40-11 昔の失敗はできれば思い出したくないけれど。
翌日はディノが午前中は忙しいと言うんで、午後から買い物に付き合ってもらう約束になった。
いや、男と二人で服を買いに行くとか微妙っちゃ微妙なんだけど、値札が読めないとか、価格の相場がわからないとか、お財布預かってるのがディノだとか、色々問題があるもんだから、一緒に行く方が楽だろうっていうことになったんだ。
なので、私は午前中はディノがまた少し調整した魔術具の試し打ちをすることにした。
ただ、今日は一人。
あらかじめディノに言われたブースを指定して借りると、練習に入る。
今日は試作品の強度確認も兼ねてるんで、威力の強弱をつける練習をしてから、あとはひたすら数をこなす予定。
買い物前に疲れないかなぁ、と言ったら、あっさり否定されてしまった。
そんなわけで、真面目に一時間ほど練習して、少し喉が渇いたんで、水筒に入れてきたお茶を飲む。
うん、冷たいリヴァ茶にミルクたっぷりと、焦がしキャラメル、美味しい。
「少しいいですか?」
突然かけられた声に振り向くと、ネットで仕切られたブースの外側に、昨日の誰かが立っていた。
……ええと、名前なんだったっけ?
「何がご用でしょうか? 訓練中なんですが」
しょうもない用事なら帰れ、と言外に含めて尋ねると、少し首を傾げられてしまった。
そして、一歩後ろに立ってる女性がなんか眉間にしわを寄せた。
たぶんこいつのおつきの人間なんだろうけど、主人が話しかけてる相手にその態度はまずくないかな。
こいつからは見えなくても私からは丸見えですよ。
「生活と命がかかってるので、訓練の手を抜くわけにはいきませんから。
それ相応の用件ならば中断しますが?」
庶民が自分に逆らうとは思っていなかったってところかな。
きょとんとしている本人の後ろで、どんどん怖い顔になっていく誰か。
「仮面、はげてますよ?」
自分の眉間を指して呟くと、ディノの弟はやっぱり首を傾げる。
その後ろで、舌打ちでもしたそうな忌々しげな顔になっている人間がいるのには気付いてない様子だなぁ。
私、こういう権力のある人間に雇われてるだけで自分まで偉くなった気でいる馬鹿は大嫌い。
もうちょっとからかってやろうかな、とも思ったけど、それも大人げないか。
「用事がないのでしたら訓練に戻っても?」
いっかな切り出してこない相手に尋ねると、やっと我に返った様子で首を振る。
……つか、これ本当にディノと血がつながってるの?
えらくとろくさいなぁ……。
「その、急ぎの用事ではないのですが、少しあなたと話をしてみたいのです」
「ディノのことなら本人に聞くべきかと思いますけど」
「いいえ。あなたご自身と話をしてみたいのです。
お時間をいただけませんか?」
「さっきも言ったとおり、私は訓練中で忙しいんですが?」
相応の用件でなければ帰れ、と直接言わないとわからないんだろうか、こいつは……。
私がちょっとあきれてため息混じりに返したら、後ろの誰かのこめかみに青筋が。
うん、やり手のキャリアウーマンっぽい雰囲気だけど、中身はもうちょっと安っぽいかな。
「あなた、この方をヘルベルト・ハーフベック様だと知った上での態度ですか?」
切れたのか、後ろの誰かが高飛車な言い方で会話に割り込んでくる。
――あ、そういう名前だったか。ちょっと助かったかな。
「どなたか存じませんが、紹介もされていないのに他人の会話に割り込んでくるのは失礼ではないとおっしゃる?」
でもちょっとかんに障ったのでさらりと切り返すと、いっそう目つきが険悪に。
なんか腹立ってきたし言い負かしてやろうか、と思って口を開きかけた時、小さくため息をついてヘルベルトとやらが片手を軽く上げた。
後ろにいた誰かの顔の前に手の甲が来るようにして。
「ティアナ」
一言、短く言っただけで、誰かは失敗を悟ってか「申し訳ありません」と呟いた。
「部下のしつけがなっていなくて申し訳ありませんでした。
もしよろしければ、訓練を続けながらでいいので少しおつきあいくださいませんか?」
軽くとはいえ頭を下げての謝罪に続いた提案に、少し考える。
少し、乗せられたかな。
連れが失言をするのを待って、私の対応を見られたかもしれない。
「無駄話には付き合いませんがそれでよければ」
ま、相手を探ってるのはお互い様だろう。
