あらたまって、ようこそP.K.D.Fへ
時ははあれから1時間後の話である。
俺は直ぐに退院の許可をもらい、寝てしまった黒雨を背負って家に帰ろうとしていた。
その帰宅道の事である。
医療棟の廊下を歩いていたら聞き覚えのある声の主に呼び止められたのだ。
「そこのあなた…常田さんですよね…?」
「あなたは…桜さんでしたっけ?」
後ろを見るとそこにいたのは、先ほど作戦に一緒に参加していた桜さだった。
「ええ、あらたまってご挨拶させていただきます。桜 有美と申します。」
そうすると桜さんは綺麗なお辞儀をした。
「えっと、可憐ですね。…ところで俺に何か用事でも…?」
「あ、ええと…」
桜さんは慌てるようにして、肩にかけていたカバンを手に持ち書類を取り出した。
「あなた様にこれを渡すことと、これの差出人があなた様に今お会いしたいそうなのですが…。」
「そうなの? ああ…でも、ごめん。背中見ての通りだけど、連れのこの子寝ちゃってて…。」
黒雨を見ると完全に熟睡状態で起きる気配は感じられない。
「その方はお連れになってる女の子にも来てほしいとおっしゃっていましたので、そのまま来ていただいても構わないと思います。」
「んー…分かった、行くよ。その書類はその人と会った後に受け取ってもいい?」
「ええ、構いません。…それではその方がいる場所に案内しますね。」
すそう言うと桜さんは早歩きで歩き出した。俺は置いていかれないように後を追いかけた。
「連れてきましたわ。」
案内された場所はP.K.D.Fの基地内にある戦闘員用のロビーだった。
そこで待っていたのは、明らかに周りと位の違う服装の偉そうな男だった。
「ありがとう。君は先に戻っていて構わない。」
その男がそう言うと、桜さんは会釈をしてどこかへ行ってしまった。
「さて…どうも常田君。私の名前は高松 哲也という。この地域のP.K.D.Fでの大佐といったところかな。」
「いったい大佐であるあなたが俺に何の用ですか?」
俺の質問に答える前に、高松さんは俺の背中を気にしていた。
「…その前に彼女を背負ったまま話をするのは疲れるだろう。とりあえず場所を変えようか。」
高松さんはそう言うとロビーにあるベンチを指差した。俺はなにも言わず頷いた。
ベンチにつくとそこへ黒雨を寝かせて、その隣に俺は座った。
「ほれ。」
俺が座ると高松さんは缶コーヒーを差し出し、隣に座った。
「ありがとうございます。…それで用事って何ですか?」
「率直に聞くが、君はP.K.D.Fへの入隊が確定しているわけだが、本当にそれでいいのか? 君はそこにいる彼女を救うために入隊を希望したのだろう?」
「そうですね。…でもP.K.D.Fには入隊しますよ。」
そう答えると高松さんは驚いた顔をした。
「ほお、その回答には驚きだ。普通ならば彼女を救うという目標を達成できたのたから、もう十分だと言って入隊を断るのだがな。…どうして入隊を?」
「彼女を救った時に思いました。彼女の様な思いをしている他の人たちを助けてあげたいと。…それだけです。」
「そうか…。立派な決断だ。」
高松さんはそう言うとニヤリと笑い、コーヒーを一気に飲み干した。
「もし…君が良ければ、そこにいる彼女と一緒にP.K.D.Fに入隊してもらいたいのだが、どうかね?」
「…彼女と? それはどうしてですか?」
「よし、今から話すことを黙って聞いてほしい。」
「……分かりました。」
高松さんは真剣な表情を浮かべた。
「実はP.K.D.Fには表と裏の2つの部隊があるのだよ。君が共に戦ったのは、表のP.K.D.Fの中にある一つの部隊だ。我々はそう言う人達を一般戦闘員と呼んでいる。」
「一般戦闘員?」
「ああ。一般戦闘員とは多人数でクライシスを撃破したり、民間人を救助したりするのが仕事だ。それに対して裏の部隊…我々は特殊戦闘員と呼んでいる。その特殊戦闘員は少人数で活動して、一般戦闘員の目の届かない所で一般戦闘員をサポートをしたり、クライシスを撃破したり、民間人を救助したりと、その他もろもろ表にでないで活動するのが仕事だ。特殊戦闘員はP.K.D.F内でも極秘の存在扱いをしていて、一部を抜いた一般戦闘員の奴ら存在を知らない。」
「つまり、その話を俺にしてるってことは、そこに入隊してほしいんですね。」
「まあ、そういう事だ。一応機密情報の一つだから誰にも言うんじゃないぞ。」
「わ、わかりました。でも、何で隠す必要があるんです?」
「それに関しては俺もはっきりとした事は言えない。まあ、大まかにいうならば、世の中には知られてしまっては混乱を招いてしまう種がある。そういうのを極秘裏に抹消するためだろうな。」
