第七話 マルコの決意
六話の続きです。
マルコを探し始めてからすでに三十分が経っていたが、勇は手掛かりを見つけられない。
「すみません! 誰かマルコを知りませんか!」
周りの人に聞くが誰もマルコの居場所を知らず、首を横に振るばかりだ。
「マルコ……どこにいるんだ」
途方に暮れている勇に初老の男性が話しかける。
「マルコ様を探しているのですか?」
「マルコを知っているんですか!?」
マルコを知る人物に巡り会えた勇は藁にも縋る気持ちで必死にマルコの居場所を聞いた。
「マルコはどこにいるんですか!?」
「……こちらです」
男性に案内され、勇は後についていく。
案内されたのは人通りが少ない広場だった。人が隠れるような物さえないのにこんな所にマルコがいるのか疑ってしまう
「あの、マルコはどこに――」
質問を終える前に勇は蹴り飛ばされていた。
「ぐはっ!」
背中から落ちたせいで呼吸がしづらくなり、起き上がることが出来ない。
男性はゆっくりと近づき、勇を見下ろす。
「あなたは……いったい……」
「私はマルコ様が生まれる前からシャーロット家で執事をさせていただいております。セバスと申します」
言葉遣いが丁寧ではあるが、瞳からは敬意などは一切感じられない。
「なんで……こんな事を……」
「あなたのような庶民の方をマルコ様に近づけさせないためです」
「俺はマルコの友達です!」
勇は大声を上げた瞬間、再び蹴り飛ばされた。最初の蹴りが手加減されていたとすぐに分かるほどの重たい一撃に勇は必死に痛みを堪え、手をついて状態を起こす。
「そんな見え透いた嘘を信じるとでもお思いですか?」
セバスは立ち上がろうとする勇を見ていった。だが、勇は主張を変えようとはしない。
「あなたはマルコ様を利用するために仕方なく近づいた」
「ち、違います! 俺はマルコの――」
「まだ言いますか」
立ち上がった勇の溝を殴るセバス。
灰の中の空気が押し出され苦しくなるが、勇は膝をつかずに耐える。
「正直に言いますと、あなたがマルコ様の友人であろうがなかろうが関係ないのです。マルコ様とあなたは住む世界が違うのだから」
せき込む勇は霞む目でセバスを見た。息を荒げず、涼しげに勇を見下ろしている。
「マルコ様に二度と近づかないでください。それを約束していただければ見逃してあげます。死にたくはないでしょ?」
救済と言えるセバスの申し出。
「俺は……」
マルコに会わなければ命を落とす事はない。
誰だって自分の命は欲しいはず。マルコと勇の関係は精々顔見知り程度の出会いだ。無理に意地を張るべきではない。
勇がここでマルコを切っても誰も文句など言わない。むしろそれは自然な事だと同情するだろう。
「俺は……」
一呼吸置き、目をカッと見開いた。
「マルコの友達だ! ここであんたに殺されようともそれを曲げるつもりはない!」
命を引き換えにしても変えはしない。むしろより強固なものになっている。
他人が見れば何故だと言いたくなるが、勇はそれ以上に友人を見捨てる事が我慢ならない。
「……そうですか。仕方がありません」
一歩ずつ近寄って来るセバスの攻撃を身構え、勇は目を閉じた。しかし、いくら待っても蹴りも殴りも一切飛んでこない。足音も消えている。
不思議に思った勇は少しずつ目を開けると地面にこすりつけるセバスの白髪の頭が視界に飛び込む。
「先ほどのご無礼をお許ししなくても構いません。私が大変憎いでしょう。どんなこともされる覚悟はあります。しかし! マルコ様を……マルコ様をどうかお救いください!」
涙ながらに救いを求めるセバス。
「救うって、どういう事なんですか?」
「事情は私が話すべきではありません。マルコ様にお聞きください。あなたならマルコ様も話してくださるはずです。今、マルコ様は街外れの丘にいます」
セバスの感情が声色からひしひし伝わってくる。これは本心。そう感じた勇はセバスの言葉を信じ、体の向きを変える。
「分かりました」
