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お支払いは異世界で  作者: 恵
35/46

第三十五話 マンティコア

「勇!」

「分かってる!」


 グールが召喚されなくなった事に二人はすぐに気づき、勇は武器を弓に入れ替えるとエーシャに向かって走り出す。

 アイコンタクトで勇の思考を読み取り、跳びあがった勇を上空に蹴り上げた。

 宙を舞う勇は地上にいるグール達を視界に捉えると、魔力で二本の矢を生成して弓を引く。


「鳳凰!」


 放たれた二本の矢は巨大な火の鳥を形作り、二匹の鳥はグール達を一掃するため地をすれすれで滑空する。

 グール達だけが燃え盛り、やがて身は焼き尽くされて灰となった。


「よし、後残ってるのは」


 何がドシンと倒れる音がした。三人は思わず振り向くと、地面に倒れるケルベロスとそれを見下ろすマンティコアが右の前脚を上げていた。


「ケルちゃん!!」


 急いで魔法でケルベロスの力を封じ込める。

 マンティコアの脚が砂煙を巻き上げ、地面を叩く。体が縮んだおかげで止めを刺されずに済んだが、もう戦える状態ではないのは明らかだった。

 俊敏なエーシャがケルベロスを回収し、メルデルに優しく手渡す。勇も二人に駆け寄った。

 血だらけのケルベロスに三人は見るに堪えられなかった。

 メルデルの魔法で気休め程度の治癒を受けると、メルデルはケルベロスをその場から離脱させる。

 そして最後の敵を迎え撃つ。

 主人を亡くしたマンティコアは雄叫びを上げた。


「どうする。こいつは手強いぞ」

「それに、ボク達は体力も魔法も結構消費してるよ」


 弱音を吐く二人。だがメルデルは前に出た。


「ウチは死に物狂いで四大狂演よんだいフェスを覚えたんだ。あいつを倒すために」


 メルデルの闘志に背中を押され二人は弱気の自分達を責めながら武器を持つ手に力を加える。


「俺とエーシャが援護する。その間に」

「分かってるよ勇」


 勇とエーシャはマンティコアに攻撃を仕掛けた。

 マンティコアは口から黒い炎を吐き出す。勇達はこれを避けるが中々近づく事が出来ない。

 メルデルも加わり、三方向から攻撃を試みる。


「火ノ鳥!」


 無数に飛ばした火の鳥でかく乱しながら勇は武器を剣に変えた。近づく事が出来た三人は自分の持つ魔法をぶつける。


「獅子炎舞!」

「疾風連撃!」

「アイスバイト!」


 炎の獅子、風の斬撃、氷の牙に体を襲われるマンティコアは一瞬ひるむ。

 すかさずメルデルは上級魔法を唱えた。


四大狂演よんだいフェス!」


 火、水、風、土の属性の獣がマンティコアに襲い掛かる。全ての攻撃を受けたマンティコアは足元がふらつき、体が前のめりになっていく。


「よし!」

「流石メルねえ!」

「これでボク達の――」


 誰もが勝利を確信したその時、マンティコアは力強く地面を踏み、自らの体を支えた。

 全力の魔法を打ち込んだはずなのに、まだ戦いは終わらない。

 三人の頭に一瞬絶望がよぎる。そして、戦いにおいてその一瞬が命取りにな事を三人は忘れていた。

 前方にいたエーシャとメルデルは脚で薙ぎ払われ、共に民家へ叩きつけらる。


「エーシャ! メルねえ!」


 傷つき、倒れた仲間に気を取られ蠍の尾の軌道を見逃した勇の腹部に強い衝撃がはいると、体は高く打ち上がる。


「ゆ、勇」


 傷ついた体を起こし勇を助けに行こうとするエーシャだが、体が痛みに耐えきれず動く事が出来ない。

 マンティコアは大きく口を開け、勇を迎え入れる準備を始めていた。


「だ、ダメ!」


 メルデルも必死に立ち上がろうとするが、エーシャ同様に動く事が出来ない。

 勇の体は一度空中で止まるとそのまま落下を始めた。

 全ての事がスローモーションに見える世界で勇は冷静に現状打破するため思考を巡らせる。

 今自分に残っている魔力で一番強力な魔法は獅子炎舞。だがこれはさっき放ってあまり効果がないと実証されている。

 他には弓系統の魔法も使えるが獅子炎舞以上に効果がないだろう。刀に関しては足が地面に突いていなければ本領を発揮しない。

 打つ手なしという事実だけが無情にもはじき出される。そんな中、勇の頭は記憶の引っ掛かりを覚えた。


(あれ? 俺って最初に覚えた魔法ってなんだっけ?)


