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お支払いは異世界で  作者: 恵
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第四十話 新メニュー 後編

「うー……ひどい目にあいました。まさかあの魚がいるなんて。でも、おいしいです」


 目を覚ましたフェミナはマッスルの刺身を頬ばる。


「ごめんごめん。いなくなっていたのは知ってたけど、まさかそこにいるとは思わなくて。料理の続きしてくるからそれ食べて待っててくれ」


 キッチンに戻った勇だったが、何を作ろうか悩んでいた。米代わりのライがある事で一品で完結する料理のレパートリーは格段に増えた。しかし、あくまで今の店で出せるもの。短時間で簡易に作れるものが好ましい。そして欲を言えば、飽きないようにちょっとした事で味が変わるような物。


「そんなのあるわけないよな…………あったわ」


 心当たりのある勇は早速食材に手を伸ばす。肉、魚、野菜……多種少量の食材を使う。しかし、それで一品の料理を作るのではなく、煮る、焼く、茹でると様々な調理でバリエーションを増やしていく。

 それらを作り終えると、塩を掌に振りかけて両手をこすり合わせる。右手で鍋の中のライをすくい上げ、中心に先ほど作ったもの一種類中心に埋め込み、隠すように包み込む。

 ぎゅっと握り込むとライの塊はいびつな三角形になる。三分の一回転させもう一度握ると形が整っていく。数回繰り返せば綺麗な正三角形の完成。

 その後も慣れた手つきで淡々と作り上げると、皆の所へ運んでいった。


「お待たせ」


 ドンッと机の上に皿を置く。目の前に積まれたライの塊に周りは唖然する。


「な、何これ?」


 指を指しながら聞くメルデルに勇は答えた。


「おにぎり。簡単に作れるし、飽きないと思って」

「確かにおにぎりなら飽きづらいかもね」


 琴美はおにぎりの山から一個をひょいと持ち上げて口に運ぶ。


「いや、流石に美味いからと言ってこの量は飽きるだろ」


 他のメンバーも次々に手に持って頬張る。


「こ、これは……中に肉が!」


 マルコの言葉に異世界組が振り向く。


「え? 魚でしょ?」

「わ、わたくしは芋が」

「勇のアニキ! もしかして全部中身が違うの」

「ふふっ。その通り! これなら飽きないだろ?」

「ただ中身を入れ替えただけだけど」


 ドヤ顔の勇に呆れる琴美はぼそりと呟いた。さも聞こえなかった素振りで話を続ける。


「それで、味の方は……聞くまでもないな」


 話の途中でもモグモグしているメンバー。この状況だけ店に出しも問題ないと判断が出来る。


「これを売るつもりなのは分かるけど、名前はどうするの? 流石におにぎりじゃピンと来ないだろうし」


 琴美の意見はもっともだ。嫌われた食材を使った聞きなれない名前の料理に金を払う挑戦者は少ない。ならば、名前だけでも親しみやすいものにしなければならない。


「ああ、その辺は大丈夫。とりあえず明日から販売を始めるから。皆! 明日の連絡するからちょっと聞いてくれ!」




 二日後。魔女のキッチンの前では長蛇の列で賑わっていた。


「肉の宝箱をくれ!」

「俺は芋の宝箱! あと、」

「私ツナマヨの宝箱!」

「まだありますから落ち着いてください!」


 我先にと注文するお客達に口でなだめさせながら手をせわしなく動かし、琴美は商品と引き換えにジーグを受け取る。


「次の方どうぞ!」

「冒険の宝箱を一つ」


 先ほどからお客が叫んでいる宝箱というのは勇が考えたおにぎりの別名称のことだ。外のライで中の具を守っているように見える所からそう名付けられた。

 現在は肉、ツナマヨ、芋、卵、焼鳥の五種類と三種類のおにぎりをセットにして販売している冒険の宝箱がメニューに加わっており、一個200ジーグ。冒険の宝箱は500ジーグで販売している。


