第十一話 劣等感
フェミナが、ギルドに加わってから五日が経っていた。
五人分の鞄と指輪型のアーティファクト≪ウェポンホルダー≫も完成し、前よりも多く稼ぐことが出来るようになった勇達は借金返済のために狩りと依頼をこなしている。
今戦っているのはジェルジェルと言うスライムのような生物。体は酸の液体で出来ているため、素手で触ると危険。
「マジックアップ!」
初級魔法のマジックアップで、勇と琴美の魔法攻撃が上がる。
「俺とエーシャで援護する、勇と琴美は魔法を」
マルコとエーシャがジェルジェルの注意を引き、その間に勇と琴美が魔法を唱えようとするが、ジェルジェルは勇の存在に気づき、勇の魔法は不発に終わる。
「フリーズ!」
琴美は魔法を発動し、ジェルジェルに命中。しかし、マジックアップで魔法攻撃が上がっても、ジェルジェルを絶命させることに至らなかった。
ジェルジェルの注意は琴美に一人に向けられ、攻撃しようとするが、
「獅子炎舞!」
勇の強力な魔法をくらい、ジェルジェルは絶命。やがて、ジェルジェルの体が崩壊し、一個の青い玉だけが残された。
勇はそれを拾い上げる。
「これが依頼のジェルジェルジェル? 微妙に弾力があって気持ち悪いんだけど」
「ジェルジェルジェルじゃない、ジェルジェルジェムだ」
依頼のものを勇は鞄にしまった。
依頼内容はジェルジェルジェムを一個納品すること。ジェルジェルは慣れてきた冒険者にはちょうどいい相手だが、勇達にとっては少し物足りないため、依頼を受けるのに問題はなかった。
「さて、依頼のものは手に入れたし、帰るか。……ねえちゃん、どうかした?」
さっきの戦いが終わってから、琴美は浮かない顔をしていた。
「ううん、なんでもない」
「?」
その後、依頼を納品し、三千ジーグを受け取り、家に帰るが、琴美の浮かない顔が晴れることはなかった。
「なぁ、今日のねえちゃんおかしくないか」
琴美が部屋に戻ってから、勇はマルコ、エーシャ、フェミナを集めた。
「確かに、ジェルジェルを倒してから様子がおかしかった」
「琴美さん、何かあったのでしょうか」
「マルコはどう思う?」
一言も喋らないマルコに訊く勇。
「おそらく、焦ってるのだろう。自分がみんなより劣ってると感じて」
「そんな、琴美は全然弱くないよ!」
「強い弱いの問題じゃない、勇なら分かるだろ」
勇は薄々分かっていた。琴美が浮かない顔をする原因。
「ねえちゃんは中級魔法が使えない。多分、それで悩んでるんだと思う」
琴美は初級魔法をいくつか使うことが出来るが、まだ中級魔法を使うことが出来ていなかった。
「俺もそう思っている。いくら仲間と言ったって、一人だけ中級魔法を使えないことを嫌でも気にしてしまうはずだ」
「じゃあ、どうするの?」
「これは琴美さんの問題ですから、わたくし達は何も出来ません」
話し合いの結果、見守ることしか出来ないと判断し、これ以上の話はなかった。
さきほど、エーシャが大声で何を言っていたかの分からないが、おそらく下で私のことを話しているのだろう、などと考えながら琴美はベッドに横たわっていた。
今日のジェルジェルとの戦闘で、琴美の魔法がジェルジェルを仕留めることが出来なかったことに落ち込んでいた。
「……やっぱり、中級魔法が使えないと……」
少し前から中級魔法を練習しているが、一回も成功したことがない。
みんなが中級魔法を使え、自分は使えない。嫌でも劣等感を抱いてしまう。
「明日、別の魔法を探してみようかな」
そのまま、琴美は眠りについた。
次の日。
琴美はみんなに頼んで、今日の狩りから外してもらい、魔道図書館で魔法を探していた。
「はぁ……、どれも難しそうだなぁ」
二時間近く魔法を探すも、なかなか自分に合った魔法を見つけることが出来ない琴美。
「一回帰ろうかな。その前にこの本を片づけないと」
琴美は持ってきた本を一冊ずつ、元の場所に戻していく。最後の一冊を戻そうとした時、本棚の奥の方に他の本より少し薄い本がある事に気が付いた。
「なんだろう」
その本を引っ張り出し、中身を開く。
「これって、魔法なのかしら」
ページを開いていくと、一つの魔法が目に飛び込む。
「この魔法……これなら、私にも出来るかも」
魔法の発動方法を覚えた琴美は本を戻し、家に戻った。
