047 夜の話し合い。
頭をなでてくれるシェムさんにどう対応したものか困っていると、湯上がりの一団が現れた。
十代前半らしき子供達がわさわさと現れて、にぎやかにお水を飲んで去っていった後には、私とシェムさんと、ディノが残った。
「風呂係ごくろうさん」
「普段何も手伝ってないから、帰ってきた時くらいはね。
それよりも二人はこんなところで何の話を?」
空いている椅子をひいて座ったディノの言いように小さく首を傾げる。
「おおむね、あんたの所行の是非について?」
「はい?」
「いや、なんか微妙に話が食い違ってるなぁ、と」
「……あぁ。
あまり詳しい説明はできませんでしたから、そのせいでしょうね」
「ディノ、家族に向かってその口の利き方はないだろう?」
私相手についなのか普段の口調に戻ったディノを、シェムさんが苦笑いでたしなめる。
「形式はともかく、実際には家族でも何でもないわけですし、私は気になりませんけど」
別にその程度どうでもいいだろうに、と思って言うと、盛大にため息をつかれてしまった。
「うちでは兄妹は等しく同じ扱いが原則なんだよ。
ディノがあんたにだけ言葉遣いが違うんじゃあねぇ」
「あぁ、それはまずいか。
がんばれ?」
言われてみれば、確かに微妙かも知れない、と思ってディノに返すと、なんとも微妙な顔をしている。
「あなたを妹扱いするのはかなり大変な気がするんですが……」
「別にそっち系のプレイな訳でもなし、気にしなければいいんじゃない?」
何にこだわっているんだろうと思って尋ねると、ディノがテーブルに突っ伏して撃沈した。
「……なぜそこで、そういう発想が出るんだかねぇ」
こっちは微苦笑のシェムさん。
「で、ディノ?
彼女は一体どういう理由でうちの養子にする必要があったんだい?
あの時は、あんたがあんまりにも真剣だったし、ひとまず急ぎで手続きをしたいって言うから細かいことは聞かなかったけど、なんだか不穏な話も出てきたじゃないか」
「……不穏?」
「半分誘拐された的なことは言っちゃったかなぁ」
視線を向けられて、さらりと説明すると、ディノは小さく肩をすくめた。
「半分というか、完全に誘拐でしょうけどね。
――まぁ、母さんには話さないで済ませるわけにはいかないだろうとは思ってたから、説明するのは構わないよ。
ただ、一応極秘事項だから、父さん以外には内緒で」
そんな風に前置きをしてから、ディノはざっくりと今までの経緯を説明した。
話を最後まで聞いたシェムさんは、頭痛でもするかのように、眉間をもんだ。
「つまり、勇者の召喚という名目で、この国は年端もいかない女の子を誘拐してきた挙げ句、荒事を押しつけた上、ろくな支援もしていない、と。
そして、ディノはその片棒を担いだわけだね?」
うん、要約すると結構酷い話だね。
「まぁ、そういうことかな」
ディノも言われる覚悟はしてたのか、いたってのんびりと応じる。
ですます調じゃないのに違和感を感じるのは……私悪くない。
「よくよく話を聞いてみたら、生活水準も文化も全く違う。
そんな状態で何のフォローもしなかったら生活できるわけがないって遅まきながら気がついたんだ。
せめてきちんと戸籍を用意できればあれこれ楽になるだろうし、俺の妹って形になれば神殿の寮に入れるのはわかってたからね」
「確かに、ディノ自身が養子に取るわけにはいかないからねぇ」
「……あれ、そういえばなんでそうしなかったの?」
「伯爵側の思惑もありますからね。
正直なところ、私が結婚したり子供を作ったりするのはあまり歓迎されないでしょう」
「うわ、めんどくさ。両側で違う事言ってるし」
思わず本音が口からもれた。
慌てて口を押さえると、ディノがくすくす笑う。
「ミュルカの故郷では貴族制度はなかったんですか?」
「まぁ、昔はあったし、まだあるところにはあるだろうけど、私が育った文化圏ではそんなのをありがたがるのは一部の趣味人だけだったねぇ」
「こんな風に、一々常識が違うから、誰かが側にいないと危なっかしいんだよね」
「……確かに、こうもあっさりはっきりと貴族に否定的なことを言うのはまずいね」
「だからまぁ、うちの養子になって俺が面倒見てればそれなりに庇えるかなっと思ったっていうのが理由だよ。
ほとんど事後承諾で悪かったと思ってる」
「うん、あんたがその口調だとなんかうさんくさい」
