011 どこにいっても手続きは面倒なものでして。
居間に移動して、ディノがかってきてくれたクッキーと飲み物でお茶の用意が調う。
もちろん、実際に支度をしたのはディノ。
私は横にくっついて保存庫とか食器棚の配置だとかを教えてもらっていただけ。
テーブルにお菓子が並び、それぞれ暖かいお茶のマグカップを片手に向かい合ってソファに座る。
応接室兼ということで、ここにはしっかりしたソファセットが用意されているんだ。
「建物の事は一通りサエルさん達から聞いたと思うので、その他の事を打ち合わせておきましょう」
「他の事?」
「ええ。たとえば、あなたの素性をどう説明しておくか、とかですね」
笑って、ディノは隣に置いてあった封筒から数枚の書類を取り出す。
「まだ読めないでしょうから、説明しながらお渡ししますね。
――これが、うちの両親との養子縁組の書類になります」
「本当に養子になるの?」
建前だけの話だろうと思っていたので思わず聞き返すと、ディノは極当然のことのように頷いた。
「この町は古くから住んでいる住人たちの間での情報は早いですから。
実際に手続きをしておいた方が問題がないんですよ。
両親にはあなたに話すより前に、事情を話して引き受けてもらってあるので、あとはあなたが署名してくだされば手続き完了です」
「……え? でも私の身元はどうしたの?」
養子にするにはその前の戸籍か何かがいるんじゃないだろうかと思って尋ねると、ディノはにっこり笑顔になった。
「あなたをこちらに召喚する少し前、隣国で大規模な災害があって避難民が大勢流れ込んできているんです。
そういった者達の中には親を亡くしたりはぐれたりで正確な籍のわからない子供が大勢いますから。
そういった子供の一人として体裁を整えて書類を用意しました」
「……そんなことしていいの?」
「正直に異世界から召喚された人間だと書いては大騒ぎになってしまいますからね。
ちゃんと、戸籍を管理する役所の責任者の許可は取ってのことです。
どのみち、あなたの滞在が長引きそうだとわかった時点で、何らかの形で戸籍を作らねばという話は出ていたんです。
そうしなければ病院にかかることもできませんし、ギルドに登録することもできません。
もちろん、部屋を借りたりもできないので生活が成り立ちませんから」
さらりとした説明に、納得していいのか悪いのか、首を傾げてしまう。
「まぁ、この辺は多少強引ですがあまり悪目立ちしない内容になっていますから。
あなたが一般常識にうといのは、災害に巻き込まれたショックで記憶の混乱が起こっているせい、ということにしておけばいいでしょうし」
一番の問題である一般常識の欠如を一言で片付けて、ディノはお茶をすする。
「それに、国が違えば多少風習なりは違います。
他国出身で、災害のせいで記憶の混乱が起きている子供、となれば少々不可解な言動でもあまり怪しまれないでしょうし、過去を聞かれることも少ないでしょうからね」
確かにいわれてみればその通りだ。
私にとっては随分都合のいい設定だろう。
「それに、うちの両親の困っている知り合いを放っておけない性格は有名ですから。
そんな目にあった子供を遠縁ということにして引き取ったとしても不自然ではありません。
今回に限って私が手元に置いたのは、あなたが私と一番打ち解けたから、とでも言っておけばすみますし」
よくもまぁそんな設定が次々と、と思わないでもないが、確かに九人も子供を引き取って育てているような人達ならやりかねない話だ。
「かつ、あなたがふらふらとしているように見えても、心の傷が癒えるまで当面好きにさせておくことにした、ですみますし。
半端な時間に出入りしていても言い訳が立ちます」
確かに、塔で気を失うと部屋に強制送還されるんだから、帰ってきたのに気付かなかったのにいつの間にかいた、なんてこともしょっちゅうになる。
そもそも不規則に出歩いていればその不自然さも必然目立たなくなる、ということか。
「……策士だねぇ」
安心半分呆れ半分で呟くと、ディノが今度は苦笑いになった。
「褒められているのかけなされているのか微妙な所ですね」
「褒めてるよ?」
「ありがとうございます」
本当に喜んでいるのか微妙なニュアンスで礼を言ってから、ディノは二枚目の書類をこちらに滑らせる。
「こっちは寮に住むのに必要な手続きの書類です。
まぁ、規則を守ることと備品の破損時弁償する旨の誓約書ですね。
これも署名だけいただければ大丈夫です」
「……この場合、文字が書けない私はどうしたら?」
「そこで、こちらの代理人指定申請書が必要になります。
この世界ではまだ読み書きを習う余裕のない人も大勢いますから。
これは、読み書きのできない人が、色々な手付きをするために、正式な代理人を立てるための手続きですね。
この用紙と、双方の身分証を持って役所に行き、係官の前で宣誓をした上で、代理人が署名をして許可印をもらいます」
「へぇ」
「そうすると、この用紙と身分証を持って手続きにいけば、代理人の署名で手続きが進められます」
委任状みたいなものか、と納得する。
確かに識字率が低いのならこういう制度は必須だろう。
「便利だけど悪用されたら怖い制度だね」
「ですから、代理人になるには色々うるさい決まりがあるんですよ。
その町で一定以上の信頼がおける職業に何年以上就いていなければいけないだとか、血縁以外の町の役職者何人以上の推薦がいるだとか、細々と」
「……それって、誰か引き受けてくれるあてがあるの?」
そんな面倒くさい手続きを見ず知らずの人間のためにしてくれる酔狂な人がいるんだろうか、と首を傾げてしまう。
「幸い、私が基準をクリアしているのであなたがお嫌でなければすぐにでも手続きできますよ」
思わぬ言葉にきょとんとしてしまう。
「…………そういうのってもっと年いった人じゃないとできないのかと思ってた」
「まぁ、色々面倒ですし責任もありますからね。
若いうちに代理人として立つ人は少ないですが、いないわけでもありません」
「はぁ……」
それなりに偉いんだろうとは思っていたけど、そんな許可が出る程しっかりした立場にいるとはちょっと予想外。
「他に、神殿と魔術師ギルド、傭兵ギルドへの登録申請書ですね」
とりあえず異存なしと見たのか、ディノは更に数枚の紙を並べた。
……手続き多すぎるよ。一体何枚書類が出てくるの……?
お読みいただきありがとうございます♪
次話は9月3日17時投稿予定です。
折角なのでなろうコン大賞のタグを入れてみました。
応募というよりも、検索に引っかかる確率が上がりそうだなぁ、というのがメインですが^^;




