第四話 釣りに行こう・素材集め編
職業試験が終わって一週間後。シエルからある提案が出された。
「君達、ここをギルドにしたら?」
「「ギルド?」」
ギルドとは簡単に言うと、同じ目的を持った仲間が集まったものだ。戦闘職の限定のギルド、生産職限定のギルド、女性のみのギルドだったり、商業目的のギルドなど様々なものが存在している。
「そう。個人で店をやるよりも知名度は上がりやすいと思うの」
「でも、お金かかりますよね?」
「うん、一万ジーグ」
「……お金足りませんよ」
「大丈夫! 上乗せしとくから」
ため息を漏らす二人。
だが、長い目で見た時ギルドを作った方が後々利益になる。作る事にデメリットはない。
「そうですね。ギルドは作った方がよさそうだ」
「ふふ、そう言うと思って……、もう手続き終わらせています!」
「「……はぁ!?」」
シエルは一枚の紙を机の上に置く。
そこには、ここをギルド、魔女の使いの拠点とすることを許可する。と書かれていた。
「これ、断ってたらどうなっていたんですか?」
「どうなってたんだろうね」
にっこりと笑うシエルを見て、断った時の想像が怖くなる勇の耳は唐突に叩かれる扉の音を拾う。
「はい。今開けます」
ゆっくりと勇が扉を開ける。外で待っていたのは試験で一緒になったエーシャだった。
「エーシャさん! いらっしゃい。家の場所、教えたっけ?」
「いや、集会場で聞いた。それと、さん付けはしなくていいよ」
「勇、お客さん? あれ、試験の時にいた」
「こんにちは、エーシャです。歳は十八で、今は剣士をしています」
何故か細かく自己紹介するエーシャに少し丁寧過ぎると思えた琴美は苦笑する。
「ご、ご丁寧にどうも。よかったら上がって」
琴美はエーシャを家に招き入れ、エーシャを椅子に座らせた。
座る場所は机を挟んで琴美とシエル、勇とエーシャで座っている。
「で、エーシャちゃんだっけ? 集会場で調べてまで勇くんに会いに来たけど、深い関係?」
試験の事を考えると勇とエーシャは深い仲と言えなくもない。
「俺とエーシャは――」
「夫婦です」
「そうそう、ふう……へぇ?」
今、エーシャが何を言ったか理解出来ない。
勇は聞き間違いである事を祈りながらシエルの質問内容をを繰り返し聞く。
「エーシャ、俺との関係は?」
「奥さんと旦那さん、でしょ?」
かわいく小首を傾げながら当然の如く答えられ、向かい側の琴美の表情は固まった。
「エ、エーシャと勇は一週間前に会ったばかりだよね」
顔を引きつらせながら琴美は尋ねる。
「ボクも驚きました。いきなりプロポーズされたので」
「プ、ププププ、プロポーズ!?」
琴美は机をバンッと叩く。
「俺、そんなことした!?」
「言った! ボクを優しく抱きしめながら、俺はずっと、エーシャさんのそばにいるから……愛してる」
「いや、愛してるは言ってないから!」
「前半は本当に言ってたの!?」
思わぬ捏造につい口を滑らせてしまい、完全に墓穴を掘ってしまった勇。
シエルに助けを求めようとするが、腹を抱えてこの状況を笑っている。
「あの、エーシャ。あの言葉はプロポーズとかじゃなくて、普通の友達みたいに遊んだりしようって意味で」
「そんな……ボクとは遊びだったの!?」
涙目に加え、上目づかい見つめるエーシャに言い返せない勇。
「勇! サイテー!」
「俺にどうしろと!?」
傍観者のシエルは笑いすぎて呼吸をするだけでも苦労している。
(ど、どうすればいい……、そうだ! 借金のことを言えば嫌われるはず!)
「どうしたの?」
黙ってしまった勇に話しかけるエーシャ。
「……エーシャ。俺には借金があるんだ。だから――」
「うん! 一緒に頑張ろ! だって夫婦だもん!」
予想では、借金がある事を聞いて、愛想を尽かされると思っていた勇だったが、逆に逃げ道を失っていく。
(えーと、えーと……そうだ、これなら)
相当焦っているのか、とりあえず頭に浮かんだ事を言葉にした。
「俺、好きな人がーー」
いる、と言い終える前にダンッと何か鈍い音が隣から聞こえた。
顔をエーシャに向けたまま机の上を盗み見ると、垂直に短刀が深々と刺さっている。
「ごめんね、勇。剣を落とした時の音でよく聞こえなかった」
エーシャがたまたま持っていた短刀をうっかり手を滑らせて落としてしまったと、勇は自分に思い込ませた。さっきまで短刀を持っていなかったのは気のせいだと。ふと、向かいの席に座る琴美を見る。どうやら一部始終を目撃していたらしく顔を青ざめながら小刻みに体を震わせていた。
(……うん! ねえちゃんは寒いから顔が青くなって震えてる! そう言う事にしよう!)