そして勇は丘の方角に走り出す。
マルコは丘の上に建てられた墓の前に膝をついていた。
丘にいるマルコの口調も立ち振る舞いも勇達に見せてきたものとは一切違う。冷静で落ち着いた面持。
「母さん、やっぱり俺は皆に嫌われているみたいだ。しょうがないよな、こんなに偉そうな奴は俺だって嫌さ」
幼少時代は実の母親の再婚相手である現在の父親に好きなものづくりを制限され、振った事もない剣を握らされ、立ち振る舞いすらも矯正された。
シャーロット家は強くあれ、他の人間は家畜同然とまで言われる始末。
日々苦しい思いをした生活で唯一の安らぎが母親の存在だった。だが、その母親も不治の病で他界。新しい母親は父親の味方。もう自分が嫌になったマルコは仮面を被る事を決心した。
落ち着いたマルコからはかけ離れた人格。父の言われた通り人を見下すがまるで子供のよう。
仮面は自分自身じゃないという否定が表れた結果なのかもしれない。
「……母さん、心配かけてごめん」
「マルコ!」
突然名前を呼ばれ振り向くと、息を切らした勇が立っていた。
「どうしてお前がここに!?」
「セバスって人に頼まれた。お前を助けてほしいって」
「セバスが……」
「マルコ、すまなかった!」
地面に頭をつけて土下座をする勇。
「マルコは俺達を利用する奴じゃないって思っていたのに、お前が袋から出したものを見た時お前を疑った! ねえちゃんがマルコに怒鳴ってた時も俺は反論するべきなのにしなかった。俺は……ただ綺麗事を言っているだけだった! 友達のはずなのに……すまなかった!」
勇は涙を流し地面を濡らす。
マルコは勇の後頭部を見つめながら不愛想な口を開く。
「僕はお前と友達となった覚えなどない」
「お前が認めなくても、俺はお前を友達と思っている」
「僕は……みんなに嫌われている。こんなにも偉そうなのだからしょうがないが」
「それはお前の本性じゃない、本当のお前は誰よりも他人の心配をする優しい奴だ」
「そんなわけない!」
「いや、お前はそういう奴だ!」
勇は顔だけ上げてマルコを力強く見つめる。
「どうして……」
時折歯を食いしばり涙を堪えるマルコ。
「どうして……お前はそんなにも……俺を……信じる事が出来るんだ。まだあって間もない俺を」
勇はゆっくりと立ち上がるとマルコに近づき、マルコの肩に手を置いた。
「そんなの……決まってるだろ」
そして勇は笑う。
「俺達が友達だからだよ」
マルコはもう涙を抑える事は出来ない。
こんなにも優しくされたのはいつ以来かも覚えていないほど久しくて、嬉しくて仕方がないマルコ。
子供のように泣いていたが少しずつ落ち着きを取り戻したマルコは自分の事について喋り出した
「俺の今の父親と母親は血が繋がっていないんだ」
「そうなのか」
マルコの意外な事実を聞かされるが、勇は何も聞かずに徹底して聞き側となる。
「俺の父さんは俺が生まれる前に事故で死んだらしい。その後、母さんは俺を生んだ。シャーロト家は元々生産に力を入れていた一族で、俺も幼い頃から何かを作っていたよ。母さんに作ったものを見せると喜んでくれて……幼い俺はそれだけで嬉しかった」
とても優しい表情で話をするマルコだったが、すぐに険しくなる。
「でも、今の父様と結婚してから生活が変わってしまった。父様は俺に剣術を学ばせ始め、物を作る機会が減っていった。今から思えば、父様はシャーロット家を乗っ取るつもりだったんだと思う。俺はそんな生活が嫌だったけど、母さんとセバスだけは俺の味方でいてくれた。でも、母さんは病気で亡くなった。俺は母さんが亡くなってからの数日間の事を覚えていない。気づいた時には目の前に作り出したものが無造作に床に転がっていた。気づかぬ間に自分で作っていたらしい。もう、褒めてくれる母さんはいないというのに……」
再び泣き出しそうになるマルコだが、必死に涙を堪えた。
