第三十二話 親友との思いで
目の前が暗なった後ウチは夢を見た。親友との最後の思い出でもあり、一番つらい夢。
「……る……デル……メルデル! 聞いてるの!?」
「え! 何?」
茶色の髪を短く切りそろえて、心情を表すように頭に生えた耳を垂らすウチの親友ラキュス。
「もう! 早くしないと日が暮れちゃうからさっさと薬草集めちゃうよってさっきから言ってるのにボーっとしちゃって。リリーを見習いなさいよ」
「あんまり怒っちゃだめだよ。メルデルちゃんのペースがあるんだから」
そう言えばまだこの時はちゃんと親友だったんだっけ。でも、リリーにとってはこんな関係は茶番でしかなかったんだ。
「リリーは優しいね。それに比べてラキュスはウチにスパルタだし」
「あんたがちゃんとやらないからでしょ!」
獣の耳をピンと立ててウチを威嚇するラキュス。確かに怖かったけど、それでもウチはこのやり取りが大好きだった。
「あとその服装なんとかならないの?」
「大きい街だとこれが普通なの。どう? ウチにピッタリでしょ」
「そうね。でも肌を露出して自己主張をする割りに胸の方は謙虚ね」
心無い一言でウチの心はぼろ雑巾のようにズタボロにされる。この時の言葉は今聞いてもへこむよ。
「ほらほら二人共。日が暮れて来たから村に戻るよ」
リリー言う通り日は沈みかけで、空はまだ赤みがかっているにもかかわらずウチらの影が消えていた。
もう戻らなければ村に着く前に真っ暗になって危険だ。
二人は村の方に向かって歩き出すけど、まだ十分に取っていなかったウチは周りの薬草を慌てて摘み取って袋に詰め込み、二人の後姿を追った。
村に着いた私達は長老の家に向かう。頼まれた薬草を渡すと早々にそれぞれの家に戻っていった。
「ただいま」
返ってきたことを告げるけど、家の中からはウチの声が虚しく響くだけ。
ウチしか住んでいない家なんかに返事なんか返ってくるはずないのに。
十二歳の頃に両親を亡くしたウチはそれ以降は一人で生活する日々。一年前にこっそり魔獣使いなったウチにはケルちゃんがいるから前よりかはここにいる時の虚しさは和らいでいる。
亡くなってすぐにラキュスは心配して一緒に住もうと言ってはくれたけど、大好きだったウチの両親の思い出が詰まった家だったからその誘いを首を横に振った。
「ご飯は……パンだけでいっか」
味気ない夕飯で腹を満たし、ベッドに横たわるとウチは自然と瞼を下ろし、窓から入る心地よい風と虫の鳴き声が憂鬱に浸っているウチを慰める。
すると、突然部屋の中に何かが落ちる音がした。目を開けて体を起こし床を見ると、石と紙が無造作に落ちている。どうやら紙気づかせるためにわざと石を放ったようだ。
「なんだろう、この紙」
折りたたまれた紙だけ拾い上げ中を見る。
送り主はラキュスだった。
誰かのいたずらかと疑ったけど、筆跡からしてラキュスのもので間違いない。
「ラキュス? なんでわざわざ手紙なんか」
紙には『夜中の一時に泉の近くに来て』、その短い一文だけ書かれていた。
ウチ達で泉と言えば一箇所しか思いつかない。村から少し離れている泉は人が来ることが少なく、よくウチ達が遊んでいた場所だ。
横目で時計を見るとさっきまで八時くらいを指していたはずの針は今では二時五分を指していた。
そうだ……あの日は紙の事を忘れて眠っちゃって、起きた時には時間が過ぎてたから急いで泉の方に向かったんだ。
ウチの体は当時と同じ行動をとり、泉の方角に駆けていく。
「遅れちゃった! でも、ラキュスはこんな夜中に何するんだろう?」
疑問を抱きながらもスピードを緩めることなく泉にたどり着いた。
森に囲まれた泉は月を映して風で波を打つ。
「ラキュス……いるの?」
ウチの問いに返ってきたのは木々を揺らす風の音だけ。そしてその風に乗った血の匂いがウチの背筋を凍らせる。
「ラキュス!」
血の匂いを頼りに夢中で走った。
