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お支払いは異世界で  作者: 恵
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第三話 職業試験

 数日後。集会場に訪れた三人は今回の目的である職業試験の受付を済ませていた。


「はい、これで試験の受付は完了です。あとでお呼びしますのでお待ちください」

「分かりました」


 受付カウンターを離れ、椅子に座っているシエルと琴美に近づく。


「受付済ませましたけど、昨日の今日で試験やっていいんですか?」

「あ、うん。大丈夫。勇くんは調合と製錬を出来るようになってたから大丈夫。でも、決めるのは向こうだから分からない。てか、落ちればいい」

「試験受ける前なのに凄い事をさらっと言われたんですけど!?」


 調合の師匠であるシエルは遠い目で今から試験を受ける勇に不吉な事を口走る。

 まだシエルの足元にも及ばないが昨日の調合の指導ですぐに勇は基礎やちょっとした応用をものにしてしまい、プライドがズタボロになってしまったのが主な原因だ。

 シエルが同じ段階までにいくのに一ヵ月近くかかっていたのを数日で会得されたのだから無理もないのかもしれない。


「シエルさん、しっかりしてください!」

「ハッ! 私は今まで何を。勇くんが調合出来るようになってからの記憶が無い」


 シエルは琴美の呼びかけによりやっと正気に戻ったようだ。


「職業試験の希望の方はお集まりください」


 集会場側から呼びかけがかかると、勇達もそれに向かおうと体の向きを変える。


「私達はもう行くんで」

「いってらっしゃい。頑張るんだよ。勇くんも……なんで目をそらすの」


 さっきのこともあり、顔を引きつりながら目をそらす勇。


「ほら、行くよ勇」


 琴美に腕を引っ張られながらその場を去っていった。



 参加者は試験官に連れられアクシス平原へ。

 そこは昨日、勇達がジャックウルフを倒した場所だった。


「ここで今から試験を行います。最初は剣士です。希望者は前に出てください」


 格闘家、鍛冶師、調合士、弓使い……次々に試験が終わっていく。


「次に魔法使いの試験を行います。希望者は前に出てください」


 いよいよ琴美の番がやってきた。

 魔法使いの合格はとてもシンプル。初級魔法を発動させ、的に当てること。


「琴美様からお願します」

「は、はい!」


 昨日とは違い、多くの人に見られている状況のせいで、琴美は緊張気味だった。

 深呼吸して自分を落ち着かせ、集中する。


「フレイム!」


 魔法を発動。そのまま火の塊は的に向かい、見事にヒットする。


「……合格です」

「やったーーーー! 勇見てた!? 当てたよ!」


 合格したことが嬉しくなってしまい、つい勇に向かって大声で伝える琴美。

 言われた本人は周りの視線が集中して恥ずかしさで体が熱くなっていた。

 兎にも角にも、琴美は無事試験に合格する事が出来たのだ。

 他の魔法使い希望者も同じ試験を試験を済ませる。


「それでは本日最後の試験を行います。複合士マルチ希望者は前に出てきてください」


 出てきたのは勇を含めて十人。どの人物も微かに風格がある。


「マルチの試験は少し準備がありますので少しお待ちください。他の皆様は帰っていただいて結構です」


 しかし、試験を終えた人々は帰らなかった。おそらくこの試験を見るためだろう。もしかしたら、目の前で合格者が出るかもしれない。そんな期待感があった。


「おい、そこのお前」