すでに自己暗示のレベルで自分に言い聞かせる勇は震える唇で言葉を紡ぐ。
「お、俺には好きな――」
勇は見てしまった。
にっこりと笑っているはずなのに目が笑っていないエーシャを。
(うわー目のハイライト消せるのって、漫画の世界だけじゃないんだー)
吸い込まれそうなほど光を感じない瞳で、表情を変えずにエーシャはもう一度聞く。
「……ごめんね。どうやらボクの耳が悪いようだ。もう一度、言ってくれる? これで……最後だから」
エーシャの腰のあたりから、何かがキラリと光る。
確かに結果は違えど、この質問が最後になるようだ。
「……エーシャ、カワイイヨ」
「もう、それならハッキリ言ってよ。勇は照れ屋だな」
頬を朱色に染め照れているエーシャ。どうやら、勇は助かった。
今まで笑い続けていたシエルがようやくこの問題の解決のため話にはいってくる。
「あはははははは、はぁ、はぁ……やっとおさまった。ねぇ、エーシャちゃん」
「なんですか?」
「話を聞いている限り、勇くんの言い方が原因で君を勘違いさせてしまっている。そんな状態で夫婦になるなんてよくないと思う。互いのこともよく知らないのに」
痛いところを突かれたエーシャは必死に退かないように意識するが、体の方は正直らしく、エーシャの心の内を表すように声を震わせた。
「で、でも……勇はボクを救ってくれた人で」
「救っただけじゃないか。全然、勇くんの事を知らないし、勇くんもエーシャちゃんがどんな女の子か知らない」
シエルに正論を言われ反論する余地がなく、涙を溜めて口を噤んでしまったエーシャ。
さっきまで、笑っていたはずのシエルがここまで真面目に話すとは思わなかった勇と琴美は少し驚いていた。
エーシャにはかわいそうだが、勇は心の中でシエルへの感謝を送る。このままいけば、なんとか解決する。勇はそう思っていた。
しかし、シエルの口角がぴくぴく動き、口から空気が漏れたような音がするのが妙に気になる。
「だから、エーシャちゃん……魔女の使いのメンバーになりなさい」
「「「え?」」」
シエル以外の全員が同じ反応を示した。
「魔女の使いって……」
「な、なな何でもないから! エーシャは気にしなくていいから」
「え、でも」
勇は話を聞かせないようにするがシエルは聞こえるか聞こえない程度の声量でボソッと呟く。
「勇くんもメンバーだからお互いの知る事が出来るのに……」
「入らせてください」
「よし、決まり」
勇と言う単語に敏感に反応したエーシャは二つ返事でギルドに加入した。
「シ、シエルさん!? エーシャをメンバーにするのは――」
琴美が反対しようとするがシエルの悪魔の囁きで遮られる。
「魔物の解体する回数も減ると思うんだけどなー」
「エーシャ! 今日からよろしく!」
「ねえちゃん!?」
手の平を返すように意見が変わる琴美。
「勇、仕方ないの」
琴美は言い聞かせるように勇の肩をがっちりと持って話す。
「私が解体する時どうしてるか知ってるでしょ? だから、分かって」
琴美は解体する事が苦手らしい。下手とかではなくグロテスクなものが苦手で、解体するたびに「これはトマトジュース、これはトマトジュース」と言いながら目を虚ろにするほどだ。
「あとは勇くんだけだよ」
追い詰められた勇はため息を漏らし、諦めるしかなかった。
「分かりました」
太陽のように明るい笑顔になるエーシャ。
「じゃあ、エーシャちゃんもここに住んでもらうから」
「そ、それはちょっと……」
「もういいじゃん勇。どうせ使い切れないほど部屋は余ってるんだし」
実際に勇達の住む建物は兄弟二人で済むにはあまりに部屋数が多く、下手をすれば二ケタの人数でも問題なく住める可能性がある。
「そうだけど」
「ダメ?」
不安そうな顔のエーシャを見て、断れるはずもない勇だった。
「……いいよ、エーシャ」
「ありがとう! 今日からよろしくね!」
エーシャの加入についての話が終わり、次はエーシャの部屋について話し合いを始める琴美。
「で、エーシャはどの部屋がいい?」
「勇と同じ――」
「却下」
エーシャの意見を速攻で叩き落す勇にふくれっ面になるエーシャだが、流石のシエルも勇側についた。
「エーシャちゃん。これに関してはちゃんと決めよう。ね?」
シエルの説得によりしぶしぶではあったがエーシャは諦めを見せる。
