第八話 戦いの後の一日
特に戦闘などはありません。
「「「魔女の使いにようこそ、マルコ」」」
マルコを歓迎する三人。
「早速だけど、今から作業をするぞ」
「何かをするのか?」
「あんたもここに住むんでしょ?」
「確かに俺は無一文の家なしだから、住ませてもらえるのはありがたい」
シャーロット家を出て行ったマルコは金や荷物などを持っていなかった。
「あれ? シャーロット家の財産はマルコが管理するんじゃないの?」
シャーロット家の財産は血の繋がりがあるマルコが受け継ぐはずなのだが、マルコは受け継ぐ気はない。
「何故、わざわざシャーロット家から抜け出せたのに、財産を受け継ぐ。それではシャーロット家と断ち切れていないだろ」
「た、確かに……」
マルコの正論に戸惑うエーシャだった。
「なら、財産はヴァンに渡すのか?」
「いや、財産は全て寄付する。後でセバスに頼むつもりだ」
マルコの決意がどれだけ本気なのかが目に見えて分かる。
「そっか。よし、話はここまで! 早速マルコが使う部屋の掃除を始めるか」
「マルコ、あんたもやりなさいよ! 使用人なんかここにはいないから」
「当たり前だ。別に俺一人でもやっても構わんが」
琴美は溜息をつく。
「あんた一人で出来るわけないでしょ」
「しかし、俺一人でやって、お前らがその間狩りをしていた方が効率はいいと思うが」
確かに、全員で一斉にマルコの部屋を掃除してから狩りに行くより、マルコ一人が掃除をし、三人が狩りをしていた方が、今晩の夕食が危機的状態にはならない。
「よし、ならマルコは掃除、俺達は今晩の夕食を取りに行くぞ」
「いいの? マルコ一人じゃ無理よ」
琴美は勇に耳打ちをする。
「大丈夫だって、後で俺が手伝うから。それじゃあマルコ、行ってくる。戦った後だから、あまり無茶するなよ。掃除道具はそこにあるから」
「ああ、お前たちが帰ってくるまでには終わらせておく」
勇、エーシャ、琴美の三人は釣竿と鞄を持って出て行った。
一人、家に残ったマルコは使われていない部屋の扉を開け、掃除を始めた。
四時間後。
勇達は狩りを終え、帰宅途中。
「はぁ~、今回も借金返せるほどの金額にはならなかった」
勇達は金が入った袋を見ながら呟く。
「しょうがないよ。近場じゃこんなものだよ」
「でも、まだ一ジーグもシエルさんに返していないわね。全部、生活費やら道具やら他の食材やらでなくなるし、念のために貯金も溜めないと」
先のことも考えて貯金はするべきなのだが、狩りで溜まるお金はいい時で二千ジーグ。
その内、ポーションや魔力回復薬などの消耗品や食材が足りない場合の食材費でほとんど消えてしまう。
ポーションと魔力回復薬は作ることが出来るが根本的な材料がこの辺では手に入らない。
どちらにしろ、今の場所では借金を返すなんて到底出来ない。
だからと言って遠くに行けば必ず稼げるかは分からない。
その土地の魔物が倒せるのか。倒せたとして、どれくらいの体力とアイテムを使うのかも予想出来ないからだ。
「今は家に帰ろう。マルコも待っているだろうし」
「良くて部屋の掃除が終わって倒れてる。悪くて部屋の掃除が終わらずに倒れてる」
結局はマルコが倒れていると予想する琴美。
そうこうしている内に、家に着く三人。
「まぁ、その結果も家に入れば分か――」
扉を開け、中を見た瞬間、すぐに扉を閉めて地図を開き場所の確認をし始め勇に声をかけるエーシャ。
「勇? 中に入らないの?」
「あ、うん。ちょっとここがどこか調べてるから待って」
「いや、調べるにも何も、ここは私たちの家よ。……もしかして、マルコが変な模様替えしたの?」
「……してはいなかった」
「ならいいじゃない。さっさと入るよ」
扉を開けて家に入った琴美は中の光景を見て、動きが止まる。
特に物が増えたり減ったりしているわけではないが、三人が出る前と明らかに違う点があった。
「……わぁ、綺麗になってる」
琴美の後ろからのぞき込んだエーシャは感じたままに感想を言った。
「帰ったのか、部屋の掃除は終わらせた。ついでに広間の掃除もしておいたぞ」
掃除上手と言うマルコの意外な一面を目の当たりにした三人。
「ちゃんと掃除したはずなのに、ここまで違うなんて……」
