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お支払いは異世界で  作者: 恵
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第五話 釣りに行こう・ヴァル湖編

 ヴァル湖に着いた三人は早速エサ探しを始める。


「エサはとりあえず虫を適当に捕まえればいいか」


 勇は茂みの中をかき分けた。濡れた葉や湿った土にうじゃうじゃと鳥肌が立つほど虫が生息している。


「お、いっぱいいるじゃん。」


 おもむろに勇は一匹の芋虫に手を伸ばす。

 一方、芋虫は逃げるのではなく自ら勇の手に近づいて行き、思いっきり指を噛んだ。


「いっってーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 勇の叫びは湖中に響き渡る。

 それを聞いた琴美とエーシャは駆けつけてきた。


「ゆ、勇! どうしたの!? 誰かに襲われたの!? もしそうならボクがそいつを殺してやる!!」

「エーシャ! 落ち着きなさい! そんなわけないでしょ!」


 血の気の多い発言をするエーシャを落ち着かせようとする琴美だが、勇はボソッとつい言わなくてもいい事が口から漏れてしまう。


「襲われたである意味合ってるな」


 その言葉は不遇にも二人の耳に届いてしまった。


「え!?」

「勇……教えて……誰に襲われたの?」


 無表情で問いただすエーシャ。

 朝の時と同じ息詰まりそうな雰囲気を出すエーシャを見て、急いで誤解を解く。


「襲われたって言っても虫だから! 虫に噛まれただけだから!」

「……なんだ虫か。驚かせないでよー。心臓が止まるかと思った」


 殺気が消えるエーシャ。

 むしろエーシャの殺気で心臓が止まりそうだった勇と琴美だが、口に出せるはずもなく、とりあえず危機を脱した事に胸をなでおろした。


「それより勇。ただ虫に噛まれたぐらいで叫ぶなんて、あんたひ弱ねー」


 馬鹿にした笑いをする琴美の発言にムッときた勇は自分が見つけた虫の採取を促す。


「じゃあ、ねえちゃん。そこの虫全部取ってみろよ」

「いいわよ」


 自信たっぷりの顔で茂みの中をかき分ける琴美。


「いっぱいいるじゃない。これだけいれば十分でしょ」


 勇と全く同じ芋虫に手を伸ばす。芋虫は誰であっても行動を変えない各七石があるのか、勇の時と同様に琴美の指に近づく。


「向こうから近づいてくるなんて、かわいい所あるじゃない」


 さらに手を伸ばす琴美の姿を後ろから見ていたエーシャは隙間から芋虫を目視した。


「琴美、その虫に近づいちゃ――」

「え?」


 エーシャが止めようとしたがワンテンポ遅かったため、口を開いた芋虫に琴美は指を力強く噛まれる。


「いっったーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」


 湖中に二度目の叫びが響き渡った。


「何! この芋虫!」

「それはマウスワーム。見た目は普通の芋虫だけど捕食する時大きな口を開いて噛みつく」

「それを先に言ってよ」


 涙を浮かべる琴美の姿を見てニヤニヤ笑う勇。


「さっきの自信はどうしたの、ねえちゃん」

「うっさい!」


 さっきの芋虫のせいで警戒してしまった二人に代わりエーシャが虫を全て捕まえ、釣りには十分すぎる量のエサを捕まえてきたのだった。



 針にエサを付けて釣りを始めから湖に十分の時が流れる。


「…………………………なあ、エーシャ」

「何?」

「もうちょっとはな――」

「いやだ」


 勇の要望をすぐに断られてしまった。


「いやって言われても。あーほら、糸が絡まった」

「やっぱり、勇とボクは赤い糸で結ばれているんだね」

「赤い糸じゃないから、釣り糸だから」


 照れながらおかしなことを言い始めるエーシャ。

 勇は糸の絡まりをほどきながらもツッコみを忘れない。


「エーシャいい加減に離れなさい。じゃないと魚が全然釣れないわよ。ただでさえ朝と昼ほとんど食べてないのに」

「いやだよ」


 頑なに拒否をするエーシャに困ってしまう琴美と勇だが、琴美の頭の中で電球が光った。


「たくさん魚を釣ってきたら勇が頭撫でてくれるってー」

「ボク、釣ってくるよ! たくさん釣ったら頭撫でてね! 約束だよ!」


 エーシャは急いで勇から離れた位置で釣りを始める。


「……ねえちゃん。勝手に話し進めないでくれよ」

「しょうがないじゃない。今日の夕飯のためよ」


 そう言い残して琴美も勇から離れた位置で釣りを再開した。





 三十分後。

 ようやく最初のあたりが勇の竿にきた。


「お、きたきた。なかなかでかいぞ!」


 座っていた勇は立ち上がる。


「勇! 頑張って!」

「釣り上げなさいよ!」

「分かってるって!」


 竿を強く握り、一気に振り上げる。

 魚は湖から飛び出す。


「よっしゃー! 釣れ……た」


 釣り糸の先に引っかかり、宙吊りにされた魚は新鮮には見えない皺くちゃの白い体でよぼよぼのおじいさんを彷彿とさせる。

 勇はそっと竿を下げ湖に戻し、何事もなかったかのように振る舞った。


「……魚、釣れないなー」

「いいえ、釣ったはずよ。魚を」

「違うって、あれはおじいちゃんだよ」

「どっちでもいいから釣り上げなさい」


 勇は竿を上にあげる。

 針を外す力がないのか、さきほどのよぼよぼの魚はピクリとも動かずくっついていた。


「エーシャ、これなんて魚?」


 勇はエーシャに訊く。


「オジイサン」

「ほら、やっぱりおじいちゃんだよ」

「オジイサンって名前の魚よ」


 陸に上がったオジイサンを見つめる三人。


「血抜きした方がいいのかな」

「新鮮に保つためだからね。勇、あんたが釣ったんだから自分でやりなさいよ」

「無理だよ。俺に人殺しさせるの?」

「だから魚だって言ってるでしょ! もういい、私がしてくる」


 オジイサンを掴みナイフをエラから刺し込み骨を切断し、血を湖で洗い流した。


「これでよし。勇、次からはどんな魚が釣れても逃がさない。すぐに血抜きすること。いいわね」

「……分かった」


 しぶしぶ返事をする勇。

 その後、勇は翼が生えているエアフィッシュ、鬼のような顔の鬼面魚、角がある一角魚など奇妙な魚を釣り上げるが、不思議とオジイサンほどの感情はなく、血抜きする事が出来た。

