第十三話 鍛治師
再び、ライザ工房に戻って来た勇。すぐにでも武器作りを学ばして欲しいとライザに申し出るが、
「今日は立て込んでた仕事がやっと終わって、ヘトヘトなんだ。明日にしてくれないか。あ、風呂出来てるから入ってきな」
と言われ、勇は仕方なく諦め風呂場に向かった。
ライザ工房は半分は商売と武器作りのために使われ、もう半分は家として使われ、キッチンや風呂などあり、生活するには十分整っていた。
「ただ広いだけの俺達の家より住みやすそうだな」
勇はこんなことをぼやきながら服を脱ぎ、タオルを持って風呂場に入った。
そこには、木製の風呂が設置されていた。
「……いつも、川から汲んできた水で洗ってたからこれだけで凄い感動が。やっぱり風呂場は作らないといけないよな」
「勇の家には風呂場がないのか?」
「水で洗い流せる程度にしか有りませんよ」
「なら、今は風呂を楽しんだ方がいいな」
「そうですね、風呂を……なんでライザさんがいるんですか!?」
何故かライザも一緒に風呂に入っており、しかもタオル一枚で前を隠してるだけの無防備な姿だった。
「親睦深めようと思って」
「ふ、服を着てください!」
勇は慌てて腰にタオルを巻き、視線をそらす。
「ここは風呂場だ、服を着るのはおかしいだろ」
「そうですね! でも、それ以上にライザさんの行動がおかしいと思います!」
「まぁ、いいじゃないか。背中ぐらい流させろ。数日間とはいえあたしはあんたの師匠だ、師匠の言うことに従え」
ライザが師匠の立場を明らかに間違った使い方をしていると勇は分かっているが、従う以外の選択肢は残されていない。
仕方なく後ろを向いて風呂椅子に座る。
「それでいい」
ライザはタオルを水で濡らし、勇の背中を洗う。
「なかなかいい体をしてるな」
「率直な感想を言わないでください、なんか恥ずかしいです」
「……あんたはなんで武器を作ろうと思ったんだ? 買えばいいのに」
「安く済むから」
「はははは、確かに買うよりは安いな」
「……怒らないんですか」
武器作りを学ぶ理由にしては良い印象ではないはず。しかし、ライザはそれに対して機嫌を悪くしない。
「理由なんて人それぞれだ。鍛冶師に興味が持ったから、自分が作った武器を他人に使ってほしいから、金を稼ごうと思ったから、色々ある。でもな、立派な鍛冶師なれる奴の条件は綺麗ごとが言える奴じゃない。根気、ただそれだけなんだ。勇の理由がどうであれ、諦めず根気よく学ぼうとするなら、あたしはいくらでも手伝う」
ライザは勇の背中を洗い終え、風呂から桶ですくったお湯を使って流す。
そして、勇の耳元で囁く。
「よし、次はあたしの背中を洗ってもらおうかな」
「さ、流石に、無理です!!」
勇は風のように素早く風呂場を出て行った。
「からかいすぎたか」
風呂を出たライザは先に出ていた勇に近づく。
「いやー、さっきはからかいすぎた。ゴメンゴメン」
「もうやめてくださいよ」
「分かってる分かってるって、ちょっと早いけど寝るか」
「そういえば、俺はどこで寝ればいいんですか?」
「そういえば、そうだな。でも、家にはベッドは一つしかないし、毛布もないな」
勇はこの時嫌な予感がした。そして、それが的中しないように誘導する。
「お、俺のことは気にしなくていいですから主のライザさんがーー」
「よし、一緒に寝るか!」
勇の予感が的中した瞬間であった。
「俺は大丈夫ですから一人で寝させてください!」
「ダメだ、今の時期でも夜は冷える。おとなしく私と一緒に寝ろ、これは師匠の命令だ」
それを出されてしまったら従うことしか出来ない勇。結局一緒に寝ることになったのだが、
「すぅー……すぅー……」
「……動けない」
武器作りで鍛えられたライザの抱き付きをほどくことが出来ず一睡も出来ないまま朝を迎えることになる。
「うーん、はぁ……どうだ、ぐっすり眠れたか?」
「温かくて心地よかったですけど、眠れませんでした」
