030 ――Side B―― 昼食と密談と。
今回は主人公視点じゃない話になります。
ディノ視点にしなかったのは……。
別に、こいつの内面面倒くさそう、とか思ったわけではありません。
……たぶん。
「ちょっといいかい?」
昼休み、神殿の研究棟にある食堂で一人食事をしていたディノは、不意にかけられた声に顔を上げる。
声自体は聞き馴染みの、よく知った人物のそれだが、彼がこの時間のこの場所に現れるのは珍しい。
治師としてこの神殿に籍を置く彼は治療院のある別棟にいるのがほとんどで、しかも忙しい勤務の間を縫っての食事は移動の手間を嫌ってか、妻の料理が一番なのか――その両方だとディノは確信しているが――毎日愛妻弁当を持ってきている。
わざわざ、治療院から遠く、混んでいてうるさいこの場所に現れる必然性が全くない。
「先約でもあったかな?」
「いえ、すみません。先生がこちらにいらしていたことに驚いただけですから。
どうぞ座って下さい」
応じると、ザームはディノの隣に座って手にしていた弁当を広げる。
普段であれば二人で話す時は向かい合わせに座る相手の、予想外の行動にまたもや目をまたたかせることになってしまった。
「何か、重要なお話ですか?」
「色んな意味で、ね」
意味深な笑みと共にザームは弁当を一口頬張る。
「君もとりあえず食べなさい。話が済んでからなんて言ってると食べ損ねるよ」
笑顔でうながされ、ディノも食事を再開する。
この食堂の料理は毎日食べるのに耐えない程ではないが、特段おいしいわけでもない。
味が可もなく不可もなく程度の代わり、値段は安い。
メニューが少ない代わり、待ち時間が少ない。
良くも悪くもそういう場所なのだが、ディノは大抵ここで昼を食べている。
「この前聞いたんだけど……」
愛妻弁当をつまみながら、ザームが何気ない口調で口を開く。
「ミュルカちゃんが一緒の時は必ずテラスの方で食べているんだってね?」
「あそこの方がおいしいですから」
「でも、君が今ここにいるのは、おいしさよりも早さと値段を取ったからだろう?
自分一人なら行かないけど彼女がいる時は行く。
どうしてだい?」
「別に深い意味はありませんよ」
「そうかな? 君がそういう気の回し方をするのは今の家族に対してだけだと思ってたけど」
やはり何気ない口調で、さらりと核心に触れてくる相手に、ディノは小さくため息をついた。
「……多少、彼女に同情しているのは認めます」
「多少の同情、ね。まぁ、そういう事にしてもいいけど」
小さく笑われ、ディノはもう一度ため息をついた。
「何が言いたいのか、お聞きしても?」
「君がミュルカちゃんをどう思っているのか確かめたいのが一つ。
あともう一つは、彼女がこれから先どうしたいと思っているのか、君の想像を聞きたくてね」
「……なぜそんな事を?」
半分は予想していたことだったが、残りの半分は完全に予想外だった問いに、首を傾げる。
さっきから意表を突かれてばかりいるが、これはザームと話しているといつものことだ。
表だっては治師としてだけ働いているが、実際には教会の運営方針を決定する議会の議員でもあるのだ。
そんな人間が鋭くないはずもないし、幼い頃から自分を世話してくれているのだから、ディノ自身が気付いていない内心まで読み取っていることも少なくない。
「少し気になったから、としか言いようがないんだけどね。
――この前のこと、ちょっと引っかかっていてね」
眉間にしわを寄せて、思案気な風情で呟かれた言葉に、ザームが何を気にしているのか思い当たる。
本来であれば安全な場所に主人を送り帰すはずのマーシェル・ウィードが、危険な方法でミュルカを塔の外に出したことだろう。
「その件でしたら、食事が済んでから私の部屋か先生の仕事場でしませんか?