「……せめて勇の隣の部屋がいい」
「それぐらいなら」
「じゃあ、エーシャはこの角部屋ね。すぐに掃除しましょ」
「私は帰るから、終わったら私の家に来てね。いいものあげるから」
シエルが出ていき、エーシャが住む予定の部屋の掃除に取り掛かろうと琴美、勇、エーシャは箒を持って部屋に入る。
三人という事もあり一部屋を一時間もせずに掃除を終わらせるとすぐにシエルの家に向かった。
シエルの家の扉を叩くと、それに対しての返事が返ってくる。
「どうぞー」
扉を開き中に入っていく三人。
お気に入りの椅子に腰を掛けていたシエルは立ち上がり、読んでいた書物を机の上に置いた。
「お、きたきた。今日は君達に釣竿をプレゼントしてあげよう」
色々なものをくれるシエルに感謝しきれない琴美と勇。
「ありがとうございます。で、その釣竿は」
琴美は部屋の中を見回すが、それらしきものは何処にもない。
「これ」
シエルは一枚の紙を差し出す。先ほど置いた書物の下敷きになっていたA4サイズの紙引っ張り出すと勇に手渡す。
勇はこの時点で何かを察した。
「材料から集めて作れってことですね」
「勇くんは理解が早くて助かる。そんなに難しくないから安心して。材料と魔物の特徴と釣竿の作り方はその紙に全部書いてあるから」
紙を受け取った勇は内容を確認する。
〝釣竿一本分の材料・デビルツリーの木材・キラースパイダーの糸・皇帝蜂の針、すべてミリオンの森で手に入るよ〟
「このミリオンの森って、どこにあるんですか?」
「街を出て南にある森。すぐに着くから安心して。まぁ、念のため地図をあげるよ」
この世界の地図を受け取り、シエルから譲り受けたお古の鞄の中へと入れた。
「分かりました。ねえちゃん、エーシャ行くよ」
三人は素材集めのためミリオンの森へと足を運ぶ。
アクシス平原にはミリオンの森が存在する。
この森はミリオンと呼ばれる魔物の住み家と言われているため、その名前が付いた。
勇達が到着するとすぐにキラースパイダーと遭遇したため、今戦闘の最中だ。
「前のキングウルフほどじゃないけど、なかなか手強い」
キラースパイダー。体長が二メートルある大蜘蛛。
口などから出される糸は粘着力が強く、脱出するのは困難のため今の実力の勇達が捕まったらまず助からない。
「勇、気を付けて! この糸うまく切らないと剣にまとわりつく!」
エーシャの右手に握られている短刀は糸がまとわりついているため、殺傷能力が落ちている。
「なら……獅子炎舞!」
炎から生まれた獅子は標的に向かって駆け出す。
キラースパイダーは糸を吐くが、炎で焼き切られてしまう。
そのまま獅子はキラースパイダーの片側の足を全て切り裂き、バランスが取れなくなったキラースパイダーは倒れこむ。
「よし!」
キラースパイダーは最後の悪あがきのように勇めがけて糸を吐いた。
「フレイム!」
糸は当たることなく、焼き消える。
「勇! 油断しない!」
「ご、ごめん」
琴美が勇を叱っている間にエーシャが短刀で脳天を一突きし、引っこ抜くと刺さっていた場所から緑の液体が溢れ出し、不気味さが増す。
「勇、終わったよ」
「あ、うん。解体するか」
エーシャと勇は解体を始める。
虫は平気な琴美だがエーシャのトドメの一突きでグロテスクになったキラースパイダーを目視する事が出来ず、視界に入れないように目をそらしていた。
「糸だけ取っておくか」
「え! もったいなくない?」
一瞬勇達の方に顔を向けるも、キラースパイダーの頭部が見えてしまいすぐに顔を背ける。
「そうは言っても鞄に入りきらないし、まだ他の材料も集めないと」
「琴美、勇の言う通りだよ。目的は釣竿なんだから」
三人が持っている鞄は移動を考えてそれほど大きくないものを使っているため、魔物の大きさによっては持ちきれない場合があり、今回も例外なく素材を断念せざるをえない。
「む~、しょうがない。次行こう」
琴美は諦めて釣竿の材料探しを再開する。
次に遭遇したのは皇帝蜂の大群。
体長は二十センチほどだが、針の長さも二十センチあるが硬い殻などはなく耐久力は皆無。しかし、それを補うような素早い動きでかわし、長く鋭い針で相手を攻撃する。
勇達もこの素早い動きに翻弄されいた。
「ちょ、早すぎ!」