 結果、勇が五匹、琴美六匹、エーシャ十匹、合計二十一匹を見事釣り上げる。


「日も傾いてきたし、そろそろ帰るわよ」

「そうだね。エーシャ、もう帰るよ」

「分かったよ」


 エーシャは勇の元に行き、頭を近づけた。意味が分からない勇は思わず首を傾ける。


「……ん」

「え、なに?」

「約束したでしょ。たくさん釣ったらボクの頭撫でるって」


 勝手にされたんだけど、と思いながらも期待しているエーシャを見ていると断ることが出来ず、仕方なく頭を撫でた。


「ありがとうな、エーシャ」


 撫でられたエーシャは今にもスキップしそうなほど上機嫌に鼻歌を混じる。


「二人とも置いてくよー」

「待ってよねえちゃん」


 二人は急いで琴美の後を追い街に向かった。



 街に戻った三人は魚の勘定をしてもらうためシエルの家に向かっている。


「魚をまずシエルさんに見せて売れる魚と売れない魚を教えてもらって、売れる魚は集会所に、あまり高く売れない魚は俺達の夕飯に」

「さんせー」

「勇の手作り……」


 魚をどうするか勇達が話していると、前から見覚えのある男がやってきた。


「おお、勇ではないか!」


 まだこの世界にきて間もない勇達を呼び止める数少ない人物であるマルコが目の前に現れると、勇は喜びに似た感情が込み上げてくる。


「マルコ! 一週間ぶり!」


 勇はマルコに駆け寄ると親しく話し掛ける。


「今日は何か用事でもあったのか?」

「いや、試験を落ちてからどの職業の試験を受けるか迷っていてな。まぁ、僕だったらどれでも受かるだろうけどな!」


 前回と変わらない態度で高らかに笑って話すマルコ。

 勇は愛想笑いしてしまうが、初対面の時と比べて表情が柔らかいように思える。


「お前たちは何をしていたんだ」

「俺達は釣りをしてた」


 勇はマルコにカバンの中身を見せた。


「ほぅ、なかなか大量ではないか……!」


 何かに気がついたマルコは目を丸くして鞄の中を凝視したまま動きを止める。


「ちょっと、魚を手に取って見てもいいか」

「え、別にいいけど」


 勇の鞄の中から一匹の魚を取り出し見るマルコの横顔は全くの別人と勘違いしてしまうほど鋭い目つきで観察するが、ほどなくして少し残念そうな顔でその魚を鞄に戻した。


「どうしたマルコ?」

「いやなんでもない。少し気になった魚がいてな。それでは僕はこの辺で失礼するよ」

「おう、またなマルコ」


 マルコの後ろ姿に手を振る勇。


「ねえ、勇。今のって試験の時一緒にいた人だよね」

「そうだよ。あいつはいいやつだ」

「私はあまり好きじゃない。特にあの態度が偉そうで」


 好印象の勇とは逆にマルコをあまりよく思わない琴美。

 エーシャもマルコをそこまでいい人だとは思っていなかったようで、後ろ姿をしかめっ面で眺めていた。


「暗くなる前にシエルさんの家に行くわよ」

「そうだね」


 暗くなる前にシエルの家に着くために急いで走る。



「君達ずいぶん釣ってきたね」


 シエルの家に着いた三人は早速シエルに魚の鑑定をしてもらっていた。


「このエアフィッシュはそこまでかな、この鬼面魚なら二百ジーグ、一角魚は百ジーグ……」


 次々と値段を言っていくシエル。

 最後の一匹手に取った。


「おお、珍しいよく釣ったね」


 シエルが手に持っていたのは勇が釣ったオジイサンだった。


「この魚、高級魚なんだよね。売れば一万ジーグくらいになる」

「「い、一万ジーグ!」」


 金額を聞いて驚きを隠せない勇と琴美。


「でも、残念。この魚にはもう価値はないみたい」

「「え」」


 上げて落とされた二人はシエルに聞くかずにはいられない。


「な、なんでですか!」

「さっきシエルさん高級魚だって」

「オジイサンの価値ってあまり知られていないんだ。そのせいで皆同じようなミスしちゃうんだよね」

「ミス?」


 シエルは机の上に置いたオジイサンを指で指しながら質問をする。


「君達、血抜きしたでしょ?」

「え、当たり前じゃないですか。じゃないと腐っちゃうし、臭いし」


 当然の如く言ってのける琴美。


「そう。その行動がまずかった。この魚、実は血しか価値がないの」

「「え!?」」


 捕まえた魚を新鮮に保とうとしたばかりに、血を流してしまったことに後悔する琴美。


「勇、エーシャ、ごめん。私のせいで」

「き、気にするなよ、ねえちゃん」

「そうだよ。ボクだってきっと同じことしてたよ」


 無自覚とは言え高級魚を自分の手で無価値まで落としてしまい、罪悪感を抱いた琴美を必死に励ます。


「まぁ、こればっかりは仕方がないよ。よっぽど物知りじゃなきゃ」


 勇はふとマルコの行動を思い出した。

 あの時マルコが取り出していた魚は……。


「そういえば、マルコはオジイサンに興味を持ってたな」

「マルコくんって、試験を一緒に受けてた?」

「はい。でも途中で少し残念そうな顔をして戻したんです」

「じゃあ、あいつ価値ないって知ってたの!? なんで教えてくれないのよ! むかつくやつね!」

「俺達をがっかりさせないために言わなかったかもしれないだろ!」

「あんたはなんであいつの肩を持つの!」


 言い争いを始める二人。

 エーシャはどうしていいかわからず、あたふたしている。


「二人とも喧嘩はやめなさい!」


 シエルに怒られ、少ししょぼんとした。


「お互いに謝って」

「……ごめん、ねえちゃん」

「私こそ……言い過ぎた」


 お互いに謝り、仲直りする勇と琴美。


「じゃあ、オジイサンは私が引き取っておくよ。この魚とても味が酷くて食べれたものじゃないから。他の魚はちゃんと食べられるよ。料理するつもりなら今回は特別に家の台所使っていいから」