高松さんは顎に手をあてながらそう言った。
「はあ…。それで、何で彼女も入隊させたいんですか?」
「その件なんだが、さっき特殊戦闘員は少人数で活動するって言ったろ? 少人数とは具体的には最低二人一組での活動が原則なんだ。それで、君には彼女が一番適正があると上の偉い連中が判断したらしいるんだよ。」
「偉い連中ですか…。」
ふと気がつくと黒雨は起きていて、ぼーっとベンチに座って辺りを見渡していた。
「でも彼女に戦闘をさせるのは気が引けます…。」
「それに関しては同感だ。正直あまりいい事だとは思わない。俺自信は偉い人に君と彼女をスカウトする用に言われているだけだしな、進める義理はない。ただ、彼女には戦闘スキルが無いわけではないだろう。」
俺はその一言で、黒雨のことを“戦闘用クローン”であることが知られていることを察した。
「…裏のP.K.D.Fにはどんな人達がいるんですか?」
そもそも、そんな極秘部隊なんてどんな変わった人達がいるかなんて計り知れない。
「どんな人達か…。特殊戦闘員の隊員の皆が皆全てではないが、普通とは格の違う辛い思いをしてきた実力持ちの集まりさ。俺が実際に会った感想を言うなら一人一人の個性がとても強いってところだろう……。まあ、決して悪い連中ではないよ。」
「そうですか…。」
黒雨は俺の事をじっと見てきた。
「5分だけでいいので時間を下さい。彼女自信の意思に俺は任せたいと思います。彼女が拒否した時、俺は一般戦闘員として入隊します。」
「分かった、待ってやろう。」
思い切って黒雨本人に聞いてみることにした。
本人の意思に反して入隊させる事なんて俺にはできない。なんせ命が関わる仕事だから。
「黒雨、君は俺と一緒にこれか、P.K.D.Fで戦いたいかい?」
黒雨は俺の目を見て黙って頷いた。
「本当にそれでいいのかい?」
黒雨は頷いた。
「俺なんかと戦わないで平和に暮らす選択もあるんだぞ?」
すると黒雨は黙って俺の目を見た。
「そっか。…じゃ、これから一緒に頑張ろう。」
黒雨は嬉しそうに頷いた。
「決まったようだね」
高松さんはニヤリと笑った。
「はい。彼女の意思通り…2人で入隊します。」
「その答えを待っていた。早速だが君を特殊戦闘員のロビーに案内する。」
「わかりました。」
高松さんはそう言ってスッと立ち上がり歩きだした。
俺は黒雨についてくるように手招きをして高松さんの後を追った。
向かった先は一般戦闘員のロビーにある階層を移動するための普通のエレベーターだった。
「ここが特殊戦闘員のロビーへ入れる、基地の施設内にある唯一の入口だ。ここ以外では外から直接入れる隠しゲートが何ヵ所かある。それは入隊してから仲間に聞くといい。」
エレベーターの中へ入ると高松さんは階層を選ぶパネルの下にある液晶パネルに、懐から出したICカードをタッチさせた。
するとカードをタッチさせた部分が光り、「認証確認」という文字が表示されて、エレベーターは勝手に下まで降りていった。
「これで特殊戦闘員のロビーへ行くことができる。」
「そのカードは何ですか?」
「誰でも特殊戦闘員のロビーに入れる訳にはいかないからな。これ特殊戦闘員であることを証明するカードだ。これがないとロビーへは入れんのだ。君にはP.K.D.F手帳にこのカードが内臓されたものが用意されると思う。」
高松さんが説明しているとエレベーターはロビーに到着したのか扉が開いた。
「さて、ここが特殊戦闘員のロビーだ。」
ロビーは地下にあるために窓がないからか少し暗めの感じであり、あちらこちらにモニターがついていた。
黒雨は不安になったのか俺の制服の端をつかんできた。
「すこし、ロビーの説明をしようか。最初に言っておくがここは上にある一般戦闘員のロビーとは違い各地域ごとにほぼ90%独立している。」
どうやら想像以上に孤立した組織なのかもしれない。
「まず、前方に見えるの任務等へ出撃するためのゲートだ。そこには装甲車やヘリなど乗り物が収容されていて、出撃の際は必ずそれらに乗って行く。次は右側の部屋について説明しよう。」
そう言われて右側を見ると、そこには4つに別れた通路があった。
「見てわかると思うが右側には4つの通路がある。一番右側の通路から説明しよう。一番右は射撃訓練所へ行くための通常だ。そこには3つの部屋があり、一番手前にあるのが的を狙うだけの射撃訓練所で、銃の点検や新武器のテスト射撃などに使用されている。真ん中にあるのが、君が入隊試験の時に使用した人工的に作られた市街地と同じ用なところが設けられている。一番奥にあるのはバーチャル訓練所といって、バーチャル空間でクライシスと戦う事のできる訓練所だ。」
