第十五話 新たな武器を求めて
ラーラ山脈に着いた勇は先にアラクネを探し始めた。
「アラクネってどんな奴なんだ? もし、俺が知ってるアラクネなら蜘蛛だと思うんだけど」
考え事をしていると、ガサガサと音がする。
勇はその音を聞き取り、剣を構える。
相手が出てくるのを待つがガサガサと音を立てているだけで一向に出てくる気配がない。
(なんで、襲ってこない)
不可解に思いながらも一歩、また一歩と音がする方に近づいて行く。やはり、何かがおかしい。勇が近づいているのに逃げたり、襲ってくるどころかまるで自分の場所を知らせているように音を立てている。
(こんなに音を立てたら、獲物とか敵にすぐにバレ……しまった!)
勇は何を思ったか横に跳んだ。
すると、後方の木と木の間から蛇の頭が現れ大きな口で食らう。
地面を抉り、口の中のものを呑み込んだ。
幸いにも勇はギリギリで避けれたため、ほぼ無傷だった。
「危なかった。気づくのが遅かったら今頃あいつの胃の中だったな」
さきほどの音は蛇が自分の尻尾で草木を動かしていた音。それに反応した獲物を音とは反対方向に向かわせたり、注意を音に向けるさせ、音ととは反対側にある頭部が食らいつく。
勇はそれに気づいたのだ。
「それにしてもでかい蛇だな」
勇の前にいた蛇は以前エーシャと琴美がラーラ山脈に訪れた際に倒したオロチであった。
あの時はあっけなく倒されていたが今回はしっかりと獲物を目視し、警戒をしているため、前回のような奇襲が出来ない。
「とりあえず……獅子炎舞!」
剣を振り、炎の獅子が出現。跳び上がり、上空からオロチに向かって襲いかかるがオロチは器用に体をくねらせ、攻撃を避け逆に体を獅子に巻きつけ、縛り上る。獅子は抵抗するが抜け出すことが出来ず消滅する。
「遠距離はダメか。なら」
勇はウェポンホルダーに魔力を込める。勇の剣は一瞬にして消え、かわりに刀が握られている。
「直接当てる!」
刀を抜いた勇はオロチに向かって走る。
オロチは自分の尻尾を振り落とす。振り落とされた地面にくっきりと跡が残るほどの威力だが、勇の姿は見当たらない。
「遅い」
勇は神速により、すでにオロチとの間合いを詰めている。
「はあぁぁ!」
刀を振り上げる。
しかし、キンッと言う音がしただけでオロチを切り裂くことは出来ていない。
「かってぇ! 鉄でも入ってるのか!?」
オロチは刀が当たる瞬間に接触する部分のみに力を集中させたため、鋼のように硬い皮膚になり刀を通さなかった。
勇はジッとオロチを見る。そして息を吐いて集中し始めた。
「はー……」
勇は神速でもう一度間合いを詰めさきほどと同じように構える。オロチは対抗するように一部分に力を集中させた。しかし、勇はオロチの行動を見て口角を上げる。
「鎧崩し!」
硬いものを破壊することに特化した鎧崩しで、鋼のように硬いオロチの皮膚を砕く。
砕いたところから血がとめどなく流れ、オロチは耐えきれず悲鳴を上げる。
「はああぁぁぁぁ!」
勇はダメ押しに刀を振り、オロチの胴体は切断した。真っ二つになったオロチは地面に転がり、目から生気が消える。
「はぁ、はぁ……やっぱり神速の連続使用は少しきついな」
足を震えさせ、勇はその場に座り込んだ。
しばらく休憩した後立ち上がり、オロチの死体に近づく。
「念のため解体しとくか」
鞄からナイフを取り出し、皮や牙、肉を剥ぎ取ってその場から離れた。
「いつ魔物が出てくるか分からないから気が抜けないな」
そうぼやいていると、黒い影が勇の前を通る。
「言ったそばからこれだよまだ十分も経ってないぞ……今度はなんだ」
勇は半分諦めたように呟いて、耳を澄ませる。
