049 苦くて甘い記憶のかけら。
ディノと二人で話ながら歩いていると、前を歩いていた妹さん達が足を止めてこっちを振り返る。
ちなみに、一緒に買い物に来ていたのは十七~二十四までの四人。
そのうち一人は徹底して口を開かないので話し声は実質三人分な訳ですが、結構賑やかです。
でも、今はなんだか全員黙ってる。
「ねぇ、ディノ兄?」
「うん?」
「ディノ兄はミュルカのこと、好きなの?」
唐突な質問に、ディノが口をつけていたジュースをふいた。
「うわっ、きたなっ」
上がったしぶきに思わず体を引く。
だけど、げっふげふ咳き込んでるのがちょっとかわいそうになって、背中をさすってやる。
本当、普段はこんな隙だらけのくせして、よく神殿でくそ爺と渡り合えてるよなぁ、とか思っちゃうわ。
「そういうのは私のいないところで聞くべきだと思うよ?」
そして、一応たしなめておく。
兄妹の恋愛事情を面白がるのはいいだろうけど、それにしたって最低限のルールってもんがあるだろう。
「だいたい、兄妹なんだから恋愛も何もあったもんじゃないでしょ」
「何言ってるの? 血がつながってないのがわかってるなら、同じ親に引き取られてたって問題ないよ?」
さらりと言われて、首を傾げる。
日本では法律がどうなってたかは知らないけど、あんまり褒められたことじゃないって言われる風潮があった気がするんだけどな。
「……まぁ、法律的には問題はありませんが……」
私の沈黙を確認されているととったのか、ディノがため息混じりにそう答えた。
「何でそんなことを言い出したんだ……」
勘弁してくれ、とでも言いたげにディノが呟くが、言われた方は平然としたもんだ。
「だって、ミュルカはお父さん達が引き取ったことになってるけど、実際にはお兄ちゃんが面倒見てるわけだし。
そんなこと初めてじゃない?
で、お兄ちゃんは前から結婚しない・養子も取らないって言ってたから」
入れ替わった語り手の説明に、ディノと私がため息をつく。
夢見がちなお年頃、と言うには薹が立った人が混じってるのに、何を言い出すんだかね。
「つまり、ディノは恋人以外の面倒は絶対に見ない、と断言されるほど人格を疑われてる、というわけだねぇ。
日頃の行い、改めたら?」
「……そこまで酷いとは思っていませんでしたが……。
多少、妹に対する態度を改めようかとは思いましたよ」
ぬるい笑みを浮かべての言葉に、ディノは再度ため息をついた。
「じゃあなんでミュルカにだけ言葉遣いが違ったり、寮で一緒に暮らしたり、色々特別扱いなの?」
「彼女は神殿で仕事があるし、ザーム先生にも魔術を教えてもらってるからだよ。
うちからじゃ毎日通うのには遠いからね」
「エルとシェザは毎日通ってるじゃない」
ねぇ、と顔を見合わせてうなずきあう四人。
「二人は授業だけだろう?
ミュルカは朝一から仕事があるし、その後で魔術の授業があるから夜も遅くなるんだよ」
「魔術の授業が別にあるのはエルも同じじゃない。
それならエルも一緒に寮の方が楽なのに」
「それじゃ店の手伝いが……っと、エルは店の手伝いはしてなかったか」
しつこく食い下がってくる妹たちに、一つずつ応じていたディノが否定の理由につまった。
そもそもの理由である、私が異世界の人間だって言うのが話せないからややこしいんだろうけど、なんだかなぁ。
ちょっと、彼女たちが考えてることが読めてきた気がする。
あんまり波風立ててもと思ったからおとなしくしてるつもりだったんだけど、面倒臭いしきっぱりやっとくかな。
「……それはつまり、私だけ特別扱いなのにが気に食わない、と?」
小さく笑ってそう言うと、四人が――特に、ひとっこともしゃべらない誰かが、反応する。
「だとしたら言いがかりもいいところだけど?
少なくとも、私にはディノから今の待遇を受けるだけの権利があるし、神殿側もディノにそれだけのことをさせる理由がある。
それに、こいつ自身にもそれだけの負い目がある」
「……どういうことなの?」
「神殿側に事情があったのは知ってるよ。
でも、だからといって私から故郷も家族も、……何より大切だった人も奪ったことを正当化する理由にはならない。
その上でなお、神殿に協力してあげてるんだから、この程度の待遇、最低限の保証ですらないと思うけど。
それでもぐちゃぐちゃ文句つけたいなら、私の仕事、肩代わりして、故郷に帰れるようにしてよ。
そしたら喜んで消えるから」
「ミュルカ」
「どういうこと?」
たしなめるようなディノの声と、先をうながす質問が重なった。
「そ――」
「ここまでにしましょうね。
――それ以上は口にしない方がいいですよ」
言葉を続けようとした私の口を手のひらでふさいだディノが、苦ったため息と共に言葉をはきだす。
「私の配慮不足でしたね。
あなたにも、妹たちにも、まだ顔を合わせるのは早かったようです。
今日はここまでにしておきましょう?
――詳しい事はもう少し事情が落ち着いたらするから、余計な詮索はなしだ。
ミュルカには頼んで側にいてもらってるんだし、それはお前たちがどうこういえる問題じゃないんだよ」
前半は私に向けて、後半は妹たちに向けて言うと、ディノはゆっくり手を引いた。
「大丈夫ですか?」
いくらか心配そうな声に、肯定とも否定とも着かない曖昧な返事をする。
なんだか軽く目眩がするような、頭の芯がぼやけるような感覚があった。
額に手を当てて目をつぶると少し楽だけど、最近はあまり思い出さなくなっていた面影が脳裏を埋める。
……なんだって、こう……。
「私がどこで何をしようが、どうだっていいだろう?!」
「……ミュルカ?」
「遺産だの血筋だの、ごちゃごちゃうるさい。
鴻上でも栗生でも好きにすればいいんだ、そんなものっ」
「……はい?」
「たかが墓参りだよ?!
