012 口裏合わせとちょっと思い出したこと。
書類を眺めて思わずため息をつくと、ディノが笑った。
「ひとまずこれでお終いですよ。
神殿への登録は、ここで生活する上でしておいたほうがいいのと、登録しておけば読み書きを含む基礎学習の講座に参加できるようになるからです。
傭兵ギルドへの登録は、塔への参加を取り仕切っているのが傭兵ギルドなので、
一応登録しておいた方が誰かとかち合った時に面倒がなくていいだろうという理由です。
魔術師ギルドは、一定以上の攻撃魔術を使える人間には登録義務がありますから」
それぞれの団体への登録理由を簡単に説明した後、ディノはそれぞれの書類に必要な記入事項をざっと説明してくれた。
氏名、年齢、性別、出身地、現住所、身元保証人、職業、などなど、結構多岐にわたる。
ほとんどの書類はここでディノが記入しておいても問題ないそうだ。
「間違いがあると困りますし、設定を覚え間違っても困るので打ち合わせながら埋めていきましょうね」
「うん、お願い」
まぁ、どのみち書くのは私じゃないし、いいか。
ディノはペンを取り出すと、まずは神殿の登録申請から、と言って一通の書類を上に重ね直す。
「登録の氏名はミュルカ・ファータでかまいませんか?」
「うん」
「年齢はどうします?」
「うぅん……。一応二十一だけど、何歳くらいに見える?」
「正直な所、十六~七といわれた方が違和感がないような気がしますね」
「じゃあ十七でお願い」
外見年齢と実年齢があまり離れてると違和感をもたれる原因になるだけだろう。
この国の人達は基本的に欧米人っぽい雰囲気なんで、世に言うアジア人は幼く見える、が適応されているらしい。
「では十七にしておきますね。
現住所はここ、身元保証人はひとまず私の名前にしておきましょうか」
「養子に入るのに、親の名前じゃなくて大丈夫なの?」
「この場合、何かあった時の連絡先や未成年者が何かした場合責任を負う人間という意味ですから。私で問題ないですよ」
「じゃあ頼んだ」
一項目ごとに確認をしながら埋めていくので時間がかかる。
たぶん、頷いたり返事するだけの私よりディノの方が数倍面倒くさいんだろうな。
「職業は……どうしましょうね。
まだ未成年だということになりますし無職でもいいですし、魔術師見習いや研究員補佐でもかまわないと思いますが」
「研究員補佐?」
魔術師見習いはギルドに登録する前提だからだろうけど、もう一つはなんだろう?
「私が神殿付属魔術研究所の研究員ですから」
「ディノの雑用係って体裁にするってことか」
「平たくいえばそんな所ですね。
こうしておけば神殿の関連施設には比較的出入りが楽ですし、見とがめられることもないですね。
逆に、魔術師見習いにしておけば魔術師ギルドへの出入りや訓練施設への出入りがしやすいと思います」
「どれにしてもかまわないなら、どうせここへの出入りが多くなるし研究員補佐の方が便利そうかな」
「ではそのように。近いうちに正式に登録して身分証も発行しますね」
「……そういう人事って勝手に決めていいの?」
「神殿から給金の支払われる枠を勝手に埋めることはできませんが、身銭で知り合いを手伝いに雇う分には申請さえすればそれで問題ありませんから。
実際に何か仕事を頼むようなことになればその分の報酬はお渡ししますよ」
「つまり、肩書きがつくだけで無給ってことか」
「そうなりますね」
にっこりと返されて小さく肩をすくめる。
確かに、その程度の話なら申請さえすればノーチェックだろう。
「基礎学習の受講希望はどうしますか?」
「受けられそうなら受けてみたいけど、まず物の名前とか知らないことが多すぎて怪しまれないかな?」
「……それもそうですね。
ではひとまず読み書きと簡単な歴史の教材だけ購入の申請をしておきましょう。
当面、時間をとって私が一般常識と並行してお教えします。
クラスに混じっても大丈夫そうになったらその時点から受講する方向で」
申請用紙に何かを書き込み、次に懐から取り出した手帳に何かを書き付けながらディノがさらっと返事を寄越す。
「どんどん仕事が増えるねぇ」
「でもこの世界の常識を覚えないと生活できないでしょう?」
苦笑いでの呟きに、ディノが不思議そうに首を傾げる。
あれ? 通じてなかった?
「いや、あんたの仕事がどんどん増えてるねっていう意味だったんだけど」
「――私の、ですか?」
「だよ?」
やっぱりきょとんと聞き返されて、こちらも更に首を傾げる。
「私がこっちの世界の事を覚えるのは生活するために必要なことだから当然だけど、あんたには教える義務なんてないでしょ?」
「……まぁ、そう言われればそうですが……。
けれど、あなたをこちらの都合だけで召喚したのは私達ですから。
あなたが自力で生きていけるようになるまでは責任があるかと思いますよ」
「――貧乏くじひくタイプだねぇ?」
何を当然なことを言わせるんだ、という様子のディノに、つい笑いがもれる。
別に、こいつ自身が率先して召喚したわけでもないだろうし、その意味で責任があるのは召喚しろと命令した連中だと思うんだけど。
「私は助かるけど、あまり何もかも自分の責任だって抱え込まない方がいいと思うよ。
別にあんたは召喚賛成派の急先鋒ってわけでもなかったんでしょう?」
こちらに連れてこられた直後、引き合わされた連中の態度や聞こえてきた話から推測するに召喚に熱心だったのはこいつとは別の勢力で、
むしろ反対していたのに無理矢理やらされた挙げ句、私みたいな外れを召喚したと責められていた風だったんだけどな。
「だから別に、私にそんな責任感じる必要はないと思うよ」
どうせ私に肩入れした所で結果が帰ってくることはないだろう。
とことんまでむいてないのはとっくにわかっているんだから。
……どうせ、期待されても応えられない。ならば放っておかれるくらいの方が楽なのに。
脳裏に浮かぶいくつかの顔と言葉から意識をそらせるように薄く笑みを浮かべる。
きっと、あの連中は私がいなくなったことを随分喜んでいるんだろうな。
私が消えたのを全部うちの両親のせいにして好き放題言いくさってくださっていることだろう。
つい考えを飛ばしてしまっていたら、突然頭をなでられた。
驚いて顔を上げると、しかたないなぁ、とでも言いたげなディノと目があう。
……一体、何で?
お読みいただきありがとうございます♪
今後、一日おきの17時投稿予定です。