勇の耳は獣の鳴き声を捉えた。
「オオカミみたいな鳴き声……ジャックウルフか?」
やがて、周りは不気味なほど静かになる。
「どこにいるんだ」
突然茂みから黒い影が飛び出し、拳で勇の腹へ殴りかかった。
「がはっ!」
勇は吹っ飛ばされ木にぶつかる。
「こ、こいつ……ジャックウルフでもキングウルフでもないのか……一体」
目の前にいる魔物を確認する勇。そこにいたのは顔はオオカミではあるが人間のように二足歩行で歩いている。
この魔物はウルフエースと呼ばれるジャックウルフの突然変異。
強さはキングウルフ以上ではあるが、統制力がないためキングウルフの下につくか、群れを作らず一匹で行動している。
「まずいな」
勇は鞄からポーションと魔力回復薬を取り出し飲み干す。
(出来れば獅子炎舞で倒したいところだけど、多分あいつは避ける。なら神速で間合いを詰めるしかない。けど神速の使用は肉体的負荷も考えてあと二回。それ以上は動けなくなって攻撃を避けることが出来なくなる)
刀を引き抜き構える。
ウルフエースは爪で勇を切り裂こうとするが、勇は刀でギリギリ爪を受け止めた。
「なんとか動きは見えた」
しかし、ウルフエースはもう片方の爪で勇を攻撃する。
勇は避けるが、完璧には避けることは出来ず左肩に傷を負った。
「くそっ」
溢れ出る血を押さえる勇。
ウルフエースはさらに追い打ちをかけるように勇に襲い掛かる。
(今だ!)
勇は神速を発動した。ウルフエースとの間合いを詰め勢いよく刀を振り上げる。
が、振り切ることが出来ない。なぜなら、振り落す瞬間ウルフエースが爪で勇の刀を受け止めていたからだ。
「ガアアアアァァァァァァッ!」
雄たけびを上げながらウルフエースは受け止めた刀を振り払う。
ウルフエースと勇の距離がまた広がってしまった。
(あと……一回)
勇の刀を握る力が強くなる。
ウルフエースは神速を警戒し、近づこうとしない。
(これで決める!)
勇は刀をウルフエースに向かって投げつけた。
突然刀を投げつけられたウルフエースは驚き、勇から刀に視線を向け避ける。視線をすぐに勇に戻すがそこにはいたはずの勇の姿が消えていた。
何かを感じ取ったウルフエースが後ろを振り向くと、勇が刀を持って切りかかってくる。
勇は刀を投げウルフエースの注意が刀に集中した瞬間、神速で刀が飛ぶ軌道上に先回り、そして飛んできた刀をキャッチしていたのだ。
「くらえぇぇぇぇぇぇ!」
勇は刀でウルフエースを切る。ウルフエースは傷口から血が溢れ出しその場に倒れた。
「イテッ! どこかで……手当てしないと……」
勇はその場から離れようと向きを変える。しかし、勇の動きが止まった。
(何か……音が……)
後ろを振り向いた勇が見たのは立ち上がったウルフエースの姿だった。
お互いに相手を静かに見る。
(どうする。見たところあいつはだいぶ弱っている。でも、それは俺も同じ。次の攻撃で勝負は決まる。でも、俺はこれ以上神速を使ったら多分動けなくなる。そうなったら……)
さきに動いたのはウルフエース。
勇もそれにつられて動き、神速を使った。
「今倒れたら……意味ないよな」
刀を振り上げる勇。そしてそれを受け止めたウルフエース。
「まだだぁぁぁぁぁぁ!」
勇はウェポンホルダーに魔力を込め左手に剣を出現させた。
「獅子炎舞ぅぅぅぅ!」
近距離で発動した獅子炎舞に避けることが出来ないウルフエースは炎の獅子に襲われ全身が炎に包まれる。
必死に消そうと地面を転がるが、衰える事を知らない炎はウルフエースを焼き、ウルフエースを絶命に至らしめた。
