038 思い出したくないこと。
「それで、さっきはなんだってディノ君の治療魔術を弾いたりしたんだい?」
笑顔で尋ねられ、ちょっとタルトの意趣返しが入ってるんじゃないかな、なんて勘ぐってしまう。
「あぁ、先に言っておくけどね。
なんとなくとか、ついとか、そういう曖昧な言い訳で誤魔化さないようにね。
流石にこればっかりは危険だから原因をはっきりさせないといけないから。
そうしないと、治療魔術も保護魔術も、他の術であろうと君にかけることはできないよ」
目一杯釘を刺されてついため息をつく。
「あんまり楽しい話じゃないよ?」
「ま、こっちも楽しむために聞きたいわけじゃないからね」
あきらめ半分、前置きがてらの言葉にザームさんがさらりと応じる。
……まぁ、話せと言われる理屈はわかるから仕方がないんだけど……。
「先に条件が一つ」
「うん?」
「この件に関しては、一切詳細を尋ねない、蒸し返さないって約束して」
「――約束しなければ、治療も保護もいらない、ということですか?」
「もちろん」
こちらもため息混じりの確認に、笑顔で返す。
「うぅん……。まぁ、どうしても確かめないと困る時は、理由の説明を聞いてから考えてくれるのなら、約束しよう」
「了解。……本当、面白くない話なんだけど」
ディノも同意するようにうなずいたのを見て、どう話し始めようか少し考える。
「昔、火事に巻き込まれたことがあるんだ。両親はその時に私を庇って死んだ。
……あの時も、喉が痛くて、痛くて……」
覚えているのは、熱かったこと、喉が痛かったこと、私を抱きしめてくれる腕の感触。
光と暗さと、嫌なにおいがしたこと、……それと、…………
「……あれ?」
突然、それまで目の前のあった光景が一変したような感覚に瞬きをする。
視界の中ではいつも通り笑顔のザームさんと、硬い表情のディノがこちらを見ていた。
「あぁ、なんだろうねぇ。今、とても嫌な予感がしたんだけど」
「……先生」
「ひとまずミュルカちゃん?」
「……うん?」
なんだか頭の奥がぼうっとして、思考がまとまらない。
「眠たいんじゃないのかな? 眼がとろんとしてきてる」
笑い混じりの声に、そういえば眠たいな、と思う。
「きっと疲れが出てきたんだよ。ずっと忙しかったからね。少し眠ったら?」
柔らかな声に誘われるように急激な眠気がくる。
ふらりとかしいだ体を隣に座っていたディノが支えてくれる。
「帰る時に起こしますから眠って下さい」
小さい子にするように、頭をぽんぽんとなでられ、意識を手放す。
あぁ、こんなことしてもらうのずいぶん久しぶりだなぁ……。
ふわりとおいしそうな香りが漂ってきたのにひかれるように、まぶたを押し上げる。
「あぁ、丁度良かった。そろそろ起こそうかと思っていた所なんですよ」
すっかり聞き馴染んだディノの声に体を起こす。
……ん? 私横になってたんだっけ?
「すみません。よく眠っていたので起こさずにこっちまで連れてこさせてもらいました。
すぐに夕飯にしますね」
状況が繋がらなくて首を傾げつつ辺りを見回すと、ディノの部屋に帰ってきてるらしい。
私がいるのは居間のソファーで、体には薄手の毛布が掛けてあった。
そしてテーブルの上には湯気の立つごはんが。
「……ええと?」
なんだか色々おかしい気がするんだけど……?
私がきょとんとしているのに気付いたのか、お茶のカップを二つ持ってきたディノが苦笑いになる。
「塔から戻って、私の仕事部屋で話している間に疲れて眠ってしまったでしょう?
夕飯はあまり遅くなってもサエルさん達にご迷惑なので、二人分部屋にもらってきたんです。
ひとまずお茶をどうぞ」
差し出されたお茶を受け取って一口すする。
……そういえば、話している間に眠気が来て、眠っちゃったんだっけか?
でも、いくらなんでもあそこから部屋まで連れてこられて目を覚まさないってどうかと思うよ……。
そのうえ、なんだかまだ頭がぼうっとしてるし……。
「起き抜けですが、食事はできそうですか?」
「あぁ、うん、大丈夫。折角だし暖かいうちにいただくよ」
声をかけれて、慌てて返事をする。
たぶん、今日は塔で色々あったし少し疲れたんだろう。
ぼんやりするのはきっとそのせいだ。
ディノと雑談をしながら夕飯を終えた後、今日はお湯につからない方がいいと言われたんで絞ったタオルで体を拭いて早々に寝た。
疲れた時は寝るのが一番。
翌朝目が覚めたら、頭は痛いし、目眩はあるし、喉がひりひりするし、酷く体がだるかった。
起き上がるのすら億劫でベッドの中でうだうだしていると、壁越しにディノが動き出した気配がする。
カーテン越しに入ってくる弱い光と人の気配に動き出さないと、と思うものの体が動かない。
というようりは頭痛が酷すぎて動けない。
しばらくするとドアがノックされたんで、返事をするとディノが顔を出す。
「そろそろ朝ご飯の時間ですが……。体調が良くありませんか?」
私がベッドから出ていないのを見て、ディノが眉を寄せた。
そのまま部屋に入ってくると、熱を見るように私の額に手を当てる。
「だいぶ熱がありますね。どこか具合が悪い所はありますか?」
「……頭痛と目眩がして、喉が痛い」
自分のしゃべる声すら頭に響く気がして、小さな声で言うとディノが小さく笑った。
「後でザーム先生に往診していただきましょうね。たぶん、疲れが出たせいでしょう」
顔にかかっている髪の毛を緩くすいてよけてくれた後、かがめていた体を伸ばす。
「食事は食べられそうですか?」
「食べたくないなぁ」
「辛くても少しは食べた方がいいですよ。
サエルさんに何か食べやすいものをお願いして、ザーム先生に声をかけて来ますね。
何か欲しいものがあったらみてきますよ?」
「……風邪って、魔術で治せたりはしない?」
「残念ながら私には無理ですね。ザーム先生なら痛みを和らげてくださるかも知れませんが、病気は治師ではなく医師の領分ですから」
得意不得意があるって事なのか、ディノの声は苦笑めいている。
「傷を治すのであれば、魔力の量が充分なら可能なんですよ。
ですが、病の治療にはなぜその症状が出ているのか、根本的な原因を突き止めなければいけませんから。
私のように医学に詳しくない人間には難しいんです」
「……どこを治せばいいのかわからないって事?」
「はい。対症療法的に痛みを取り除くことはできるんですが、精々数分です」
それじゃあ確かに意味がない。
おとなしくザームさんに来てもらうのが一番なんだろう。
「……っと、講義めいた話をいている場合じゃありませんでしたね。
部屋の鍵をザーム先生に預けておくので眠ってしまっても大丈夫ですよ。
出かける前に何か欲しいものはありますか?」
「冷たいお水あったら欲しいかな」
「わかりました。では、今持ってきますね」
柔らかな声を残してディノが部屋を出て行った。
本当、何でこんなにだるいんだろう……。
今まで、滅多な事じゃ風邪なんてひかなかったのに……。
あちこち辛くて、眠れるもんか、と思っていたけどなんだかぼんやりとした眠気がある。
それだけ体が疲れているって事なんだろうか。
水をもらったら少し眠っておいた方がよさそうだ。
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