「ありがとうございます。じゃあ、ねえちゃんとエーシャは魚売ってきて。その間に俺は料理作っとくから」

「分かった。エーシャ行くよ」


 琴美はとエーシャはシエルの家を出て、集会場に向かった。


「シエルさん台所借りますね」

「私の分も作ってくれるなら調味料使ってもいいよ」

「それぐらいお安い御用です」


 台所に立った勇はまず調理器具の確認をする。

 包丁、まな板、鍋、フライパン……道具は一式揃っているようだ。

 次に調味料の確認。

 砂糖と塩は分かったが、カーマル、マジックレッドなど聞いた事がない名前がラベルに書かれている。


「シエルさんこの調味料なんですか?」

「なめて確かめてみなよ」


 勇は初めにカーマルに手に持つ。少し黒色の液体で、つんとした匂いが鼻につくが嫌な匂いではない。

 指に少したらし、恐る恐るなめる勇。

 初めて味わうカーマルだが、勇は似たような味を知っている。


「これ醤油に似てる」

「実際は別物だよ。醤油は大豆で作るけど、カーマルはカーと言う木の実を粉末状に砕いたものを溶かしてるからね」


 醤油に似ているものの、食文化が進んでいないためか、やはり普通の醤油よりも味が数段劣化したものと感じる勇。

 勇は念のため塩と砂糖をなめるが、塩は何かが混じっているのか苦みがあり、砂糖も全然甘くない。


「じゃあ、こっちのマジックレッドは……」


 粉末を指にのせなめる勇。

 次第に顔が真っ赤になっていく。


「辛! ……あ、でもすぐに消えて少し甘い」


 勇は未知の調味料を味わい目を輝かせた。一通り味見した勇は食材と調味料から献立を思い浮かべる。


「さて、どうするかな。魚結構あるからな」


 勇の手元にある魚は全部で十二匹。


「一人三匹。なら三種類作るか。最初はやっぱり焼きだよな」


 コンロに火をつけようとガスの元栓を探すが何処にも見当たらない。


「シエルさん。ガスの元栓何処ですか?」

「前にも言ったけど、ここは君達の世界よりもいろいろ劣ってるから」

「じゃあ、どうやってするんですか」


 シエルは台所に向かい、コンロに魔力で火をつける。


「こうやってやる」

「これ、どうやって火を調節するんですか」

「魔力で火を操る」


 シエルは簡単に言っているが一般の人が火を操るのは難しく、ただ火を調節するだけのために練習するのもばからしいと多くの人が思っているためこの世界の住人は基本的に同じ温度で料理をしていた。