かろうじて立っている勇はゆっくりと一歩ずつ気に近寄り、気を背もたれにして座り込む。
ウルフエースから勝利を握り取った。しかし、その代償は勝利と比べるにはあまりにも大きい。
「しばらくは動けないな……」
勇はジッと真っ直ぐを見つめる。
「ははははっ、全く」
勇は笑っているが、その笑いはいつもの笑い声ではない。何かを諦めた人間が発する乾いたような笑い声。
「目的の魔物らしき奴に今頃出会うなんて……もっと早く出てきてくれよ……」
勇の視線の先には下半身は真っ赤な蜘蛛、上半身は真っ黒な女性のような体つきをしている巨大な魔物…………アラクネがいた。
向こうも勇の存在に気づき、勇に近づく。
「少しは休ませてくれよ」
アラクネは勇の目の前で歩みを止め、勇の様子を窺う。
(ごめん……どうやら俺は終るみたい。ねえちゃん、エーシャ、マルコ、フェミナ……)
アラクネは脚を上げ、勇の上に合わせる。
「ごめん……」
アラクネが勇を踏み潰そうとしたその時、どこからか飛んできた風の斬撃がアラクネを支えている脚に当たり、バランスを崩したアラクネは倒れる。
「勇、謝ってもボクもみんなも死ぬことは許さないから」
勇は驚いた。何も告げていないはずなのに……、
「なんで……」
目の前には魔女の使いの仲間達がいる。
「話は後だ。どうせ動けないんだろ。俺達に任せろ。フェミナは俺達にアップダッシュを使ってから勇の治療に専念してくれ」
「分かりました!」
「行くぞ、琴美、エーシャ!」
マルコ、エーシャ、琴美の三人にアップダッシュを唱えた後すぐに勇にヒールを唱えるフェミナ。
マルコとエーシャは素早い動きでアラクネをかく乱、琴美は魔法で援護する。
「エレキトラップ!」
エーシャはアラクネの足元に発動させ、アラクネの動きを止める。
「マルコ! 今よ!」
マルコはアラクネの下に入り込み、胴体に向かって拳を振り上げる。
「エレメント・コンボ!」
火、水、雷、風、氷の五種類の属性がアラクネを襲う。
アラクネは耐えきるが、エーシャが追い打ちをかける。
「疾風連撃!」
とめどなく風の斬撃を飛ばし、アラクネに反撃の余地を与えない。
やがてアラクネは力尽きその場に倒れる。
三人はすぐに勇に駆け寄った。
「みんな、その……」
勇が喋ろうとするが琴美が勇を平手で叩く。
「勇! なんで私達に何も相談してくれなかったの!?」
琴美の目には涙が溜まっている。
「みんなを危険な目に合わせたくなくて」
「勇!」
エーシャは勇に抱き付く。
「それで勇に何かあったらどうするの!? ボク……勇がいなくなったら……」
エーシャは顔をグシャグシャにさせ、勇を見つめる。
「エーシャ……」
「勇、お前がいなくなって悲しむのは琴美だけではないことを自覚しろ」
「マルコ……みんな、ごめん」
自分がしたことを深く反省する勇を見た四人は笑顔を浮かべる。
「さぁ、行くぞ」
マルコが勇に手を差し伸べる。
「行くって、どこに?」
マルコの手を掴み、立ち上がる勇。
「決まっているだろ。素材集めだ」
「……ああ!」
三日ぶりに勇と再会した四人は勇の素材集めに協力する。
「とりあえず、アラクネの糸を取らないと」
勇はナイフでアラクネの腹を切り、中の糸を次々に引っ張り出していく。
「よし、これぐらいでいいかな。マルコ、この辺で鉱石が手に入る場所はどこか分かるか?」
「ラーラ山脈は鉱石が豊富な山だからそこら辺の洞窟に入って掘れば簡単に見つかるはずだ」
五人は洞窟を探すため歩き始める。
「そういえば、なんで俺がここにいるって知ってたんだ?」
「シエルさんから教えてもらったのです」
「シエルさんが?」
