第二話 戦いの基本
現在までの経緯を振り返りながらも愚痴を言っている暇など二人にはない。早急に終わらえなければ埃の中で一夜を過ごさなければならなくなる。
「それにしてもこの家広いよなー」
箒を使ってホコリを掃く勇は率直な感想を述べる。
「部屋の数も多いわよ。今は二階の二部屋とこの広間を掃除するのが先だけど」
「最悪使わない部屋はそのまま放置でいいと思う」
「それもそうよね」
夕方前を目標に二人は掃除を着々と進めていく。
四時間後、掃除は終わったが、日は落ちてしまい、夜になっていた。
労働に加え、昼を抜いたせいで腹がすいてしかたがない二人。もちろん、食材はあるはずがない。
「どうする勇」
「どうするって言われても……」
絶望する二人。そこにコンコンと扉を叩く音が聞こえた。そして扉が開かれると、そこには紙袋を抱えたシエルの姿があった。
最初に会った服装とは違いローブを着ている。
「二人とも大丈夫ー? 服と差し入れにパンとミルク持って来たんだけど」
タイミングのいい時に現れたシエルが二人の目には神様にしか見えない。
「「ありがとうございます! いただきます!」」
紙袋を受け取り、すぐに中身のパンをがっちりと掴んで口に運ぶ。
「「……」」
「どうしたの?」
パンをくわえたまま二人が急に止まってしまい心配そうに見つめる。
「あの、すみません。持ってきて貰ってこんな事言うのは失礼だと思うんですけど、あまりおいしくないです」
素直に答える琴音に苦笑するシエル。
「あ、やっぱりおいしくないか。いやー、実はこの世界は魔法があるだけで、他の物に関しては君達の世界より色々と劣ってるんだよ」
こっちに住んだのはいいが、色々と不便になりそうだと思いながらパンを勇はパンを齧った。
「それはそうと君達は明日から食事とかどうするんだい?」
「あ、それ聞こうと思ってたんです。俺達って今無一文なんですけど、どうやってお金を稼ぐんですか?」
不思議そうにこちらを見るシエル。
「どうやるって、狩るんだよ」
「何をですか?」
「魔物」
「ああ、魔物ですか。分かりました、分かりました。じゃあ、明日から狩りに……って、出来るかーーーー!」
魔物退治で稼ぐ異常な事にツッコみをせずにはいられなかった。
「狩るってなんですか!? 俺達普通の人間ですよ!」
琴美も勇に続いて反論する。
「そ、そうですよ! 他に方法は無いんですか!?」
「いや、なにかやろうにも素材手に入れなきゃいけないから狩るのは避けられないよ」
「そ、そんな」
がっくりと項垂れる勇。そんな勇を慰めるように肩を叩くシエル。
「だ、大丈夫。私がちゃんと教えるから。明日の朝頑張ろ?」
あまりに落ち込んでいる勇の姿に、シエルに反論する事をやめ、琴美も慰める。
「そ、そうだよ。私も頑張るからさ。おねえちゃんと一緒に頑張ろ。ね?」
「……はぁ、分かった。とりあえずこれ食べ切ろうか、ねえちゃん」
「そうしましょ」
「じゃあ、私は帰るから。また明日。あ、ちゃんとその服着てね。流石に君達の格好はめだつから」
そういってシエルは帰っていった。
その後、二人はパンとミルクを食べ切り、自分の部屋のベッドで深い眠りにつく。
次の日。
勇、琴美、シエルの三人は街から離れたアルクス平野と呼ばれる場所にいた。
「お、ちゃんと着てきたね。似合ってるよ」
自分が用意した麻服をしっかりと着てきた二人を見つめる
「さて始める前に、少し話をしようか。君達ここに来てから気になる事はなかったかい?」
「気なる事……そういえば昨日、手続きに向かう時に地図を見ていたんですけど、最初は全く読めなかったはずなのに、急に読めるようになったんです。それにこの世界の言葉も問題なく理解出来ました」
昨日の出来事を話す勇。それを聞いたシエルは何故そうなったのか説明を始める。
「それは君達の体がこっちの世界に慣れたからだ。君達の言語はこの世界に実際は存在しない。代わりになる言語が必要となる。そして結果的に、君達の言語とこの世界の言語がすり替わったわけ」
小難しい事を話され頭が疲れていく勇と琴美。
「体が慣れた事で変わった事がもう一つあるよ。勇くん、ちょっとジャンプしてみて」
「え、俺お金持ってませんよ」
「早くジャンプしてみて」
少しボケてみた勇だったが特にツッコまれる事もなくスルーされ、自分がした事が少し恥ずかしくなりながらも、少し強めにジャンプする。
すると、地面から一メートルぐらいまで跳んでしまった。
「勇ってそんなに跳躍力あったっけ!?」
琴美は驚くが、それ以上に跳んだ本人が驚いている。
「え! なんでこんなに跳べるの!?」
「こっちに来たおかげで、君達の身体能力も上がっているんだよ。さて、これで話は終わり。次に進むよ。ちょっと二人とも並んでくれる?」
指示を出すシエル。勇と琴美は言われた通りに並ぶ。
