第三十九話 新メニュー 中編
レクスの自宅からギルドまで向かう最中、スルンを行きかう人々は微かに響く鼻歌に注意を引かれた。いつも冷静な街の英雄が年相応の豊かな表情で鼻歌交じりで歩く姿に誰もが目を離せない。
「今更だけど、俺ってスゲェ奴に依頼してるんだよな?」
「重要任務も与えられるほどにな。だが、お前の依頼を優先されて断られた」
「なんだろう。申し訳なさとか、罪悪感みたいなのでいっぱいいっぱいなんだけど」
そんな事を話している内に三人はギルドに到着する。
中に入るとギルドメンバーに加え、招待したシエルと机にしがみ付くように伏せ、寝息を立てるライザがいた。途中までは起きて待っていたが、仕事の疲れと睡魔に負けてしまったようだ。
「ライザさん寝てる間に作るか。早速だけど、これを作り出してくれ」
迷いのないペン先は滑らかに紙の上を走る。時には直線、時には曲線を描きながら勇の頭の中にものを形作っていく。
一分もしない内に紙には勇の欲するものが書きかがっていた。そして、それをレクスは受け取る。
紙にはフライパンのような形の調理器具。“ような“と付けたのはレクスが今まで見てきたフライパンとは形状が異なっていたためだ。
中心に寄らないように平らになっているはずの底は丸みを帯び、横から見ると弧を描いた形をしている。
「出来るか?」
「出来る出来ないというよりか、このフライパンで調理するの? そもそも今持ってるフライパンじゃだめなのか?」
「その形の方が大きく振りやすいからね」
振るとはどういう事なのか。何かを叩こうとするのか? 料理をあまりしないレクスの頭にはクエスチョンマークが飛び交う。だが、そんな事を疑問に思っていてもしょうがない。今の二人の関係は依頼人と請負人。それに、これを使えば美味い料理が出来るのであれば口を出す必要などない。
「分かった。ちょっと待って」
片手を前に出し、勇の絵を頭の中で想像。掌に魔力をこめ、それを創する。手には取っ手が握られ、その先には勇の要望通りの形をしたフライパンが出現していた。
「おお! これこれ! サンキュー!」
受け取ると、意気揚々と台所へ姿を消す勇。
「琴美、あれはなんだい? 頼まれたから作ったけど」
「ああ、あれね。中華鍋って言うの。それを使ってライを料理するなら一つしかないわね」
「それって美味いのか!?」
ピョコッと会話に入り込んだクルトを筆頭にギルドメンバー達は未知の料理への興味が膨らみ、琴美に問いただすが、来てからのお楽しみとだけ言って全てを受け流す。
仕方なく勇の料理を待つが、どうにも落ち着きがない。
それを知ってか、それともいつもと違う料理作れる好奇心からか、いつもよりも行動が早い勇。
まずは、スープでよく使うリザードバードの骨で取った出汁を冷蔵庫から取り出すとすぐに温め始めた。
その間にフェミナが買ってきた野菜の中からネギを取り出すと輪切りにうすく刻む。冷蔵庫から取り出されたキラースパイダーの脚肉は小さめに切る。
温めた中華鍋に油を少量注ぐと仲間で火が通るまで肉を炒め始めた。
一度別のさらに乗せると、高温の油が残った中華鍋に出汁をお玉で注ぐ。白い煙と共にパチパチと爆ぜる音が聞こえるが、お構いなしにとき卵を投入。すぐさまライとネギ、肉を入れた。ある程度混ぜると、醤油、塩と胡椒を加える。
一気に火力を上げ、取ってに力を入れ、中華鍋を振った。
弧を描きながら食材達が宙を舞う。何回も何回もその作業を繰り返すとライは一つ一つ独立していった。
「よし! 完成」
お玉ですすくい、皿へと載せる。ライは黄金色のチャーハンへと変貌を遂げた。
「チャーハン完成。次は海鮮丼でも作るか」
魚が詰まった木箱を探る勇は次々と良さそうな魚や海老を取り出していく。
「……あれ? 家に戻る前にはあの魚いたんだけどな。どこ行ったんだ?」
疑問を残すも、些細な事は気にせず海鮮丼を一皿作ると、片手ずつに持って皆の所に戻っていった。
「お待たせ。まずは二品作ってきた」
机の上に置いた瞬間、香りが夢の世界へ飛び立っていたライザを開眼させる。
他のメンバーも机に群がり、完成した料理をまじまじと見つめた。
「こ、これは美味そうだ」
「ただ魚の切り身が乗ってるだけなのになんだか涎が」
片手を口元に持っていき、必死に涎を押さえるレクスとエーシャ。
「はわぁ~、カーマルの焦げた香り。いい匂いです~」
「さ、魚がこんなに」
惚けるフェミナの横でメルデルは海鮮丼を凝視する。
「琴美! チャーハンはどっち!?」