 危機的状況のはずなのだが勇はその記憶を引っ張り出す。


(そうだ。確かサーチアイだっけ)


 覚えたはいいが結局相手の身体能力を探るだけの魔法だったため戦闘に向いていないと判断して使わなかった魔法。

 だが、勇がその魔法を思い出した時ある感覚を覚えた。それは今まで何度も感じたことのある感覚。そしてそれは決まって、新たな魔法を唱える直前に起きる。

 勇は小さく呟いた。


分析アナライズ


 勇の瞳にマンティコアの他に色々な情報がゲーム画面を見ているように現れる。

 属性、状態、弱点、全てが勇には手に取るように分かった。

 剣をしまい、武器を弓に変え、魔力の矢をつがえる。


「ハヤブサ!」


 速度の速い魔法を放つ。風の鳥は一直線に尻尾の付け根に飛び込んだ。

 元々威力が他と比べて乏しいハヤブサ。しかし、そのハヤブサを受けたマンティコアは強者の風格とは程遠い悲鳴に似た叫びを上げた。

 今までに味わった事のない痛みを受けたマンティコアは憎悪が膨らみ、容赦なく勇を狩りにいく。

 飛行能力は奪われたが、持ち前の跳躍力で勇に飛び掛かり、上下に備えた四本の牙で勇の肉を引き裂こうとする。

 勇はそれに抗うため再び矢を生成して引く。

 瞳にはマンティコアの口内と情報が映る。それを基に勇は四本の矢を放った。


「火ノ鳥!」


 火によって生まれた鳥達は颯爽と飛び立ち、牙に向かう。

 四匹の鳥が牙にぶつかったと同時にマンティコアの強固な牙は発泡スチロールかと疑ってしまうほど粉々に砕けてしまった。

 再びマンティコアに苦痛が襲う。勇の使った魔法がさほど強力でないものだとマンティコアも理解している。だが、この痛みの説明がつかない。

 魔獣の自分よりも格下の人間が何故ここまで。

 地面に足がついた勇はマンティコアに近づく。


「もう終わりだ。これで終わらせる」


 勇は二本の矢を同時に引く。

 その動作だけでもマンティコアは恐ろしかった。自分よりも小さい勇の体が何倍にも大きく見える。

 魔獣の持つ本能がマンティコアを突き動かす。やられる前にやる、そんな好戦的なものではなくもっと単純で誰もが持つ防衛本能。

 マンティコアはその場を逃げるために駆けだす。しかし、何かが足に縛られ動けない。


「逃がさないよ」


 力を振り絞って振った鞭で片足をがっちりと捕まえたメルデルがニタリと笑いながらエーシャと共に鞭の端をがっちり掴んでいる。

 怯えた表情を見せるマンティコアに勇は最後の魔法を放つ。


「ウィークポイント狙い。鳳凰!」


 解き放たれた二匹の鳥は大空を舞い、急降下でマンティコアの弱点を突く。

 勇が持つ残りの魔力が込められた魔法を的確に急所へと打ち込まれたマンティコアは血を吐き出しながらその場で倒れ込み、目から生気が失われ、呼吸が止まった。


「やっと、終わった」


 勇がその場に倒れ込むとメルデルとエーシャは足を引きづりながら近づき、勇の体を支える。


「お疲れ様。あと、ウチの親友の仇を取ってくれてありがとう」


 疲れを見せている勇だが、その時は精一杯の笑顔になった。

 そんな三人の周りをエルバと護衛隊が周りを囲み、避難していた村人達もちらほらと戻ってくると同じように加わる。

 メルデルに勇を任せ臨戦態勢をとる。しかし足元はおぼつかず、短刀を甘く握っている手は今にも落としそうになりながら小刻みに震えていた。


「この村の大半は崩壊してしまった」


 エルバは周りの状況を見ながらそんな事をポツリと言う。

 主犯のリリーが読んだグールとマンティコアは消し去る事は出来た。だがその結果、村の建物は戦火により焼かれ、崩れ落ちている。

 すぐに平穏な生活を送る事が出来るとは到底思えないほどこの戦いは深い傷跡を残した。


「だが……わしらは生きている」


 エルバは両膝をつきながら地面にめり込ませるほど顔面をちにこすりつける。

 一瞬止めに入ろうとしたヒューだが、エルバの心情を察したのかそれ以上近づく事はしない。


「ありがとうございました」