そして、軽く深呼吸して魔法を唱える。
「サーチアイ」
ゆっくりと琴美の体を見る。琴美は反射的に体を隠すように腕で自分の体を抱きしめた。
「ほうほう、なるほどねー。琴美ちゃんは魔力が高いね。んで、勇君は」
次に勇に視線を向ける。
「うわっ、これはある意味すごいなー」
「あのー、何してるんですか?」
「ん? 君達の能力見てどの職業が向いているか考えてるの」
勇の質問に答えるシエル。数分考えて「よし」と言って、持ってきた鞄の中から木の杖を取り出し、琴美に渡す。
「琴美ちゃん。君は魔力が高いみたいだから、魔法使いね」
「え、私が魔法使いって」
「いいから。ほら、練習するよ。勇君は少し離れてて」
「は、はい!」
その場を離れる勇。
いよいよ、二人の生活の命綱になる狩りをするため指導が始まる。
「勇君も聞いておいてほしいんだけど、魔法はイメージがなければ何もできないと言ってもいいほどイメージが重要になる。もちろん、イメージしたから必ず発動するわけじゃない。新しい魔法を作ろうとしたら、内容によっては膨大な時間と魔力を使う。だから、なるべく既存の魔法を使うんだ。私がお手本を見せるよ」
シエルは手のひらを前に出すと、サーチアイとは違う魔法を唱える。
「フレイム!」
手から火の塊が放出され近くの岩に命中、粉々に砕けた。
「「す、すごい……」」
「今手だけでやったけど、武器を使った方がいいからね。武器自体にも魔力が込められてるから魔力や力、素早さとか上がったりするの。それじゃあ琴美ちゃん、やってみて」
「いきなりですか!?」
唐突に言われ戸惑う琴美。
「大丈夫。さっきやって見せたのは初歩の初歩だから、イメージできればすぐに出来るから頑張って」
「が、頑張ります」
不安そうな顔をするが、二,三回深呼吸して自分を落ち着かせる琴美。
ゆっくりとイメージを浮かべる事に集中する。そして、魔法を唱えるのと同時に杖を前に突き出す。
「フレイム!」
シエルと同じように杖の先から火の塊が放出され近くの岩に命中する。シエルほどの威力はまだないようだが、無事発動する事に成功した。
「で、出来た……やったーーーー!」
「おめでとう。その調子で頑張って。じゃあ次、勇くんの番ね」
また鞄の中を探り、剣を取り出す。そして勇に渡した。
剣はそんなに大きくなく、軽いため片手で振る事が出来る。
「君の職業なんだけど……好きに決めていいよ」
琴美の時とは打って変わって投げやりな事を言うシエル。
言われた本人は当然戸惑うしかない。
「なんで、俺の時だけそんな漠然としてるんですか!?」
「君の能力が全部平均的だったから。いや、あるにはあるんだよ、職業。でもそれをやるより、君に職業を決めさせた方がいいかと思って。とりあえず今は、メジャーな剣士をやらせてみようと」
「好きに決めるって……。まあ、戦い方さえ分かればいいです。で、どうやって戦うんですか?」
シエルの顔を見る勇だが、目をそらされる。たまたまかと思い目が合うように動くが、意図的にそらされていた。よく見ると少し汗をかいている。
「……シエルさん。俺に言わないといけない事がありますよね」
「ごめん、剣の使い方はあまり知らない。そもそも、私の戦い方は基本魔法だし」
勇の睨みに観念したシエルは綺麗に腰を九十度に曲げて謝罪を送った。勇も溜息しか出ない。
「じゃあ、どうやって剣の使い方を覚えるんですか」
「実践あるのみ。ほら、ちょうどあそこに魔物がいるよ」
「へ?」
姿勢を元に戻し指を指す。シエルの指の先にあるものを見るとそこには鋭い目つきで勇を見る狼がいた。
その正体はこの一帯に多く生息するジャックウルフ。見た目は狼に近いが爪は岩でも切り跡を残すほど鋭い。
「シエルさん。見るからに危ないんですけど。……シエルさん? って、二人ともいない!」
辺りを見回すと、琴美とシエルが離れた場所で待機している事に気が付いた。
「頑張って勇くん。剣でただ切ればいいだけだから。それに今の勇くんならジャックウルフの攻撃を見切れるよ…………多分」
「いや多分って、うわあっ!」
話している途中だったが、ジャックウルフからしたらそんな事情は関係ない。問答無用で襲い掛かる。
紙一重で避けた勇。初戦という事もあり使い慣れない剣を振る事が出来ず避け続ける事しか出来ない。
だが、初戦とは思えないほど軽い足の運びを見せる勇。
(最初は戦うなんて無理だと思ってたけど、こいつの攻撃はそんなに速くない。これなら)
攻撃のタイミングを窺うため、そのまま攻撃をかわし続ける。
(一瞬……一瞬だけでも)
ジャックウルフは一度後ろに下がり、勇に飛び掛かる。
勇はこの瞬間を逃さなかった。飛び掛かるのと同時に前に走り、接触する直前、懐に入るように体を右にひねり頭から飛び込んだ。
(ここだ!)