家に戻ると、ちょうど勇が昼食を作り終えたところだった。
「おかえり、ねえちゃん。今ご飯作り終えたからすぐに食べられるよ」
「ありがとう」
「琴美、この後ボク達は狩りの続きをするけど、どうする?」
「私も行く。新しい魔法を試しに発動させたいし」
昨日とは違い、明るい琴美を見て、四人は安心した。
「じゃあ、これを食べ終えたらすぐに行くか」
勇の言葉に全員頷き、食事を始める。
量がそこまで多くなかっため、すぐに料理はなくなり、狩りに行く準備を始める。
「全員忘れ物はないよな?」
「マルコ、いちいち確認しなくても大丈夫だぞ」
「……お前、ウェポンホルダーはめてるのか?」
「…………あ」
勇は急いでウェポンホルダーを指にはめる。
「朝もそれを忘れてただろ」
マルコは呆れた様子で言う。
「すまんすまん。よし、出発!」
ミリオンの森についた勇達は早速魔物と遭遇した。
「皇帝蜂か……俺とエーシャ、マルコの三人で行く。ねえちゃんとフェミナは援護してくれ」
勇、マルコ、エーシャが皇帝蜂の群れに突っ込み、フェミナは初級魔法のアップダッシュを三人にかけ、素早さを上げる。
しかし、想像以上の数にてこずってしまう。
一匹の皇帝蜂がすきを突き、勇に攻撃を仕掛ける。
「しまった!」
「フリーズ!」
皇帝蜂は氷の塊に貫かれ、針が届くことはなかった。
「勇! しっかりしなさい!」
「ねえちゃん、ありがとう!」
その後、時間はかかったものの、勇達は全ての皇帝蜂を倒すことに成功した。
「琴美、今日は絶好調だね! 正確に皇帝蜂に当ててたし」
「今日は調子いいみたい」
「そこ、話してないでこっちを手伝ーー」
マルコが言おうとした時、森の奥から何か生き物の足音が聞こえた。
その足音は素早いものではなく、ゆっくりと一歩ずつ、ずっしりとした音。
音だけで判断出来る。かなり大きな魔物。
「タウルスか?」
「いや……もっとでかい」
全員顔つきを変え、音のする方に体を向け、武器を構える。
森の奥から二足歩行の黒い影がこちらに向かってくる。
少しずつ、魔物の姿がはっきりとしていく。その魔物の姿は一言でいうなら、熊。
「ギガグリズリー!? まさか、この皇帝蜂は俺達に襲ってきたんじゃなくて、あいつから逃げていたのか」
ギガグリズリー、小さい個体でも全長四メートル以上あり、鋭く伸びた爪で相手を切り裂き、牙は岩を噛み砕けるほど硬い。その巨体からは想像できないほど素早い動きをする。主食として皇帝蜂を好んで食べる。
「俺達にはまだ無理だ! 逃げるぞ!」
しかし、琴美は魔法を唱え始める。
「ねえちゃん! 何やってるんだよ!」
「大丈夫、私に任せて」
琴美は魔道図書館の本に載っていた魔法の発動方法を思い出しながら魔法を唱える。
「敵の殲滅せしは黒き波動。我、その黒き波動を求む……」
琴美の魔力が次第に高まっていく。
「なんだ、この魔力は……」
「すごい……これならもしかして!」
「あの魔物を倒すことが出来るかもしれません!」
琴美の魔力に期待をし始める三人。しかし、勇は不安に思っていた。
確かに、強い魔力には驚いていた。だが、それ以上に何かが引っかかる。
「ダーク……」
勇は直感的に言葉を発した。
「その魔法を使うなーーーー!!」
「インパクト!」
勇の言葉が届く前に琴美は魔法を発動。
黒い波動がギガグリズリーに当たる。
凄まじい衝撃がギガグリズリーを襲い、ギガグリズリーは倒れ込んだ。
「なんだ……この魔法」
「これが琴美さんの魔法」
「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
攻撃を受けていないはずの琴美が、突然苦しみだした。
「琴美、どうしたの!?」
エーシャは琴美に駆け寄る。
「身体中が……痛い……それに……息が……苦しい……」
苦しそうに喋る琴美。それを見た勇は直ぐに琴美を抱き上げる。
「勇! 琴美に一体なにがあったの!?」
「分からない。でも、今それについて話してる暇はない!」
一刻も早く、琴美に何かしらの治療をしないといけない。さらに加えて、もう一つ、まずい状況が起きていることに勇は気が着いていた。
「みんな! 早くここから離れるぞ!」
質問する隙を与えることなく、走り出し、三人も後を追う。