 エルバは上体を起こし、真っ直ぐと傷だらけのメルデルを見る。


「メルデル、傷だらけになるほど戦わせてすまなかった。お前はわし達が憎いだろう。当然じゃ、お前の言い分など聞こうとせず、決めつけでお前を殺そうとしたんじゃからな」


 メルデルは一言も喋らず、ただジッとエルバを見つめていた。

 そしてエルバは懐に隠していたナイフを鞘から抜き取り、メルデルの足元まで放り投げる。円弧を描きながらナイフは無造作に地面に転がり、メルデルの近くで静止した。


「だから……その憎しみをわしにぶつけてくれ。その代り、村の者は許してはくれないか? 身勝手な事だとは思っておる。だが、この通りじゃ」


 再び地面に顔を付け懇願するエルバ。これにはヒューも耐えられず、必死にエルバを庇いにいく。


「待ってくれ! 元々は俺達護衛隊のせいでもある。俺をやれ! だから長老には」


 誰よりも正義感が強いヒューは自分の愚かな判断を悔やみ、命を差し出す。


「……エーシャ、代わってくれる?」

「メ、メルねえ! ダメだよ! どれだけ苦しい思いをしても――」

「エーシャ。代わって」


 メルデルの気迫に押されたエーシャは仕方なく勇の体を支える。自由になったメルデルは落ちているナイフを手に持ち、誰にも悟られない無の表情で真っ直ぐエルバの元へ歩んでいく。


「勇。いいの?」

「これはメルねえの問題だ。俺達が口を出す事じゃない」


 エルバの前で歩みをやめ、そのまま見下ろす。エルバは覚悟を決めたのか顔を上げず、ただ待っている。

 近くにいるヒューは止めようとはせずに苦い表情で傍観者と化す。

 そして、メルデルは右手に持ったナイフを逆手に持ち替えるとナイフをエルバにめがけて振り落した。観衆からは悲鳴が上がる。

 しかしナイフはエルバをかすめるどころか、地面に深々と刺さり直立していた。


「長老」


 メルデルは微笑みながらエルバに向かって声をかける。その声色はとても心の底から村人達を憎んでいる人物とは思えないほど柔らかい。


「確かにウチはつらい思いをしたよ。でも、だからと言って村を憎んでなんかいない。それに両親のようにウチを叱ったり、褒めてくれた長老を傷つけるなんて、出来るわけない」


 メルデルの言葉が心に深く突き刺さり、漏れ出そうになる嗚咽を必死に抑えながら感涙を流す。


「すまなかった、すまなかった……」


 その姿に村人達は涙を流し、メルデルに対しての謝罪が飛び交う。

 ようやく落ち着きを取り戻したエルバは顔を上げると、メルデルの瞳を見た。


「メルデル、村に戻ってきてくれ」


 長老からの直々の頼み。大好きな両親との思い出が詰まった故郷で再び過ごす事が出来る。メルデルにとって喜ばしい事。だが、メルデルの口からは中々「はい」の二文字が出てこない。


「メルねえ、どうしたんだ?」

「そうだよ。折角元通り村で住めるんだよ?」


 勇達の呼びかけに一切反応しない。メルデルの心はすでに決まっていた。自分がこれから誰とどのように過ごしていくのかを。


「ウチ、村を出る」

「な、何故!」


 エルバは目を見開き、メルデルを問い詰める。メルデルは落ち着いた姿勢で返答した。


「確かにこの村は大好き。でも、ウチはそれと同じくらい今の生活が好きなの。だから、ウチは勇と一緒に道を歩いて行く! いい、勇?」


 メルデルの本心を伝えると、勇は一度頷き、エルバは仕方ないと呟き身を引く。


「ならせめて、今日だけでも泊まってくれないか?」

「うん。どちらにしろウチら疲れてるからそうするつもりだった」

「そうか……。誰かメルデル達を宿まで連れてってくれ」


 エルバの指示に護衛隊ではなく村人が三人に手を貸して宿まで連れていった。

 その晩。動ける程度までに回復した勇達はエルバに宴会に招かれ、どんちゃん騒ぎで盛り上がりメルデルは酒を飲んでは騒ぐを繰り返す。特にこの世界での未成年者の飲酒は規制されていないが、勇とエーシャは酒は飲まずに木の実ジュースを飲みながら並べられたごちそうを平らげた。