「そして、父様は今の母様と結婚した。俺は言葉遣いを矯正され自分が誰なのかさえ分からなくなっていた。そして俺はあんな憎たらしい仮面を被ったんだ」
話を終えて大きく息を吸い、吐き出すマルコ。
マルコの話を聞いた勇は静かに涙を流す。
「……お前は俺が優しい奴だといったが、お前も十分優男だぞ」
少し笑うマルコに一つの提案を持ちかけた。
「なぁ、マルコ。俺達のギルドに入らないか?」
ギルドの勧誘をする勇にマルコは驚く。
「琴美とエーシャはどうする。あいつらは俺を嫌っている」
マルコは家に訪れる前から琴美とエーシャが自分を嫌っている事はなんとなく察していた。当然自分が加入するのには反対なはずだと思っている。
「俺が説得する。それに、今のお前の姿を見れば受け入れてくれるはずだ」
マルコにとってはとてもありがたい誘いのはずだが、
「……俺は無理だ」
その誘いを断ってしまった。
「どうして」
「父様から逃げる事は出来ない」
「だったら、俺がお前を解放してやる。行くぞ!」
勇に引っ張られながら歩くマルコ。
「どこに行くつもりだ!?」
顔をマルコの方に向けて勇は言った。
「お前の家だよ。俺が説得してお前をギルドに入れてやる!」
「お前、場所知らないだろ」
根本的な問題を指摘され、「あっ」と、声を漏らし焦る勇を見てマルコはフッと笑う。
「こっちだ」
マルコは勇よりも前に歩き出す。
「えっ」
「父様を説得してくれるんだろ?」
「マルコ……ああ!」
二人はシャーロット家に向かって行った。
目的地に着いた二人はすぐに中に入っていく。居間の扉が開く音に反応してマルコの義父母が出てくる。
「なんだマルコ、もう試験が終わったのか」
「いいえ、俺は試験を受けていません」
「何!?」
言葉遣いと発言に驚きながらも問いただす義父。
「どういうことだ!? 説明しろ!」
「もうあんた達の言う事は聞かないって事だよ」
まだ父親の強い口調で腰が引きがちなマルコの代わりに勇が答えた。
「貴様は誰だ!」
勇の存在に気づいたマルコの父親は怒声を上げて問い詰める。
「俺? 俺はこいつの友達だ」
平然と言ってのける勇を見て、怒りを抑える事が出来ない義父は勇にきつくあたる。
「お前がたぶらかしたんだな!!」
「父様、これは俺の意思です。だから今から言う事も俺の意思です」
心の覚悟が出来た。もう義父に怯える事もない。一歩前に出て息を大きく吸い高々に宣言した。
「マルコ=シャーロットは義父であるヴァン=シャーロット、義母であるエリザベス=シャーロットとの……絶縁をここに宣言します!」
マルコの発言は屋敷中に響き渡り、マルコ以外の勇を含めて全員が動揺している。
ただ説得するだけのつもりだったが、マルコが絶縁すると言うとは思っていなかった勇。だが、それだけ強い意志でここに訪れたマルコを尊重する。
「お、お前……か、考え直せ! 絶縁するなんて……」
「そ、そうよ! あなたがこの家を出ても生活していけないわ」
予想外にもマルコの心配をしているように見えるヴァンとエリザベス。
しかし、これには理由がある。
現在、シャーロット家の血を受け継いでいるのはマルコ一人のため、財産などの権利はマルコにある。そしてその財産は親であるヴァンとエリザベスが管理している。
ここで、マルコが縁を切るとその権利は全てマルコが管理する事になり、ヴァンとエリザベスは管理する権利を剥奪される。
自分達の至福のための行動だった。
「いいえ、俺の決意は変わりません」
必死に説得するヴァンとエリザベスに気にせず、自分の決意は曲げないマルコ。
「……そうか、分かった。ただし、条件がある」
マルコの絶縁を認めるヴァン。しかし、一つの条件を提示する。
「お前ら二人で私を倒したら認めてやろう」
「なんだ、そんな事か。楽勝だよな」
マルコの顔を見るが何かを恐れ、青くなっている。
「無理だ……父様は元々剣士の家の生まれ、剣の腕前はそこら辺にいる剣士じゃ太刀打ち出来ない」