そのまま遠心力で右手の剣を振り抜き、腹を切る
ジャックウルフは悲鳴を上げ、地面にぶつかり荒い息遣いをするがやがて呼吸は小さくなり、命の灯がゆっくりと消えた。
倒れている勇はすぐに立ち上がり、ジャックウルフに近づいて行く。
「俺が……倒した……」
最初はあまり乗り気ではなかった勇だが、いざ魔物を倒してみると、なんとも言えない達成感がある。
「凄いよ勇くん! 初めてとは思えないよ。……過去に人をやっちゃってないよね?」
「やってません!」
「じょ、冗談だよ!」
シエルは冗談と言うが、目が軽く本気だった事に勇は気づいていた。
そんな二人をよそに琴美はジャックウルフを指先でツンツンと触る。
「アイテムドロップしないよ」
「ねえちゃん。一応ここ、ゲームみたいな世界だけど、現実だから」
「じゃあどうやって素材取るの?」
「こうやるのよ」
シエルはナイフを片手にジャックウルフに歩み寄り、死体に突き刺すと解体を始めた。
目の前で行われる血なまぐさい光景に苦笑を浮かべる。
「ま、マジ?」
「俺は大方予想してたよ」
解体を終えたシエルは手に入った素材を勇と琴美に渡す。
「はいこれ。ジャックウルフで売れるのは心臓と毛皮と爪ぐらいだね」
「これ、お店で解体頼めないんですか?」
「お金かかるよ」
「頑張ります」
流石に解体でお金を使う事は厳しいと判断した琴美は断念するしかなかった。
「これを売ると、いくら位になるんですか?」
「大体、二百ジーグ位かな」
「「ジーグ?」」
聞いた事がない貨幣単位を言われた勇と琴美は混乱する。
「あ、ゴメン。言い忘れてた。ここの通貨は円じゃなくてジーグだから。因みに円はジーグの十倍相当の価値だから」
つまり一億円を払おうとした時、この世界で貯めなければいけないお金は十億ジーグとなる。
少し顔色が悪くなる勇と琴美であった。
「気を落とさないでよ。頑張れば溜まるから。それじゃ、今日はこれでお終い。何か聞きたい事ある」
「はい!」
手を垂直にピンと腕を伸ばす琴美。
「シエルさんがさっきやってた、サーチアイって、私達でもできますか?」
「挑戦してみるといいよ。でも、何故そんな事を聞くの?」
「実際に自分の目で見たくなって。勇も一緒にやるよ」
出来ればこのまま帰りたいと思っている勇は乗り気ではない。
「俺はいいよ」
「いいからいいから。いくよ」
こうなってしまった琴美には付き合うしかない。渋々だが琴美の提案に乗った。
二人は意識を集中する。そして、魔法を唱えた。
「「サーチアイ!」」
琴美はすぐに勇を見るが、瞳には特別な映り方はしていない。
「……失敗したみたい」
一方の勇は、
「へー、こんな風に見えるのか。うわ、俺の能力平均的過ぎ」
どうやら成功したようだ。
「いいなー……シエルさん、どうかしました? そんな目を丸くして」
シエルは驚きを隠せない。まだ魔法を使った事がないはずの勇が、いきなりサーチアイの発動を成功させた事に。
魔法には大きく分けて、初級魔法、中級魔法、上級魔法の三つに分けられる。
初級魔法は琴美のような魔法初心者でもすぐに発動できる基本の魔法。中級魔法は難易度が上がり初心者ではまず困難な魔法。上級魔法は高難易度の魔法であり、今までの魔法の最終形態と言われている。
サーチアイは中級魔法に属す。普通なら失敗どころか琴美のように発動しないはず。
「え! なんで出来るの!?」
「見た感覚でやっただけですよ」
平然と答える勇の横から琴美が口を挟む。
「勇っていつもそんな感じだよね」
「いつも?」
琴美の言葉を聞き返すシエル。
「そうなんですよ。勇は一度見たり、教えてもらうと、すぐに出来ちゃう事が多いんです。まあ、その後、全然練習とかしないから上達しないんですよ。で、周りから器用貧乏って呼ばれてるんです」
「余計な事言わないでくれよ」