「じゃあ、シエルさん火の調節してくださいよ」

「分かった」


 一旦火を消してもらい、勇は魚を包丁で器用に捌き始める。

 四匹は塩焼きにするために内臓だけ取り除き、もう四匹は煮つけにするために頭も切り落とし、残った四匹は刺身にしていく。


「勇くん上手だね」

「いつも俺が作ってましたから」

「琴美ちゃんはしないの?」


 シエルの発言で手が止まり、顔が青ざめていく勇。


「……シエルさんは料理らしきものを食べて気絶したことあります?」

「ごめん」


 これ以上聞くのはまずいと思ったシエルは一言謝るとそれ以上の事に触れないようにした。



 捌き終えた勇はまず塩焼きの魚を木の串で刺していく。

 魚に塩をかけようとした時、勇の手が止まる


「シエルさん。塩ってどうやって作られてるんですか?」

「塩の実を砕くだけ」


 簡単に説明するシエル。


「もしかしたら……」


 塩が入った瓶のふたを開け、使う分だけ出す勇。

 そして、その塩を小さな鍋に入れ水で溶かす。


「シエルさん綺麗な布を一枚ください」

「わ、分かった」


 あまりに真剣な顔で言う勇に圧倒され、布を持ってくるシエル

 勇はもう一つ鍋を用意し、布をかぶせる。

 次に塩を溶かした水を布の上から流すと水は全て通り抜け、布には緑色の粒が少し残る。


「あとは、これを蒸発させれば……シエルさん、強い火力でお願いします」


 シエルが火をつけ、勇は注意しながら水を温めていく。

 火力が明らかに強いため、水はすぐに沸騰、蒸発した。


「よし出来た」


 鍋にはあまり見た目が変わっていない塩があった。

 勇はその塩をなめる。


「やっぱり塩だ!」

「元々塩だよ」

「そうじゃなくて! これなめてみてください」


 差し出された塩をなめるシエル。


「……なにこれ、苦みがなくなってる」


 勇がろ過したおかげで塩は苦みが消え、旨みのあるしょっぱさだけが残っている。


「よかった。これならうまい塩焼きが作れる」


 勇は作った塩を魚をまんべんなくまぶす。


「シエルさん火をお願いします」


 いきいきとした表情で勇は次々と魚を焼き始めていった。



 一時間後。

 琴美とエーシャは集会場に魚を売り終え、帰宅途中だった。


「時間かかっちゃったわね」

「しょうがないよ。混んでたんだもん」


 売るまでに時間がかかった割に千二百ジーグほどにしかならなかった。


「早く帰りましょ。もうそろそろ作り終わってると思うし」


 二人は急ぎ足になる

 シエルの家についた二人は扉を開けた。


「「ただいまー」」


 入った瞬間いい匂いが二人を出迎え、誘われるように急いで中に入る。


「おかえり」

「おかえりなさい」


 シエルは椅子に座り、勇はちょうど料理を並べている最中だった。


「おいしそね」

「勇の手料理」

「ほら二人とも、早く座って。勇くんの料理が冷めちゃうよ」


 二人は椅子に座る。

 もちろん、エーシャは勇が座る椅子の隣を陣取った。

 料理を運び終えた勇は空いた椅子に座る。


「みんな揃ったね。では、勇くんに感謝を込めて、いただきます」

「「「いただきます」」」


 それぞれ前に置かれた料理を頬張った。


「ん~、この塩焼き、身がふわふわでおいし~。流石勇ね」

「うん、確かにおいしい。勇くん、凄いね」