勇がラーラ山脈に向かってから三十分後のこと。
琴美がフリーズ・ランサーを発動させたことに喜んでいると、突然シエルが現れた。
「お、順調そうだね」
「シエルさん、どうしたんですか?」
「……君達に伝えておこうと思って……勇くんのことなんだけど」
全員が勇と言う言葉に敏感に反応した。
「勇くんは今、ラーラ山脈に向かっているはずだ」
「……でも、それは勇が決めたことです。俺達が口出すのは」
「このままだと勇くん……死んじゃうよ」
その場の空気が凍り付く。
「一体どいうことなのですか」
「勇くんじゃ、ラーラ山脈を一人で行くのは危険だ。だからみんなに行ってほしい」
「それでは勇の意思が」
「勇くんの意思より勇くんの命が大切でしょ」
マルコは黙り込む。
「……みんな、行くわよ」
重たい空気の中でみんなに指示をする琴美。
「勇を助けないと」
他の三人は黙ってただ頷き、ラーラ山脈に向かった。
「という訳なのです」
「みんな、迷惑かけてごめん」
「謝るな。俺達はもう気にしてはおらん。……見つけたぞ」
マルコが指を指すさきには名もない洞窟があった。
「じゃあ、鉱石集めに……って言っても俺はピッケル一つか持ってないんだけど」
すると、みんなは自分の鞄からピッケルを取り出す。
「安心しろ。ちゃんと持ってきてある」
「用意がいいな。……でも、相当お金を使ったよね」
ラーラ山脈までに五人は馬車を利用、さらにピッケルを買ったため、お金を大分使い込んでしまっている。
「ええ、だから勇! 折角だから鉱石を集めて私達の武器を強化してよ!」
「わ、分かったよ」
各自鉱石の採取に取り掛かる。
一時間後には勇の鞄一杯になるまでの量になっていた。
「金、銀、銅、ミスリル……結構な種類集まったようだな。勇、もういいんじゃないか」
「待ってくれ、最後にこの鉱石を取らせてくれ」
勇はピッケルを振りかぶり、壁にピッケルを突き刺す。
壁からゴロッと塊で落ち、勇は拾い上げる。
「マルコ、これなんだ?」
マルコは勇から鉱石を受け取るとじっくり観察を始める。
「これは……オリハルコンだな…………………………オリハルコンだと!?」
「オリハルコン? 名前だけは知ってるけど、そんなにすごいものなのか?」
「とても貴重なものだ!」
オリハルコンはこの世界で貴重な鉱石に部類される。
鉱石が豊富なラーラ山脈でも見つかることは少ない。
「これを売れば相当な額になるがどうする」
マルコは勇に訊く。
勇は少し考え、すぐに答えた。
「いや、今回は武器作りのためにここに来たんだからやっぱり武器の素材にしたい」
「そうか……他の奴はどうだ」
念のため他の三人に訊くがみんな同じ答えだ。
「勇がしたいならそれでいいわよ」
「ボクも」
「わたくしもです」
「だそうだ。よかったな勇」
「ありがとう、みんな」
勇はオリハルコンを鞄にしまう。
そして、五人は街に戻っていった。
日が傾き始めたころ、街についた五人はある場所に向かって歩いていた。
「勇、どこ行くの?」
エーシャが尋ねると、勇は振り返らずに答える。
「ライザ工房。俺が武器作りを教えてくれた師匠がいて、そこで作っていいって許可貰ったから今から貸してもらおうかと思って。……ここだ」
ライザ工房にたどり着いた勇達。
勇が扉を開き、中に次々と入っていった。
「いらっしゃ……お、勇か。武器作りに来たのか?」
「はい」
「そうか。後ろの四人はあんたの仲間かい?」
「はい。こちから俺のねえちゃん、フェミナ、マルコ、最後にエー……シャ」
エーシャはライザに敵対心丸出しで睨みつける。
「ちょっと最後の子、目つき悪くない?」