嫌味ったらしく言われ勇は溜息を吐いた。
「もしかしたら、勇くんなら出来るかもしれない」
「なんの話ですか?」
気分が高ぶったシエルはバッと勇に近づき目を輝かせる。
「職業の事! さっきは大変だと思って言わなかったけど、勇くんならこなせるかもしれないと思ったの! やってみない?」
「いいですけど。その職業って?」
「複合士! 簡単に言うと、なんでも屋」
「その複合士にする意味あるんですか? 別に他の職業でも――」
ビシッと勇の前に指を突き出してそれ以上言葉が続くのを押さえた。
「今君達は冒険者の登録はされているけど、職業についてない。つまり無職の状態」
やけに心に重たくのしかかるような言葉で言うシエル。
その言葉が勇と琴美の心をぐさりと突き刺す。が、シエルは気にせず腕を下ろして話を続ける。
「で、後からその職業を登録しに行くんだけど、職業に就くとそれに応じてのクエストを受ける事が出来る。そして、職業には戦闘職と生産職があるの」
戦闘職とは、剣士や魔法使いのように戦う事を目的とした職業であり、クエストも主に討伐の依頼を受ける。一方の生産職とは、鍛冶師や調合士のように生産を目的とした職業。主なクエストはもちろん生産に関わるものになる。
「ここでの決まりで、戦闘職はお店を出す事が禁止されていて、生産職はある一定の場所への採取や狩りを禁止されているの。質の悪い店で街を埋め尽くしたり、怪我人を増やさないようにね」
「「へー」」
感心した様子で聞いている二人。
「けど、ギルドに生産職の人が所属していた場合、その人が経営しているお店でのみ販売する事が出来るようになるの。逆に、戦闘職の人がいる場合は生産職の人も同行する事が出来るの」
「そうなんですか。で、マルチは戦闘職ですか? 生産職ですか?」
疑問をぶつける勇。それを待ってましたといわんばかりの表情で答える。
「そう! 重要なのはマルチの職業なんだけど、唯一この二つともに属している!」
つまり、マルチになった場合他の職業と比べて自由に動く事が出来、ギルドに一人いるだけですべて解決してしまう。そのためマルチというだけでギルドの勧誘が舞い込んでくる事も珍しくはない。
「でも、それなら私もマルチになったほうがいいんじゃ」
「あー、それはそうなんだけど。職業登録の時、試験があるの。でも、マルチの試験はとてもシビアで、人生で一回しか受けられないのよ」
「そんな……」
だが仕方のない事だった。
マルチが多くなると、問題となっている店や怪我人が発生してくる。それを防ぎ、なおかつ人を篩に掛けているのだ。
そのため、マルチの試験で合格者がいない事が当たり前のように起こる。むしろ、合格者が出ただけでも珍しいぐらい。
そして一回きりの試験はいつでも受けられるわけではなく、十八歳以下でなおかつ一番最初の職業試験である事が条件だった。
「で、マルチの試験内容だけど。ジャックウルフ五体との同時戦闘、中級以上の魔法、鉱物の製錬、薬草を使った調合の四つ」
「結構ありますね」
「言ったでしょ。シビアだって」
「でも、勇だったら。出来そうで怖い」
と、琴美が呟くと耳にしたシエルは笑いながら言う。
「そんな簡単に出来ないよ。私も調合を出来るまでに時間かかったんだから。勇くんが合格するために必要な力を付けるなら相当の時間をかけないと」
シエルは剥ぎ取ったものが詰め込まれた鞄を肩にかける。
「それじゃ、今日のごはん代稼いだら、一回家に戻るよ。その後調合を教えてあげる。製錬は本を見ながらね」
その後、ジャックウルフを三体倒した勇達は集会場で素材を売り、シエルの自宅で家で調合と製錬を教えてもらう。しかし、勇は数回の指導で出来るようになってしまい、シエルが「私の苦労って……」と言いながら涙目になっていった。
読んで下さり、ありがとうございます。