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お支払いは異世界で  作者: 恵
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第二十八話 素材集め 〜アイスジェム〜

少し時間がかかりましたが二十八話です。

夏休みに入ってるので、多く投稿出来るよう努力します。

 マルコ達がミリオンの森でビッグウッドを探す一方、勇達はダルク洞窟に向かっていた。


「勇のアニキ、アイスジェムってのは名前からして宝石なのか?」

「宝石と言えば宝石だけど、実際はアイスジェルっていうジェルジェルの亜種の核らしい。おっ、着いたぞ」


 ラーラ山脈を登り、洞窟の前まで着いた勇達は入る前に一度今回の目的を整理し、この後の行動をどうするべきか話し合う。


「アイスジェルは基本的に寒いところにいるらしい」

「まぁ、アイスって名前についてるからそうだろねー」


 メルデルの茶化しを無視して話を続ける。


「念のため、レザーコートを持ってきたから個人の判断で羽織ってくれ」


 勇はカバンの中から三着のコートを取り出す。

 見た目から中々いい素材を使っているように見えるコートだが、もちろん勇達のギルドにはそんな資金などあるはずもない。皮はタウルスから剥ぎ取ったものを使い、糸はキラースパイダーの糸を魔力を込めながら紡いだ勇お手製のコートだ。


「……勇さんって、本当に器用貧乏なのですか?」

「そうだけど。まぁ、そこから努力すればちゃんとうまくはなるよ」

「オレでも分かる。これ相当いいコートだよ」


 またまたー、と笑う勇をフェミナとクルトはジト目で見つめる。


「勇、そこまでしなくてもいいとウチは思うんだけど」

「メルねえ。一応念には念を」

「平気、平気。それにウチは寒いの大丈夫だし」


 そう言っていたのが二十分前だ。そして、今現在のメルデルはブルブルと震えて自分の体を抱きしめながら凍った鼻水をぶら下げている。ついでにアホ毛までカチコチに固まっていた。


「なななななななんで、こここここここんなにささささ寒いの!?」

「入る前に言ったじゃん」


 他のメンバーはがっちりとレザーコートを着て寒さ対策をしている。一方メルデルはいつもの胸に布とショートパンツ。寒さにケンカを売っているとしか思えないスタイルだ。

 ちなみに四人がいる場所の温度は零度を下回っている。そのため、あちらこちらの岩の表面に霜や姿鏡のような氷が張っていた。何故途中でメルデルがコートを着なかったのかは、ただ意地を張っていただけのしょうもない理由だ。


「そそ、それでもこの寒さをコートで、ふふふふ防げるとは思えないんだけど」

「だって、魔力で耐寒性付与してるし」

「何その便利機能!?」


 急いで鞄からレザーコートを取り出して羽織ると、予想以上の温かさと着心地に顔はふにゃけていき、固まっていたアホ毛は生気を取り戻したかのようにぴょこんぴょこんと動き回っている。


「惚けてないで早くアイスジェル見つけないと」

「そうだけど……その前にお昼食べようよ。ウチお腹すいた」


 くぅーと腹を鳴らして訴えるメルデルに溜息を吐きながら勇は鞄の中からごそごそとフライパンを取り出す。

 あらかじめ家から一つ持ってきた発火する魔道具ですぐに火をおこし、持っていたタウルスの肉をフライパンに乗せる。

 パチパチと油の撥ねる音を立てながら肉の表面は焼かれていく。ころ合いを見計らい、肉を慣れた手つきで空中で半回転させた。裏向きになった肉は程よく焦げている。そこに醤油に似たカーマルをベースにした味付けをフライパンの上で行われた。

 熱されたフライパンに常温の液体が触れたことで匂いと共に蒸気が宙をさまよう。

 香りをかぎ、音を聞き、見てしまえば誰も食欲を抑える事は出来ない。現に空腹を訴えていなかったはずのクルトとも、フェミナでさえも釘づけになって眺めている。


「あとはいつものようにパンに挟んで……よし、完成」


 皆パンを貰い、食前の挨拶を済ませると勢いよくかぶりついた。

 口の中で肉汁が溢れ、一緒に挟まれている葉物の野菜が美味さを引き立てる。

 あっという間にパンを平らげ、水筒の水で一息つく。

 皆が余韻に浸っている間にフライパンを片づける。


「ふー、満足満足」

「メルデルさん。食べてすぐに横になるのは行儀が悪いですよ。ね、勇さん。…………勇さん?」


 自分の問いかけにうんともすんとも言わないので、勇の方を向く。どうやら何かをジッと見つめているようだが、視線の先には氷の塊しかない。

 特別な氷なのかと思って観察をするが、フェミナには単なる氷にしか思えなかった。


「その氷がどうかしたんですか?」


 勇の鋭い目つきで氷から視線を外さないままフェミナに問う。


「ここにさっきまで何があったか知ってる?」

「え?」


 全く意図が分からない質問に困惑を覚えるも氷のある場所を見つめる。

 フェミナの頭の中に勇がさっきまで料理をしていた姿が映像のように浮かんだ。


「火……ですね。それがどうか――」


 何かに気づいたフェミナは言葉を呑んだ。頭に一瞬よぎった記憶。

 火の処理を誰もしていない。

 さっきよりも注意深く氷を観察する。先ほどまで気づかなかったが、氷の奥で淡い光がゆらゆら揺れていた。


「火が……凍ってる」

「みんな! 近くにいるぞ!」


 くつろいでいた二人も武器を咄嗟に取り出し、全員が辺りを見回す。鍾乳洞のように出来た広い空間には氷と岩が点在しているが、魔物が隠れるほどの大きさもない。しかし、何かがいる気配は感じる。


