第一話 お支払いは異世界で
初連載です。
「ねえちゃん、帰ったよー」
「おかえり勇。帰ってきたばかりでごめんだけど、まだ掃除終わってないから手伝ってくれる?」
「あいよ」
何処かに出掛けていて少し疲れた様子の弟を出迎える姉。いたって何処にでもある普通の仲が良い姉弟の光景。ただ……、
「とりあえず、俺とねえちゃんの冒険者の手続き済ませてきたから」
「ありがと」
彼ら姉弟が今いる世界は普通ではなかった。
「……ねえちゃん」
「なぁに?」
「なんで俺達こんな所にいるのかなー」
「借金があるからじゃないかなー」
二人とも目を合わせず遠い目で明後日の方向を見つめ、何故こんな事になったのかを思い出す。
魔法も魔物も存在しない普通の世界の日本に住む、高校一年高宮勇。短髪ではないが肩まで伸びているほど長髪でもない髪型に、二重まぶたの下は混じりけのない黒い瞳、高くも低くもない鼻、溜息を吐いている口。特徴的とは言えない容姿の勇は中身もそれを表すようなものだった。勉強は中の上、スポーツはそこそこ出来き、なんでもそつなくこなす。器用貧乏が彼のためにあるかのようだ。
高校三年の姉と二人だけで暮らしている彼は、今スーパーで買った食材が入ったビニール袋を片手に帰宅途中でだった。
「早く帰らないと、ねえちゃんに怒られるな」
姉に怒られる姿を想像をし、顔を青ざめさせ身震いする勇はそんな事態を避けようと少し小走りなりながらも人に注意して家路につく。
数分後、家に着いた勇は少し荒い息遣いを整えてから玄関を開けようと手を伸した。
「君、高宮勇くんだね」
「はい?」
見知らぬ人から急に声をかけられ、勇は自然と顔をそちらに向ける。そこにいたのは丸坊主にサングラス、何かで切ったような傷跡を残す頬、それらに加えてガタイの良さが相まってヤクザ関係の人にしか見えない男性が立っている。
(やばい、恐い、逃げたい)
本能的に恐怖を感じずにはいられない勇は手足を震わせ冷や汗をかく。しかし、お構いなしにヤクザ風の男は迫る。
「君の両親、少し前に亡くなりましたよね?」
「は、はい。事故で亡くなったと聞きました」
両親は事あるごとに借金を作っていき、旅行と称した逃亡をするため彼からしたらいい迷惑になっていた。死んだのも旅行先だったため死に顔は見ていない。
「君の両親は亡くなる前にうちで借金してるんですよ」
この時点で勇の頭には嫌な予感しか浮かばなかった。だがこの男性とあった時点で手遅れ。勇は恐る恐る聞く以外の選択肢はない。
「両親はその……いくら、借りていたんですか?」
「利子なども考えると……一億になります」
一億円。一般人の勇には夢のまた夢の金額を聞き、一度思考が停止してしまった。
「それで返済が今日までなので返していただけますか?」
「ちょ、ちょっとまっ――」
返済の催促に我に返った勇が言葉を発しようとしたその時、遮るように玄関の扉が開けられる。中から黒髪ショート、パッチリとした大きな目とすーっと通った鼻筋、右目の下にホクロのあるスタイルの良い女性が出てきた。
「勇、何騒いでるの? 早くお昼作ってよ」
場の空気を読まずに登場した勇の姉である高宮|琴美(事み)はのんきに少し不機嫌な表情を浮かべて文句を言う。
「君が琴美さんだね」
「え? あ、こんにちは。この人は?」
男の存在に気づいた琴美は小声で勇に聞く。勇は言いづらそうではあるが琴美に少しずつ話した。
「死んだ両親の借金取り」
「ふーん、借金取りかー…………はぁ!?」
「しかも一億」
「い、いち、お……」
最初は聞き流したが、耳に残った勇の声が反響しようやく事態を理解した琴美は目を見張り、さらに追い打ちとばかりに告げられた一億に開いた口がふさがらず、立ちくらみを起こす。
「そういう事だから返済してもらいます」
「ほ、本当に両親が借りたものなんですか?」
念のために確認を取る勇。少しイラつきを顔に出すやくざ風の男は懐から借用書を取り出す。紙には見覚えのある筆跡で書かれた父親の名前。
「た、確かに父親の名前です。しかも筆跡もそっくりです」
「分かってくれましたね? それでは返していただきます」
「そんな! 急には困ります。それに私達じゃとても払えません」
支払いを拒む琴音の態度を見た男はさきほどまでの丁寧な口調をやめ、サングラスを下にずらした。ギラついた目で二人を睨み、無理やりでも払わせようと凄む。
「そっちの事情なんてしらねえんだよ! いいから金もってこいや! 持ってこなかったらどうなるか教えてやろうか!」
あ、もうだめだ。二人が諦めた途端に今までの思い出が走馬灯のように蘇ってくる。
「ちょっとそこのお兄さん。その一億、私が払ってあげるよ」
思いもよらぬところから勇達の危機に手を差し伸べる人物が現れた。
部外者の女性はゆっくりと男性に近づいて行く。