それだけ答えると、的に向き直る。
ちなみに、今日使っている試作品(改)は、本体は今まで通りブレスレット状態なんだけど、そこからまた紐を伸ばして、中指に巻き付けた魔術符とつながっている。
これが今回の改良の目玉。
なんと、これで麦粒が自動取り出しになった。
本人曰く、かなり条件を限定したアイテムボックスを取り付けたのだという。
入れられるのは、魔術具の核に使うものだけ、というか、魔術に使う時にしか取り出せないし、入れられるのも一種類だけ。
その代わり、その一種類を九百九十九個まで入れられるという、荒技ぶり。
まぁ、これは一個かなり小さいものだという前提での話なんだけど、一々ポケットからつまみ出さなくてよくなるのは助かる。
中指に巻き付けた魔術符に触れると、入れておいた核が一個、手のひらに取り出されるという単純な作りだから組み込めたという。
慣れれば触れなくてもできるらしいけど、とりあえず今は無理。
手のひらを上に向けて、中指の符に親指で軽く触れる。
すると、麦粒が取り出されるのを合図に次の魔術符が発動、と連鎖していくのも、ディノがかなり苦心して、私が処理しやすい速度を探ってくれている。
だからか、バーションアップの度に格段に使いやすくなってるんだよね。
魔術が発動して、核が魔術で覆われてしまえば手のひらを動かしても落っこちたりしない。
今回は軌道制御は初期値の障害物を避けての最短距離、威力は二で、狙いやすさを考慮して指で的を指してから射出。
うん、ちゃんと指で的を指して発動させると外すの不可能だなぁ。
対爆発魔術仕様の的がわずかにゆれたけど、それもすぐにとまる。
まぁ、こんなものかな。
あとは、ザームさんに言われた、狙いをつけないであてる練習に切り替えよう。
指で的を指さないとか、目をつぶったままねらうとか、そういうやり方だ。
これができるようになったら、今度は障害物を避けたり、あるいは敢えて貫通させての攻撃に挑戦するらしい。
ひとまずは手を下に下げたままでの発動に挑戦しよう。
……何度かその状態で打ってみたけど、やっぱりちょっと命中精度がさがってるなぁ。
的には当たるんだけど、中心に当たる率が下がってる気がする。
あと、狙いをつけるのに少し時間がかかるようになってるような……。
どっかの孫をスパルタしてる狐爺じゃないけど、要・修行だなぁ。
どうしたらうまくなるんだろう、と首を傾げていると、後ろから咳払いが聞こえてきた。
振り返ると、すっかり存在を忘れていた二人組がいた。
「なにか?」
「それはなんの練習ですか?」
「見ての通り、攻撃魔術の練習ですが?」
「……その、どういった魔術なんでしょうか?」
「さぁ、それは開発者にでも聞いてください。
オリジナル魔術だそうですから、勝手に他言していいか判断しかねます」
魔術の開発が仕事でもあるようなことを言っていたし、それなら勝手に部外者に話すのはまずいだろうと思ってかわすと、何やら酷く驚いたようだ。
「……オリジナルの魔術を教えてもらったのですか?」
「そうなりますね」
正確にはオリジナルの魔術具を作ってもらっているところなんだけど、まぁ、大差ないだろうし。
「その方は余程あなたのことを信頼しているのですね。
普通、オリジナルの魔術を他人に教えるようなことはしませんよ」
「そうなんですか。
では、ディノには改めてお礼を言っておくことにします」
「彼に教わったのですか?!」
おや、いっそう驚かれてしまった。
「あの人はあまり他人にそうやって自分の技を教えたりする方ではないと思っていたのですが……」
「まぁ、少なくとも私は他人ではありませんが」
感情を込めずに返すと、顔をしかめて黙ってしまった。
ま、嘘は言ってない。
同居人で監視対象で同僚だし。書類上は兄妹だし、ね。
しかし、相手はどう受け取ったのか、じわじわといっそう微妙な表情になっていく。
なんだか長引きそうな気配だったんで、的に向き直って練習を再開する。
二人とも慣れれば手で狙いをつけなくても正確に命中させられるようになるって言ってたしな。
後は数をこなすしかないんだろう。
そのまま、ひたすら黙々と魔術を使い続ける。
うぅん……。
やっぱりなんだかいまひとつ、難しいんだよねぇ。
後ろにいるのがディノかザームさんなら何かアドバイスしてもらえるのにな。