やがて、月明かりの下でウチに瞳に映ったのはよく知っている白髪の女性が浮かべる薄ら笑いと、赤黒い獅子の体に蠍の尻尾と蝙蝠のような羽、人と獅子を合わせたような顔の獣。そして、血がしたたり落ちる獣の口元には鋭い牙が体に食い込まれ無残な姿となったラキュスが。
近づかなくても分かった。すでにラキュスは……。
「ラ……キュ……ス?」
「ん? あら、メルデルちゃん」
何もなかったようにいつも通りの笑顔でウチに対応するリリー。
「リリー、これはどういうことなの?」
「それよりもメルデルちゃんはなんでこんな夜――」
「今質問してるのはウチの方だよ!!」
感情的なウチの言葉に動揺することなくリリーは困ったような声で答え始めた。
「実は突然この魔物が現れてラキュスちゃんを襲ったの。私恐くて逃げられなくて」
「さっきまで笑顔だった人の言葉とは思えないよ。そんな見え透いた嘘をつかないで!」
リリーに向けていた視線を獣へと移す。
「それにウチにはその獣がリリーに懐いているように見えるんだけど」
一瞬、笑顔は無に変わり、舌打ちをする音が微かに聞こえる。
「……メルデルちゃん。このことは忘れましょ。その方がお互いのためになると思うの。……でないと」
獣は口からラキュスを離すと雄叫びを上げた。
「メルデルちゃんもラキュスちゃんと同じ目にあっちゃうかもしれないよ?」
ウチは怯むことなく、獣に負けないぐらい声を張り上げる。
「嫌だ!!」
作っていた笑顔に再び無が訪れると、さっきみたいに作った笑顔を被ろうとしない。
「なら……死んで」
獣は上空に飛び上がると、ウチを狙って急降下してきた。
ウチは横に避けると獣は地面にぶつかり、顔を深くめり込ませた。
出るのに手こずっている間にウチはケルちゃんを呼びだすと同時に首輪を外してあげた。
「リリース!」
真の姿を取り戻したケルちゃんはリリーに向かって疾走する。
初めて見るウチの魔法に戸惑っていたものの、それをギリギリのところで避けるけど、腕をかすめたのか血が流れ出していた。
「くっ! メルデルちゃん、あなたいつから」
「もう諦めなよ。君の負けだ」
ウチとケルちゃんでリリー挟むように立っている。間違いなくリリーの圧倒的不利のはず。しかし、リリーは突然ニタリと笑ってる。
「いいえ、あなたの負けよ」
リリーの言葉が理解出来ないウチは妙な違和感を覚え後ろを振り向くと、さっきまでいたはずの獣の姿が忽然と消えていた。
「誰か助けてー!!」
金切り声を上げたリリーに対して、さらに理解が追いつかない。
「今の声はなんだ!」
「あっちから聞こえたぞ!」
森の奥からゾロゾロと護衛兵が押し寄せてくる。その中には隊長のヒューの姿も。
「メルデル! 一体何をしている!?」
「これはーー」
「ラキュスちゃんを殺されたの! 助けて!!」
ようやくウチは理解した。
リリーはこれをウチのせいしようとしていたんだ。
「ち、ちがーー」
「おい! メルデルを抑えろ!!」
護衛隊はウチを捉えようと目を血走らせて襲い掛かってきた。
怖くなったウチはケルちゃんの背中に乗って、村から逃げた。
捕まらないように暗い道を駆け回っていると前方に小さな光が灯り、その光は次第に大きくなっていく。
眩しさのあまりに目を塞いだウチが次に目を開けた時には夢の世界は終わっていた。
「目が覚めたかメルデル」
ヒューの声が耳に響くと、牢屋の扉の鍵が解錠される。
「時間だ」
ウチはその一言でわかった。これから私は処刑されることを。
これで本当に最後なんだ。
ラキュス、今からウチはそっちに行かないといけないみたいだよ。
クルト、生意気だったけど君は嫌いじゃなかった。
フェミナ、優しくしてくれてありがとう。
マルコ、言い方は厳しいけど仲間思いの君はとても頼りになったよ。
琴美、君とのやりとりは本当に楽しかった。
エーシャ、最後にあんなこと言ってゴメンね。
そして……勇。ぽっかりと空いた心を埋めてくれた素晴らしいギルドに入れてくれてありがとう。
牢屋を出ると同時にウチの頬は再び濡れた。
読んでくださりありがとうございました。