「……まぁ、いい。今日からは鍛冶師について実際に経験してもらう。が、その前に朝飯にしよう」
「なら、お礼も兼ねて俺が作ります」
「お! なら任せる。材料は台所と貯蔵庫にあるものなら何でも使っていいぞ」
「分かりました」
勇は台所に向かい、置かれている食材を確認する。
置いてある食材はパンや燻製肉、貯蔵庫には野菜や卵と内部を冷やすための氷が置かれている。
「サンドイッチでいいか」
馴れた手つきでナイフを持ち、パン、燻製肉を切り、葉野菜を一枚一枚ちぎっていく。
パンの上に葉野菜、燻製肉の順に乗せ、カーマルと砂糖を混ぜたものをフライパンで煮詰め燻製肉の上からかける。最後にもう一枚のパンで上から押さえつければ完成。次の料理を作り始める。
先ほどと同じようにパンを切るが、今度は卵と酢に近い味のビスク酒と胡椒の実、塩、油を取り出す。
まず数個の卵を沸騰した鍋に入れる。次に卵を一つ割り、卵白と卵黄に分けそれぞれ違うボウルに入れる。卵黄の方にすった胡椒と塩、ビスク酒、水を少し加え混ぜる。混ぜったものに油を注ぎこみ、再び混ぜ、勇は一旦それを置いた。
卵白は砂糖を加えもったりするまで混ぜ、火で全体的にこんがり焼いて完成。
鍋でゆでていた卵がいい具合に固まると、殻をむいて中身を細かく切り、先ほどの卵黄のボウルに加え混ぜる。そして、パンの上に葉野菜とボウルの中身を乗せパンで押さえつければ完成。
完成した三品を二枚の皿に乗せ、ライザの元に持っていく。
「お、やっと出来たか」
台所を出てすぐの広間の待っていたライザ。
「少し、手間取っちゃって」
机の上に皿を置き、ライザと勇は席に着いた。
「これはまた手の込んだ料理だな。では早速、いただきます」
「いただきます」
ライザはサンドイッチを口に運び頬張る。
そして、目を見開き動きが止まる。
「ど、どうしたんですか? もしかして、まずかったですか?」
「……なぁ勇、ここにずっと住まないか?」
「いきなり何言ってるんですか!?」
「だってこの料理、凄い美味いんだよ!」
「美味いって、俺はいつも通り……あ」
勇はいつもと変わらず自分の家で作る感覚で作っていた。しかし、食べさせる相手はいつものメンバーではないこの世界の住人。
食文化が発達していないこの世界での勇の料理は恐ろしいほど美味なもの。
(しまったな、いつも通り作っちゃったよ。これで、味覚えたらまずいことになる)
「この2種類のサンドイッチ、燻製肉の入った方はタレがなんとも言えない! もう片方の卵は食べたことのない味だけど美味い! この焼き菓子もほんのり甘くて最高だ!」
すでに手遅れの域にまで勇の料理の味に惚れ込んでしまったライザ。
元の食事に戻すには辛い思いをするだろう。
「とにかく俺はここにずっといるつもりはありません!」
「…………師ーー」
「それでもダメです」
少しシュンとするライザ。
「勇はマルチなんだろ!? せめて勇の料理を販売してくれないか!」
「販売ですか?」
日常でやっている料理を売ると言う発想は盲点だった。勇の料理がこの世界で売れないはずがない。
「考えておきます」
「ああ、ぜひ!」
ライザは勇の料理をペロリと平らげ腹を叩く。
「はー、幸せだな」
「この後の武器作り、お願いしますよ」
「もちろん、こんなに美味い料理を作ってくれるなら喜んでさせてもらう」
ライザは椅子から立ち上がり、勇を工房に誘導する。
昨日と同じ格好になるライザ。一瞬視線をそらしそうになる勇だが、学ぶために覚悟を決めてライザの動きを観察する。
「さて、今から武器作りを始めるんだけど鍛冶師も結局は魔法を使うからイメージすることが大事だ。しかし、普通の魔法とイメージするものが違う。普通は魔法自体をイメージするが、鍛冶師は作るものの形をイメージする」
ライザはそばにあった鉱石を手に取ると魔法で鉄だけを取り出し、少し細長い形状にする。
そして、熱い金属を持つための鍛冶屋はしで鉄を掴み火炉の中に突っ込む。
「まず始めにこうやって火炉に入れて真っ赤になるまで待つ」