「フレイム! フレイム! フレイム! あ~もう! 全然当たらない!」
フレイムを連続で発動させるが一発も皇帝蜂には当たらない。
すると、エーシャが皇帝蜂と二人を遮るように前に出る。
「二人ともボクに任せて」
皇帝蜂はエーシャに狙いを定め針を突き刺そうと仕掛けるが、エーシャは素早い身のこなしでそれをかわす。
絶え間なく攻撃を仕掛けるがエーシャはかわし、二本の短刀で皇帝蜂の胴体を次々と切断していく。
戦っている姿はまるで森の中で踊る舞姫の如く美しく、二人はエーシャの戦いに魅了された。
数分後には、エーシャは全ての皇帝蜂を倒し、二人に駆け寄る。
「ふぅ……終わったよ」
「「……え!」
惚けていた二人はエーシャの声でようやく我に返った。
「二人ともどうしたの? ぼーっとして」
「ちょっとエーシャ(の戦い)に見惚れてて」
意図しない勇の発言にエーシャは頬を紅潮させる。
「勇、狙って言ってる?」
琴美の言っている意味が分からず、頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらも材料探しを続けた。
皇帝蜂と戦ってから一時間経つがデビルツリーを見つけることが出来ない。
「デビルツリー、どこにいるんだよー」
「知らないわよ。今は歩いて見つけるしか」
デビルツリーが見つからず、三人は疲れを見せ始める。
「……二人とも、何かおかしくない?」
エーシャは周りの異変をいち早く敏感に感じ取った。
「エーシャ、何がおかしいの?」
「例えば、そこの草……風が吹いているのに全然揺れてない」
二人はエーシャが指している草をじっくりと見る。
エーシャの言う通り、風が吹いて他の草や葉っぱは揺れているが、その場所だけ絵のように全く揺れていない。
「……ねえちゃん」
「分かってる」
琴美はフレイムを唱え、草に放つ。
すると、途中で何かに叩き落されてしまった。そして、だんだん風景と同化していたデビルツリーが姿を現す。
「やっと見つかった。さっさとたお――!」
動こうとしたが、三人が気付いていない間にデビルツリーの根は足に絡みつき、動けなくしていた。
「くそっ! 同化してた時にか!」
近づく事が出来ないため、剣で攻撃する事が出来ない。
「勇、エーシャ。ちょっと冷たいけど我慢してね」
自信満々の琴美に勇はどういう意味か聞こうとしたが琴美は目を閉じ集中を始めていた。
十分集中をした琴美は杖を地面に突き刺し魔法を唱える。
「アイスサークル!」
上を刺した所から地面が凍り始める。
やがてデビルツリーの根を凍らせ、本体も凍らせる。
「ふぅ……。どう、私の新しい魔法」
ドヤ顔で勇を見る琴美。
琴美が放った魔法はアイスサークル。
発動者の半径数メートルの地面を凍らせ、範囲内にいる敵を凍らせる。
元々はフリーズと言うフレイムの氷属性版の魔法。今回の場合には適している魔法と言える。
「凄いと思う。……ただ」
「ただ?」
「完全に凍らせてどうやって材料を手に入れるの」
「…………あ」
倒すことが出来たが、目的の材料の入手に失敗してしまう。
その後、近くでデビルツリーを見つけ、今度は動きを封じられることなく戦う事が出来たため簡単に材料が手に入り、これ以上の戦闘は避けようと急いでミリオンの森から撤退し、帰宅していた。
「さて、一応材料は揃ったけど……困ったな」
材料を床に広げ、それらを見つめながらぼやく勇。
釣竿の材料はほとんど揃った。しかし、肝心の道具がない。
「なら買いに行こうよ」
「……勇、残金は?」
「七千ジーグ」
道具を一式揃えることは出来るが、お金を殆ど使い切る計算。
「ねえちゃん、今日は俺が飯作るから」
「ここの料理に不満を感じていたからいいけど料理する場所がないよ」
「外でたき火して焼く」
琴美はここで嫌な予感が頭に浮かんだ。
「ざ、材料もないし」
「あはははは、何言ってるのねえちゃん。外に行けば材料が歩いてるじゃん」
乾いた笑いをする勇。
「大丈夫。ジャックウルフ倒せば三人分の食料になるから」
「絶対食用になる魔物じゃないから!」
「うん、肉が固くてとても食べられたものじゃないよ」
「エーシャ、食べた事あるの!?」
エーシャの発言に驚く琴美だったが、エーシャを見てある事を思いつく。
「そうだ、エーシャ! あなたお金持ってない?」