琴美は小さい声で呟くが、マルコは聞き逃さず琴美の言葉を聞き取り、眉毛をピクリと動かす。
「あれで掃除しただと? ふざけるな! あれのどこが掃除したというんだ! 勇! 琴美! エーシャ! そこに座れ!」
マルコに圧倒され反射的に床に正座する三人。そして、マルコは椅子に座り三人を見下ろす。
「さて、聞かせてもらおう。最後に掃除したのはいつだ」
「台所が設置される前日だから……1週間ぐらい前」
勇は素直に答える。後から嘘だとばれた時、絶対マルコの怒りを買うと思ったからだ。
「……まぁ、定期的にやるのは俺も辛い」
掃除したのが一週間前であることに対してはお咎めなしとなり、安堵する勇。
「だが、もう少しは頑張れたんじゃないのか?」
顔は無表情のはずなのに青筋を浮かべるマルコに対して恐怖以外の感情が出来ない三人は、ブルブルと体を小刻みに震わせている。
言い訳が通用しないことを三人は本能的に察する。
「一週間前にしては埃が溜まりすぎだ。まぁ、あの時勇は俺といたから別として、琴美とエーシャがよほど汚く使ったんだろう」
マルコの発言に、琴美とエーシャは流石に頭にきてしまった。
「私達は汚くしてない!」
「そうだよ! ボク達はその時、マルコに悪いことしたと思って反省してて、狩りとかも手につかなかったから、そのままの状態だよ!」
「バカッ!今それを言ったら――」
「ほう、綺麗に使っていたのか……」
マルコは琴美とエーシャの話を聞いて、にんまりする。
この時、やっと、琴美とエーシャは自分達が掃除をおごそかにしていたと自ら発言したことに気づいた。
「……勇、琴美、エーシャ。俺に言うことがあるはずだが」
「「「すみません! 掃除はちゃんとやります!」」」
土下座する三人を見て、はぁ、と溜息をするマルコ。
そこにちょうど扉をノックする音が聞こえ、シエルが家の中に入ってくる。
「なんだか賑やかだけど、どうか――」
シエルは椅子に座るマルコと土下座している三人をまじまじと見る。
「ほうほう、君達にそういう趣味があったなんて驚きだね」
三人は立ち上がり、慌てて誤解を解く。
「ち、違います! これはちょっと事情があって!」
「そうです! それにこれが例え勇だったとしてもボクは………………」
「エーシャ? 今ちょっといいかもって思ったよね。アウトだから、倫理的にアウトだから!」
エーシャと勇の話の掛け合いに笑いを堪えられないシエル。
「分かってる分かってる。冗談だから。本当に君達は面白いな」
シエルは視線をマルコに移し、それに気づいたマルコは立ち上がる。
「今日から魔女の使いに入ったマルコです」
「……君、職業は何?」
「まだ決まってません。でも――」
「魔道具士になる……でしょ」
「! どうして分かったんですか!?」
「君が勇くん達に上げた魔道具の完成度だけでも十分に分かった。それに加えて、知識もあるみたいだしね。あと、掃除が丁寧なとこも生産職としてはかなり重要だよ」
以前よりも格段と綺麗なった家を見て答えるシエル。
生産職で重要なのはもちろん知識や技術だが、それらと同じくらい、掃除がしっかりとやれることも重要だ
生産職はものづくりの際にゴミや埃などが混入するだけで出来栄えが変わってしまう可能性がある。
それを防ぐためにはやはり、掃除なのである。
「シエルさん、最初から土下座してた理由知ってましたよね?」
「当たり前でしょ。あんなにも大きな声で喋ってたら、外に漏れるって。それよりもマルコ君」
「は、はい!」
シエルはマルコに近づいて行き、少しの間見つめる。
美人でも上位の分類に入るシエルに見つめられて、マルコは少し照れながら目線を外す。
そして、シエルはにっこりと笑ってマルコにある報告をする。
「君……もう魔道具士だから」
「「「「……はぁ!?」」」」
シエルは前にも似たようなことをした。あの時と違うところは人数ぐらい。
「え、ちょっ、な、えぇ!?」
明らかに動揺しているマルコ、他の三人も例外はない。
「え! マルコはいつから魔道具士に!?」
「今日」
琴美の質問に短く、簡単に答えるシエル。
「で、でも! 試験を受けていないはずなのにどうして!?」
「ああ、これを見せただけ」
エーシャの質問を聞き、ポケットの中から赤い玉を取り出した。
「それ、俺が勇達に作ったものじゃないですか!」