「すいません! 少しお持ちください! クルト、勇に宝箱が全体的に足りないって伝えて」

「分かった」


 空の皿と山盛りに積まれた串の皿を交換すると急いで勇に伝言を伝えに戻った。


「勇のアニキ! 宝箱が全体的に足りないって!」

「だろうと思って、もう作ってある。これ全部持ってってくれ!」

「了解!」


 次々と皿を持っていくクルト。少しは時間が稼げるが、明らかにペースが追い付いていない。


「勇、戻ったよ」


 そこに大量のライと食材を持ってくるエーシャとフェミナ。


「ちょうどよかった! 二人共帰ってきてすぐで悪いけど、フェミナは琴美の手伝い。エーシャはこっちを手伝ってくれ」

「わ、分かりました!」

「愛の共同作業だね!」

「もうそれでいいから早く手伝ってくれ!」


 料理組にフェミナが加わった事でおにぎりの生産速度も上がる。


「それにしてもびっくりだよ。まさかここまで大事になるなんて」

「やっぱり昨日のが十分に効いたんだな」


 宝箱を売り始めた初日。シエル、レクス、ライザにも協力してもらい、作戦を組んでいた。

 まずクルトと琴美がライを販売している店から大量に買い込む。メルデルとシエルはその他の食料調達のため狩りへ。ライザ、レクス、フェミナ、マルコの4人は宣伝に。勇はフェミナにおにぎりの握り方を教えながら店を見る。

 宣伝組のライザ、フェミナには試食用のおにぎりを渡していたため宣伝にはなっただろう。しかし、今回宣伝効果が高かったのはレクスとマルコだった。


「ねぇ、レクスとマルコはまだ昨日と同じ事させてていいの?」

「ああ……そうだな」




「僕はこんな事するだけで本当にいいのだろうか?」


 未だに自分の行動が勇達の店に利益をもたらしていると思えないレクス。ただ、烙印が押された紙袋抱えて、中に入ってるおにぎりや串ものを指定されたルート歩きながら食べる、それだけ。

