019 ちょっと予想外の結果が出ちゃったけど、ま、いいか?
布でふさがれた窓は、うまい具合に掃き出し窓になっていた。
何で止めてあるのかわからない布を左手で引っ張ると、破ける音と共に視界を遮っていた布が取り払われる。
カーテンよろしく破けた布をめくって室内に入ると、そこにはディノとうっすら見覚えのある爺がいた。
……あぁ、こいつ、私が召喚された直後にもあれこれほざいてくれてた奴だな。
「あんたの頭の中が三流ゴシップ誌並に低俗かつ下世話なことしか考えられないのはよくわかったよ」
「……なっ?!」
開口一番、言い放つと爺が顔を真っ赤にした。
うん、翻訳魔術便利。しっかり暴言も翻訳して伝えてくれるなんて、ありがたい限りです。
「そうだよね?
異性に親切にしたらすなわちベッドの相手をさせてるとしか考えられない様な脳みそだもんね?
あんた、その勘違いで自分に親切にしてくれた女の人、何人押し倒したの?」
にっこり笑顔で軽く首を傾げて可愛らしく尋ねてやると、相手が一瞬きょとんとする。
「あ、もしかして表情と口調と内容が一致してないと意味がわからない?
……ごめんね、そんな頭悪い人がこの世にいるとはちょっと考えてなかったわ」
笑顔のまま続けると、言われた当人より先にディノの顔色が変わった。
最初、何で私がいるんだろう的な表情だったのが、唐突に暴言を吐いたことでさっきの会話を聞かれていたことに気付いたって所か。
「本っ当、世の中には知性がかわいそうな方が多いとは聞くけど、ここまでくると呆れるよりもいっそ哀れに感じちゃうよ。
あなたのまわりの人がどれだけ苦労してるかと思うと、同情に堪えないわぁ」
本当は顔も知らない奴がどんな苦労してようとどうでもいいけどね。
やっぱり笑顔のままで告げる。
もっとも、言われた本人は相変わらず今ひとつ反応が鈍い。
本当に表情と内容が一致してないと理解できない程馬鹿なんだろうか、このくそ爺は。
つとディノに視線を向ける。
「あなたも大変だね?
こんな頭蓋骨の中に生殖本能しかつまってないようのと関わらなくちゃいけないだなんて?」
「……あの……」
「それもと、あの塔の攻略のために召喚されたっていうのは私の勘違いで、そういう事のために召喚されたのかな?」
「…………ええと、その……」
「否定しないのなら肯定ととるよ?」
何かもごもごと言っているのを聞いて、首を傾げて問い返す。
「いえっ! 間違いなく、塔の攻略のためです!
そうでなければマーシェル・ウィードとの相性を考慮する必要も、あなたに身につけてもらう必要もありませんからっ」
と、なにやら脊椎反射の速度で返事が返ってきた。
「……と、いうことはやっぱり、この人の思考回路が非常に残念なことになってるってことで間違いない?」
「……あの、どう答えても非常にまずい気がするのですが……?」
「それは、言われた内容が事実無根だとは言い切れない、という返事かしら?」
「違いますっ。それはありえませんっ!」
歯切れの悪い言葉の次はやたらな速度で力一杯の断言が。
うん、それならいいんだ。
「……てことは、とりあえず敵認定はこいつだけ、と」
呟いて爺に向き直る。
「それで?
相手かまわず下世話な噂を立てることの正当性を主張していただけます?」
満面の笑みで尋ねるけど返事がない。ただ、引きつった顔でこっちを見ているだけだ。
「もしかして言葉が理解できない程残念な知能の持ち主でした?
それとも、自分のしたことを改めて他人から評価されたらその低俗さに何の言い訳もできないのかしら?」
言いながら、何となく左腕がうずく様な気がしてさする。
少し熱を持ってる気がするけど、まぁ気にする程でもないだろう。
「反論なし? 制裁を受ける覚悟が決まったと思っていいのかな?」
やっぱり笑顔のまま尋ねると、これには無言のままぶんぶん首を横に振る、という形で返事があった。
なんでだか、私には本気できれてる時は満面笑顔になるという習性がある。
友人達にはそれが怖いとかなり不評だったけど、治そうとは思ってない。
だって、怖いならより一層効果的って事だから。
「それは反論があるの? それとも認めるけど制裁は嫌ってこと?」
「……わ、私はっ。ま、間違ったことはっ、い、いいいい言ってないっ」
「ふぅん? じゃあ聞くけども。私がこいつとベッドでよろしくしていた明確な証拠はあるんだよね?」
「…………え?」
「もちろん、ザーム先生とのことも、どこからも文句つけようがないくらい、完璧な証拠があるんだよね?」
「…………そ、それは……」
爺が言葉につまったのを見て、ことさら笑みを深くして小さく首を傾げる。
「確実で絶対に言い逃れできない証拠を握らずにした告発の、どこが間違ってないの?
そういうの、普通は憶測とか妄想とか誹謗中傷とかっていうんだと思うけど、もしかしてこの国では常識が違うのかしら?」
今度の問いには返事が返ってこない。
「私の世界では、そういう妄言での告発に対しては、名誉毀損って罪が適応されるんだけど……。
もしやこの世界ってそういう概念すらないの?」
言葉の裏に、なんて野蛮な世界なんだろうって意味を含ませて言うと、やっぱり反論はない。
さて、そろそろとどめの頃合いか、と思って口を開きかけた所で、横から遠慮がちに名前を呼ばれた。
「相手の肩を持つなら、その手の下心があったと見なすよ?」
「あなたに対してそんな考えは一切ありません。
……ただ、これ以上やる必要はないでしょう?
そろそろ矛を収めていただかないと、本当に建物が崩壊します」
「……はい?」
思わぬ言葉に問い返すと、ディノはまわりを見ろとでも言いたげに手で周囲を示す。
つられる様に視線を動かすと……。
あれ……? なんだか入ってきた時より部屋が大惨事になってる……?
本棚だった場所が完全に炭化してるし、壁のへこみも焦げもこの前より明らかに酷くなってる……?
それに、爺のまわりだけなんか集中攻撃されたみたいに床に穴が空きまくってるし、黒こげだし、なぜか石が山積み……?
「……ええと?」
「はい、もちろんあなたですよ。
……今回は人間に対しての直接攻撃がなかった分、抑えが効いていましたね」
褒めているのか暗にけなしているのか、どちらともつかない事を言って、ディノが小さく笑った。
…………うん。きれて言葉攻めしたのは理性あってのことだけど、魔力が暴走していたのには全く気付いていませんでした……。
てへ♪っとか笑ったら誤魔化せ……るわけないか……。
どうしよ……?
お読みいただきありがとうございます♪
世の中、どこにでも残念な脳みそがつまっている方はいらっしゃるということで。