ヴァンは前回勇が倒したキングウルフを簡単に倒せるほどの技量と実力を持っており、今の実力の二人が一斉に斬りかかっても勝つ事は絶望的、ないに等しい。
「……それでもやるしかない。お前の自由がかかってるんだからな」
「勇……そうだな、俺が諦めるなんておかしいよな」
マルコはヴァンを鋭く睨みつける。
「父様……いや、ヴァン=シャーロット! 俺はあんたに勝負を申し込む!」
マルコの挑戦を聞いたヴァンは口角を少し上げる。
「フッ、やってみろ。お前が勝てば絶縁を認めてやる。ただし、負けた時は」
「俺はもうあんたには逆らわない」
「ほう、いさぎ良いな。ならば、勝負は一週間後の正午。場所はスルンの中央にある広場だ」
「分かった。行くぞ勇」
マルコと勇は不敵に笑うヴァンに後ろを向け屋敷を後にした。
街中を歩いている途中、マルコは勇を巻き込んでしまった事に罪悪感を抱き謝罪する。
「すまない。俺の問題に付き合わせてしまって
「いいんだよ。友達なんだから」
「さっきからそうだが、友達だけでそんなに力を貸すのかお前は」
勇は歩みを止め、マルコもつられて止まる。
「分からない。俺ってあんまり友達いなかったから」
「えっ……」
自分みたいな奴でも友達と言ってくる、優男の勇が今まで友達がいなかったことが予想外だったマルコ。
「そうだな。お前も過去のこと話してくれたんだから俺も話さないとな。まぁ、こんな大勢の人がいる中では喋れないから場所を変えるぞ」
勇は再び歩き出し、街の外に出ていき、ヴァル湖に入っていった。
「ここなら人がいないな」
そして辺りを見回し、人がいない事を確認する。
「……信じてもらえないかもしれないけど、俺は違う世界から来たんだ」
突然違う世界から来たと言われ信じる事はすぐに出来なかったマルコだが、勇の姿を見ていると冗談で言っているようには不思議と思わなかった。
「その世界で俺は両親の借金のせいで迷惑をかけられたんだ。今のお前とは逆の状態だな」
勇は笑うが、マルコはそんな話を聞いても笑えるはずがない。
「で、同い年の奴は話しかけてくれるけど、その親が俺の両親の事を知ると自分の子供と俺を接触させないようになった。人との接し方が下手な俺はすぐに孤立してイジメとかちょくちょくされた。ねえちゃんは人との関係をうまく保ったけど、やっぱり友達と呼べる人物は少なかったな」
「どうしてこの世界にいるんだ?」
「シエルさんに肩代わりしてもらった借金を返すため。ギルドも金を稼ぐために作った」
自分の過去話を一通り話し終えた勇は一息つく。
「何故俺に話そうと思った。こんな話、誰が聞いても嘘にしか思えん」
「確かに、本当の事を言っても信じてもらえない。前みたいに孤立するかもな。でも、お前は信じてくれると思ったから話した。エーシャにもこの事を話すつもりだ」
「そうか」
勇の話を聞いたマルコは勝利しなければならないと思った。でなければ、ここまで信用してくれる勇に示しがつかない。
「勇、俺は強くなる。そして、勝つ!」
「当たり前だろ!」
二人は勝利を誓った。
「早速、修行を始める」
「とりあえず、お互いの魔法を知っておこうぜ」
現在、勇が実践レベルで使える魔法は獅子炎舞とサーチアイのみ。
一方マルコはフレイム、フリーズ、ウィンド、サンダー、アクアを使う事が出来るが、どれも初級魔法であり、フレイムと系統が一緒である。
「お前どうやって試験受かるつもりだったんだよ」
呆れたように聞く勇。実際こんな魔法では試験は受からない。
「う、うるさい! 一応中級魔法も使えない事もないが、ほとんど失敗するんだ」
結局それでは意味がないのではないかと思ってしまう勇。
「そうなのか」
「ああ、だから本番までにその魔法を完璧に使えるようにしないと」
「俺も技の練習しないと。でも、うまくいかないんだよな」
お互いに自分の課題をどうするか悩む二人。
すると、勇の頭の中に突然ある事が閃く。
「……なぁ、マルコ。少し頼み事があるんだけど」
「なんだ?」