森には倒れたギガグリズリーだけが残された。そして、そのギガグリズリーはゆっくり立ち上がり、雄叫びを上げる。
琴美の魔法はギガグリズリーに当たったが、絶命させるほどの威力はなく、ギガグリズリーの怒りを買ってしまった。
ギガグリズリーは琴美達を鮮明に記憶し、その怒りを周りの木にぶつけた。
ベッドの上で横になっている琴美は目を覚ました。
「……ここは」
「気がついたみたいだね、琴美ちゃん」
「シエル……さん」
ベッドの横にいたシエルは椅子に座っていた。
森を抜けた後、勇達はすぐにシエルの家に向かった。
最初は驚いていたシエルだが、琴美が体に異常があることが目に見えて分かり、すぐに治療を施した。
「ちょっと待ってて、勇くん達読んでくるから」
シエルは部屋を出ていった。
すぐに、シエルは勇達を引き連れて、部屋に戻ってきた。
「ねえちゃん! 大丈夫か!?」
「少し体はだるいけど、大丈夫」
琴美は上半身を起き上がらせながら言う。
それを聞いた勇達は安心した。
「でも、かなり危険な状態だったよ。一体何をしたんだい?」
「あの時は……魔法を発動させてから急に……」
「魔法?」
「はい」
琴美は森で発動させた魔法を口にした。
「ダーク……インパクト」
急にシエルは血相を変え、琴美の両肩を掴む。
「琴美ちゃん! その魔法二度と使っちゃダメだ! みんなも絶対に使っちゃダメだ!」
「ど、どうしたんですか!? なんでボク達がその魔法を使うことを必死に止めようとするんですか!?]
シエルは少し自分を落ち着かせ、ゆっくり説明する。
「琴美ちゃんが発動させたダークインパクトは……サクリファイス」
「サクリファイスだと!?」
マルコは目を見開き、驚いた。
「マルコ、サクリファイスってなんだ! 教えてくれ!」
マルコは顔を曇らせる。
「サクリファイス……正式な名前は犠牲魔法」
犠牲、その言葉だけで危険な魔法だと勇は理解するが、引き続き説明を聞く。
「この魔法は何かと引き換えにすれば、誰でも強力な魔法を発動させることが出来る。しかし、その魔法が強力であればあるほど、引き換えにするものは重くなる」
「ねえちゃんは一体何を引き換えに」
「おそらく、琴美ちゃんはダークインパクトと同じ衝撃を味わうことで魔法を成立させた」
つまり、琴美は痛みと引き換えに魔法を発動させたのである。
「今回は運良くそれだけで済んだけど、ものによっては命を引き換えにして発動する魔法だってある。だから、うかつにサクリファイスを使わないでほしい。琴美ちゃん、焦るのもわかるけど、もうこの魔法を使っちゃダメだからね」
「……はい」
自分が焦ったために、みんなに迷惑をかけてしまい、琴美は表情が暗くなる。
勇はそんな琴美を見て、ある提案をする。
「……よし、みんなで修行するか」
「「「「え?」」」」
「それはいい考えだ、ぜひやりなさい。琴美ちゃんは明日になれば、だるさも消えるはずだから」
いつもの調子で勇の案に賛成するシエル。
「突発的な考えだな。……まぁ、俺もその意見に賛成だが」
「いいのですか?」
「ああ、それにフェミナも回復魔法がまだ上手く出来ないだろ」
フェミナは体をビクッとさせ、ゆっくり視線をそらす。
フェミナは支援魔法は得意だが、回復魔法がまだ不得意で現在練習中。たまに間違えて魔物にかけたりしてしまう。
「あははは、フェミナはもっと練習しないとね」
フェミナのことを笑うエーシャをマルコは睨む。
「お前もだからな」
「へぇ?」
「お前、勇が何かあるたびに反応するな。それを直すことを含めて、修行中は接触を少なくしてもらう」
さっきまで笑っていたエーシャの顔が、だんだん絶望した顔へと移り変わっていく。
みんなのやり取りを見ていた琴美はクスリと笑う。
「やっと笑ったね、ねえちゃん」
「え?」
「さっき、表情が凄い暗かったから迷惑かけて申し訳ないと思ったんでしょ。でも、俺達は気にしてないよ。もし、それで気が済まないなら……俺達と一緒に強くなろ」
「……そうね」
最近の思い詰めていた表情は消え、普段の通りの自分に戻った琴美。
その後、勇、エーシャ、マルコ、フェミナの四人は家に戻り、琴美はシエルの家に泊まった。
シエルのベッドの中で静かに寝息を立てる琴美の表情はとても穏やかに笑っていた。
読んで下さり、ありがとうございます。