうだね」
二人はダルク洞窟に向かい、再び歩き出した。
十分、歩き続け、ダルク洞窟についた二人はワープインプを探すため、中に入っていく。
「洞窟なのに明るいわね」
「多分これのおかげだと思う」
洞窟の明るいわけは光石と呼ばれる光る鉱石のおかげである。
この光石は空気中に広がる魔力にも敏感に反応し、光る特徴がある。
「一応、回収した方がよさそうね」
琴美は転がっている光石をいくつか拾い上げ、鞄に入れ、洞窟の奥へ向かう。
途中でエーシャの歩みが急に止まり、辺りを見回し始めた。
「……エーシャ? ど――」
「しっ! 静かにして……何か聞こえる……」
エーシャは人差し指を口の前に立て、指示する。
静まり返った洞窟でエーシャと琴美は注意深く音を聞く。微かに何かが聞こえる。無邪気な子供のような笑い声に聞こえなくもない。
少しずつ声が大きくなり、キシシシシと笑う声がはっきりと聞こえた。だが、その声は急に消える。すぐにまた笑い声は聞こえたが、さっきよりはっきり聞こえる。
声の発生元は………………エーシャの真後ろ。
「キシシシシシシ!」
一瞬にして背後を取られたことに動揺したエーシャはワープインプに切りかかった。
「このっ!」
素早く剣を振るが空を切っただけだった。そもそも、ワープインプ自体がそこにはもういなかった。
「キッシッシッシ」
再び現れたワープインプの手にはビンが握らており、その中身を飲み干す。
ワープインプが飲む姿を見たエーシャは自分の鞄の中に手を入れ、何かを探し始めた。
「やられた! 魔力回復薬取られた!」
「嘘っ!? あれ結構高いのに!」
「さらに悪い知らせがあるよ。あれを飲んだせいで、さっきよりも魔力が強くなってる」
ワープインプは魔力を体内にあるクリスタルに溜め、それを使いワープをする。
さきほど飲んだ魔力回復薬のおかげで、体内のクリスタルの魔力が満タンになり、ワープする速さも上がっている。
「あーもう! フレイム!」
ワープインプに向かって魔法を放つがすぐに姿が消え、先の場所よりも一メートルほど横に場所に現れ、琴美をあざ笑う。
「キシシシシ!」
「ムキー! あいつムカつく!」
完全にワープインプに遊ばれている琴美はむきになり、魔法を連射するが、一発も当たらない。
外すたびに笑うワープインプにストレスが溜まっていく琴美。
「琴美、落ち着いて! あれは君の魔力を尽かせる罠だ!」
「そんなこと言ったって」
「こういう時は冷静にならないと。どんな状況でも、どんなことが起きても落ち着いて行動するんだ」
「……そうね」
琴美は落ち着きを取戻し、構えた杖を下ろす。
「そう、それでいい――」
突然、ワープインプはエーシャの近くに現れ、エーシャの平均よりも少し慎ましい胸を触り、ワープで別の場所に移動してあざ笑う。流石、悪戯好きであるインプと言う名前をつけられるほどの魔物。
触られた本人はワープインプを見つめながら真顔でブツブツ何かを呟いている。
「え、このインプ何した? 今ボクの胸触った? まだ勇に触られたことがないのになんでインプが触るの? 事故? 故意? どっちでも関係ないけど。もう、これは殺されても文句は言えないね。だって、汚されたんだよ? この汚れをあとで勇に綺麗に浄化してもらわないと。でも、用事を終らせないとね。ボクを触った罪は重いよ」
エーシャを落ち着かせようと琴美は近づく。
「エ、エーシャ。落ち着こう。ほら冷静にならないと……」
「………………コ ロ ス」
琴美の言葉は耳にはいっておらず、猛スピードでワープインプに突進する。
エーシャの気迫に、さっきまで笑っていたワープインプも驚いて、慌ててワープをする。
「琴美! 現れたらすぐに攻撃して!」
「は、はい!」
エーシャの気迫でつい返事をしてしまった琴美は、現れたワープインプにフレイムを放つ。
「キシッ!?」