ライザもエーシャの目つきに少しビビっている。
「勇、この人とはどういう関係?」
「エーシャ、この人がライザさんだから! 俺の師匠だから!」
「そ、そうだよ。あたしと勇は一緒に風呂入ったり、寝たりするほど仲がいい師弟関係なんだ」
ライザの言葉でみんな黙ってしまう。それもそのはず、明らかな地雷をライザが踏んだからだ。
「……へー、一緒にお風呂入ったり、寝たりしたんだー。ふーん」
エーシャの目からだんだん光が失われていく。
「エ、エーシャ。一回落ち着きましょ」
「あわわわわ」
目から光がなくなるエーシャの状態、通称闇落ちエーシャを初めて見るフェミナは恐怖で体が小刻みに震えている。
「そ、そうだぞ。きっと何かの間違いのはずだ! そうだな勇」
マルコは勇を見るが勇は視線を合わせず、何も言わない。全部事実だから。
「勇!」
「あはははは、そうなんだ。勇とライザさんは師弟関係よりも深い関係なのかー」
「ち、違う。そういう関係じゃーー」
「でも、一緒に入ったんでしょ?」
グイッと真顔を近づけるエーシャに恐怖以外の感情が出てこない勇。
「は、はい」
それを聞いたエーシャは今度はライザに近づく。
「な、何するんだエーシャ」
「いや、ちょっと目の前の狐でも狩ろうかと思って」
勇はすぐにエーシャに抱きしめ、行動を阻止する
「ま、待つんだエーシャ! その人には人間だから!」
「僕にとってはただのメスの狐だよ」
騒がしいライザ工房に一人の客が入ってくる。
「お、なんだか賑やかね」
「シ、シエル! 助けて! この子を止めて!」
闇落ちエーシャを見たシエルはライザに一言言った。
「いやだ」
「なんで!?」
「面白いから」
完全に野次馬の位置で見ているシエル。
「エーシャやめてくれ」
「離して勇!」
「頼む! なんでもいうこと聞くから!」
その瞬間ピタッとエーシャの動きが止まった。
「……分かったよ。ボクはもう気にしないよ!」
さきほどとはうって変わって笑顔を見せるエーシャ。これはこれで少し不気味と勇は感じてしまった。
「はぁ……それじゃあライザさん、工房を借りますね」
「あ、ああ。狭いから勇だけな、じゃないとケガするから」
「分かりました。みんな、武器を貸してくれ」
みんなから武器を受け取った勇は一人で工房に入って行く。
勇はすぐに武器作りに取り掛かる。
元々形がある武器を加工するには時間がかからないので、すぐにみんなの武器と自分の武器の加工が終わる。
残るは新しく作る弓。
製錬で純粋に近いミスリルを取り出し、さらにオリハルコンを少量結合させ、形を長太い棒状にする。
それを鍛冶屋はしで掴み、火炉の中にツッコむ。
赤くなったミスリルを金床に置き、金床の端を使って金槌で棒を曲げていく。
湾曲した棒を再び火炉の中に入れ、赤くなった棒を今度は中心以外を平らになるように叩く。
そして最後にそれを水の中に入れると水蒸気と共に水の中で光が発生。
だんだん光が弱まっていき、光が完全に消えたことを確認した勇は水の中から取り出す。
それを一旦置き、アラクネの糸を魔法を加えながら加工する。
出来た糸を弓の弦にし、完成品を手持つ。
「よし、出来た」
勇が手に持っている弓は弓道で使われているものよりもアーチェリーに近い形状をしている。
完成品を持ち、勇はみんなのところに戻っていった。
「勇、出来たのか?」
「ああ、少し時間はかかったけど」
時間はすでに深夜になっていた。
勇は全員に武器を手渡していく。
「あんまり変わっていないけど」
「ボクのも」
「丈夫にはなっているだろ」
「あ、あれ?」
フェミナだけがみんなと違う反応をしていた。
