014 落下事故と治療院
「……っ、いったぁ」
一メートルほどの高さから地面にたたきつけられた。
息ができるようになるまでたっぷり数秒はかかった気がする。
涙目でうめきながら体を起こして辺りを見回す。
と、見覚えのある兵士さんと目があった。
「だ、大丈夫ですか?」
驚いたように尋ねられ、とりあえずうなずくけど……。
「……ええと、ここって塔の前?」
何時間か前、塔に入る時挨拶を交わした警備の兵士さんに尋ねると、こくこくとうなずきが返された。
「はい。……その、何があったんですか?
塔の窓から飛び降りても外には出られませんよね……?」
心底不思議そうに質問を返され、私は曖昧に笑う。
確かに、不可解迷宮と化した塔の窓は、内側から開けることはできるけど、窓から外に出ても窓の内側に戻るだけだ。
たまに塔内の違う場所に出たりもするけど、基本は同じ場所に戻されるだけ。
つまり、塔に入った私が上からふってくるなんて事態は起こりえないはずだけど……。
「……たぶん、こいつのお茶目じゃないかな?
今日から宿移ったし戻す場所間違えたんだと」
左手の手甲を示して言うと、兵士さんは納得した様子だった。
……自分で言っといて何だけど、納得できるような説明じゃなかったと思うんですけど……?
「なるほど、そういう事ですか。
でも、下がこれじゃあかなり痛かったでしょう? 大丈夫ですか?」
尋ねられて、私は軽く首を傾げて笑顔で一言。
「実は右腕、動かせないし、痛すぎて吐き気がする」
「――す、すぐに医者を呼んできますっ」
「まてまて、呼んでくるより連れて行った方が早いだろう。
お前、詰め所で医者に連絡と、怪我人の搬送準備を頼んでこい。
ここを空にはできないから運ぶ要員つれてとって返してきな」
もう一人いた、こちらは少し年配の兵士さんが苦笑いで突っ走りかけた若い兵士さんをたしなめつつ指示を出す。
「は、はいっ。行ってきます!」
返事をして駆け出す兵士さん(若)。
取り残された私は動くこともできないし地面にへたり込んだまま。
すると、残った兵士さんが隣にしゃがみ込んで頭をなでてくれた。
「突然だったろうに何とか頭は庇って落ちたみたいだな。
訓練を受けてるわけでもないだろうによくやった」
「……はぁ」
褒めてもらえることなのかよくわからないし、痛くてあんまり頭が回らなかったんで曖昧な返事をすると、兵士さんは私の隣に膝をついて腕をみせて見ろと言った。
「折れてたらすぐに応急処置をした方がいいからな。
痛むだろうがちょっと我慢しろよ」
言って、私の腕を何カ所か触って思いっきり痛がらせてくれた。
体を強張らせて悲鳴を飲み込んでいると、すぐに痛みがやんで、その後雑に額をぬぐわれた。
「よくもまぁ声を上げなかったもんだ。
これは折れてるな。骨がずれるとやっかいだ。ちょと添え木をするぞ」
言って、腰から剣を鞘ごと外す。
剣そのものは地面に置くと鞘を私の腕に添え、剣を下げるのに使っていたベルトで固定してくれた。
「これで動かない分多少はましだろう。すぐに医者に連れてってやるからな」
「……慣れてるんですね」
迷いのない手当てのやり方からして、この程度彼には日常茶飯事なのかも知れない。
「まぁ訓練中に熱くなりすぎて怪我をする馬鹿はいなくならないもんだ。
それに、塔がおかしくなってからは調査だのなんだので怪我をする奴も増えたからな。
怪我をして転がり出てくる奴もいるし、この程度はできんとやってられんさ」
にやりと笑った言いように、ついつられて笑みが浮かぶ。
確かにちょっと洒落にならないくらい痛いんだけど、しゃべってる方が気が紛れて多少はましな気がするんだよね。
そのままなんとなく雑談をしている間に、担架を持った兵士さん達が現れた。
運び込まれたのは、神殿の中にある治療院だった。
ひとまず怪我の様子を見るために服を脱がされたところで一騒ぎあったけどそれは割愛。
傷の様子を見て、わりといい感じのロマンスグレーのおじさん医師はしばらく待つように言った。
「私が手当てをしてもいいんだけどね。
折角治療魔術の上手な人が来てくれるというから、少し待った方がいい。
その方が結果として早く治るからね」
何の気負いもなくあっさりとそう言われ、思わず笑ってしまう。
「自分より有能な人がいるって、随分簡単に言うんですね」
仕草で笑った意味を問われた気がしたので、素直に口にするとやっぱり彼はおおらかな笑みを見せた。
「たぶん、半端に年が近かったり少しだけ相手の方が上手だったんなら嫉妬したんだろうけどね。
自分の息子より年下で、腕もかなり違うと来たらもう、丸投げできて楽でいいと思えるもんだよ」
まったく悪びれない言葉に今度は堪えきれず吹き出す。
この人、私の気を紛らわせるためにあえてこんな言い方をしてるんだろうか?
それともこれが地なのかなぁ?
「世間なんてのはね、このくらいに構えているくらいで丁度いいんだよ。
そうじゃないと色々大変だからね」
何か知っているのか違うのか、どちらにもとれる言いように少し首を傾げるけど返事はなかった。
「それにしても君は彼とはどういう知り合いなんだい?
確かに治療魔術は上手な人だけど、所属が違うし忙しい人だからあんまりこちらの手伝いに来てくれたりはしないんだけどね」
「……彼?」
「知り合いじゃないのかい?
塔から二十歳前の負傷者が運ばれるようなことがあったら、どんな時間でもいいから必ず知らせてくれってわざわざ出向いてくれたんだけど」
おじさんの言葉に思い当たるのは一人だけ。
……だけど、あいつはそこまで私に責任を負う必要もなければ、そこまでして欲しいとも思ってないんだけど。
私が顔をしかめたのを見ておじさんは「喧嘩中だったかな?」と微笑ましそうに尋ねてくる。
「そこまで親しくないですし」
「なかなか手厳しいねぇ」
笑っての言葉に何か続けようとしたけれど、おじさんが何か言うより先に明らかに走っているとわかる足音に続いて部屋の戸が乱暴にひき開けられた。
「おや、思ったより早かったねぇ」
戸口に現れたのは、やはりディノだった。
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