またもや、つい思ったことを口にすると、ディノが再度撃沈。
「……あなたは一体、私をなんだと思ってるんです?」
「ん~? 似非笑顔の慇懃無礼?」
「…………ミュルカ?」
「だって、最初は思いっきりそういう感じだったじゃない」
そうなんだよねぇ。
最初の頃のディノは、態度こそ丁寧だったけど、どこかこっちを小馬鹿にしているような気配があった。
だからこそ、私はあんまり信用していなかったというのもあったんだけど。
「でも、なんか最近は変わったよね。
敵に回したら際限なく殺意わきそうなうっとうしい相手だろうけど、味方につけたらすごく便利なタイプ?」
「……それはけなされているんでしょうか?」
「ご随意に」
遠い目になったディノの質問に、笑顔で返すと、盛大にため息をつかれてしまった。
私、けっこうこいつにため息つかせてばっかりいるかもしれない。
まぁ、だからなんだって話だけどさ。
「それは、こちらで親しい人間を作る気はないという意思表示ですか?
でなければ、特別な相手はもういらないという意味でしょうか?」
「どちらでも、かな。
私は本当に、どっちでも構わないというか、どうでもいいというか。
自然と親しくなるならまだしも、義務みたいに無理矢理親しくする必要性も感じないし」
「ひとまず、付き合う必然性のある相手と親しくなることまで拒否しているわけではない、と取らせていただきます」
いくらか困ったようにそう言われて、小さく笑う。
ディノのこういうところ、嫌いじゃないな。
「……仲がいいんだか、悪いんだか」
おかしそうな言葉に視線を動かすと、シェムさんがおかしそうな笑みを浮かべていた。
「ディノが外面の言葉遣いだからさほど親しくないのかと思えば、それなりに仲がよさそうな軽口の応酬はするんだねぇ」
「まぁ、最初があの言葉遣いだったから、途中で変えるのもなんだかと思ってそのままなんだよ。
あれで慣れちゃうと変えるのも違和感があるし」
「だねぇ」
「……面と向かってうさんくさいとか言われるともう、変えようがないってのもあるけどさ」
からかうような色を混ぜての言葉に、微苦笑で肩をすくめる。
「だって、なんかもうディノはあの言葉遣いってイメージがあるから落ち着かないんだよね」
「私としても、変えるつもりはありませんから大丈夫ですよ」
器用に、私に対して話す時だけ普段の言葉遣いになる。
「まぁあんた達はそれなりにうまくやってるみたいだし、心配ないみたいだね。
ところで、そういう事情だっていうことは、色々大丈夫なのかい?」
「色々?」
「女の子の問題、とかさ。
あんた、そこまでは面倒見てやれてないだろう?」
シェムさんの言葉に、ディノが一拍おいて赤くなる。
「さすがにそれは……」
「うん、今気付いたってところだね。
こっちに来て三ヶ月だっけ? これまでどうしてたんだい?」
「もとから結構不順な方なんで、こっちに来た直後、軟禁状態だった頃に一度あったきりですよ。
まぁ、そろそろいつ始まってもおかしくないような時期ではありますけど」
「なるほどね、それは運がよかった。
……って、いつまで私に敬語なんだい?」
「……と、言われても……。
まず問題にするの、そっちですか?」
「大問題だよ。
地のしゃべり方ならともかく、親に対してそんな他人行儀な言葉遣いをする子供がいるもんかい」
さっさと直せ、と言いたげににらまれて、ちょっと困った。
ザームさんといい、この人といい、こっちの大人――私もいい大人なんだけどさ――は丁寧語がお嫌いなようで……。
「ええと、……ごめんなさい?」
ちょっと首をひねりながら呟くと、シェムさんにぽんぽんっと頭を軽く叩かれてしまった。
「ゆっくり慣れてくれればいいよ。
ただし、慣れる努力は忘れないように」
「はぁい」
少し間延びさせた返事をすると、満足そうにうなずかれた。
「ま、話を戻そうか。
せっかく今日戻ってきたんだし、話はつけておくから、明日うちの連中と買い出しに行っておいで。
どういう場所に行ったら買えるのかもしっかり覚えておかないとこれから困るだろうからね」
「うん、ありがとう。
……実は、ちょっとどうしたもんか悩んでたから助かる」
「大問題なんだけど、男はちっとも気付きゃしないからね。
毎月大変なのに思いやりに欠けるったらありゃしない。
他に、何か困ってることはあるかい?