シエルの手に乗っていたのはマルコが初めてここに訪れた時に持ってきた、加える魔力の大きさで火の大きさが変わる魔道具だった。
「さっき集会場に行ってきて、これを受付に見てもらった。本人が作ったか調べられたけど、マルコくんが作ったものとして認められて、試験をしないでマルコくんは魔道具士になったわけ」
職業は試験を受けなければ基本、就くことは出来ない。
しかし、生産職に関しては実際に本人が作ったものを提出し、それが認められれば試験を受ける必要はなくなる。
もちろん、提出するものが何でもいいわけではない。
鍛冶師なら武器や鎧。調合士ならポーションなどのアイテム。そして、マルコの魔道具士なら魔道具を提出しなければならない。
「だからシエルさん、途中からいなかったのね」
「……シエルさん。もし、マルコが魔道具士にならないって言ったらどうしてたんですか?」
勇は訊くが、もうシエルがなんと答えるかは分かっていた。
「聞きたい?」
「結構です」
勇が質問し終えると同時にシエルが勇に訊くが、勇は即答する。
「ねぇ、勇」
落ち着いたエーシャが勇の服の端をくいっと掴む。
「どうしたエーシャ?」
勇の問いに反応するかのようにエーシャの腹の音が鳴る。
「……今から作るから待ってて」
「早く作って! ボク達この一週間、店で売られてる料理食べてて辛かったんだから! 早く勇の料理が食べたい!」
腕をブンブン振り回すエーシャ。
本当にこれで勇よりも年上なのか疑いたくなるほど子供っぽい。
そんなエーシャの様子を見て勇は急いで買ったものをもって台所に向かい、料理を始める。
「早く食べたいなー勇の料理………………あっ」
エーシャは何かを思い出したように声を出す。
「どうしたの、エーシャ?」
「どうしよう、大変なことに気がついちゃった」
エーシャがとても深刻そうに話すため、琴美は真剣に話を聞く。
「気づいた事って」
「このまま……このまま勇が料理してたら……勇とイチャイチャ出来ない!」
エーシャの斜め上な発言に、さっきまで真剣に聞いていた自分がばかばかしくなり、頭を抱える琴美。
補足することでもないと思うが、一応念のために言おう。
勇とエーシャは付き合っているわけではない。エーシャが一方的に勇の奥さんと言っているだけであることを忘れてはいけない。
「どうしよう、どっちを選べば」
エーシャは悩みながら禁断症状のように小刻みに震えている。
はたから見たら薬が切れた人にしか見えない。
この世界の住人であるはずのマルコはドン引きし、シエルでさえ、エーシャの姿を心配し始めるほど。つまり、エーシャは勇達の世界でもこの世界でも異常者であることは、はっきりしている。
「ここはやっぱり欲望に身をゆだねるしか」
「どっちも欲望よ。……で、ゆだねた結果は?」
「今から勇に抱き付く!」
エーシャを拘束し始める琴美とシエル。
「どいて、琴美! 勇に抱き付けないよ!」
「今エーシャが行ったら料理できないでしょうが!」
「エーシャちゃん、少し自重しよ」
なおも暴れるエーシャを必死に止める。
マルコはただ見ていることしか出来ない。
料理をしている勇はと言うと、
(エーシャは腹がすいてるだけだ。だからあんな変なことを言っているんだ。早く作り終わらないと)
エーシャの発言をしっかりと聞いていたが、現実逃避をしている。
二十分後。
料理を並べる勇は気が気ではなかった。
琴美とシエルの拘束から解放され、獲物を捕らえる目つきで勇の行動をすぐ近くで見るエーシャがいたからだ。
(エーシャが見てるのは料理エーシャが見てるのは料理エーシャが見てるのは料理エーシャが見てるのは料理)
勇が料理を並び終え椅子に座ると、当然のようにエーシャは勇の隣を陣取る。
逃げなければと思い、策を考える勇。
「……エーシャ、今日はマルコの隣で食いたいなー」
「なんで?」
「ほら、マルコは今日来たばかりだろ。隣が女性だとマルコも少し気を遣うかもしれないから……な! マルコ!」
筋が通っているのか、いないのか分からない理屈でエーシャを退けようとし、マルコに同意を求める。
マルコはいい笑顔で答える。
「大丈夫だ、俺は気にしない」
助けるどころか見捨てていくマルコ。
(おい! なんで助けないんだ!? 助けてくれよ!)
