035 思い出したこととおいしいタルト。
平行線になりそうな気配を感じて、議論になる前にぶったぎるとディノにそれは盛大なため息をつかれてしまった。
「なんでそこでそんな思いっきり……?」
首をひねると、ディノは眉間をもんでから再度ため息をこぼす。
「あんまりため息つくと幸せが逃げるよ?」
「そうですか……。
……ひとまず、私にはミュルカの言いたいことがさっぱりわからないんですが……。
あなたの世界ではそういった考え方が一般的なんですか?」
「私が一般基準だったらそりゃ殺伐とした世界になりそうだよねぇ。
大丈夫、私は特殊例だと思うよ?」
想像したらちょっとおかしくてけらけら笑いながら否定する。
「……ですから、なぜそこでそんな楽しそうに……」
もはやため息の特売セール状態になってるディノ。
「気にしたら疲れるだけだと思うよ?
心配しなくても、思考回路おかしいって散々知り合いに言われてるから自覚はしてる。
だから、理解し合えない所だって割り切った方がいいんじゃないかな」
「…………あのですね?」
「うん?」
微妙な疑問形の問いかけに疑問符を返す。
「ミュルカはさっき、私の手の傷を治してくれましたよね」
「あぁ、まさか本当に成功するとは思わなかったけどねぇ」
「あの傷、いくら途中まではザーム先生が治療してくれていたとはいえ、あの短時間で完璧に治せる治師はこの国にはいません。
少なくとも、魔術具の補助なしで可能な治師がいるという話は、範囲を大陸中に広げたとしても知りません」
「……はい?」
なんだか規模がやたらに大きくなっている気がするんですけども……?
ついきょとんとしてしてまって異論を差し挟めない。
「魔術を中断させた反動でついた傷は、乱れた魔力がこびりついてしまっているので治癒魔術が効きにくいんです。
あれが普通の怪我であればザーム先生が完璧に治して下さったでしょう」
「そうなんだ?」
「ええ。その程度治せないようでは治師を名乗れません。
ですが、ああいう傷を治すには治療するための分以外に、使おうとしていた――あるいは使っていた術に込められていた魔力の数倍から十数倍の魔力を必要とする、と言われています」
……あ、なんか話が読めてきたかもしれない。
口に出しては嫉妬なんてしていない、と言っていても、生徒が自分より優秀になったら意識せずにはいられないだろう。
そこに、自分を遙かに上回る才能を持っている人間――それも息子の年だと言っていたディノより更に年下の私が現れた。
しかもそいつが自分の得意分野で、自分にできなかったことをさらっとやってくれやがったわけで……。
……うん。これで嫌味の一つや二つ言いたくならなかったらそれどこの聖人君子様?
「わかった、情状酌量の余地がある。
あの一言でザームさんに対する評価を変えるのは不当だったと認めるわ」
体のすぐ前で肩の高さにあげた右の手のひらを相手にむける。
よくある宣誓のポーズだけど、これ、知り合いが私の間違ってた所を指摘してきて言い負かされた時の癖。
他の人には当たりが柔らかい癖に私にだけは笑顔で毒舌はきまくってたあの人のことだ。
こんな状況を知ったら……
『何馬鹿やってるの? 評価決める前に相手の事情を考慮するようにって散々言ったよね?
君の頭はからっぽかな? それともところてんとか腐ったタマネギでもつまってる?