「勇のアニキ、一体敵は何処にいるの」


 勇は人差し指を立てて、静かにするようにジェスチャーした。

 洞窟内を通り抜ける微風の音がこだまする。それに混じって何か液体が流れ滑るような音。

 メルデルの足元の氷が微かに歪み、植物が成長するが如く氷柱つららがメルデルの首元を狙って伸びる。

 異変に一瞬早く気づいたメルデルはバク転して後ろに跳びんだ。だが、メルデルの頬に赤い液体が一筋流れて滴り落ちる。


「あっぶなー。もう少し遅れてたらのどで呼吸する生活を送るはめになってたね」

「バカな事言ってないで早く敵を見つけないと」


 攻撃をしてきた氷柱が引っ込むように消え、氷は元の形に戻ったことから敵の本体が直接攻撃したものと勇は判断した。

 氷柱があった場所に攻撃を仕掛ける勇だが、何も現れない。

 敵は氷と同化しながら移動している。そのため本体を見つけるのは難しい。


「あ、それなら大丈夫」


 メルデルは腰に備え付けていた鞭を手に持った。


「メルデル。何か方法あるの?」


 相変わらず勇とマルコ以外は呼び捨てのクルトの頬を空いている手で引っ張る。


「メルデル・お・ね・え・さ・ん! でしょ?」

「痛い痛い! 離せ!」


 掴んでいた頬をパッと離す。クルトは赤くはれ上がった頬をさすりながらメルデルを睨んだ。


「喧嘩はそこまでだ。それよりもメルねえ。さっき言ってたのは本当なの?」

「うん、大丈夫だよ。あいつがウチに攻撃した時に付いたはずの血の匂いを追えば」

「獣人族さんの嗅覚で探すんですね」

「いや、確かに普通の人より嗅覚は優れてるけど、微かな匂いを終えるのはほんの一握り。ウチは微かな匂いを追うことは出来ないの」


 ならどうやって、と聞く前に試し打ちをするかのように鞭を地面に叩きつける。

 バシッ! と勢いよく音が洞窟内に鳴り響く。


「でも、ケルちゃんなら出来る。出ておいで! ケルちゃん!」


 今度は中にめがけて鞭を振り、空気を叩いた。

 最初の音よりも大きい音が鳴り響くと同時に、打った先に魔法陣が形成される。

 初めて見る魔獣使いであるメルデルの魔法を見届ける三人。

 そして、魔法陣から何か飛び出してくる。

 その正体は狼の顔を三つ持つ黒い魔物、ケルベロス。赤い六つの目がギラリと光り、自らを召還した主であるメルデルを狙っている。獲物を捕らえるかのように飛びかかった。


「いやーーーーん! ケルちゃんの甘えん坊さん。でも、そこがカワイイー!」


 飛び込んできたケルベロスを優しくキャッチする。腕にピッタリと収まったケルベロスはつぶらな瞳でメルデル見つめながらキャンキャンと鳴くと三つ首の内の一つがメルデルの頬をなめ、嬉しそうに尻尾をバタバタと仕切りなく振っていた。


