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不思議な塔にまつわるあれこれ。  作者: ちびやな@やなぎ
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40-9 新キャラは面倒なフラグと共に。

「こんなところでお会いできるとは思いませんでした」


 突然現れた男はふっと表情を和らげて、私ではなくディノに向かってそう言う。


 言われたディノは少し困ったように笑って立ち上がった。


「わざわざ立たないでください、あに……」


「ご無沙汰しておりました、ヘルベルト様」


 相手の言葉を遮って、ディノが頭を下げる。


 ……いや、丁寧なようでいて結構失礼じゃないか、それ?


 私が首を傾げながら見守っていると、ディノはなんだか微妙な態度で、相手もそれを読み取ってか苦笑いでうなずくにとどめた。


「あまりこの辺には来ないようでしたけど、今日は気分転換ですか?」


「そのようなところです。

 彼女にここの揚げパンをごちそうしようかと思いまして」


 ディノの言葉にある大幅な省略に、おやっと思ったけど、二人から視線を向けられてしまった。


 このままじゃまずいな、と思って立ち上がる。


「お初にお目にかかります」


 どんな関係の相手かわからなかったんで、ひとまず名乗らずに礼だけする。


 こっちの世界でどの程度の挨拶が適当なのかはわからないし、ディノと大体同じくらいに頭を下げておいた。


「彼女は?」


「ミュルカといいます。

 縁あって私が預かることになりました」


「……預かる? ご両親ではなくあなた自身がですか?」


「はい。彼女は魔力が不安定で暴走の危険がありますので、私が預かる方がいいだろうということになりました」


「……女性を、あなたご自身が、ですか?」


 ディノの返事に、呆気にとられた様子で私とディノを見比べる人。


「はい」


 一方のディノは笑顔でうなずく。


 ……あぁ、なんか違和感があると思ったら、こいつ、鉄壁の外交用笑顔なんだな。

 最初の頃は、私にもこういう態度だったけど、同居の話が出るちょっと前あたりから少し態度が変わってきたんだっけ。


 てことは、結構嫌われてるのか、この人?


 私がほとんど他人事の気分で状況を見守っていると、ヘルベルトとかいうらしい人は改めて私に視線を向けた。


 ちなみに、今日の服装で私を女だと思うのはちょっと変わり者の部類だと思います。

 かなり着古した、男物の、それも傭兵御用達の店で調達したらしき一式ですからね。

 女性名だから女なんだろうけど……、とか思ってるに一票。


 しっかし、いくら何でも、上から下まで三往復も観察されると結構気分悪いんですけども?


「ディノ、この人誰?」


 質問の形で、遠回しに名乗りもしない非を責めると、これにはディノが答えた。


「こちらはヘルベルト・ハーフベック様です。

 ハーフベック伯爵のご長男で、神殿への喜捨も頻繁に行ってくださっている方ですよ」


 ……うぅん。どうリアクションしていいか難しい返事が返ってきてしまった。


 それってえらい人? とか聞いたらまずいよね……。


「とりあえず、地位としてはあなたより多少上ですね。

 まぁ、失礼のない程度で大丈夫かと思いますよ」


 私の考えることはお見通しだったのか、ディノがやんわりとした口調で説明してくれる。


 普段より少し、親しげな感じだ。


 ……あぁ、そういうこと?


「まぁ、私は礼儀正しくする義理のある人にしか態度改めないけどね」


 しれっと言い放つと、ディノが苦笑いになった。


「困った人ですね」


 本当に困ったようでもない言葉に私も小さく笑う。


「少なくともこの町に私が義理を感じる必要を感じる相手は、ディノとザームさんくらいしかいないからねぇ」


「……まぁ、あなたにとって恨みを持っている相手の方が多いでしょうね」


 ディノがそう言って軽く私の頭をなでる。


 義妹にするのが許される範囲だけど、見ようによっては結構親密にも見える、そんな具合の仕草だ。


「……その、お二人は……?」


 だいぶ戸惑ったような声に振り返ると、そこにはヘルベルトさん。


 偉いらしいから、一応敬称はつけてみた。


 だって、伯爵令息ってことは、将来の伯爵で、爵位は私に仮発行されてる子爵位よりも一つ上ってことだしね。


「ディノは私の後見人で、同居人?」


 首を傾げつつそう言うと、ヘルベルトさんの目が見ひらかれる。


「……同居?」


「はい。つい先日からですけどね」


「それは……以前の話は断られるということですか?」


 なんだかショックを受けた様子のヘルベルトさん。


 本当、何があったんだろうね、この二人。


「最初からお断りさせていただいていました。

 あなたの感傷で自分の人生を不本意な方向に曲げる気はありません」


「ん? なに? もしかしてディノってば結婚を強制されてたの?