役に立たない人がいてもどうしようもない。
ゆっくり狙いをつけてから打つと、多少当たりやすい気はするんだけど、あんまり時間かかってもなぁ……。
ひとまず今日の課題ってことで、後でディノに聞いてみよう。
「手を下げたまま狙う練習ですか?」
「そんなところですね。
……ところで、そんな話だけでしたら気が散って邪魔なので帰っていただきたいのですが?」
魔術談義なんか専門家同士でやれよ、と言いたい。
そもそも、無駄話には付き合わないって最初に言ったのになぁ。
「申し訳ありません……。その、何を話したらいいのかわからなくて」
……いや、それこそ私の知ったことじゃないんだけど。
「あの人のことを、お聞きしたかったのですが、何から聞いて良いのか悩んでしまって」
「どんな人間かわからない相手に、知り合いの個人情報をもらす気は毛頭ありません。
知りたいことは本人に聞いたらどうですか?」
さらりと言い捨てると、背後からため息が聞こえる。
聞けるものなら本人に聞く、とでも言いたいんだろうけどさ、それ、根本的に間違ってますから。
「あなた自身がどう考えているのかは私にはわかりませんけどね」
突っ放してやろうかとも思ったんだけど、ディノもまだどうするか決めかねてるみたいだったし、少しはフォローしておくか。
「あなたの言動は随分傲慢だと自覚なさってますか?」
「……え?」
「爵位を持った相手の『お願い』を庶民が断れるわけがないとわかっています?
あなたの言葉が命令調でなかったとしても、口にした時点で『命令』になっているんですが自覚されています?」
「そんなつもりはっ」
「貴族制度というのはそういうものでしょう。
高価な服を着て、護衛だか秘書だか知りませんが、使用人を引き連れて歩いている人間に言われたら、こちらは『命令』だと取ります。
そう取らせようとしているとしか思えませんよ。
現にあなたの使用人の態度もそう考えているとしか思えないですし」
言葉の合間に魔術を発動させて、練習の手を止めないようにしながら、つらつらと言葉を紡ぐ。
「あなたがディノにたいしてどんな思いを持っているのか知りませんが、誰かのために何かをしたいと考えるのなら、まずは相手の立場に立って考えてみたらどうです?
職場に多額の寄付をしてくれている権力者が自分にだけ露骨に態度が違う。
――周りとの軋轢を生むには充分ですよね?」
「……あ」
「私の目には、ディノは自分の実力を充分わかっている人間だと映ります。
一方的な施しは嫌うと思いますが、あなたには一体どんな人間に見えているんでしょうね?」
的を見据えたまま、ひたすら魔術を発動させ続けながら話す声が苦ってきたのが自分でもわかる。
――これは愚かで考えなしだった私が言われるはずだった言葉だ。
「誰かのために何かをしたいという思いは、結局自己満足なんですよ。
相手のためにがんばっている自分に酔っていてはなおのこと。
喜んで欲しいなら、どうしたら喜んでもらえるのか考えることをやめたら駄目ですよ。
自分なら嬉しいこと、ではなくて、相手がして欲しいこと、を見つけなくては意味がありません」
私がしたいこと、をしたために迷惑をかけた人がいる。
勘違いした思いでやらかしたことで、困らせてしまった人がいる。
だから、間違えちゃいけないと心に刻みつけた。
自分がしたいことをするのは押しつけで、相手が本当に望んでいることを察する努力がなければすべてはただのわがままでしかない。
喜んで欲しければ、喜んでもらえる何かを探す努力はおしんじゃいけない。
そんな単純なことが酷く難しいのだと、あの時に思い知ったから。
あの時、それを知ったなら次は間違えそうになっている人に教えてあげてくれればいいと、私を許してくれた人たちとの約束は守らなきゃいけない。
「……まぁ、偉そうなことを言った所で、私も間違えた手合いですけど」
小さく肩をすくめると、背後から小さく、いえ、と呟きが返された。
「何となくわかった気がします。
――あなたのような方でよかった」
「……はい?」
「長々とお邪魔をしました。
いつかまた、お話しできる機会があることを祈っています」
言うだけ言って、頭を下げると立ち去っていく。
……なんだったんだ、一体?
お読みいただきありがとうございます♪