 美味い料理が食べられるのだからレクスに文句はないのだが、なんだか申し訳ないと気持ちもあるのは確か。


「あ、ママ! レクス様が何か食べてる! あたしも食べたい!」

「レクス様が食べているならおいしいものに違いない! 俺達も階に行くぞ!」

「確か袋には”魔女のキッチン”って書かれてたな!」


 十二分に宣伝効果が表れている事に気がつかないレクスはそのまま指定されたルートを歩き続けた。




 綺麗なドレスや美しい宝石や装飾品を取り扱う店が並ぶ。このエリアでは冒険者が通る事は比較的少なく、大半はファッション目的の女性達が行き交っている。

 ナンパ目的でここに訪れる輩も多くなく、現にちらほらと周りから声が聞こえてくる。


「ねぇねぇ、俺とどっかでお茶しない?」

「ハッ! 鏡見てからいいなさい!」

「貴方に一目ぼれしてしまいました。良ければこれを受け取ってください」

「プレゼントでしか女の気を引けないの? しかもこのペンダント安物じゃない。なめてるの!」

「俺の肉体を見な! この逞しい体を見たら魔物なんざあっという間に逃げちまうよ!」

「あんた……闘技大会の一回戦で逃げてたよね?」


 あちらこちらで撃沈していく男達。ここの女性達を口説くには相当の自身がなければまず無傷では済まない。

 多くの男性陣が膝から崩れ落ちていく中青年はそのエリアに足を踏み入れ、あろうことか女性に話しかけていく。


「ちょっといいですか?」

「何よ。お茶ならお断――」


 ナンパにイラつきを覚えていた女性だったが、振り向いた先にいた青年に思わず言葉を失った。

 風に揺られる金色の長髪、整った顔つき。キリッとした目つき、しかし眼差しはとても柔らか。こんなので見下ろされてしまっては女性は言いなりになってしまう。


「すいません。忙しいのでしたら失礼します」

「いえ! 全然忙しくありません!」

「よかった。これを受け取ってください」


 紙袋から取り出したものを渡す。女性は快く受け取るが、手に収まっているものを見て思考が止まる。

 手に持っているのは三角形の粒の塊。これがライの塊だと分かるとムッとする女性。


「ちょっと! これライじゃない!?」

「そうですけど……いや、でしたか?」


 眉をハの字にして落とす姿はさっきまでの凛々しかった顔とは違い、愛らしい子犬を連想させてしまうほど愛おしく、口は自然と動いてしまう。


「いやじゃないです! 大好きです!」


 そういってライの塊を口に含む。その瞬間、口の中では味わったことのない幸福でいっぱいなった。


「お、おいしい!」

「よかった。これ、俺の店で出してるんで買いに来てくださいね」


 最後にウィンクをすると周りで見ていた女性達が集まってきた。


「私ももらえますか?」

「こちらにも一つ!」

「出きれば、あーんしていただけると」


 爽やかな笑顔で女性達と戯れるも内心はこんな指示を出した勇に恨む青年、もといマルコ。


(勇の奴、店のためとはいえこんな所で宣伝など……後で覚えていろよ)




「もう少ししてから呼び戻せばいいかな」

「フェミナが知ったら大変だよ」

「だからフェミナがいない所で頼んだんだよ。……それよりも腕を絡めておにぎり握るのやめてくれない?」

「えー、いいじゃないかこれぐ――!」


 長時間熱いライを扱うため汗をかく勇は自然と絡まれていない右腕で左の頬を拭った。その代りに左の頬(唇より)に白い粒がくっついたことに本人は気づいていない。もちろん、エーシャがこの瞬間を逃すはずなどなかった。


「ん? どうしたエーシャ?」


 背筋がゾッとした勇はエーシャに目をやると少し興奮気味のエーシャがこちらを凝視している。腕を引きはがして後ずさると、向こうは一歩近づく。


「め、目が怖いよエーシャ」


 まるで獲物を見つけた狼のようなギラギラな目をさせている。


「警戒しすぎだよ。ただ、ライがほっぺについてるから取るだけだよ」

「なんだ、それなら早く言ってくれよ。何処についてるんだ?」


 右手で取ろうとしたその時、エーシャの手に掴まれた。左手で取ろうとするがその手も取られてしまう。


「あのエーシャ? 手を離してくれないと取れないんだけど」

「大丈夫大丈夫」


 いつの間にか壁際に立っていた勇はそのまま手を壁に押し付けられ、又に脚を入れられてしまい動けなくなっていた。


「し、仕事が残ってるから離してくれないか?」


 しかし、全く話を聞いてくれない。舌なめずりをしてグイッと顔を近づけてきた。


「僕が取って、ア・ゲ・ルゥ」


 唇を突き出して目を閉じるエーシャ。


「おーい! エーシャストップ!!」


 ジタバタするがチャンスを逃しはしないとエーシャは動きを押させる。


「ジッとしてて勇! 5分だけ向かいの壁の木目を見ていれば全部終わってるから」

「ライ取る以上のことするきだこの人! って、あ……」

「やっと観念したのかい? それじゃあいただき――」

「何やってるのかな、二人共?」


 まさに二重の意味で食われそうになっていたその時、エーシャの後方で女性の低い声が聞こえた。

 目の前にいる青筋を立てた姉に勇は身震いが抑えれない。


「こ、琴美。お店は?」

「人が落ち着いたからフェミナが気を使ってくれて休憩させてくれたの」


 勇の動揺と琴美の声色から恐怖で後ろが振り向けず、そのままの姿勢を維持する。


「なのに、二人は何? 夕方前に何をしようと?」


 エーシャを引っぺがし、脳天に拳骨を食らわす。次に、勇の脳天にも一発お見舞いした。

 二人は頭を押さえ、その場にしゃがみこんだ。


「ほら、さっさと仕事に戻りなさい。もう人足は少なくなってきたからそんなに作る必要はないから」


 二人に作業を続行させ、休憩兼監視をする琴美。重い一発を喰らったが勇だったが、監視のおかげでエーシャの暴走が止まったことにホッとしながら本日最後の分を作り終わった。

 なお、この日の売り上げは十万ジーグとかなり稼ぐことが出来た。




 今回の売り上げ 十万ジーグ

 累計金額 五十万九千百五十ジーグ

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