 勇が振り向く。そこには金髪を背中辺りまで伸ばした勇よりも身長が高い男。歳は勇と同じだが、整った顔つきにキリッとした目で実年齢よりも高く見られそうだ。


「お前、見た感じ……全然実力なさそうだな。今すぐ止めたらどうだい?」

「急にそんなこと言われても……。それにやってみないと分からないし」

「お前は魔法いくつ使える?」

「まだ、一つしか発動させたことない」


 それを聞いたは男性は醸し出しているクールな雰囲気を壊すほどのドヤ顔を浮かべた。


「僕なんて五つも使えるんだぞ! どうだ、凄いだろ! まあ、僕が凄いのは当たり前だけど。この僕! マルコにかかれば複合士マルチなんて楽勝で受かるのさ!」


 見た目の割には子供っぽく、悪い意味でギャップを持っている男性に対して勇は愛想笑いを浮かべる事しか出来ない。


「少し静かに出来ないの」


 隣から女性の声が聞こえたので勇は視線を向ける。

 長い白髪を横で縛ったサイドテールの少し小柄な女性がそこにいた。


「あ、うるさくしてごめんね。君も参加者なんだ。俺は勇、お互い合格出来るように頑張ろう」


 手を差し出して握手を求める勇。しかし、その手を払いのけられてしまう。


「馴れ合うつもりはない。ボク以外は全員敵だ」

「ご、ごめん。せめて、名前だけでも教えてくれる?」

「……エーシャ」


 エーシャは自分の名前を言うと勇から離れていった。

 その時ちょうど準備を終えた試験官達がその場に戻り、試験開始を知らせる。


「お待たせしました。試験を開始します。最初は製錬と調合です。一時間以内に銀を百グラムと魔力回復薬をお願いします。材料と鉱物はこちらで用意しています。終わった方からこちらに持ってきてください。」


 鉱物と素材がたくさん用意されている。参加者はすぐにそれらを手に取り、作業を始める。

 しかし、みんな顔をすこし歪めている。

 製錬には魔力を使い、目的のものだけを取り出す。言うのは簡単だが、少し魔力の強さを間違えるだけで不純物が混じってしまう。

 調合も魔力を使い、材料の量、魔力を加える時間を間違えるとすべて台無し。

 さらに、魔力薬は材料に魔力草と言う花が使われている。

 魔力草は他の花と比べて魔力が多く含まれているため、調合によく使われるが、調合の際に与える魔力をその時に適した強さにしなければならない。

 あちらこちらで「あ!」と言う上がり始めるが、たった一人だけ平然と作業を進める。

 そしてその人物は三十分経つと、試験官に近づいた。


「どうかされました?」


 尋ねられた勇は手に持っている液体が入ったガラスのビンと銀を手渡す。


「終わったので持ってきました」


 呆気にとられた試験官をよそに渡すものを渡した勇はその場から去っていった。

 見ていた人はひそひそと話し始める。


「早すぎないか?」

「いや、諦めて適当に作ったんだろ」


 内容は賞賛する声ではなかった。しかし、勇は気にした様子もなくジッと地に座って終わるのを待つ。

 一時間後には参加者は全員出し終えたため次の試験に移る。


「それでは次に、魔物との戦闘を行っていただきます。戦う魔物はジャックウルフ五体です。なお、順番は挙手制にしたいと思います。もちろん無理だと思ったら辞退しても構いません。しかし、入ってからだと助けるのに少々時間がかかりますので」


 入ってから、と言う単語に勇は引っかかりを覚える。


「あのー、入ってから、と言うのはどういうことでしょうか?」


 勇は質問してみた。


「被害を最小限抑えるためにこちらは結界を張ります。この結界は特殊で、外側からは簡単に入れますが、内側からは出られないようになっています。よって、参加者を助けるのに時間が掛かります。なので、無理をしないでほしいと思っています」