「えーと」
勇はあるものをマルコが持っているか聞いた。
「…………それなら、セバスに頼んで持ってこさせる事が出来るが」
「悪いな」
「しかし、なぜ急に?」
「気分を変えてみようと思って」
それからマルコと勇は修行を開始した。
魔物を狩り、お互いで連携を確認、それぞれ自分の魔法を磨く。
どんなに傷ついても、どんなに疲れても続けた。気力だけで修行した日もあった。ただ、勝利を勝ち取るために。
そしてその努力はようやく形となってマルコに表れる。
課題である中級魔法を放つ。マルコの身長の二倍はある岩を粉々に砕け跳ばし、岩が消え去っていた。それほどの威力がその魔法には秘められていたのだ。
「出来た……」
「すごい威力だ! これなら」
「ああ、勝てるかもしれない!」
微かな希望を見つけた二人はさらに修行を重ねていった。
そして一週間が過ぎ、とうとう決戦の日を迎える。
広場では大剣を持ち、鎧を付けたヴァンが勇とマルコを待っており、観客も大勢集まっていた。
ヴァンは三日前からスルン中に今回の決闘の情報を流したのだ。
琴美、エーシャ、シエルの耳にもその情報が届き、三人も広場に集まっていた。
「勇、大丈夫かな」
「だ、大丈夫よ! 前のキングウルフみたいに勝ってくれるはず!」
「いや、前回ほど甘くないよ」
相手は腕の良い剣士。前回ほどうまく勝てない事ぐらいエーシャも琴美も理解している。だが、こうでも言っておかないと気が落ち込んでしまう。
「おい! あれ見ろよ!」
大衆は一点を見ながら騒ぎ始める。
視線の先には二つの黒い影が浮かびあがった。
やがて、体中を傷だらけにした勇とマルコの姿がはっきりと見える。
「またせたな。ヴァン」
「フン。逃げたかと思ったぞ」
「こっちもあんたが逃げてないかと心配したよ」
勇の発言にヴァンの眉毛がピクリと動く。
「……まぁいい。さっそく始める。かかってこい!」
ヴァンの合図で決闘が始まり、マルコは両手で剣を構え、勇はそのままヴァンに突っ込んで剣を抜いた。
しかし、大剣がそれを阻む。
「その程度か」
ヴァンはそのまま大剣を振る。
風が起きるほど衝撃があり、勇は吹き飛ばされてしまう。
「うわぁ!」
「くそっ、フリーズ!」
剣を振って、フリーズを発動。そのまま、氷の塊はヴァンの足に命中し、地面ごと凍らせる。
「これで動けない。勇、一気に行くぞ!」
マルコの指示ですぐに立ち上がり再びヴァンに向かって走っていく。
マルコも同様にヴァンめがけて走り出し、ヴァンを挟み撃ちする。
二人は自分が持っている中で最強の魔法を放った。
「獅子炎舞!」
出現した炎の獅子はヴァンに噛みつき、上半身の自由を奪う。
この絶好のチャンス、マルコは魔法を叩き込む。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
剣が光を帯びる。
そのままヴァンの懐に潜りマルコは剣を振った。
攻撃は見事に入ったように見える。しかし、
「フ、フハハハハハハハハハハハハ」
ヴァンはびくともしていない。苦しむどころか笑う余裕さえ見せる。
「これが全力か? 笑わせてくれる!」
剣を水平に構え回転切りをし、炎の獅子とマルコ、勇を吹き飛ばした。
「「ぐはぁ!」」
地面に叩きつけられ、二人はかなりダメージを受けてしまう。
「今度はこっちから攻撃をさせてもらう」
重量のある大剣を使っているとは思えないほどのスピードで切りかかるヴァン。
勇はすぐに立ち上がりマルコをかばうように前に立つと剣を前に出し、防御の体制を取ったが、ヴァンの攻撃を剣で防御しても雀の涙程度にしか役に立たず、吹き飛ばされ、観客の中に紛れ込んでしまう。
「次はマルコ、お前の番だ」
立ち上がろうとするマルコにゆっくりと一歩ずつ近づいて行く。
マルコはフレイムを放ち、ヴァンに命中させるが全く効いていない。
「無駄だ、この鎧は封魔の鎧。魔法の効果を無効にする。お前の魔法では傷一つ付けられない」