(お前を助けたら俺の命が危うい!)
目配せとちょっとした動きで会話を成立させてしまっているマルコと勇。これも一週間の修行の成果なのか。
(そういわずに、あとでちゃんとエーシャを止めるから!)
(エーシャがお前の右隣に座っているから見えていないかもしれんが、笑顔で俺を見ながら右手で短刀持っているんだぞ! あとでは間に合わん!)
マルコがエーシャの右腕に目を移し、勇を誘導させる。
勇はエーシャに気づかれない程度に覗き込むと、キラリと何か光った。
もうハッキリ言ってしまうと、マルコの言う通り、短刀である。
「ほらほら、琴美もシエルさんも座りなよ」
エーシャがシエルと琴美に席に着く事を促す。
(そうだ! ねえちゃんとシエルさんに)
最後の希望であるシエルと琴美に助けを求めようとするが、シエルは笑顔で首を振り、琴美はお前が犠牲になれ、私達を巻き込むなと言わんばかりの不機嫌な表情をしている。
流石に勇も諦めた。
「……もう食べようか」
「じゃ、じゃあ、勇くんに感謝しながら、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
シエルの号令に続く四人。
今日の料理は、店で買ったパンと、野菜と魚と肉を一緒に焼いたシンプルな料理だが、その分、味付けは手を抜いていなかった。
「う~ん、やっぱり勇の料理はおいしいね」
「一週間ぶりにまともな料理を食べたって感じね」
「どんだけ店の料理に不満があるんだよ」
「不満にもなると思うぞ。こんなうまい料理が食べてしまったら、今までの料理を食べる気にはならん」
「勇くんの料理、絶賛だね」
賑やかに食事が進み、全員残さず料理を平らげた。
「ふぁ~、今日は疲れたからもう寝る」
「そうね。私達も寝ましょうか」
琴美がそう言うとシエルは自分の家に帰っていき、マルコと琴美は自分の部屋には行き、エーシャも部屋に向かう。ただし、勇の部屋に。
「エーシャの部屋はここじゃないんだけど」
「怖くて寝れないよ。ボク、女の子だし」
さっきマルコを短刀で脅していた人が何を言ってるんだ、と思う勇。
「我慢して自分の部屋に戻りなさい」
「ちぇ、分かったよ。お休み勇」
「お休み…………なんで部屋に戻らないんだ?」
「勇が部屋に入ってから戻ろうかと思って」
もちろんエーシャの嘘であり、勇が扉を開けた瞬間入り込もうとしているため、勇が扉を開けるのを待っている。
「いいから、部屋に戻ってくれ!」
「いーやーだー!」
部屋の前で騒ぐ二人に近寄る影。
「ダメだって! 異性が同じ部屋でなんて」
「もう一緒に住んでるんだからあまり変わらないよ!」
言い争っている二人を横目にその影は勇の部屋の扉を開く。
「だからダメなものはダぐぇ!」
勇の服の襟を掴み部屋の中に叩き込む琴美。
そして、倒れた勇を機嫌が悪そうに見下ろした。
「勇、エーシャと一緒に寝なさい」
「何言ってるんだよねえ――」
「寝なさい」
「いやだから――」
「寝なさい」
「ね――」
「寝なさい」
「はい」
ゲームのように選択肢を実質一つしか選ばせない琴美に逆らえない勇。
「エーシャ、あんたもよ」
琴美に呼ばれたエーシャは体をビクッとさせる。
「いつもそんなことされたらこっちが迷惑なの。……分かった?」
「は、はい」
言いたいことを言い切った琴美は自分の部屋に戻っていった。
仕方なく、エーシャと寝ることにした勇だが、床で寝ようとした勇をベッドに入るように促すエーシャ。
勇はそれを断って寝ようとするがエーシャも床で寝ようとしたため、ベッドで一緒に寝ることにした
「ちょ、ちょっとくっつき過ぎじゃないか」
「そんなことないよ」
勇の背中に抱き付き、体をこすりつけるエーシャ。
余談だが、飼い猫が頭を飼い主にこすりつける時があるが、あれはマーキングで、自分のものだと主張するものである。
だからと言って、エーシャの行動がそのためだとは限らない。
結局、勇は十分に睡眠をとることが出来なかったのだった。
読んで下さり、ありがとうございます。