「……ごめん、ボク、昨日剣士になったばかりだから依頼も受けてないし、食料分しか狩ってないからお金は」
最後の希望であったエーシャも金を持っておらず、絶望する琴美。とりあえず今は落ち着く時だと心の中で呟く。
「一回勇は落ち着いて考えなさい。…………勇?」
琴美が目を離したすきに勇は買いに行ってしまっていた。
「ゆぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
一時間後。道具を買ってきた勇は正座をさせられ、琴美は仁王立ちで勇を見下ろしていた。
「……何か言う事は」
「暴走してすいません」
帰ってから我に返った勇は自分がした事を詫びるため土下座をしている。
「……はぁ、もういいよ。買っちゃった物はしょうがないから。その代り、おいしいもの作ってよ。」
「頑張ります」
「よろしい。はい、足崩して釣竿作っちゃって」
勇は足を崩し、釣竿を作る作業の準備をする。
まずは竿になるデビルツリーの木材の加工から始めた。鋸に魔力を加え、木材を長細く切っていく。
「魔力って加えないといけないの?」
エーシャが勇に質問すると勇は作業をしながらそれに答える。
「加えなくていいんだけど、加えないで作ると強度が下がるってシエルさんの紙に書いてある。……よし出来た」
長細い木材を三本作ると勇はナイフを取り出し削り始めた。
数十分後には三本の木材は竿の形になっていた。
「竿は完成。次は糸」
キラースパイダーの糸を手に持つ。
糸の粘着力が強くこのままでは使えない。
「流石にこれじゃ使えないわ」
「焦らないでよ、ねえちゃん。そのためにこれを買ってきたんだから」
ポケットの中から小さな果実を取り出した。
その果実をよく目にしていたエーシャはすぐに果実の正体に気づく。
「それって、オフレン?」
「うん」
オフレンとはこの世界に存在する柑橘系の果物。勇達の世界で言うとオレンジに近い。
「でもそれどうするの?」
「こうする」
勇は桶のようなものに水を入れ、手に持ったオフレンに魔力を加えながら絞り、混ぜる。
次に糸をその中に入れ、洗う。
そして、洗った糸を水ですすいで乾かす。
すると、さっきまで粘着力があった糸はさらさらの糸に変わっていた。
「すごい! オフレンってこんな使い方があるんだ! ……でも、こんな作業するより違う糸を使った方がいいんじゃ」
「ああ、その理由はこれ」
さっきの糸を水に沈める。
やがて、糸が消えていく。
「え、ちょ、ちょっと勇。糸なくなったわよ」
慌てる琴美だが、勇は冷静に水の中に手を入れ何かを掴み、それを引き出す。
水から出されたそれは色が元に戻る。
「水に触れると色が消えるようになる。獲物によっては糸が見えるだけで釣れなくなるって書いてある」
勇は説明し終えると糸をそれぞれの竿の先端に糸を結び付けた。
最後に皇帝蜂の針の加工に入る。
「ねえちゃん。ちょっと手伝って」
「いいけど、何すればいいの?」
「ちょっと火を出してほしい」
「フレイムを撃てばいいのね」
「俺が死んじゃうよ。攻撃魔法じゃなくてただ火を出してくれればいいの」
「冗談だって。ちゃんとやるから」
悪戯心で冗談を言うものの琴美は杖を前に突き出し、魔力を使って丁寧に火を出す。
「ありがとう。じゃあ、この針を火で炙って」
ペンチを使って火に炙りながら少しずつ針を曲げていく。
針は釣り針のような形になった。
「あとは糸を針に結べば…………よし! 完成!」
勇は三本の釣竿を作り終わる。
「これで釣りが出来るね。エサはどうする?」
「もうお金使えないから現地調達で」
「仕方ないか。場所はどうする?」
これから行う釣りのことで相談を始める三人。そこにシエルがギルドに尋ねてきた。
「お、完成したみたいだね」
「えぇ、ちょうどいま完成しました。あとは何処でやるかなんですが」
「ならいい所知ってるよ。地図貸して」
勇は地図を渡し、シエルは地図を広げ、湖のある場所に指を置く。
「このヴァル湖ってところはいい感じに釣れるよ」
ヴァル湖はスルンから最も近い湖。湖に住む生物が豊富に生息している。
「すみません、色々と」
「お礼はいいよ。釣り頑張ってね」
「「「はい」」」
こうしてヴァル湖に向かう三人だった。
読んで下さり、ありがとうございます。