「褒められると、やっぱり少し照れますね。……エーシャどうした? 食欲ないのか?」


 勇の手料理を楽しみにしていたはずのエーシャがまだどの料理にも手を付けていない。


「いや、塩焼きは分かるけど……。こっちのタレがかかってるのは何?」

「それは魚の煮つけ。で、もう一つが刺身」

「刺身?……もしかしてこれも食べるの!?」


 料理に驚くエーシャ。

 勇達からしてみれば普通の料理だがこの世界の住人が見たら、十人中十が驚くと言っても過言ではない。

 この世界の調理は焼き、燻製ぐらいしか存在してなく、他にはスープやパンなどを作る事が出来る。

 そのため、おいしくするにはタレをよくするしか方法が存在しないのだ。


「試しに食べてみなって、味見はしてるから」


 勇はエーシャに刺身を勧める。


「……じゃあ」


 フォークで刺身を刺し恐る恐る眺めるエーシャの姿がおかしく思えてくる勇と琴美。

 エーシャは刺身を少しかじる。


「………………おいしい。おいしいよ!」


 エーシャは刺身を気に入ったようだ。


「じゃあ、こっちのは」


 目を輝かせ煮つけに手を伸ばし、ほおばる。


「何これ! 中まで味が染みててすごくおいしい! 塩焼きは」


 今度は塩焼きを口に運んだ。


「この塩焼き……今まで食べた中で一番おいしい! 塩の苦みが全然しない!」


 夢中で料理を食べるエーシャ。

 その姿を微笑ましく思う三人も食事を続ける。





「うー、恥ずかしいよー。でもおいしかったよー」


 夢中で料理を食べてた自分を想像して恥ずかしくなっているエーシャ。


「勇、やっぱりあんたが料理してよ」

「無茶言うなよ。台所ないのにどうやって作るんだよ。流石にシエルさんの台所を使わしてもらう訳にもいかないし」

「私としては大歓迎…………と言いたい所だけど、いつも家にいるわけじゃないからね」

「え、勇の料理もう食べられないの!?」


 勇の料理を相当気に入ったエーシャは落ち込んでいる。


「いや、たまにしか出来ないだけで」

「もう台所作ろうよ。勇の料理食べたら前の買ってきたものには戻れないわ」

「お金どうするんだよ」

「私がいるじゃないか」


 自分自身に指を指すシエル。


「お金を借りろと」

「その通り。ちなみに台所作るのに五千万ジーグほどかかるから」

「ご、五百万」


 日本円にして五十万円の大金に顔を引きつらせた。

 琴美に考え直してもらうように説得を試みる。


「ねえちゃん。台所はあきら――」

「いやよ。それに、ここに住んでるんだから台所は必要よ」


 それを言われてしまっては、勇は反論出来ない。


「……決まりね」

「依頼は私の方でしておくから。多分三日後には台所が出来ていると思うよ」

「よかったねエーシャ。三日後には勇の料理が毎日食べられるよ」

「本当!?」


 大喜びするエーシャ。

 子供のように騒いでいるが、一応琴美と同年代である。


「もう時間も遅い、みんな家に帰りなさい。後片付けは私がしとくから」

「すみません。お願いします」


 後片付けはシエルに任せ、勇達は自宅に戻っていった。

 一人になったシエルはボソッと呟く。


「あの魚の価値を知っているなんて、マルコくんは面白そうな子だね」

読んで下さり、ありがとうございます。

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