「あぁ!? 部外者はだまって――」
言い返そうとした男は振り向くが女性に見惚れてしまい、それ以上の言葉が続かなかった。
無理もない。そこには綺麗な深紅の長髪をなびかせ、出るとこは出ている体に加えて男を誘惑するような露出度が高い服装の美女が立っていたからだ。
「とりあえず、ここに小切手があるから引き下がって。ね? いいでしょ?」
彼女は男に近づき豊満な胸を押し付けながら囁く。
案の定、虜になってしまった男は従うように小切手を受け取る。
「そ、そうだな。俺は金が手に入ればそれでいい。よかったなお前ら、こんな優しい人が来てくれて」
領収書を勇に渡すと男は軽い足取りで上機嫌に帰っていく。
あまりに急な展開により勇達の思考が追いつかないが、とりあえず彼女のおかげで助かった事だけは理解していた。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
お礼を言われた女性は両手を胸の前で小さく振る
「お礼はいいよ、私が勝手にやった事だし」
「でも、あなたは一体誰なんですか? 俺達のためにポンと一億を払うなんて。記憶違いじゃなえれば知り合いじゃないと思うんですが」
「ちょ、ちょっと勇! すいません。弟が」
勇の肩を持って止め、平謝りをするが、女性は口を開いて笑った。
「ハハハハッ、いいよ気にしないで。確かに、見ず知らずの私が急に一億円代わりに払うなんて、何か裏があるんじゃないかと疑うのも無理ないよ」
一度口を閉じ、今度はほんのりと艶めかしい笑みを浮かべる。
「もちろん君達には私が払った一億円はきっちりと払ってもらうよ」
「だから、俺達には無理です」
彼女が勝手にやったとはいえ一億もの大金を払ってもらった事に変わりはないが、これではただ支払う相手が変わっただけ。現実的に考えて勇達が一億を払うのは無理な話だ。
何か違法的な、あるいは非人道的な事をさせられるのでは構える二人。だが女性はにっこりと笑いながら鍵を取り出した。
「大丈夫、支払いは向こうの世界で」
彼女の言葉が理解出来ない二人はどういう事か聞き返そうとした時、地面が紫色に光りだす。次第に目が慣れてきた二人は地面を見る。そこには六芒星が描かれており、頂点を結ぶように円状に文字で囲まれていた。そもそも、これが文字であるのかすら分からない。少なくともこの世界で使われている文字ではない事は分かる。
「我、門を開ける者。汝、門を守る者。我、今汝の契約に従い、ここに扉を開く。顕現せよ」
彼女が言い終えると、地面に扉が出現し、手に持っていた鍵を差し込みドアを開く。その瞬間先ほどよりも強い光に包まれ、勇と琴美は目元に皺が出来るほど力強く目を閉ざした。
光が弱まり少しずつ目を開いていく。二人は目に飛び込んだ光景に驚愕した。自分達が住んでいる家の前にいたはずが今は木造の建物の中にいる。
「え、あれ? さ、さっきまで家に」
「お、おお落ち着きなさい、ゆ、ゆ勇。そうだ! 円周率を言えば! 3.14……私、円周率全然言えないんだった」
「君もとりあえず落ち着きなさい」
二人をここに連れてきた張本人である女性は落ち着いた様子で話しかける。
「あ、あのここは何処ですか?」
「ここはアクシスと呼ばれる国のスルンと言う街。君達が住んでいた世界とは違う世界」
彼女は勇の質問に答えるが、普通に聞いたら、頭がおかしい人にしか見えない。しかし、目の前で起こった事を考えると、あながち嘘ではないかと思い始める勇と琴美。
「まあ、あなたが言っている事を私達は一応信じます。では何故、私達をここに連れてきたんですか?」
「ここに来る前に言ったでしょ、支払いは向こうの世界でって。あなた達にはこの世界に住んでもらい、一億を稼いでもらいます。安心して、脅して無理やり働かせる事はさせないから」
別の世界に連れてこられ、この世界で稼げと現実味からかけ離れた事を言われ動揺しつつも二人は反論した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。仮に言ってる事が本当だとしても俺達二人ともまだ高校生でそんな大金稼ぐのは不可能です」
「そうですよ。それよりも、私達を元の場所に返してください!」
一度息を大きく吸い、深い溜息を吐く女性は呆れた様子で二人を視界に入れる。
「ここではその常識は非常識だよ。この世界では君達ぐらいの歳でも稼いでいる人はいるわ。あと君達、よく考えてみなさい。私が助けずにいたらどうなっていたか」
「「そんなの」」
ぼろ雑巾になるまで借金取りに金を搾り取られ、最悪死んでいただろう。二人の視線は自然と下を向く。
「借金を払うために自分の生活を犠牲にして一生を過ごすか。それとも、同じく借金している状況とは言え、人としての必要最低限の保証しているこの世界で過ごすか。どちらを選ぶかなんて決まってる」
