第十九話 闘技大会・二回戦 後編
遅くなりました。
二回戦の後半です。
「琴美選手のトラブルにより少し時間をずれましたが、いよいよ試合の開始です!」
「試合を遅らせてごめんなさい」
エーシャの暴走を止めるために時間をずらしたことを申し訳なく思い、レクスに詫びる。
「僕は試合が出来ればそれでいい」
レクスは気にしていないと言うよりか、遅れたことをどうでもよく思っている。
「それではAブロック第二試合! 琴美選手VSレクス選手!」
琴美は武器を構え、レクスは自然体でその場に立つ。
「試合開始!」
試合開始と同時に琴美は魔法を唱える。
「フレイム!」
火の塊はレウスに向かって飛んでいくがレクスは後ろに下がり、火の塊は地面に激突し砂埃を巻き上げる。
砂埃で視界が遮断され琴美を捕えることが出来ない。しかし、その状況でもレクスは何かするわけでもない。
「アイスサークル!」
琴美はアイスサークルのギリギリの範囲までレクスに近づき発動させた。
地面は円状に凍り、その上にいたレクスの足は凍ってしまい動くことが出来ない。
「ウォーターボール!」
初級魔法を唱え、球体の水にレクスを閉じ込める。
どんな強者でも息を吸わないで生きることは出来ない。レクスにとって危機的状況のはずなのだが、焦るどころか落ち着いている。
そして、レクスはゆっくりと手に魔力を込めると、突然レクスを閉じ込めていた水が爆散した。
琴美は何が起こったか理解出来ていないがまずい状況なことは理解できていた。レクスの右手にはライトソードが握られていたのだから。
「発動させる前に終わらせたかったなー」
「他の人は分からないけれど、僕はそれでは倒れない」
レクスはライトソードを頭上に持っていき、一振りする。
光の斬撃が発生し、地面を抉りながら琴美に向かって行った。
「アイスシールド!」
氷で出来た盾を作り出した琴美だが、斬撃の軌道と垂直ではなく斜めに作る。
斬撃が盾に当たると、斬撃は盾の面を沿うように軌道を変えて飛んでいき、壁に斬り跡を残す。
「盾で真っ向から受けるのではなく、受け流したか」
レクスは少し琴美を感心しながらも攻撃の手は緩めない。
一気に距離を詰める。
「ウィンド!」
琴美は咄嗟にウィンドを地面に打ち込み、風でお互いを飛ばすことで距離を稼いだ。
そして、魔力回復薬を飲み一気に魔力を高め、殆どの魔力を魔法に注ぎ込んだ。
「フリーズ・ブロッサム!」
通常よりも蔓の数が多く、強度の高いフリーズ・ブロッサムが発動し、レクスを狙う。
抵抗することもなくレクスは氷の蔓に捕まる。
「咲け!」
琴美の号令と同時に蔓についた蕾が満開に咲き、一瞬にしてレクスを氷で覆う。
観客はレクスがこれほどあっけなく捕まるとは思っておらず、驚きの声を上げている。
「よし、これで私のかーー」
琴美が勝利宣言をしようとしたその時、ピシッと音と共に氷に亀裂が入る。
やがて音が連鎖的にいくつもなり始め、そのたびに亀裂が増える。
「やっぱり、そうですよねー」
レクスを覆っていた氷は粉々に砕けレクスは解放される。
(出来るか分からないけど、出来なきゃ間違いなく負ける)
再び魔力回復薬を飲んだ琴美は意を決して挑戦を試みる。
「氷花吹雪!」
風を巻き起こし、氷の花弁を飛ばす。
風に乗った花弁はレクスを襲う。
レクスはライトソードを一振りし、全ての花弁を叩き落す。
しかし、レクスも予想外の動きだったのか、顔に花弁が当たり血が流れている。
「今の魔法はなかなか良かったが残念だったな。もう終わりだ」
琴美に一歩近づくクレス。
「……間に合った」