 つまり、助けを求めるタイミングを誤れば、怪我だけでは済まなくなる。


「では、始めたいと思います。どなたか、受ける方はいますか?」


 皆が怖気ついている中ここで勢いよく手を上げる者がいた。


「僕から行かせてもらおう。僕にかかれば、こんなの楽勝さ」

「では、こちらの線より先が結界なので、お気をつけて」


 マルコは意気揚々と結界の中に入っていく。

 そして、ジャックウルフ五体も結界の中に入れられた。

 マルコは堂々とした態度で剣を構え切りかかる。

 数分後。

 結界の中から悲鳴が上がった…………マルコの。


「たすけてくれーーーー!!」


 それを聞いた試験官は助ける準備を始める。

 その間マルコは必死に逃げ回った。

 準備が終わると、試験官は慌ててマルコに呼びかける。


「マルコ様! 早くこちらに!」


 マルコは大急ぎで試験官の方に走った。その後ろをジャックウルフの群れが追いかける。

 しかし、マルコが線をこえると、ジャックウルフの群れは見えない壁にぶつかってそれ以上近づけなくなった。


「あ、あぶなかった」


 マルコは一体討伐することに成功していた。

 ジャックウルフは単体では大したことはないが、群れを作ると連携して獲物を狩るため厄介になる。

 一匹倒すだけでもなかなか難しい。


「では、次はどなたが」


 マルコの戦いを見た参加者は思っている以上の難関な課題に中々手を上げる事が出来ない。


「ボクが行きます」


 その中で手を挙げたのは唯一女性参加者のエーシャだった。


「それではお入りください」


 エーシャもマルコと同じように結界の中に入っていく。

 そしてジャックウルフ五体が入れられる。

 エーシャは小型の剣を逆手で二本持ち、構えた。

 ジャックウルフ四体がエーシャを襲う。しかし、エーシャは落ち着いて攻撃をかわし、危ないところは剣で防御する。


「す、すごい。あんな数の攻撃を喰らわないなんて」


 周りからは賞賛の声が上がるが、勇は一体のジャックウルフに違和感を覚え目が離せないでいた。


(なんであのジャックウルフ動かないんだ、それに他と比べて少し大きい気がする)


 勇の目線の先にいるジャックウルフはただ座って、じっとエーシャを見つめていた。

 そうこうしている内に、エーシャはジャックウルフを一体討伐する。


「おお! すげぇ!」

「彼女、全部倒すんじゃないか!」


 離れたジャックウルフに今度はエーシャから攻撃を仕掛けた。

 素早い動きで切りかかる。攻撃はジャックウルフに当たるが、足に傷をつけた程度だった。

 ジャックウルフは攻撃のスキを与えないように襲い掛かる。が、エーシャは全てかわす。

 一体目の攻撃をよけ、二体目の攻撃は剣で払いのけ、頭上から襲い掛かってきたジャックウルフを剣で切り捨てる。同時に……


「ぐっ!」


 エーシャの右肩に深い切り傷が刻まれ、そこから血が流れ始める。

 見ていた人は何が起こったか分からなかったが勇はその瞬間を見逃さなかった。

 さっきまで座ってたジャックウルフが、頭上のジャックウルフをエーシャが切り捨てた瞬間に動き出し、素早い動きでエーシャの右肩を爪で切り裂いた。

 エーシャは片腕を使うことが出来なくなり。攻撃をかわすが先ほどのジャックウルフが加わり、攻撃が激しくなる。

 エーシャはよけるが数発に一回のペースで攻撃が当たる。


「早くエーシャ様を外に!」

「だめです! 間に合いません!」


 膝から崩れ落ちるエーシャ。なんとか倒れないように体を支えるだけで精一杯な状態。

 ジャックウルフはそんな状態を見逃すはずもなく、エーシャに襲い掛かる。


(ダメ!)


 目を力強く瞑り顔を伏せるエーシャ。だが、いくら待っても衝撃はこない。恐る恐る瞼を上げると、年下の男性の背中が目に飛び込む。

 ジャックウルフの爪がエーシャに当たる前に切り捨てられていたのだ。


「ぎりぎり間に合った。大丈夫? ……なわけないよね」

「な、なんで……ボクを助ける」


 エーシャは目の前に立っている勇に話しかける。


「助ける理由? 俺にもよく分からない。だけど……目の前で誰かが傷ついていく姿を見るのは気分が悪い」


 勇はジャックウルフを睨みつけながら剣を握る力が強くなった。

 ジャックウルフの群れはターゲットをエーシャから勇に変え、連携をとりながら攻撃を仕掛ける。

 剣を上手く使いなんとか凌ぐ。


(やっぱり一体だけ素早さと力が違う。これじゃあ、攻撃をよけるか防ぐことしか出来ない)