彼女は一呼吸置いてから再び口を開いた。
「私もね、君達と同じような状況だった頃があったの。でも、私を助けてくれた人達がいた。その人達のおかげ私は今こうして生活出来てる。その人達には言っても言い足りないほど感謝してる。だから、私も見習ってあなた達を助けたの」
身の上話をする彼女の瞳は嘘偽りがないと思うほど純粋に感じられた勇達。心の中に渦巻いていた疑惑が和らいでいく。
この人は信用してもいいのかもしれないと、二人は思った。
「すみません、俺達のためにしてくれたのに」
「分かりました、私達ここに住みます。それで、あなたから借りた一億を返します」
こうして二人はここで永住するつもりで首を縦に振った。
「そう言ってくれると助けたかいがあるわ。そういえばまだ名前を言ってなかった。私はシエル」
「俺は勇です」
「琴美です」
お互いに自分の自己紹介終えるとシエルは先ほどとは別人の如く明るい口調に変わる。というよりは本来のシエルになったといった方が正しい。
「いやーよかった、よかった。まぁ、色々問題があるかもしれないけど頑張ってね」
二人は唖然とする。さっきまでの真面目な雰囲気は何処へ行ったのやら。
「この家好きに使っていいから。あ、でも冒険者の手続きはしてきなよ。場所はそこの机の上にある地図に書いてあるから。何か困った事があったら地図に書いてる私の家まで来てね。それじゃあ」
言いたい事だけ言って風のように去ったシエル。そしてそれをただ茫然と見送った二人の姉弟の姿がそこにあった。
「……手続き行ってくるね」
「いってらっしゃい。その間使いそうな場所だけでも掃除しとくわね」
とりあえず勇は手続きをするために地図を片手に外に出る。
歩きながら地図を開き、目的地に行くまでの道を調べようとした。が、ここで根本的なある問題に気付いた。
「俺ここの世界の文字読めねえよ……」
地図には日本語で書かれていない。当たり前だ、そもそも世界が違う。
勇にとっては地図に書かれている文字が本当に文字なのかも分からない。
「そうだ! シエルさんに聞けば……ってそのシエルさんの家もこの地図に書かれてるんだった。」
どうすればいいのか分からず頭を抱える勇。考えた結果行き着いた答えはじっと見つめれば自然と分かるのではないかと、なんとも残念な考えに行きついてしまった。
「て、分かるわけない……ん?」
が、意外な事に文字が読めてしまう。
「え、うそ、マジで。なんで急に読めるように」
はたから見たら挙動不審にしか見えない勇。しかし、彼は構わず周りの看板を幾つか視界に入れる。看板に書かれている文字が日本語のようにはっきりと読む事が出来た。
「考えてもしょうがないか。とりあえずこの集会所に向かおう……もしかして、このでっかい建物の事か?」
たまたま通りかかった建物につけられている看板を見る勇。そこには集会所とでかでかと書かれていた。
「……なんだろ、運がいいはずなのにこの残念感。例えるなら、福引きで当たりを引いて掃除機が当たったけど最近全く同じ掃除機を買っていて、得してるはずなのに得してない感じ」
ぶつぶつと喋りながらも勇はしっかり集会場の中に入っていく。
「こんにちは、今日はどんなご用件ですか?」
受付の女性はにっこりと笑い、勇を対応した。
やはり先ほどの地図のように女性の言葉が日本語のように理解出来る。
「あ、あの、知り合いの人にここで冒険者の手続きするように言われて」
「手続きですね」
こちらの言葉をどうやら向こうも理解出来たらしい。
「変わった服装ですが、他の国から来たんですか?」
「え、普通の服ーー」
勇はハッとする。
周りを見ると他の人はローブや鎧を着ていたり、とてもシンプルな作りの服を着ている。一方勇はジーンズに黒色の布地に派手なプリントが施されたTシャツ。明らかに浮いている。
口止めされているわけではないが違う世界から来た事は伏せた方がいいと思った勇は誤魔化す。
「そ、そうなんです。最近ここに来たばかりで」
「そうですか。何か困った事がありましたら気軽に来てください」
なんとか誤魔化す事に成功した勇。
「あ、ごめんなさい、話がずれてしまいました。冒険者の手続きでしたよね」
「はい。あと、俺の他にもう一人いるんですけど大丈夫ですか」
「大丈夫です。手続きとは言いますが、ただ名前を書いてもらうだけですから別に本人が来なくても構いません」
手続きに自分と琴美の分の名前を書くと、用紙を受付に渡した。
「はい。確かに受け取りました」
無事に手続きを済ませた勇はすぐに家に戻っていく。こうして勇と琴美は異世界の見知らぬ土地で様々な異世界ギャップに驚かされる返済生活が始まった。
読んで下さり、ありがとうございます。