060 世間は冬になってしまいましたとさ。
少し作中時間が飛びます。
「……これは一体……?」
「ただの雪ですが、見たことがないんですか?」
寮の玄関を一歩出たところで硬直した私に、ディノが不思議そうに首を傾げる。
「……いや、雪くらいは見たことあるけど……。
その……。
なんか、腰まで埋まりそうなんですが?」
そう。
今目の前に積もっている雪はどう見ても私の腰辺りまで積もっている。
しかも、建物に吹きよせて深くなっているわけではないらしい。
辺り一面、この深さで積もっていたりするのだからとんでもない。
数センチ積もるだけで交通が麻痺して大騒ぎの環境で育った私には何かの冗談にしか思えない積もりっぷりなんだけど……。
「この辺りでは年に何度かこのくらい積もるんですよ。
雪に慣れていないのなら歩きづらいでしょうし、道を作りましょうか」
言って、ディノは小さくつぶやくと見慣れた火の玉を投げる魔術を使う。
すると、地面すれすれを通った火の玉の軌道にそって、盛大な蒸気を上げながら人が二人並んで歩けるほどの幅に雪が溶けた。
「……便利だねぇ」
ディノがいたら雪下ろし中の落下事故がなくなりそうだ。
「普段はこんなことはしませんよ。
一々面倒ですし、こういうやり方で雪を溶かすのはあまり効率が良くありませんしね」
「そうなの?」
「ええ。
水蒸気がたちますし、人が来たら危ないですからね。
普通は熱を発生させる魔術をこめたスコップで溶かしながらかくか、水流か風で押し流すんです」
「どのみち人が来たら危なそうだけど?」
「お湯を対流させるような感じで溶かしながらどけるんですよ。
もしくは、雪が柔らかいうちに人が転ばない程度の風で道の端によせるんです」
「へぇ」
「ミュルカが自力でやるのなら、弱い火球を呼び出すか、圧力をかけて溶かしてしまうのがいいでしょうね」
「あぁ、圧がかかると融点が下がるもんね。
――失敗するとスケートリンクになっちゃうけど」
ついそんな風につぶやくと、ディノが吹き出した。
「昔、そんないたずらをして叱られたとこがありますよ。
まぁ、子供たちには喜ばれましたけど」
ディノの何気ない言葉に小さく首をかしげる。
「なんか、話聞いてるとかなり沢山魔術使えるんだね。
複数属性の適性があるの?」
「私の場合は属性に対する適性ではなくて、魔術具に対する適正ですね。
よほど複雑か、消費魔力が膨大でなければ大抵のものは使えますし、ちょっとしたものならすぐ作れますから」
苦笑混じりの返事にさらに首を傾げる。
――と、いうことは……?
「つまり、わざわざ魔術具を作ってまでいたずらをした、と」
「……否定はしません」
ぽりぽりと頬をかきながらの返事に吹き出す。
「ディノにもそんないたずら時代があったとはねぇ」
「そういうあなたはどうだったんですか?
少しくらい、思い当たるでしょう?」
言われて、ある光景が脳裏に浮かぶ。
いつだったか、珍しく降った雪が嬉しくて、小さな雪だるまをいっぱい作って冷凍庫につめこんで叱られたっけ……。
「……ま、まぁ、雪でいたずらするのはお約束ってことだよね」
「そういうことにしておきましょうか」
私の反応から何を察したのか、ディノがくすくす笑いながらそう言って歩き出す。
出遅れた分を小走りに埋めて、なんとなく隣を歩く男を見上げる。
いつの間にか、こいつとも半年以上の付き合いになってるな。
そう、なんだかんだばたばたとやっている間に世間はすっかり冬。
塔の攻略は進んでいるのかいないのか、新しい情報が入るでもなく、ただ無駄に階数だけは稼いでる感じ。
おかげで最近は生活費に困ることがなくなったのがありがたい限り。
「今日もこのまま塔ですか?」
「そうだねぇ。
最近収穫がないからなんか成果を見つけたいところだし」
「あまり無理はしないでくださいね」
「うん。
ちゃんと、塔の中で休憩する時はディノが作ってくれた結界用の魔術具使ってる」
相変わらず心配性なことを言うディノに、小さく笑う。
塔の探索が数時間で切り上げられる範囲を超えた頃、ディノが安全に休憩が取れるようにと魔術具を作ってくれた。
よくRPGに出てくるあれだね、うん。
確かにあの魔術具を起動させておくと、魔物が側に来てもこちらに気付かずに通り過ぎてくれるので重宝してる。
お弁当食べる間とか昼寝する間とか本当便利。
あぁ、塔の中で寝るな、なんて文句は聞こえないよ?
流石に五十階超えるとなると、途中で休憩取りながらじゃないととてもじゃないけど攻略できないから。
ゲームみたいにワープポイントとかショートカットがあればいいんだけど、毎度馬鹿正直に一階から行くしかないから、なかなか先に進めなくなってるんだよね。
「ならいいですけど、根を詰めすぎないでくださいね。
……あと、今回は泊まりになりますか?」
「まだ決めてないけど、何か用事?