鉄は次第に真っ赤になっていく。
「真っ赤になったら取り出し、金槌で均等に叩いて形を整える」
鉄を金床に乗せ、金槌で鉄を叩き始める。しかし、鉄は少しづつ赤みがなくなっていく。
「冷め始めたら再び火炉に入れる」
赤くなった鉄を取り出し、再び叩き始める。
それを繰り返していく内に鉄は刀の形に変わっていく。
「ある程度形になったら水に入れて冷ますんだけど、ここで重要なのは強くイメージすること」
ライザは鉄を水の中に入れる。すると水蒸気と共に鉄が光り始める。
ゆっくり鉄を引き上げるとそこには、美し光る刀があった。
「ふぅ……とまぁ、こんな感じだ。なんか質問あるか?」
「ある程度形になったら出来るって言ってましたけど、最初の製錬の段階で形にすれば済むんじゃないですか?」
「良い質問だ。実際にそれをやってみるとこうなる」
刀を置き、新たに細長い鉄を製錬し同じように火炉に入れ、真っ赤になった鉄を散りだす。そして、その鉄をすぐに水につけた。
水の中から取り出された鉄は先ほどの刀と同じ形状をしている。
「見た目は同じ。でも……」
鍛冶屋はしで掴んだまま刀を振り下ろした。
刀はパキンと音を立てて折れてしまう。
「製錬の際に出来た空洞のせいで強度がとても低い、比べて金槌で叩いた刀は……」
同じようにもう一つの刀を振り下ろすライザ。
しかし、刀は折れるどころか地面に刺さってしまう。
「強度も切れ味も段違い。さらに金槌を通して魔力を込めることが出来、色々な付加が出来る」
刺さった刀を抜き取り、無造作に床に置く。
「さて、次はあんたの番だ。武器は好きなものを作れ」
ライザは勇に鉱石を渡す。
勇はすぐに製錬を行い取り出した鉄を細長くする。
「へぇ、なかなかやるな」
鉄を鍛冶屋はしで掴み、火炉の中に入れ、真っ赤になるまで待つ。
真っ赤になった鉄を取り出し、金床の上に乗せ金槌を握る。
そして、金槌に魔力を加えながら鉄を一回叩く。狭い工房にその音は響き渡り、ライザは目を見張る。
鍛冶師であるライザは音を聞いただけで分かる。勇は才能がある。
ライザを認めさせるレベルには約一週間かかる。しかし、勇はそれを一回だけ手本を見ただけで、自分のものにしている。
(……手紙に書いてあった通りだが、まさか本当に一回見ただけで自分のものにするなんて)
勇はそのまま叩き続け、鉄は剣の形になっていく。最後に、水で冷やし勇は武器の形を想像する。
水の中で輝きだした鉄は形が変わっていき、勇が普段使っている剣と同じ形になる。
「はぁ……予想よりも遥かに疲れますね」
「まぁ、見ている方は簡単にやってるように見えるけど、実際は一瞬も気が抜けない作業だからな」
ライザは勇が作った剣を手に取り品定めをし始める。
すると、溜息を吐くライザ。
「え!? 何かおかしなところがあるんですか!?」
ライザは首を横に振る。
「文句なしだ。この調子なら明日で私が教えられることは全て教えられる」
「で、でもまだ細かいところを教えてもらっていないような」
「鍛冶師は習うより慣れろだ。細かいところは自分で見つけるんだよ」
腰に巻いた服を着るライザ。
「さて、少し遅いけど昼飯にするか。勇、頼んだぞ。昼飯が終わったら金属について教えるから」
「分かりました」
こうして勇の武器作りの修行は順調に進み、防具やその他の武器の製造方法と金属性質を学び僅か三日間で鍛冶師の大まかなスキルを身に着けた。
「お世話になりました」
「別にもっといてもいいんだぞ」
「それはライザさんの希望でしょ。それにすぐにでも素材集めて弓を作りたいんです。仲間も待ってますし」
「そうか……。素材が集まったらここに来い。工房を使うことを許す」
「本当ですか! ありがとうございます! ……じゃあ、もう行きます」
歩き始める勇の背中にライザは手を振る。
「気を付けろよ!」
勇は振り向き、手を振り返してラーラ山脈に向かった。
読んで下さり、ありがとうございます。