「バーチャルなんてものまであるんですか…。」
そういう訓練方法があることに感心してしまった。
「さて、次は1つ左側の通路だな。あれは各隊員が待機したり出撃の際に準備をする部屋がある通路だ。たぶん、任務実行中以外はほとんどがそこにある部屋で過ごすことになるだろう。その部屋はチームごとに分かれていて、チームルームとも呼ばれている。」
「チーム?」
「ああ、チームについてはあとで話すよ。次はもう一つ左側の通路について説明しよう。そこは大小のいくつかの会議室がある通路だ。その会議室では作戦のブリーフィングを行ったり、進捗状況を報告しあったりする。最後に一番左側の通路だが、そこは治療室と研究・開発室がある通路だな。」
「研究・開発室?」
「ああ。そこに関しては俺もよく分からないんだが、言うならば新兵器やクライシスの生態についての研究をしてるそうだ。あと、そこにある治療室は軽傷まで治療しか受けられんから注意してくれ。入院必須な重症は一般戦闘員の医療棟に設けられている、特殊戦闘員用の病室に連れていかれるからな。」
「医療棟にそんな所が?」
「ああ。分からないようにナチュラルに設けられているから、知らないのも無理はない。では向かって左側にある部屋について説明しよう。」
そう言われて左側を見ると、左側は2つにしか通路が別れていないようだった。
「左側には2つにしかわかれていない。そこも右側から簡単に説明しよう。右側の通路は入ってすぐに階段となっている。上に登ると出撃ゲートが一望できるオペレータールームがある。」
「オペレータールームとは…?」
「オペレータールームってのは、各チーム事に分かれて乗り物の発進や戦闘中の隊員に作戦指示をしたりするための部屋だ。要するに管制塔的な所だよ。ついでにその部屋の奥にはこのP.K.D.Fのお偉いさん用の部屋とかもある。」
「そんなところにお偉いさんの部屋が……。」
「まあな。さて、最後に左側の通路について説明しよう。そこはただの休憩場だと思えばいいのかな。食事をするところや簡易的な宿泊所的な所がある。…とりあえずロビーについては以上だ。質問はあるか?」
「ロビーのそこらにあるモニターはなんですか?」
「ああ、これは普段は最新のニュースが流れていて、緊急時には何が緊急なのかという速報が表示されるようになっている。まあ、ニュースを表示する電子掲示板みたいなものさ。」
言われて各モニターをみると、モニターによってはテレビのニュースが流れていたり、ネットニュースの内容が表示されていた。
「そうなんですね。あと、チームについて聞きたいんですが…」
「おおっとそうだったな。」
高松さんは忘れていたかのような反応をした。
「チームとはいわば一つの小部隊のことだ。それでだな、ここにある一つのチームが人手不足なんだ。君の話をしたら大歓迎らしく、そこに配属してもらおうと思っているんが……実はあのベンチに座っている奴らなんだ。」
よく見るとロビー設置されているベンチに4人の人が座って、睨むようにこちらを見ていた。
高松さんがこっちに来るよう手招きすると、その人たちは顔をあわせてゆっくりとこっちへ歩いてきた。
「あなた達が噂の常田と黒雨ね。私はこのチームの隊長兼オペレーターである野崎 沙織よ。よろしくね。」
その人は握手を求めてきたため、俺は恐る恐る握手をした。
「よ、よろしくお願いします。」
「そんなに堅くならないで。ここにいる皆は平気年齢20歳ってところで、あんまり年の差はないのよ。もっと普通に接してきなさい。」
沙織さんはニコッと笑って言った。
「はい、すみません…。」
「ところで入隊は決めたの?」
沙織さんはやっぱりそこが一番気になっているようだ。
「その件だが、二人は入隊する事を決心してくれたよ。これからは君達のチームで活動する事になるから、あまりいじるなよ?」
高松さんは俺達の方を見ながらそう言った。
「そんなことしないわよ。まあ、とりあえずよろしくね。」
「はい。」
俺は深々と頭を下げた。
「とりあえず各自、自己紹介しようか。私は終わったから、次は…弘ね」
すると年齢差がそんなにないとは思えない筋肉モリモリマッチョマンの高身長の人が前に出てきた。
「あいよ。俺の名前は桜井 弘、前戦なら任せろ! ……あと、こんな見た目だが別に怖がることはないからな。ついでに今はパートナーを探している最中なんだ。」
そう言うと桜井さんは一歩さがった。
「二人一組でないと活動できないんじゃないんですか?」