今週末は実家帰らない予定だよね?」
確か先週ディノは帰っていたはず、と思いつつ返事をする。
「特に用事という訳じゃないんですが……。
ここのところ、一度塔に行くと丸一日近く帰ってこない事が多いでしょう?
今日はことの他沢山食料を用意していたみたいですし、長丁場のつもりなのかと思いまして」
「あぁ、そういうこと?
今回は長居してくるつもりではあるよ」
いい加減、攻略が進まないことにじれてきた、とも言う。
「ちなみに、最大どのくらいを予定しているんですか?」
「食料は半月分用意したけど」
「半月っ?!」
「……いや、まさか本気で半月こもる気はないよ?」
「…………あなたならやりかねなくて恐ろしいので変なことを言わないでください」
……こいつ、私のことどう思ってるんだ……。
「半月もお風呂に入らないなんて耐えられないから大丈夫」
「…………否定の根拠がそれですか」
「じゃあ、地面に寝っ転がったら体が痛いから嫌、にしておく?」
「……どちらでもいいですから、夕飯までには帰ってくださいね?」
ため息混じりに、やたらと短い期限を指定されてちょっと首を傾げる。
「半月後の夕飯までには?」
「……ミュルカ?」
ちょっとした冗談のつもりだったのに、思い切りジト目で見られてしまった。
「冗談、冗談。
あんまり無理はしないで帰ってくるよ」
そう言って笑うと、神殿の建物に入るディノと別れる辺りまで来ていたのでひらりと手をふる。
「じゃ、そっちも頑張って。
いってきます」
「……いってらっしゃい」
信じてくれたのか違うのか、何とも微妙な笑みと共に手を振り替えされてしまった。
――――――――
「たっだいまー」
窓を外から開けて部屋に侵入すると、微苦笑でディノが振り返る。
まぁ、仕事机が窓に背を向けているんでそうなるわけです。
「お帰りなさい。今日はどうでした?」
「まぁまぁかなぁ。成果の読み取りよろしく」
言いながら机の側の台に置いてある成果読み取り用の魔術具――修理が終わったら水晶球から指紋認証装置っぽくなった――に左手を置く。
すると、仕事を中断したディノが側に来て起動呪文を唱える。
そしてはき出されてきた結果に眉を寄せた。
「……二百十七階?」
「いやぁ、思ったよりフロア数多いねぇ。二百は越えないと思ってたから大誤算」
けらけらと笑いながら応じると、ディノは小さくため息をついた。
「それよりも、この討伐数三千七百九十一、含む特大二、大二、というのは……?」
「ん~。多分、なんか露骨にボスっぽいやたらでっかいのがいたからかなぁ。
五十階ごとにボスクラスがいるみたいだね」
「…………今まで、一度もそんな報告は聞いてませんし、そんな記録はありませんでしたが?」
「あぁ、だって今までは倒さないで脇すり抜けて次の階進んでたから」
へらぁっと笑って受け流すと、特大のため息が返された。
「……ミュルカ?」
「いや、いい武器手に入れたわぁ。
遠距離攻撃可能で照準は大雑把でオッケー、威力は抜群、とかあり得ない性能の良さで助かっちゃう」
「…………確かにエレメントボムはそういう魔術具ですが……。
あなた、一体どれだけ多用してるんですか……?」
「今日は三千七百九十一回だねぇ」
「……って、ボスクラスまで一撃ですかっ?!」
「……てへ♪」
思わずなのか叫んだディノを誤魔化すように笑顔で小首を傾げてみせる。
「それだけ威力を引き上げて、多用して、まったく疲れていないって……。
本当に人間ですか、あなたは……」
もはや呆れると言うよりもげんなりした様子でディノがうめく。
「そこはほら、腐っても召喚された勇者ですから」
満面笑顔で返すと、ディノは苦った表情になる。
そして、何か言いたげにしたけど結局はあきらめたように、戦果を写し取ったカードを魔術具から引き抜いた。
「今日の分はいつも通り、明後日にはお支払いします。
額が大きくなりそうなので全額まとめては難しいかも知れませんが……」
「いいよ、別にお金に困ってないし。
いつも通り振り込みで……、っと、五百ルトだけ現金でお願いしていい?」
「わかりました。そのように手配します」
「んじゃ、私は先帰るね」
ひらひらと手を振って、やっぱり窓から外に出る。
最初の頃は窓から出入りするなと怒っていたディノも最近はすっかりあきらめたらしい。
外に出るとやっぱり寒い。
今朝は雪こそ降ってないけど、冷え込みがきついなぁ。
まぁ、さっきの会話からもわかってもらえたかも知れないけど、進んではいるんだ。
いっくら登っても終わりが見えないだけで。
…………本当を言うと、ちょっと心当たりはあるんだ。
今日は敢えてそれと出くわしても無視して先に進んでみたら、二百階越えする羽目になってしまったわけですが。
次に行った時は出くわしたらちゃんと対応してみよう。