「こっちがチャーハン。それで、こっちは海鮮丼。あー、もう。クルト、涎が出てるわよ」
目を輝かせながら涎を溢れさせるクルトの口元をそっと布でふく。呆れたような言葉とは裏腹に顔は微笑んでいた。
「ヤバイ、理性が飛びそう。勇早く食べるぞ!」
「み、皆大げさじゃないか?」
「クルトちゃんに負けないぐらいに涎を垂らしてたら説得力ないよー」
指摘されたレクスは袖で拭い、シエルは今にも野獣化しそうなライザを引き止める。
「はは、今すぐ取り分けますよ」
多めに作ったとはいえ、大人数に分けると量は少ないが、今日は試食会と考えるならこのぐらいの量で十分ではある。
待ちに待った勇の料理を目の前に体も気持ちも前のめりになる一同。漂う香りから間違いなく美味い料理だと確信を持っていた。
いつものように勇の後に続いて食前の挨拶をすると、いつも以上に声を張り上げる異世界組。
迷いなくチャーハンに突っ込んだスプーンから伝わる感覚に驚愕する。拒まれる事なく、清々しいほどパラパラとしている黄金のライはまるで砂金のよう。
スプーンに乗ったチャーハンを口に含む。そして訪れる二度目の驚愕。
使っているものはそこら辺の店でも買えるような食材ばかり。なのに味わった事のない味。パラパラしている事はもちろんの事だが、ライ一粒一粒に染み渡った醤油と塩胡椒が何とも言えない。ネギもシャキシャキとしているが、火が通っているためなのか生の嫌な辛さがなく、肉やライの濃厚な味に対して清涼剤のような役割を果たしている。
「「「「「「「美味しい! (美味い!)」」」」」」」
「うん、やっぱり勇くんは料理上手だよ」
唯一勇達の世界に訪れた事があるシエルは舌が肥えているのか、他の皆のように大きな反応はしないが、勇の味付けが相当好みらしい。
すぐに皿はライ一粒なく完食され、次の海鮮丼に手が伸びる。
ライにただ魚の切り身や甲殻類の刺身を乗っけただけ。なのにここまで食欲をそそられるのは何故なのか。
その疑問を解決するべく、再びスプーンで口に運んだ。
口の中で広がる刺身の甘さと醤油のしょっぱさが見事にマッチ。そこにホカホカのライが加わる。
食材達のハーモニーが最後の一粒まで皆を楽しませた。
空の皿を目の前に、しばらくの放心状態の続く中、口を開いたのは勇の料理を食べなれた琴美。
「久しぶりに食べたけど、やっぱりおいしかったわね。他には作らないの?」
その発言にようやく立ち直り、視線を勇に集める。
「もちろん。それに、これだけじゃ皆足りないでしょ?」
一同が一斉に首を縦に振った。
「それじゃあ作って来るから、皆はくつろいでて」
そういって台所に戻った勇の後ろ姿を見送った後、マルコを中心に異世界組のミーティングが始まる。
「皆はあの料理をどう思う」
「いつも食べてる料理とは大違いだよ」
「オレ、あんなの食べた事なかった」
「もう勇に食材渡せばどんどんおいしくなると思うんだけど」
「もう、わたくし達は勇さん達に会う前の生活には戻れませんね」
「あんたらいつも勇の料理食べられるからいいよな」
「それより。元々この料理は店で出す試作品なんでしょ? このレベルの料理を出したらどうなると思う?」
最後のレクスの問いに寸分も狂わず、声をそろえて答えた。
「「「「「「絶対売れる(ます)」」」」」」
「だよね」
ミーティングの様子を尻目で見ながらいつの間にか人数分の水を注いできた琴美。それを受け取ったシエルは気にした様子もなく水に口をつけた。
議論も終わり、のどの渇きを潤すためにフェミナは琴美が持て来てくれたコップに手を伸ばす。
しかし、微妙に届かない距離に置かれたコップ。足を少し動かして立とうとすると、脚に妙な弾力を感じた。
まるでパンパンに空気がはいったゴムボールのように反発し、足裏からは一定のリズムの呼吸を感じる。
恐る恐る薄暗い足元を凝視すると血走った目がローアングルでフェミナを真っ直ぐ見つめ、無駄に鍛え上げられた褐色の肉体には汗をかいたように水の雫がしたたり落ちていた。それらに加え、呼吸を荒げるその姿は言い表せない気持ち悪さがある。
血の気が引く感覚を体全体で味わい、顔は蒼白になっていった。カタカタ震えるフェミナは今の気持ちを発散させずにはいられない。
「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
甲高い少女の悲鳴がギルドを駆け巡ると、フェミナはその場で気を失った。
読んでくださり、ありがとうございました。