「やはりその鎧を着て来たか。まぁ、こんなので勝とうって事自体がおかしな話だった」
「その通りだ。お前達では勝てない」
マルコの前までたどり着いたヴァンは剣を振り上げる。
「自分が持てる全ての力を出さないとな!」
マルコはポケットの中から何かを取り出し投げつけた。
そしてその物体は爆発を起こし、煙でヴァンの視界を狭める。
「くっ、なんだこれは!」
「アーティファクト≪フレイム・ボム≫。俺が作ったアーティファクトの一つ」
「なんだと!? 戦いでおもちゃなど使うなど……ふざけるなー!」
視界が狭い状態でも構わず走りだそうとするヴァンの目の前に一本の剣が飛んできた。
思わず大剣を離して後ろに大きく下がる。
「今の剣は……勇と言う奴が持っていた剣」
剣が飛んできた方向を見ると観客の中から勇が飛び出してきた。
「バカめ! 肉弾戦なら勝てると思って――!」
勇は自分の剣を投げたはず。しかし、勇の腰には鞘に入った細身の長い剣があった。
(くそ、早く剣を取りにいかねば)
だがヴァンの足が一歩も動かない。
「これはいったい」
「アーティファクト≪スパイダーネット≫。着地点から半径数メートルに糸を張り相手の動きを止める。もちろん魔法じゃないから封魔の鎧では抜け出せない」
マルコはフレイム・ボムと一緒にスパイダーネットも投げていた。
フレイム・ボムの煙はスパイダーネットに気づかせないための布石だったのだ。
「くそっ! くそっ! 剥がれろ!」
前方からは勇が猛スピードで迫りくる。
(大丈夫だ。封魔の鎧があれば魔法など効かん!)
何の魔法を使いつもりか分からないが、それをくらうつもりで身構えた。
「神速!」
勇が一瞬にして消えてしまう。目の前の現実に動揺していると、勇はすでにヴァンの懐に入り込んでいた。
「何!?」
「鎧崩し!」
素早く刀を抜き、柄でヴァンの腹にくらわせ、鎧を破壊した。
(バカな! 鎧が!?)
ヴァンはそのまま吹き飛び、勇の放り投げた剣の近くに落ちる。
「はぁ、はぁ……何故ダメージが」
「勇は足に付加魔法をかけた以外魔法は使ってない」
勇が使った魔法は神速。
この魔法は発動者の瞬間的にスピードを上げる中級魔法である。
そして、鎧崩しは魔法ではなく武術に分類され、魔力を一切使わない。この技は名前の通り相手の鎧を崩し、破壊する技である。
「だが、あいつはもう動けん! お前が仕掛けた罠にはまってしまったからな!」
事実、勇は先ほどの技を使う際に足で糸を踏んでしまい動けなくなってしまった。
「ご心配なく。トドメは俺の担当なんで」
マルコは剣に光を帯びさせ再びヴァンに切りかかる。
「甘い!」
近くにあった勇の剣で防御する。
「残念だったな。お前の攻撃が当たれば勝っていたかもしれないな」
「……一つ。俺はあんたに嘘の情報を与えた」
「嘘?」
「俺の魔法は本来――」
決定打になりうるはずの剣を自ら離し懐に入るマルコ。
「剣じゃなくて、手で発動させる魔法だ」
剣がおびていた光よりもさらに強い光が手に帯びている。
「なんだとおおぉぉぉぉぉぉ!」
「エレメント・コンボ!」
マルコは勇が砕いた場所を拳で一発殴る。
その瞬間、ヴァンの体に火、水、雷、氷、風の順番に属性によるダメージが発生し、ヴァンはあまりの威力に地面を転げまわった。やがて、腕をだらりと投げ出したまま動かなくなる。
この瞬間マルコの勝利が決まり、周りは歓声が上げマルコの勝利を祝った。
「やったなマルコ! これで」
「ああ、やっと自由に――」
「ちょ、ちょっと待て! マルコ!」
気絶したと思われたヴァンはふらふらになりながらも立ち上がりマルコを呼び止めた。その姿はなんとも醜く、目が当てられない。
「お前、いいのか? 絶縁する事はシャーロット家の屋敷を出るという事だぞ! お前の母親が住んでいた場所を捨てるのか!」
「そ、それは……」
母親を出され決心が揺らいでしまう。もちろんそれが狙いだった。