あんまり関わりたくなかったんだけど、どうにもあれを無視して解決するのは無理そうだから仕方がない。
そんな事を考えつつ冬になって寒いし寂しいしといい所のない庭をさくさく歩く。
しっかし本気で寒い。
アイテムボックスから熱々のお茶を取り出して飲もうかな、などと考えてしまう。
「おや、ミュルカちゃん。今日は早いね?」
斜め上の方から声をかけられて、立ち止まって視線を巡らせると、建物の二階の窓からザームさんが顔を出していた。
「あぁ、早いというか遅いというか?」
「……もしかして昨日から塔に行ってたのかい?」
「明け方に戻ってきて、一眠りして報告済ませたところ」
さすがに出発したのが三日前、というのは黙っておいた私の言葉に、ザームさんが呆れ混じりの笑みを見せる。
「さすが、若いと体力があるねぇ。
折角だしお茶でも一緒にどうだい? ご馳走するよ」
「んじゃ遠慮なく。そっち行けばいい?」
「うん。待ってるよ」
笑顔を残してザームさんがひっこんだ。
うん、丁度お茶でも飲みたかったしありがたいや。
少しほくほくしながら進む方向を変える。
ザームさんの仕事部屋――治療院じゃなくて、個人用の部屋――に入ると、リヴァ茶のいい香りがした。
「そっちのソファーにどうぞ。丁度今お茶が入った所だよ」
言いながらザームさんが応接セットのテーブルにお茶とクッキーを並べてくれた。
遠慮なくソファーに座ってお茶をすする。
「はぁ……。暖まるねぇ」
「外はもうずいぶん冷えるからね。すっかり熱いお茶が手放せない季節だね」
緩い笑みと共にこちらもお茶を飲みながらの返事が来た。
「それで、今回は夜明けまでかかったって事は結構進んだのかい?」
「二百十七階まで行ってきたよ」
さらりと返すと、ザームさんがお茶にむせって派手に咳き込んだ。
ひとしきり咳き込んだ後、私の顔を凝視する。
「……っちょ、待って。…………二百十七階って聞こえたけど?」
「そう言ったんだよ」
「…………そりゃ時間もかかるねぇ……」
「まぁ、ほとんどのフロア、階段を見つけるなり進んじゃったけどね。
――あぁ、これお土産」
突然思い出してアイテムボックスから木の枝のような物を取り出してテーブルに置く。
「これは?」
「百四十七階で倒した敵の破片。なんか、これだけは残ったから拾ってきたの」
「へぇ? そんな事初めてだね。――ありがとう。早速研究材料にさせてもらうよ」
嬉しそうに言って、枝を手に取ると軽く眺めた後でアイテムボックスにしまうザームさん。
「でも、最近ずいぶん上の方まで登ってるけど体はきつくない?
確かこの前も百四十階位まで行ってたよね?」
「不思議と大丈夫なんだ。
昔なら考えられなかったけど、これもこいつのおかげなのかな?
こっちに来てから、あんまり疲れるって事ないんだよね」
言って左腕を軽く叩く。
本当、あれこれ便利なことこの上ない。
「ならいいけど、無理はしないようにね」
「わかってる」
心配そうな声に軽く笑って応じる。
別に無理をしないといけない理由もないし、本人としてはそれなりのペースを保ってるつもりなんだけどなぁ。
「ディノ君の渋い顔が目に浮かぶようだね。
昨日の朝出かけたっきり戻らなかったんじゃ、ずいぶん機嫌が悪かったんじゃないかい?」
ここの所いつも朝ご飯がすむとすぐ塔に向かうから、ディノが夕飯までには帰ってこいとうるさい。
でも、フロア数が多いからそんな制限をかけているといつまで経っても先のフロアにはたどり着けないし。
最近は半々の確率で戻りが翌日の深夜――つまり、三十六時間後になるから、三~四日に一度は小言をもらうような状態。
「ちょっと呆れてたけど、別に怒られはしなかったよ」
怒る隙を与えずに逃げてきただけ、とも言うけど。
「そうなのかい?
昨日の夕方、帰ってきたら一言言ってやろうみたいな事を言ってたよ?」
「ん~。まぁ、心配してもらってるし我慢するよ」
おかしそうに笑うザームさんの言葉に、私は苦笑いで応じる。
ディノのあれは既に過保護の域だと思うんだけど、本気で心配してくれているのがわかるだけにあんまり強くうっとうしがるわけにもいかなくて、少し難しいんだ。
まぁ、ディノがあれやこれや心配性なのは火傷騒ぎのあった三ヶ月前からだし、最近はもう慣れてきてあんまり気にしてない。
……別に聞き流して放置してるわけじゃないですよ?
お読みいただきありがとうございます♪
ここのところ充分な時間が取れないので、使おうか悩んでいたラスト付近を手直ししつつ使うことにしました。
書きたいことはまだあったんですが、半端なままおいておくのもどうかと思ったので、完結に向けて動かそうかと思った次第です。
といっても、まだかなりの話数が必要なのですが^^;
もうしばらくおつきあいいただければ幸いです。