「あなたの言うとおり特殊戦闘員はペアでの活動が原則なんだけど、うちのチームは人数が不足してるから弘は特別に一人での活動が許されてるの。」
俺が質問すると、沙織さんは弘をチラ見しながら困ったような顔をして答えてくれた。
「次は俺の紹介と行こう。」
すると、どこか話しやすそうな“おじさん”みたいな雰囲気の人が前に出てきた。
「俺の名前はマスター朧丸(偽名)だ。このチームのスナイパー及び乗り物の仮の運転手をやっている。よろしくな。」
「(偽名)とは…?」
俺は苦笑いしながら聞いた。
「…まあ、いずれ話す機会があったら教えてやる。それより俺のパートナーを紹介しよう。俺のパートナーはクライシスによって両親を亡くしていてな、俺が親代わり兼パートナーとして面倒をみている。ほら挨拶しな。」
朧丸がそう言うと、後ろから黒雨くらいの少女が出て来た。
「どうも…浅野 鈴鳴と申します。よろしくです。」
彼女は暗めの感じだった。
「よろしく…お願いします。」
俺は彼女にも頭を下げて挨拶をした。
「で…整備の仕事中でここにいないけど、もう一人うちには乗り物の運転専門の田中って人がいるの。それでうちのチームは全員ね。」
沙織さんはきっぱりと言った。
「実質、戦える人はは3人なんですね。」
本当に少人数のチームなのか…というより、人数少なすぎではないだろうか。
「だから人手不足って言ったでしょ? あなたが来てくれることによって私たちは救われるのよ。」
そう言うと沙織さんは後ろを振り向いた。
「私たちのチームよチームルームに案内するわね。そこにいけばあなた達の装備もあるわよ。」
「本当ですか?」
それから俺達はぞろぞろもチームルームに向かって歩き出した。
ここで高松さんは先に一般戦闘員のロビーへ戻っていってしまった。
「ここが私達のチームルームよ。」
「おお…!」
チームルームの中は、様々な機材が設置されていて思っていた以上に充実した設備となっていた。
「はい、これがあなた達の装備ね。」
「あ、ありがとうございます。」
沙織さんか、黒雨と二人分の装備を受け取ると、それを黙って見つめた。
受け取ったものは重量感のあるバトルスーツとみたことのないVRゴーグルのようなものだった。
「これはVRゴーグル?」
「ああ、それは暗視ゴーグルとかの機能がある万能なウェアラブルゴーグルよ。」
「なんか凄いですね。」
俺はそのゴーグルを手に持って細かく見た。
覗く所はあっても外にはカメラのようなものは見られなく、凄く不思議な機械に感じられる。
「あなたと黒雨のロッカーはそこに並ぶようにして設けたから、装備はそこに入れとくといいわ。」
紗織さんはそう言いながらロッカーの方を指差した。
「了解です。」
俺は言われたロッカーに向かうと、中を開けて装備類をしまった。
「あとこれ。ここのロビーに入るためのセキュリティーカード兼あなた達のP.K.D.F手帳型よ。」
さっき高松さんが言っていたものだ。これでここへの出入りが可能になったわけだ。
俺は二人分の手帳を受けとると、中を軽く確認して胸ポケットに閉まった。
「さて、今日のところはこんなもんで大丈夫かしら。だいぶ話もしたし疲れたでしょ? いきなりだった事もあるし、今日は家に帰って休むといいわ。明日少し早めだけど朝の7時にここのロビーで会いましょう。」
「わかりました、ありがとうございます。」
俺はそれだけを言うとチームルームを出て、ロビーに戻った。
黒雨を見るとまた眠そうな顔をしていた。
「黒雨、家まで我慢しような」
黒雨はコクンと頷いた。
レベーターに乗り一般戦闘員のロビーへ戻ると、エレベーターの近くで高松さんが立っていた。
「チームルームはどうだった?」
「思っていた以上に最高でした。」
「なら良かった。最後に念押しするが、特殊戦闘員は裏の存在だ、どんな奴にも組織が許可した人以外には話すんじゃないぞ。」
「心得ます。」
「それじゃあ、明日から頑張れよ。」
高松さんはそう言うとロビーの奥へと姿を消した。
それを待っていたかのようにロビーの柱の影から桜さんが駆け足で近づいてきた。
「常田さん!」
桜さんの手元を見ると、さっき受け取ると約束した書類があった。
「ごめん忘れてた! 本当にごめん。」
俺は何回かゴメンを繰り返し言いながら書類を受け取った。
「いえ、構いませんわ。会えただけでも充分ですもの。私はパトロールの仕事があるのでこれで失礼しますね。」
そう言うと桜さんは小走りでその場を去った。
「さて…俺達は帰るか。」
黒雨にそう言うとP.K.D.Fの基地を後にした。