「わー、可愛いですね」

「でしょ?」

「触ってもいいですか?」

「いいよ。このあたりを触るととっても喜ぶよ」


 抱っこされているケルベロスケルちゃんの腹をフェミナが撫でまわすと、三つ首はうっとりとした表情を浮かべている。


「本当ですね!」

「愛玩動物出してどうするんだよ!!」


 現状とかけ離れた空気にしびれを切らした勇は盛大にツッコんだ。


「愛玩動物じゃない! ケルちゃんよ!」

「そういう意味じゃない! 可愛がる魔物出してどうするって事だよ!」


 下に降ろされたケルベロスがメルデルの周りをぐるぐる嬉しそうに走り回り愛嬌をふりまく。


「あ、もしかしてケルちゃんの実力疑ってるな。それなら見せてあげる」


 しゃがみこんがメルデルはジッとケルベロスを見つめる。それに答えるようにケルベロスもメルデルの瞳を見つめていた。


「お手!」


 メルデルが出した手に右前脚を乗せる。


「おかわり!」


 今度は左前脚。


「ふせ!」


 体を伏せた。


「ぐるり!」


 そのまま横に一回転する。

 全ての指示を見事やり遂げたケルベロスを撫でながら勇の方にドヤ顔を向けた。


「どう、ケルちゃんの実力」

「出来れば追跡能力の実力が見たかったな!」

「あ、そのために呼んだんだっけ」


 未だに次の攻撃がこないのが不思議なくらいの茶番をしていはずなのだが。もちろん敵がいつまでも攻撃しないはずもなく、別の場所からクルトに向かって氷柱が伸びる。

 クルトは難なくこれを避けるが、すぐに氷柱は引っ込んでしまったため見失ってしまった。


「いい加減敵を見つけてくれ!」

「分かった分かった。ちゃんとやるから」

「……本当?」

「本当本当。まぁあ見ててよ」


 まだ半信半疑の勇だが、どちらにせよ任せるほかに方法はなく、メルデルを見守るしかない。

 メルデルは先ほどとは打って変わって真剣な眼差しで佇み、ケルベロスも表情が僅かに獣らしさを取り戻し、鋭い目つきに変わった。


「ケルちゃん首輪を取ってあげる」


 メルデルは一呼吸分の間を空ける。


「リリース」


 鞭で地面を一度叩いた瞬間、小型犬ほどだったはずのケルベロスの体は異常発達していく。つぶらだった瞳は野生に満ちた猛獣の眼光が宿り、牙と爪は鋭さを増す。肥大化した体は筋肉により引き締まり、野太い咆哮を上げる。

 自分の目の当たりにしている状況に少し追いつけていない勇だが自然と口は小さく呟く。


「す、凄い……」

「ケルちゃん、私の血の匂いを追って敵を探して」


 鼻をひくつかせてメルデルの血の匂いを追うが全く動こうとしていない。

 やがて、勇の近くの氷の一部が歪んでいく。しかし、そのことに誰も気づかない。

 歪んだところから勇に向かって氷柱が伸びる。死角からの攻撃に気づくのが遅れた勇は今から避けることが出来ない。


「しまっ――」


 だが、その氷柱はいつの間にかそこにいるケルベロスに根元を粉砕され、断末魔の声に似た叫びを上げながら塊ごと宙を舞う。

 地面とぶつかった瞬間、液体のように氷は地面に広がり、一瞬にしてジェルジェルと同じ姿を形成した。違う点があるとすれば、冷たさを表すような白色の体という点だ。


「やっと姿現したな! オレが一気に――」


 今にも飛びかかろうとするクルトをメルデルは制した。


「クルト、下がっててほしいな」

「なんだよ! オレが足引っ張るとでも――」


 言葉を続けようとしたクルトだが、メルデルの横顔を見た瞬間に残りの言葉を呑んだ。

 陽気でふざけているメルデルとは違い、今の彼女の目はケルベロスと引けを取らない獲物を捕らえようとする野獣の目つきだった。

 残りの二人もメルデルの雰囲気の変化を察知し、その場をメルデルに任せるようにクルトと共に後ろに下がる。


「ケルちゃんも下がってて」


 ケルベロスもメルデルの後ろへと下がり、アイスジェルとメルデルの一騎打ちとなった。

 先ほどのケルベロスの攻撃で同化してからの奇襲は通用しないと学習したアイスジェルはその場で佇んでいる。


「時間かけたくないから大きいので一発で終わらす」


 メルデルから発された空気から何かをしようとしていることを感じとり、それに対して危機感を覚えたアイスジェルはその前に倒そうとメルデルに襲いかかった。


「バカじゃないみたいだけど、ウチを襲うまでの判断が遅い」


 鞭を構えたメルデルは獲物に向かって鞭を振る。


四大よんだい狂演フェス


 空を叩き、ケルベロスと同様に魔法陣が展開された。そこから火、水、風、土をそれぞれ元にした四体の獣が現れ、前方にいた獲物を捉える。

 真っ直ぐ襲いかかったアイスジェルがこれを避けることが出来るわけもなく、四体の獣の牙がアイスジェムに深く刺しこまれ、捕食する如くアイスジェムの体を引き裂く。

 やがてアイスジェムから命の灯は消えた。それを察知したように四体の獣も姿を消す。

 残ったものは今回の目的であるアイスジェム。それをメルデルが拾い上げると満面の笑みで勇達に見せつける。そこにいる彼女は勇達が知っている陽気なメルデルだった。

 しかし、勇はメルデルの魔法が気になっている。あの時放たれた魔力はかつて擬似的ではあるが勇が放った魔力と似ていた。


「メルねえ……もしかして今の魔法は――」

「ミッション完了! さ、早くお家に帰ろ」


 上級魔法……そう続けようとしたが、メルデルはいつもの口調でそれを遮る。

 自分達が知っているメルデルに戻り、安堵の表情を浮かべるクルトとフェミナ。しかし、勇は心の中で不安に似た気持ちが残る。

 数日前に加入したメルデルを自分達はどれだけ知っているのか。そもそも本当のメルデル知っているのか。彼女が何者なのか。勇達はまだ、メルデルが獣人族ということしか知らない。

 だが、勇はすぐに頭の中から振り払った。

 その行動が信頼からした行動なのか。はたまた、今の関係を壊さないために現実を見ようとしない弱い心からした行動なのか、この時の勇は分からないまま皆と家路についたのだった。

読んでくださり、ありがとうございます。


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