 最後の血縁者である弟の身が危険に晒されている事にジッとしてはいられない。

 外から見守る琴美は我慢できず結界に向かおうとするが、誰かに肩を掴まれた。


「離して! 勇が……勇が!」

「落ち着くんだ琴美ちゃん!」


 振り返り手の主を見る。肩を掴んでいたのは集会場にいるはずのシエルだった。


「シエルさん、どうしてここに」

「遅いから見に来たんだよ」

「そうだ、シエルさん! 勇があの中に! 助けに行かないと!」


 真剣な表情で琴美を止めるシエルは厳しい現実を突きつける。


「君が言っても足手まといになるだけだ。相手はただのジャックウルフじゃないよ」

「どういうことですか」

「あれは、キングウルフ。ジャックウルフ達を統べる王。相当強いよ」

「それならシエルさんが助けてくださいよ!」


 ポロポロと涙を流す琴美。しかしシエルは勇の顔をジッと見つめるだけ。


「私は助けることが出来る。でも、勇くんの目を見ていると、手を出しちゃいけない気がするんだ」

「え……」


 琴美も同じように勇の目を見た。

 その目は相手だけを見ている。逃げる事よりも倒す事を考えている。琴美にはそう感じ取れた。


「だからさ、勇くんを信じようよ。ほんとに危なくなったらちゃんと助けるから」

「……分かりました」


 今にも動き出しそうな体を必死に抑え、琴美は勇の戦いを見守る。



 結界の中は変わらずキングウルフ達の攻撃で思うように動けない勇。


(全然攻撃出来ない。運よくジャックウルフが剣に当たったらいいんだけど……!)


 ここで勇の謝の中で何かが閃いた。


(そうだ、こっちが当てるんじゃなくて、向こうから当たってもらえば)


 勇はタイミングを見計らってから防御に使っていた剣をジャックウルフが移動する軌道上に置く。

 すると、ザシュ、ザシュと何か切る音が聞こえ、勢いよくジャックウルフ二体が転がっていく。どうやら絶命しているようだ。

 しかし、代償として勇が受けたダメージは大きかった。


「くっ、ちょっと攻撃受けすぎたな。しかも残ってるの、あいつだし」


 勇の目線の先にはキングウルフがいる。勇が剣を軌道上に乗せた瞬間その場を離脱したため死んだ二匹のようにはいかず、キングウルフはほぼ無傷の状態だった。一方の勇は傷だらけでキングウルフの攻撃を一撃でも受ければ危険な状態。


(一発で決めないとやばい…………今からする事、シエルさんに言ったら多分笑われるな)