ここでするのは落ち着かないですし」
騒がしく、気持ちのゆるむ食事時の食堂だ。他人の会話になど意識をむけている人間がいるとは思えないが、聞かれる恐れのある場所でしたい話ではない。
「そうかい? じゃあ、食後にディノ君の部屋にお邪魔しようかな」
ザームの方でもここで話を続ける気はなかったのか、ディノの意をくんだのか、あっさりと引き下がった。
そこからは食べ終わるまで当たり障りのない世間話をした。
飲み物を用意してディノに与えられた仕事部屋――本来は研究室という名称なのだが、みな仕事部屋と呼ぶ――に移動した。
数日前までは簡単な応接セットも置いてあったのだが、今はない。
ミュルカが魔術を暴走させた時、巻き込まれて破壊されてしまったのだ。
なので、今は仮に折りたたみ式の簡易テーブルと椅子が置かれているだけだ。
彼の仕事机が無事だったのは、ミュルカの攻撃対象が机から離れた位置にいたからだろう。
それでも多少の被害は出ているが、大破する程ではなかったので補強をして使っている。
あちこちが焼け焦げ、陥没し、あるはずのない石が積み上がっている室内を見回して、ザームが目をまたたく。
「豪快にやられたとは聞いたけど、これはすごいねぇ……」
攻撃魔術に耐性があるはずの物まで見事に破壊されているのに気づき、ザームは呆れとも感心ともつかないため息をついた。
「これだけの才能を意識して使いこなせる様になったら、この国一番……いや、大陸一の魔術師になれるだろうね」
折りたたみ椅子に座ったザームの冗談めかした言葉に、ディノは苦笑いでうなづく。
実際に彼女が無意識に攻撃魔術を連発している所に居合わせたディノは、それが冗談などではなく事実可能なことだと知っている。
「それで、先程の話ですが……」
「うん、そうだね。
マーシェル・ウィードが主を守るのは当然のことだ。それは疑いようもない。
――ただし、だ」
「……ただし?」
「そう。守るの意味の問題だよ」
ザームはそう呟いて、先日顔を合わせたばかりの少女――少なくとも外見はまだ少女と呼ばれる範疇だ――との会話を思い返す。
「時々、あの子は自分を守ろうとしていないように感じるんだよ」
「確かにそんな事を言ってましたね」
自分が死んで喜ぶ人間の方が悲しむ人間より多い、と言い放った時、表情こそ変化がなかったが随分と暗い目をしていた。
「今まで、マーシェル・ウィードはその主の命を守ってきた。
だから僕達はマーシェル・ウィードは主の命を守る、という前提に立って考えていたんだ。
けれど、もしも、……もしもだよ?
あの魔術具が守っているのが主の命ではなくて意思だったら?」
魔術の師でもある男の言葉に一瞬戸惑ったが、その意味を悟った瞬間体が強張った。
もしもマーシェル・ウィードが守るのが装備者の意思だったら?
その仮定が正しいとしたら、今あの魔術具の主であるミュルカの望みとは何かが問題になる。
生に執着するどころか、死に対して忌避感の薄い彼女の心にはどんな望みがあるのか考えた結果、思い当たることはいくつかある。
しかし、その中でマーシェル・ウィードが叶えられるものと限定したら一つしかない。
「……彼女が死を望んだから、それを叶えようとしてあんな事をした、と?」
「それもあるかも知れないと思ったんだよ。
ただ、単純にそう考えるには少し疑問も残るんだけど」
「疑問、ですか?」
問い返されたザームは、魔術に関しては飛び抜けて優秀な弟子である相手にうなづく。
魔術師として優秀な反面、自他の機微にうといのはある種の自衛なのだろう。
今更たしなめたとしてももうなおる年齢でもないだろうし、指摘する気もないが。
「彼女の望みが死で、それを叶えるのであればもっと簡単な方法はいくらでもあるからね。
ミュルカちゃんに与えている防御効果全てを破棄して、塔で倒れても強制帰還を行わない。
それだけで充分のはずだ。
なのにどうして、高い位置に放り出す、なんて不確実な手段を選んだのか?」
用意のお茶をすすりながら話したものの、どうしてもぬぐえない違和感に眉を寄せる。
マーシェル・ウィードは何を考えて、どんな形であの異世界から召喚された少女を守っているのやら、皆目見当がつかない。
「これがわからないことには、僕達がどうするべきかもわからないからねぇ」
声がため息混じりになってしまうのはどうしようもないことだ。
そして、考え込んでしまってなかなか答えを導き出せないディノをせかすことなくのんびりとお茶をすする。
今日はこのために午後は丸々空けてあるし、話題の人物は塔に行くといって出かけているらしい。
ならば戻りは早くとも数時間後のはずだ。
時間はたっぷりとある。
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