花が咲いていた場所から氷の種がポトリと地面にいくつか落ちると、その場所から蔓が出現しレクスを捕まえる。
「何!?」
完全に意表をつかれたレクス。
蔓の蕾が開き、一瞬でレクスを氷で包む。
「咲いた花は散って種を宿し、種は成長し花になる。そして成長した花も同様に種を宿す」
咲いた花が散り、再び種が地面に落ち、蔓に成長。
凍ったレクスに巻き付く。
「この連鎖は私が注いだ魔力が尽きるまで続くわよ。名づけて、エンドレス・ブロッサム」
連鎖が止まり、姿が見えないほど蔓でがんじがらめにされたレクス。
「き、決まったぁぁぁぁぁぁ!」
「や、やった……」
「レクス選手! 敗ーー」
「上級……いや、上級寄りの中級魔法だね」
蔓の塊の中から声がする。
次の瞬間蔓が粉々に砕け、砕けた氷が空気中に飛び散り、白い煙でレクスの姿を誰も捉えることが出来ない。
「そ、そんな」
琴美が放心している間にレクスは背後に回り込み、当て身で琴美を気絶させた。
「え……あっ、こ、琴美選手、戦闘不能! レクス選手の勝利です!」
レクスは優しく琴美を抱き上げ、闘技場を出る。
「ねえちゃん!」
琴美を迎えに来た勇がレクスに近寄る。
「安心して。ただ、気絶してるだけ」
勇に琴美を引き渡したクレスはその場を去る。
そして勇は気絶している琴美を抱えながらみんなが待つ二階の部屋に戻る。
「「「勇! 琴美は!?」」」
エーシャ、マルコ、フェミナは心配になりながら勇に近づく。
「大丈夫、気を失ってるだけだから」
壁の近くに琴美をゆっくりとおろすと、琴美が意識を取り戻す。
「あれ、私……そっか、負けたんだ」
落ち込む琴美をエーシャは慰める。
「琴美は頑張ったよ。後はボクに任せて、体を休めて」
「エーシャ……ありがとう」
少し元気を取り戻した琴美。
「さて! 次はBブロック第二試合! マルコ選手VSべリア選手です!」
「行ってくる」
「マルコ、気を付けろよ。あいつはーー」
「分かっている。俺に任せておけ」
マルコは扉を開き、闘技場へと向かった。
「なぁ、勇のアニキ」
「どうした?」
「あのマルコって人は強いの?」
マルコの最初の試合は相手の試合放棄による不戦勝のため、マルコが戦う姿を見ていないクルトは疑問をぶつけた。
「……あいつは強い。だからこの試合、勝ってくれるはず」
だが、対戦相手のべリアはサクリファイスを使ってくる。
マルコが勝つか負けるか関係なしで無事で帰ってこれるかも分からない。
闘技場に入場したマルコ。すでにべリアが待ち構えていた。
「おぉ、これはこれは、誰かと思えば貴族のマルコ=シャーロット様じゃないですか。……あ、今はただの平民でしたか」
マルコの心を揺さぶるように挑発するべリア。しかし、マルコは気にも留めていなかった。
「それがどうした? 俺は今の生活の方が充実している」
「……いやそれならば、お前を壊してもデメリットはなさそうだな!」
不敵な笑みを浮かべながら敵意むき出しで斧を構えるべリア。
マルコも剣を構える。
「それでは、試合開始!」
先に仕掛けたのはマルコ。空いている手を鞄の中へと突っ込み何かを取り出し、それをべリアに向かって投げつけた。
べリアの足元に球体のようなものが転がり、それを中心に魔法人が展開される。そして、一瞬のうちにべリアの周りは壁に囲まれた。
「魔道具≪壁の牢獄≫。地面に触れた瞬間、土を隆起させて壁を作り、囲む」
マルコは再び鞄に手を入れ、大量のフレイム・ボムを取り出しべリアの上空に投げる。フレイム・ボムはそのまま重力に逆らうことなく、壁の内側に落ち、連続で爆発する。壁は粉々に吹き飛び砂埃が辺りを舞う。
少しずつ砂埃がおさまっていくと、砂埃の中から人影がマルコに向かって歩いてくる。