次会ったら早々にフォローするんだよ? しなかったら……わかってるよね?』
とか言いそうだ。それもすんごい笑顔で。
目の前に当人がいるんじゃないかってくらいリアルに想像がついて、思わず吹き出した。
「……あぁ、だよなぁ。言いそう――いや、確実に言われるなぁ」
おさまらない笑いを喉の奥でかみ殺す。
ついでに思い出した光景は深く追わない方がいい。
軽くうつむいて、右手を額にあてることで表情を隠す。
「……うん、大丈夫。まだちゃんと大丈夫だから」
待ってなくていいけど、忘れないで。
いつかかわした約束がまだ有効なのか……、確かめようもないけど。
でも、それを聞きに行くくらいはまだ許されているはずだから。
「……あ」
「よし、やる気出てきたっ! って、ごめん、被った」
私が気合い入れて顔を上げたのと、ディノが何か言いかけたのがもろかぶりした。
「元気が出ましたか?」
「ん? あぁ、そうだね。ちょっと、色々思い出してた」
唐突な質問に笑顔で応じると、ディノも安心したように小さく笑った。
「ごめん、心配かけた?」
「いえ、大丈夫ですよ」
笑顔で返されたんでこれ以上は言わないでおこう。
「それにしてもザームさんのお使い遅い~。私のおやつまだ~?」
わざと聞こえよがしに言うと、軽いノックに続いて袋を抱えたザームさんが現れた。
「お疲れ様?」
「いえいえ」
軽く疑問形にして尋ねると、ザームさんはさらりと流してテーブルに袋を置いた。
少し前からドアの前にいたような気がしたんだけど、このくらいで動揺したりはしないか。
「ご要望のミルクたっぷりのリヴァ茶と、フルーツタルトを買ってきたよ。
クッキーの詰め合わせは売り切れてたから、代わりにスコーンとマフィン。
こんなところでよかったかな?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
笑顔で言って早速お茶に口を付ける。
あ、やっぱりカフェオレっぽくておいしい。
そのうち、カフェモカとかキャラメルラテとかにも挑戦してみたいなぁ。
続いてフルーツタルトをかじる。
日本でよく食べていたのよりも大味だけど、ほどよい甘さのクリームと新鮮な果物の甘酸っぱさが混じり合っておいしい。
ザームさんとディノも新しいコップに口を付けている。
話はとりあえずおやつが一段落してから、というのが暗黙の了解らしい。
机に並んだお菓子は、各自の前にタルトが一切れ、スコーンとマフィンは適当にって感じでテーブルの真ん中に置かれていた。
なので、一切れ目を食べ終わるとザームさんの前にあるタルトに手を伸ばす。
「ミュルカちゃん? それ、僕の分なんだけどな?」
「これでさっきの帳消し」
あんまり気にしてなさそうな苦情ににんまり笑って返すと、ザームさんは苦笑いで頷いた。
「了解。ま、ケーキも君に食べられた方が本望だろうしね」
許可が出たので心置きなく二切れ目をかじる。
「それで、何から話す?」
「そうだねぇ。とりあえず、頼んだ物は全部集まったのかな?」
聞きやすい所から、といった感のある質問にうなずく。
「言われた通り一階二階で土と壁材を詰めてきたよ。
念のため、それぞれ何カ所かで分けてとってきたから」
「ありがとう。申し分ないよ」
「あと、倒した魔物の死骸はやっぱり無理。倒すなり小銭だけ残して消えちゃうね。
生け捕りにでも挑戦すれば別かも知れないけど、そこまではと思って」
「流石に生け捕りはねぇ……。
じゃあ、その件はもし、採取できる機会があったらって言うことで引き続き頼めるかな?」
「は~い。じゃあ、採集用の袋はこのまま預かっておいていい?」
「お願いするよ」
ザームさんの答えを聞いて、最後の依頼は忘れないようにしないとな、と思う。
機会が少ない事ってつい忘れるんだよね。
「それで、ミュルカちゃんのその格好の原因は聞いても大丈夫かな?」
あ、やっぱり次にそれがくるか。
「ん~……」
「ディノ君の治療魔術をはじいちゃった原因の方を先に聞いた方がいいかな?」
「……どっちも一緒だから」
「つまり、その格好の原因がそれにも一枚かんでいる、と。
それはなおのこと話してもらわないと困るねぇ」
さらりと返されてしまった。
……なんだ、心配しなくてもすっかり元の調子じゃない。
まぁ、やせ我慢は入ってるんだろうけど、そこは指摘しないのがたしなみってものだろう。
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