 少し苦笑しながら剣を構える。


「もういい、止めて! 勇だけでも逃げて!」


 必死に声を出して勇を止めようとするエーシャ。だが勇は一歩も動かない。


「今逃げてもすぐにやられるさ。だったら死ぬ気でやる」


 勇は思い出す……シエルが放ったフレイムを……。

 そして、想像する……その放たれたフレイムがどんな形になるかを……。

 その想像を何度も何度も繰り返していく内にやがて現実味を帯び、獅子へと変わる。

 あとは……それを放つだけ。


「獅子炎舞!」


 炎を纏った剣を振ると、獅子の形をした炎が飛び出し、キングウルフを襲いにかかる。

 しかし、その攻撃をかわすキングウルフ。今度はキングウルフが勇を襲う。


「「ゆぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」」


 エーシャと琴音の声が重なった。


「俺の想像通りの技なら……」


 危機的状況で勇はニヤリと笑う。


「俺の勝ちだ」


 炎の獅子は地面を蹴り、キングウルフに噛みついた。

 悲鳴を上げ必死に抵抗をするが、獅子の炎で全身を包まれてしまい苦しみから逃れる事が出来ない。

 やがてせわしなく動いていた体は動く事を止め、手足をだらりと伸ばしたまま息をする事はなかった。

 周りは静けさに包まれる。やがて歓声が上がった。


「おおぉぉーー! あいつ倒しちまったぞ!」

「さっきの技、見たことない!」


 試験官達は結界の中に入り、エーシャと勇に近づく。


「勇様、手当てを」

「そっちの治療は私に任せて、それよりも彼女を」


 突然現れたシエルに最初は戸惑うも勇の手当てをシエルに任せ、エーシャの手当てをする試験官。

 エーシャは勇よりも傷が深いためすぐに集会場に運ばれた。


「すいません、シエルさん」

「本当に……自分のお姉さん泣かせて、勇くんは悪い子だよ」

「勇……」


 涙で顔がぐしゃぐしゃの琴美を見る勇。


「ねえちゃん、その――」

「勇のバカ! 私の家族は勇だけなんだよ!」

「ごめん」


 申し訳なさそうにする勇を見て、にっこりと笑う琴美。


「帰ろっか」

「そうだね」

「ちょっと待って二人とも」


 帰ろうとする二人をシエルが止める。


「なんですかシエルさん。勇を休ませてあげてくださいよ」


 勇の実を案じ、すぐにでも家に帰ろうとする琴美はシエルを睨む。

 その目を見たシエルは一瞬生まれた恐怖で体をビクッと震わせた。


「いや、ちょっと試験官に聞きたい事があって」


 試験官に近づき今回のイレギュラーに対しての見解を尋ねる。


「今回の試験だけど、結果はどうなるの?」

「試験についてはこの戦闘試験を受けていない方のみ、後日、試験を受けてもらいます。ですが戦闘試験を受けた方は現時点で合否を決めます」

「で、勇くんの結果は?」


 今回の目的である、勇の合否。

 勇達だけでなく、周りの人も結果を今か今かと待ちわびている。


「勇様の結果ですが……」


 沈黙が周りを支配した。


「……製錬、調合、今回のキングウルフ討伐、さらには最後の魔法……文句なしの合格です。おめでとうございます」


 試験官は微笑みながら、勇のマルチ就職を祝う。

 周りもそれを聞いて祝いの言葉を掛ける。だが、勇はそれ以上に知りたい事があった。


「ちょ、ちょっと待ってください! エーシャさんと、マルコさんの結果は!」


 自分の結果よりも他人の心配をする勇。


「エーシャ様とマルコ様は戦闘試験の際、合格数まで討伐していないため不合格となります」

「そ、そんな~」


 遠くで嘆くマルコをよそに勇は異議を申し立てようとする。


「で、でも、エーシャさんは」


 だが勇の話を聞く前に試験官は首を横に振る。


「諦めなよ、勇くん。そもそも戦闘に異常事態が起きるのはよくある事。今回だって例外じゃない」

「そ、そんな」

「申し訳ありませんが私達ではどうする事も出来ません」


 試験官は言い終えると試験終了を告げた。


「本日の試験はすべて終了しました。皆様、お気をつけてお帰りください」


 参加者は次々と街に帰っていく中、勇はその場で佇ずむ。


「勇、帰ろ?」


 勇は俯いたまま、ぽつりと言葉を発する。


「ねえちゃん、よりたい所があるんだけど」


 勇のたった一言だけで、どこに行きたくて何をするつもりかを大体察した琴美。


「うん、いいよ」



 集会場で手当てを受けたエーシャは医務室のベッドで横になっている。

 先ほど集会場の役員から試験について話された。


「不合格か……これでもう、複合士マルチになる事は出来ないよね」


 涙を流すエーシャの部屋に訪問者が三回扉をノックする。


「!……どうぞ」


 涙を拭き、自分の感情を抑え訪問者を中へと促し、上半身を起こす。

 扉が開くと、自分を助けてくれた恩人でもあり、たった一人の合格者である勇が入ってきた。


「勇……ボクを笑いに来たのかい?」

「そんな事しないよ。ただ、エーシャさんが心配で」

「そんな心配はいらないよ。ボクはいたって普通さ」


 凛々しく振る舞うが、それが嘘だと見抜けないほど勇は鈍感ではない。


「泣いてたんでしょ。涙の跡が残ってる」


 頬に自分の指先をを当てるとエーシャは勇から顔をそむける。


「……なんで、複合士マルチになろうと思ったの?」


 勇は突然、そんな事をエーシャに聞く。気まずい空気を避けるために話題を振ったのか、それとも単純に気になったのかは分からない。

 エーシャは少し躊躇ためらいを見せるがが、少しずつ話していく。


「……小さい時、ボク、両親に捨てられたんだ」


 何も反応せずエーシャの目を見て、ただ聞く側に徹した。


「そのせいで、ボクは親戚の家に移り住んだ。でも、ボクのことはあまり歓迎されなくて。いつも邪魔者扱い……。ボクはそれが嫌になって二年前に家を出た。それからは誰にも頼らず一人で生きてきた。試験を受けたのは複合士マルチになれば、一人で何でも出来るから。これからもずっと人に頼らずに生きていける、そう思ったから。単純でしょ?」