「マルコ様、安心してください。マルコ様のお母様は屋敷を捨ててもマルコ様が元気でいてくれれば、それだけで十分なはずです」
大衆の中から現れたセバスは微笑みながら。懐に手を入れる。
「さっきは刀を渡してくれてありがとうございます」
「いえいえ。それよりもマルコ様、これを」
懐から手紙を出しマルコに渡す。
「これはマルコ様のお母様であるレフェル様が亡くなる前にご自身で書いた手紙です」
「母さんが!?」
すぐにマルコは手紙を開く。
「この字は……忘れるはずがない。間違いなく母さんの字」
マルコは手紙を読み始めた
マルコへ
これを読んでいるという事は私はもうこの世にいないのでしょう。だから最後に母親として義務を果たします。
マルコ、あなたにはつらい思いをさせてごめんなさい。あなたは物を作る事がとても好きな子なのに、母さんがあの人と結婚したせいでやりたくもない剣を学ばされ、本当にやりたい事は取り上げられてしまって。
母さんはあなたが何か作って、見せてくれるのがとても嬉しかった。だから、あなたの姿を見ていると心が痛みました。
母さんがシャーロット家に生まれたから、シャーロット家の娘だった母さんがあなたを生んでしまったからあなたを苦しませた。
だから、あなたがシャーロット家の呪縛で苦しんでいるのならあなたの好きなようにしなさい。
あなたが選ぶ道がシャーロット家の崩壊に繋がったとしても、あなたが幸せであるならば母さんはそれだけで嬉しいです。
P.S.
母さんはいつまでもあなたを見守っています。愛しているわ、マルコ
母さんより
母親の手紙を読み終え、涙を流し、手紙を濡らす。
悪い事だと思っているが後ろからマルコの手紙の内容を読んだ勇はマルコに声をかける。
「マルコのお母さん、いい人だね」
「あたりまえだ……俺の自慢の、母さんなんだからな」
そしてマルコは決心がついた。
「母さん、ありがとう。俺決めたよ。俺はシャーロット家を出る! そして、俺は魔女の使いのマルコとして生きていく!」
「マルコ! 貴様! こうなったら力づくでも――」
マルコに向かって行くヴァンを二人の女性が助走をつけてジャンプする。一人は顔面、もう一人は股間に蹴りを喰らわすとヴァンは白目をむいてその場で倒れ気絶してしまった。
周囲にいる男性陣は青ざめる。さっきまで泣いていたマルコでさえ涙が引っ込み、ヴァンを哀れみを含んだ眼差しで見つめていた。
女性の一人がマルコに近づく。
「マルコ、大丈夫?」
「あ、ああ。助かった」
エーシャは心配するがさっきの光景が目に浮かんでマルコは素直に喜べない。
「ねえちゃん」
琴美は静かにマルコに近づく。
「琴美」
「マルコ……ごめん。あんな酷い事言って」
「僕もごめん。君の事全然考えてなかった」
「いいんだ、俺はもうあの時の俺じゃない。俺は勇のおかげで本当の自分になれた」
「確かにマルコの口調も一人称も変わったね」
エーシャは微笑みながら言った。
「じゃあ、行くわよみんな。もちろんマルコも」
「行くって、どこにだ?」
マルコは見当がついていないが、エーシャと勇は琴美の言いたい事を理解した。
「何言ってるんだよ、マルコ」
三人はニッと笑って口をそろえる。
「「「家に帰るよ(ぞ)」」」
「あんたも魔女の使いのメンバーなんだから」
その言葉が心にジワリと広がった。自分が最も欲しかった仲間を手に入れる事が出来た事に気づき笑顔で答える。
「ああ!」
そしてセバスの方に体を向けた。
「セバス、俺は……」
セバスはただにっこりと笑ったまま答える
「またどこかでお会いしましょう。マルコさん」
セバスはシャーロット家のマルコではなく、一人の人間、魔女の使いのマルコとして接した。それは同時にシャーロット家の呪縛から解放された事を教えたのだ。
それを理解したマルコは体の向きを戻し勇、琴美、エーシャと合流した。
そして、四人は我が家に帰っていくのだった。
読んで下さり、ありがとうございます。