 うっわ、なにそれ、前時代的な嫌がらせ?

 それとも自己満足な善意もどきの身勝手押しつけ?」


 おぼろげに事情が読めてきたんで、私が眉を寄せてさも嫌そうに言うと、ディノは苦笑い。


 一方、ヘルベルトさんは思わぬ事を言われたような表情になった。


「私はそんなつもりでは……っ」


「でも結果としてそういうことでしょう?

 お貴族様同士の政略結婚は好きでやってるんだろうから勝手にやればいいだろうけど、庶民を巻き込むのは良くないよ」


「ですが、不当にその地位を奪われた人を、本来あるべき場所に戻すためにそういうことが必要ならば、それは仕方がないと思いませんか?」


「当人がそれを望んでいるなら、ありなんじゃないの?

 ――ディノは迷惑そうだけど」


 私が小さく笑って言うと、ヘルベルトさんはしゅんとした様子でディノに視線を送る。


「……ご迷惑でしたか?」


「私は今の生活に満足していますし、貴族として生きていきたいとは思っていませんから。

 私のことを気にしてくださるのなら、今まで通り、神殿と孤児院への喜捨を続けていただけるのが一番嬉しいですよ」


 さすがにかわいそうになったのか、いくらか口調と表情を和らげたディノの言葉に、ヘルベルトさんは少し浮上したようだった。


「わかりました。

 その、お邪魔をして申し訳ありませんでした」


「お気になさらずに。

 こちらもお元気そうなご様子を拝見できてよかったと思っています。

 なかなか、こちらからお声をかけるわけにもいきませんし」


 ディノがそう言うと、相手は苦笑いで小さく頭を振った。


 気にしないでいいのに、とでも言いたげな様子だったけど、実際に口にしないのはどんな返事が返ってくるか知っているからなんだろう。


「私が言うのは違うかも知れませんが……。

 ミュルカさん、彼のことをよろしくお願いします。

 ――それでは、私はこれで」


 言うだけ言って、返事を待たずに立ち去るヘルベルトさん。


 うん、マイペースだね。


 でも、引き際をわかっているあたりは格好良いと言えなくもない。


「――で? なんだったの?」


 充分に相手が遠ざかったのを確認してから尋ねると、ディノはいくらか自嘲めいた笑みを浮かべた。


「――弟です」


「……あんたの家では貴族の息子まで引き取ったんかぃ」


「いえ、父の――実の父親が本妻に産ませた弟です」


「…………重い情報をさらっと言ったね?」


 ちょっとリアクションに困って、ちょっと首を傾げてみせると、ディノは、とりあえず座りましょうか、とだけ言った。


 確かにいつまでも立って話している必要もない。


 座って、ひとまずジュースをすする。


「ま、こんなところでする話でもなさそうだから今はいいよ。

 ――場所を変える? それとも、買い物に行く?」


 色々こみいった事情がありそうだったんで、ひとまずそう言うと、ディノは驚いたように私を見た。


「買い物、ですか?」


「話したくないなら、無理には聞かないよ。

 誰でも知られたくない、口にしたくない事情の一つや二つあるからね」


「……気にならないんですか?」


「まぁ、興味がないわけじゃないけどね。

 私だってディノが知りたいだろうけど話したくない事はあるから。

 ――最近、あんまり帰ろうとしてない理由とか、ね」


 そうなんだよね。


 最初は帰らせろの一点張りだった私が、最近帰れても帰れなくても、程度になっている理由が気になってないはずもない。

 それに、この前火傷した時の騒動も、聞きたいことはあるだろう。

 なんか、中途半端に変な情報を口走った記憶がある。


 それでも口にしないのはディノなりの優しさなんだろうと思う。

 だったらこっちからもあんまりつつくようなことはしないのが礼儀ってもんだろう。


「……本当にあなたは……」


 言葉だけは少し呆れたような、けれど実際には半ば以上感心したように呟く。


「それは、聞かれたくなかったらあれこれ質問してくるな、という牽制ですか?」


 続いた言葉はどこかおかしげで、表面ほど毒があるようでもない。


 本当、こいつも性格悪いよなぁ。


「まぁ、話すのが楽しい話題ではありませんが、神殿では半ば公然の秘密ですからね。

 知らないと困ることがあるかも知れませんし、お話ししておいた方がいいでしょう。

 お茶が一段落したら場所を移しましょうか」


 笑顔でディノがそう話題を締めくくった。



 うん、ちょっと面倒な話を聞かされそうなイベント確定。


 ……面倒ごとは嫌だから知りたくないって言えば良かったかなぁ、とか思ってるのは秘密。

お読みいただきありがとうございます♪

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