下着類は? 櫛とかハンカチとかの小物はどうだい? 化粧品やら肌の手入れをするものは?」
立て続けに質問されて、その類のものは手つかずなのを白状する羽目になった。
「今はいいだろうけどね、この辺りは夏の終わりぐらいから空気が一気に乾燥するんだよ。
ずっとここで暮らしていても、きちんと手入れをしておかないとひび割れたり荒れてかゆくなったり大変なんだ。
ミュルカはここに来たばかりだし、早めに対策し始めないと辛いよ」
「……そういえば、みんな顔だけじゃなくて、全身クリームを塗ってたような……」
「女は男より皮膚が弱い傾向があるみたいでね。
ミュルカもしっかり手入れをした方がいい。
男が世話係じゃ行き届かないったらないね」
てきぱきと、明日の買い物予定が組まれていくのを聞きながら、そういえばザームさんの所からも化粧品がって話題が出てたけど、そういう理由だったのかな。
「うん、明日は一日がかりで買い物をしておいで。
予算は付くんだろう?」
「それは心配ないよ。
たぶん、買い物が必要になるだろうと思って用意してきたから」
「……はめられたっ?!」
シェムさんの確認に、さらりと応じたディノに思わずかみつく。
「まぁ、ミュルカを連れて来たら買い物という流れになるだろうとは思っていましたからね。
そういう意味でははめたと言われても否定できません」
「確信犯ーっ!」
「いいじゃないですか。必要なものを用意するだけなんですから」
笑顔でいなされ、なんだか納得がいかない。
眉間にしわを寄せていると、ディノがくすくす笑った。
「心配しなくても、生活に必要なものを買いそろえる予算はちゃんと経費扱いでおりることになったんですよ。
この間、あなたと一緒にそう『お願い』したでしょう?」
言われて小さく首を傾げてから、二人がかりでどっかの失言爺を脅して生活費を要求したことを思い出す。
あのお金が手元に届いたのか。
「あぁ、なるほど」
「ひとまず、人一人がしっかり生活できるだけの雑貨や服をそろえられる金額、ということで千五百ルトの支給が決まりましたから、その範囲内で必要なものをそろえてください。
普段着や小物だの、私と選んでいるんじゃ足りないものがでるでしょうし、丁度いい機会ですよ」
「……確信犯に言われたくない!」
確かにもっともな意見なんだけど、どうにもはめられた感がぬぐえなくてそう言うと、シェムさんがおかしそうに笑った。
「しゃくなら荷物持ちにディノを連れて行けばいいさ。
あれこれ買い出しするならいるに越したことはないからね」
アイテムボックスがあるから、別に荷物持ちなんていなくても大丈夫だけど、女の買い物に付き合わせるのは、男にとってはちょっとした罰ゲームだろう。
うん、意趣返しには丁度いいかもしれない。
「じゃあ、明日はディノを荷物持ち兼お財布に連れ歩こうっと」
笑顔で言い切るとディノの表情が少し引きつった。
ざまぁみろ、だ。
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