人影を覆っていた砂埃が散り去り、べリアの余裕の表情が現れた。
「倒れるとは思っていなかったが、無傷は想定外だったな」
と言って、気持ちに余裕を持っているように見せるが、ダメージどころか傷一つ付けれていないことにマルコは少なからず動揺している。
「恥ずかしがることはない。強者に対して怯えることは恥ずかしいことじゃないぞ」
マルコの心の内を見透かしているかのようにべリアは話す。マルコは一瞬心がぐらつくが冷静に
この状況を整理することを試みる。
(おそらく、デストロイでフレイム・ボムを破壊して斧で爆風をしのいだのだろう。とりあえず今はデストロイの性質を探らないと)
一つでも多くの情報を手に入れるため、マルコは魔道具を駆使してデストロイの性質を探った。
そして、デストロイの性質が二つ判明した。
一つ目はデストロイは前方のものしか破壊できないこと。二つ目に数秒だがもう一度デストロイを放つまでに必ずインターバルがあると言うことだ。
ここまでの情報を手にれることがマルコ。しかし、この二つの情報を手に入れるまでの代償は大きかった。
すでにマルコのアイテムは底ををつき、魔道具も使い切っていたのだ。
残っているのは傷ついた自分の体と友である勇が打ってくれた剣のみ。
ボロボロのマルコを見てフェミナは口をださずにいられるはずがない。
「マルコさん、もうやめてください! これ以上マルコさんが傷つく姿は見たくありません! お願いですから……もう……」
フェミナは涙を流しってマルコに訴える。他の三人も、何も言いはしないが心の中では今すぐ試合に割り込んででもマルコを助けたい気持ちで一杯だった。しかし、マルコは戦いを続ける。
「折角可愛いお嬢ちゃんが止めてくれてるんだ、今なら降参することを認めてやるぞ?」
「ハッ! バカなことを言うな、俺はまだ諦めていない」
マルコは両手で剣を構えるが、手は小刻みに震えている。すでに剣を持つための体力すら危うかった。
べリアはマルコの態度に不快感を覚え、苛立ちを見せ始める。
「……そうか、ならお前の心を折るまでだ!」
斧を振りかぶりマルコに接近するべリア。マルコは真っ向から攻撃を剣で受ける。しかし、剣を弾き飛ばされてしまい、丸腰になってしまう。
「死ね!」
べリアは斧を振り上げマルコの頭上から振り落すが、マルコは間一髪のところで避けべリアの懐に入り込み、鳩尾を拳で殴る。
べリアの鎧に亀裂が入り、肺の中の酸素がべリアの口から唾液と共に吹き出す。闘技場の壁まで吹っ飛ばされたべリアは背中を壁に強く叩きつけられた。ボロボロの体から放たれた威力とは思えないマルコのストレートはマルコ自身さえも驚き、自分の右手を開いたり閉じたりしてまじまじと見る。
「お、おのれ……」
ゆっくりと立ち上がったべリアは鬼の形相でマルコを真っ直ぐ見ていた。
「ゆるさん……ゆるさんゆるさんゆるさんゆるさんゆるさん!!」
猪突猛進でマルコに襲い掛かるべリア。
マルコはゆっくりと一回深い深呼吸をする。剣を持たないマルコは静かに構えた。それはボクシングのように拳を握り両手を前に出す構え。
「どうやら、俺は剣よりもこっちの方が向いているようだ」
こちらに向かってくるべリアの動きをしっかりと目で捉え、ギリギリまで動かない。
べリアがあと一歩でマルコを捕えることが出来るその時、べリアの視界からマルコが消えた。
マルコは前傾姿勢のべリアの懐に入り、出せるだけの魔力を右手に集中させている。
「エレメント・コンボ!」