 勇は黙ったままエーシャに近づく。


「気が済んだなら。早くかえ――」


 振り向いたエーシャは勇に抱きしめられた。


「ちょ、ちょっと! 君は何してるの!?」

「もう……いいんだ」

「え?」

「心のどこかで助けてほしいと思ってたんでしょ。悲しい時、嬉しい時に誰かそばにいてほしいと思ってたんでしょ」


 エーシャは自分の内側から何か溢れ出すのを抑えることが出来ない。次第に目尻から大粒の涙が零れ落ちた。


「ボク……寂しかった。誰も……ボクを……必要としてくれなくて……助けてくれなくて……だから、一人で生きていかなきゃって」


 溢れ出た感情をもう止める事が出来ない。

 エーシャが泣き止むまで優しく抱きしめて頭をなでる勇。


「……ありがとう。勇は優しいんだね」


 感情が落ち着くまで傍にいてくれた勇に感謝しきれない。


「エーシャさん……安心して」


 エーシャは顔を上に向け、見下ろしている勇の顔を見る。


「俺はずっと、エーシャさんの傍にいるから」


 はたから見たらプロポーズしているようにしか見えないセリフを平然と言ってのける勇。

 本人は特に深い意味はない。だが受け手のエーシャは顔を真っ赤にしている。


「も、もういい! 落ち着いたから離してくれ!」

「そう? じゃあ」


 エーシャから離れる勇。さっきの言葉とは裏腹にエーシャは残念そうな顔をしている。


「俺は帰るよ。じゃあ、またね」


 小さく手を振りながら勇は医務室を出た。

 勇が帰ってからもエーシャの胸の鼓動は早くなったまま。今までに感じた事のない胸の熱さに心地よさを感じる。


「勇……」



「あ、勇! 用事は終わった?」


 勇の用事が終わるまで待機していた琴美とシエルは勇が戻ってきた事に気がつくと周りに駆け寄ってきた。


「終わったよ」

「それなら帰ってご飯にしよ。おなかすいちゃった」

「確か勇くん。試験でキングウルフを倒したから、謝礼を受け取っているよね」


 今回のキングウルフ討伐のお礼として、集会場側からお金を受け取っていた。


「はい。五千ジーグほど」

「少しの間食費には困らないね!」

「でも、借金返済するのはきついよ」

「そんなに焦らなくてもいいよ。私は気長に待つから」


 楽しく談話をしている三人に金髪の男が髪をなびかせ近づいていく。


「おい、勇!」


 話しかけてきたのはエーシャと同じく複合士マルチを断念せざるをえないマルコだった。


「マルコさん!」

「誰?」

「勇と一緒に試験を受けた人です。どうせ、嫌味を言いに来ただけでしょ」


 試験前の会話を聞いていた琴美はマルコをよく思っておらず、身構えてマルコを睨む。


「マルコさん……あの」

「合格おめでとう。僕は合格できなかったけど、まぁいい。次の機会があれば勝負しようではないか。その時は僕が勝つだろうけど」


 マルコの口から出てきたのは予想外にも勇の合格を祝う言葉だった。


「ありがとうございます!」

「……ところで、彼女の具合はどうだ?」


 エーシャの様態を心配するマルコ。

 試験の時とは裏腹に優しが垣間見えるマルコの姿に勇は自然と笑みをこぼす。


「マルコさんは優しんですね」

「な、何を言う! お……僕が優しい!? そんなことあるか! 目の前で人が死んだら誰だって気分が悪いだろ!」


 いくら言葉を言い放ってもそのどれもが照れ隠しのものだと誰でも分かる。そんな事を思いながらも勇はマルコにいい知らせを伝えた。


「大丈夫ですよ」

「……そうか、よかった」


 マルコの表情はとても優しい。


「じゃあ、俺達は帰るので」

「ま、待て!」


 帰ろうとする勇達を引き留める。


「勇! これから僕と話す時はさん付けも敬語もいらん! 気軽に話してこい!」


 それを聞いた勇はにっこりと笑い、別れの挨拶をした。


「分かった。じゃあな、マルコ!」


 マルコは三人の帰る後ろ姿を見送ると、自分も家路につく。

 こうして勇達の波乱の職業試験は幕を閉じた。

読んで下さり、ありがとうございます。

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