「勇さん、わたくしのメイス作り直しましたか?」
「違うけど、なんで?」
「いえ、以前よりも遥かに軽いので」
「フェミナが持つには少し重いと思って付加で重量を半分にした。他の奴にも付加がついてる」
勇はみんなの武器にした付加を説明していく。
「マルコは力を増幅させる付加、エーシャは素早さを上げる付加、ねえちゃんは魔力消費を抑える付加、俺の刀と剣は付加でさらに硬度を上げた」
「す、凄過ぎ」
勇の四人は驚く。ライザも例外なく驚いていた。
「驚いた、まさかここまで自分のものにしているとは」
「ね、勇くんは凄いでしょ」
「ああ。ところで勇、その弓の矢がないが作り忘れたのか?」
勇は弓は作っていたが肝心の矢を作っていなかった。
これは作り忘れではなく、わざと勇は作らなかったのだ。
「ちょっと来てください」
勇は全員を外に誘導した。外は明かりがほとんど消えており、月明かりで照らされている。
「俺はこの武器にも付加をつけたんです。結果……」
勇は矢もつがえず、月に向かって弦を引く。
すると、勇の手元に光り輝く矢が出現した。そのまま勇は弦を離すと矢は月に向かって飛んでいった。
「魔力を矢の形にして飛ばすことが出来るようになったんです。これなら、お金もかからないですから」
平然と言う勇にライザはさらに驚いた。
「そ、そんな高度な付加をどうやって!? ミスリルなんかじゃ出来ないのに」
「そうですね。ですから俺はオリハルコンを加えたんです」
オリハルコンのような質の良いものはより高度な付加を加えることが出来る。
「だが均一にして、なおかつその付加をするには相当な量が必要なはず」
「ええ、ですから俺は少量のオリハルコンで済むように一箇所に集めたんです」
勇は弓のある部分指で指した。
「この弓の握りにオリハルコンを固めたんです。そうすればこの付加も可能です」
勇の説明を聞き、納得すると同時に自分の弟子がここまでの才能を持っていたことに嬉しくなるライザ。
「あんた、凄すぎるよ」
「ありがとうございます」
「さて、もう店を閉める時間はとっくに過ぎてる。さっさと帰りな! あ、そうだ。勇、あの約束忘れるなよ!」
「わ、分かってますって」
シエルを含めた六人はライザ工房を去り、家に戻る。
「ライザさんが言ってた約束って?」
琴美が勇に質問する。
「ああ、その話はまた今度する。今は明日のことを考えないと」
「明日君達は何か明日用があるのかい?」
「勇、そんな話聞いていないんだが」
勇は歩みを止め真剣な表情をしながら言った。
「ギガグリズリーを倒す」
「「「ギ、ギガグリズリー!?」」」
「……」
「大きく出たね」
ギガグリズリー、琴美がサクリファイスを使った相手。しかし、絶命させることが出来ず、その時の恨みでさらに狂暴化した。
「あいつを倒さないとミリオンの森には行けない。それにねえちゃんの修行の成果にうってつけだと思うだけど……ねえちゃんはどう思う」
みんなの視線が琴美に集まる。
「私は……あいつを倒したい!」
「よし、みんなはどうだ」
マルコ、エーシャ、フェミナに問いかける勇。三人は顔を見合わせ揃って言った。
「「「もちろん(です)」」」
「なら急いで家に戻るぞ! シエルさん、俺達はさきに戻ります」
「分かったよ。おやすみなさい」
「「「「「おやすみなさい」」」」」
五人は急いで家に戻った。
シエルは五人の後ろ姿が消えるまで見送ると、一枚の紙を取り出す。
「ギガグリズリーを倒せるなら、このれに出ても問題なさそうだね」
紙には大きな文字でこう書かれていた。
<<スルン・闘技大会開幕>>
読んで下さり、ありがとうございます。