なんで半年前から予定調整が必要で、会食やらパーティーやらでないといけない?!
だいたい、生き残ったのが私で不満なら、関わらなきゃいいだろう?!
私は私で、あの人達の身代わりなんかじゃ……っ」
――お前がいたから
――何でお前だけ
――どうしてお前が
散々聞かされてきたその言葉が聞こえる気がして、うるさい、とわめく。
すると、何か暖かなものが両耳をふさぐ。
驚いて視線を上げると、笑みを浮かべたディノと視線が絡んだ。
耳に伝わってくるぬくもりと血液の流れる音にひかれるように、冷静さが戻って来た。
「落ち着きましたか?」
私の変化を感じ取ったのか、ディノが耳をふさいだまま問いかけてくる。
そのあんまりにもいつも通りな声に毒気を抜かれて曖昧にうなずく。
だけど、それを信じたのか違うのか、ディノはしばらく両手で私の耳をふさいだままでいた。
いつまでこうしてるんだろうなぁ、とは思ったけど、なんだか手のぬくもりが不思議と心地よくて黙ってされるがままにしてみた。
なんだか少し眠気を誘われる、妙にまったりした空気に目を伏せる。
「私はあなたでよかったと思ってますよ」
「うん?」
「何があったのかはわかりませんし、慰めにもならないでしょうけどね。
それでも、私はあなたが生きていてくれて、出会えてよかったと思っています」
ゆるく耳をふさいだまま、そんなことを言われてうつむいたまま小さく笑う。
思ったより近くにいたのか、額がディノの体に触れた。
「うん。あんた、本当お人好しだね」
くすくすと笑いながら言うと、ディノが笑う気配が伝わってきた。
音として耳に届くんじゃなくて、触れている体と手のひらから直接感じられるのがなんだか不思議だ。
「お人好しを連呼するのはミュルカくらいですよ」
「そう? ディノには似非笑顔の慇懃無礼より似合うと思うけどなぁ」
「なんでそれを比較対象に出すんだかが今一わからないんですけど」
「私の中では、ディノはその両方だと思うから」
たぶん、ディノの持つ個性のうちの両極端な部分なんだろうけど、どっちもらしいと思う。
左手を私の耳に触れているディノの右手に重ねる。
骨が見えるほど豪快にえぐってしまったというのに全く私を責めなかったのも、いつぞやの失言爺を笑顔ではめていたのも、ザームさんに手玉に取られてたのも、全部同じ人間だ。
だからこそ、面白いんだろうと思う。
「ねぇ、ここにいるよ」
「はい?」
「ここにいるよ
走って走って、どこにもたどり着けないここで
どこまで行っても所詮はここで
ここに戻ってしまう、この場所で
きっと、出会ってすらいない君に会うため
走って走って、けっしてたどり着けないここで
僕はここで、この場所で歌っているよ」
小さな声で歌ったのは、知り合いがなかば口癖のように四六時中口ずさんでいた歌だ。
本当はもっと長い歌なんだけど、私はこのフレーズだけしか覚えていない。
「あなたの故郷の歌ですか?」
「そんなところかな。
知り合いが好きでよく歌ってたからいつの間にか覚えちゃってね。
どこにもたどり着けなくて、どこからもたどり着かない場所に行きたかったんだって、よく言ってたよ。
……まぁ、人間誰しもそんな風に思うんだろうけどね」
なんとなく、その知り合いの気持ちはわかる。
自分の周りのしがらみがうっとうしくて自由になりたいのに、縛り付けてくる鎖がなくなったら生きていけない無力さも知っていた。
だからこそどこかに行きたくてもいけなくて、どこにも逃げ場がないその場所であがいていたのは、みんな同じ。
たぶん、こんな遠くに来てすら、それは変わらない。
絡みついてくる鎖は重荷であると同時に命綱だから、切り離す事なんてできなくて、でも切り離してみたくて、そんな自分に怯えてる。
「そんな風に思えるうちが花、なんて言ってたけど。
……いつか、そんな風に思えるようになる日が来るのかな?」
「それはあなた次第でしょうね。
でも、諦める必要はないと思いますよ?」
「別に諦める気はないよ。
ただ、知りたいだけ、かな」
そう言って、ディノの手をゆっくりと耳から引き離す。
「こんな歌をずっと歌ってたあいつの気持ちを、
何にも言わないでただ笑ってた人の思いを、
知りたいと思う。
だから、一貫しないように見えても全部私だし、それはディノだって同じだと思うよ」
「確かにそうですけど、なんでまた、急にそんな話を?」
「なんとなく思いついたから?」
もっともなディノの疑問に私は首を傾げる。
言い出した私自身、何かを考えていたわけでもなくて、ただ、そう思っただけだ。
「しいて言えば、ディノがお人好しだからじゃない?」
情緒不安定な私のことを放っておけなくて、不器用に慰めようとしてくれた言葉に、古い記憶を刺激されたというだけのこと。
「では、そういうことにしておきましょうか」
話す気がないとわかったのか、ディノは微苦笑で私の頭をなでる。
……その手の柔らかな動きに、もういない両親を思い出したのは、秘密。
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