べリアの鳩尾をアッパーで打ち込む。亀裂が入っていた鎧は砕けてしまう。砕けた鎧に人体を守る役目があるわけもなく、マルコの拳は直接べリアの人体にめり込む。同時に火、水、雷、氷、風の五つの属性がべリアの体を襲っいべリアはぐったりとする。
「マルコ選手! 危機的状況から、見事に挽回しました!」
闘技場を歓声が包み込む。
「マルコさん!」
「マルコ、やるじゃない!」
「勇のアニキの言う通り、マルコのアニキは強いんだな!」
「だろ?」
安心した魔女の使いのメンバー達はマルコの勝利を喜んだ。
べリアの体が覆いかぶさっていたマルコはそこから出ようとした。
すると、マルコは自分の頭に何かが乗った感じがした。いや、正確には何かの手に掴まれている。そして、握る力が次第に強くなっていった。
「ぐああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
マルコの悲鳴がさっきまで闘技場を包み込んでいた歓声を掻き消す。
立ち上がったべリアはそのままマルコを持ち上げる。体力を使い果たしたマルコの腕と脚はだらりと垂れている。
その光景を目の当たりにした勇達は言葉を失った。
「お前ごときが俺をここまで傷を負わせるだと……死なせるだけじゃすまさん! 苦しみ続けろ!」
べリアは空いた左手でマルコの体を連続で強打をする。次第にマルコの口から血が溢れ出す。
「べ、べリア選手!? も、もうマルコ選手は戦闘不能です!」
実況者もべリアの行動を止めようと呼びかける。
べリアは攻撃をやめて、マルコの意識を確認する。どうやら、意識はまだあるようだ。
「俺としたことが危ない危ない」
べリアの右手に魔力が込められる。マルコの体に付いた傷は癒えていく。
「これでまだ戦闘不能じゃないよな?」
「き……貴様」
再び左手で強打をするべリア。そして、マルコが傷ついたら治す、これを何度も繰り返す。
あまりに酷い甚振り方に観客も実況者も目をそらした。
「そろそろ、終わりにするか」
左手に魔力を溜め、力を込める。
「死ね!」
止めを刺そうとしたべリアだが、視界の端で何かがキラリと光ったことに気づきマルコを離して後退する。何かが地面にぶつかり砂煙を巻き上げた。
砂煙に写る人影。砂煙は治まっていき、姿を現したのは剣を持った勇であった。
静まり返った闘技場。我に返った実況者はすぐに職員に指示を出した。
「早く、マルコ選手を運ぶんだ!」
職員は闘技場内に入り、担架でマルコを医務室に運んで行く。
「お前は確か勇だったな。途中で止めたせいで俺は満足出来なかった。今度はお前にこの苛立ちをぶつけさせてもらう」
勇は何も答えず闘技場を後にし、マルコが運ばれた医務室に向かった。
医務室に着いた勇は扉を開けると、すでにクルトを含めた他のメンバーが集まっている。そして、フェミナは必死にマルコの治療にあたっている。
「マルコさん、しっかりしてください!」
勇はマルコのベッドに近づく。
傷がまだ癒えず、意識が戻らないマルコを見た勇は怒りを覚えずにはいられない。
「マルコ、お前の仇は俺が倒す。だからゆっくり休め」
勇の声が届いたのか、傷が癒えたからなのか、マルコの表情が少し和らいだ。
「皆さん! 二回戦が終わり、次は準決勝です! 準決勝第一試合はエーシャ選手VSレクス選手! 第二試合は勇選手VSべリア選手です! 試合は十分後に始めます」
実況者の声が事務室まで聞こえ、エーシャは準備を始める。
「フェミナ以外はここから出た方が良いと思うよ。ボク達じゃ何も出来ないし」
エーシャに従い、フェミナ以外は医務室から出る。
そしてエーシャは闘技場に、勇達三人は二階の参加者専用の部屋に戻って試合が始まるのを待った。
読んでくださり、ありがとうございます。