すぐにワープをし、フレイムを回避したが、次に現れた場所で突然電気が走り、痺れてうまくワープ出来なくなるワープインプ。
琴美は何故、ワープインプがこのような状態になったのか、不思議で仕方がなかった。
「え、なんで?」
「ボクが使える中級魔法、エレキトラップのせいだよ」
エレキトラップとは、地面でも空中でも設置できる魔法。一定の範囲内に敵がいる時、発動者のタイミングで起動する。また、設定によっては入った瞬間に発動させることも出来る。主に、捕獲や足止めなどに使われている魔法である。
「さてと……琴美、フリーズでこれ凍らせて」
そう言って、エーシャは痺れているワープインプを指で指す。
琴美は断ることなく、凍らせた。なぜなら、あとが怖いからだ。
カチコチに凍ったワープインプをエーシャは見下ろす。そして……、
「ふん!」
短刀の柄でワープインプを割り、中のクリスタルを取り出す。
血などは出てないが、やり方はなかなか残酷である。
「クリスタル、ゲット」
にこにこ笑うエーシャ。琴美は先ほどの光景を見て、軽く引いていた。
「じゃあ、どんどん狩るよ」
「え、まだ続けるの!?」
「マルコは持てるだけ持ってきてって言ってた。それに…………」
エーシャは笑ったまま琴美の方に顔を向ける。
「一匹でボクの気が済むとでも思う?」
「……どんどん狩ろう」
琴美は悟った。今のエーシャに逆らってはいけないと。
この後、エーシャが罠を張り、琴美が罠にかかったワープインプを凍らせ、二人で叩き割る。
人様に見せられないほど悲惨な光景ではないと思われるが、やってる琴美は心にくるものがある。一方エーシャは最初のワープインプの恨みもあって、いきいきと手際よく作業を行う。
数十分後、鞄の中がクリスタルでいっぱいになった二人は洞窟を後にし、スルンに帰っていった。
スルンに到着した、エーシャと琴美は家に帰っている最中。周りは朱音色に染まっていた
「いっぱい集まってよかったね琴美」
「それはよかったけど。エーシャのあの行動で精神的にまいっちゃったわよ」
「あ、あれはちょっとやりすぎたと思ってるよ」
「……あれでちょっとなんだ」
家の前に突いた二人。エーシャが扉を開ける。
「「ただいまー」」
エーシャと琴美を三人が出迎えた。
「帰ってきたか。ずいぶんと遅いな」
「お、おかえりなさいませ」
「二人ともおかえり。夕飯もうすぐ出来るから」
「ありがと。出来れば急いでほしい。私はもうお腹すいて倒れ――エーシャどうしたの?」
勇と会えたのに怖い顔をしているエーシャを見て、琴美は尋ねる。
エーシャは琴美の質問に答えることなく、勇を問いただす。
「…………勇、その人、誰?」
短刀を引き抜くエーシャ。それを止めようとマルコが前に出る。
「ひぅっ!」
「バカよせ! 今勇は料理中だ! それにこの人は――」
「マルコは黙ってて!」
短刀を握ったまま手の甲でマルコを振り払おうとするエーシャ。マルコはそれを避けようとしたが足元がふらつき、ちょうど顔の位置が手の甲の位置にきてしまいまともにくらってしまった。
「ご、ごめん! 避けると思ったから」
「いや、今のは足元を注意しなかった俺が悪い。気にするな」
「でも、少し血が……」
「マルコさん! 今治療を!」
白い僧衣を着た青髪の少女はマルコの元に駆け寄り、魔法を唱える。
「別に魔法を使わなくていい」
「だめです! 少しの怪我でも念のために治療しないと!」
「………失敗するなよ」
大声を上げる少女にたじたじのマルコ。何故か、不思議と和んでしまう雰囲気を醸し出す。
「エーシャほどでもないけど、確かにその人とのことが気になるわ」
「分かった。話は食事が終わってからだ」
ちょうど勇が料理を運んで並べている。二人は目の前に置かれている料理を見て耐えられるはずもなく、マルコの申し出に頷いて席に着いた。
読んで下さり、ありがとうございます。