 余談だが、今回の報酬については来訪の二万ジーグだけ受け取るとした勇だが、今回の一件の詫びも含めて元々の二十万ジーグにさらに上乗せして三十万ジーグを受け取る事になった。

 流石に申し訳ないと思い何かしようと思い料理を振る舞った結果。さらに上乗せされ四十万ジーグ支払われてしまった。

 是非この村で店を出してほしいと頼まれたが現実問題ここまで来るのに時間がかかり、料理を作りに行く事が出来ない。時間のかからない通行手段を確立する事が出来れば話は別だが。

 そんな事もありながら勇達はいつの間にかその場で眠りについていた。



 次の日。朝日の光で目を覚ました勇は昨日最後に見た風景とは全く別の風景が目に飛び込み、バッと状態を起こした。

 目の前は木々に囲まれ、いたはずの村は何処にもない。どうやら三人は森の出口付近にいるようだ。

 次々と仲間たちも起き、唯一この現状の原因を知っているメルデルが口を開く。


「ああ、驚いたでしょ。ウチの村の決まりみたいなもので、村までの行き方を他人に教えないために明け方村人が外に運んだんだと思う。多分勇達は信頼されているから知られてもいいけど、念のためって事で」

「そう言う事か……どうしたエーシャ。まだ眠いのか?」


 ボーっとしていたエーシャに声をかける。

 眠気はない、むしろエーシャはバッチリと目を覚まし、頭も冴えていた。だからこそ昨日の事、特にメルデルの言葉が記憶に残っている。

 エーシャの気配が変わった事に気づいたメルデルはくるりと体を向けて走り出す。


「ウチ先に戻ってるから!」


 なんだか楽しそうに走り出すメルデルに違和感を持っていると勇の背後からエーシャの低めの声がかけられる。


「勇、昨日メルねえが長老に出る事伝えた後の言葉覚えてる?」


 唐突な質問に疑問符を浮かべたくなりながらもメルデルの言葉を鮮明に思い出す。

 誰が見ても感動的な場面の言葉に何も問題点はない。

 だが、勇は冷や汗をかき始めた。

 メルデルが発した「ウチは勇と一緒に道を歩いて行く!」の言葉。これだけ見たら人生の伴侶になるような物言いに聞こえる。そしてその後、メルデルに問われた勇はどうしたかというと、一度頷いていた。

 まさかとは思いながらエーシャを盗み見るが、エーシャは無表情で瞳の光を消滅させ、闇落ちモードに移っている。


「ボクというものがありながら、何時のまにメルねえとそんな関係になっていたのかな? 教えてよ、勇」


 ゆっくりと近づいてくるエーシャから後ずさりで距離を保つ。

 偶然とはいえエーシャを闇落ちエーシャにしてしまった勇が恐怖していると、ふとさっきのメルデルの表情が頭の中で浮かぶ。


(……偶然)


 あの時のメルデルは怯えているよりかは楽しんでいるように思えた。そして導き出される答えは。


「メルねえ! ちょっと待て! あれわざと言っただろ!!」


 感動的な場面で誰もが涙を流している所でどうやらメルデルは爆弾に火をつけ、今朝になってそれがようやく火薬に引火したのだ。

 全速力でメルデルの後を追う勇。そしてその勇をエーシャが追う。


「にゃはははははは!」

「にゃははじゃねぇ! メルねえ、早くエーシャを止めろよ!」

「またそうやって、ボクを放っておいてメルねえと楽しくおしゃべりするんだね。ちゃんと躾けた方がいいかな?」


 勇は死に物狂いで追って追われてを繰り広げながらギルドまで走り切り、出迎えた琴美とマルコがエーシャとメルデルに鉄拳制裁を加えた事で治まったが、被害者以外何者でもない勇は琴美の鉄拳制裁を理不尽に喰らった。



 今回の報酬

 依頼成功料 二十万ジーグ

 謝罪料 十万ジーグ

 料理に対しての謝礼料 十万ジーグ

 合計 四十万ジーグ

 累計金額 四十万九千百五十ジーグ

読んでくださりありがとうございました。

何気に話数を多く使いましたが、次回は再び魔女のキッチンが開店します。

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