黒雨との再開
「気をつけて、奴らはどこにいるかわからないわ。」
俺と美穂さんは黒雨がいるらしい工場の中に潜入していた。
工場はかなり広く、暗い。
ぱっと見は民間兵の姿は見られなかったが、美穂さんは何かを察知しているようだ。
「まって、奥から声が聞こえるわ…。」
俺は静かに耳をかたむけた。
すると、聞き覚えのある男の声が聞こえてくるではないか。
「くそ、あのガキのせいで俺様のプライドがズダボロじゃねえか。」
最初に黒雨を処理しようとして、俺が川に突き落とした男の声だ。
その声を聞くと怒りがこみ上げてきてくる。
「どうしたの? 落ち着くのよ常田君。」
「す、すみません」
つい我を見失いそうになっていた。
「とにかく、あいつを追うわよ。」
「わかりました。」
俺と美穂さんは暗視スコープで奴を覗きながら後をついて行った。
奴は黒雨が入れれていると思われる大きな布袋を肩にかけて、工場の奥へと歩いていった。
「よし、この辺りでいいか。」
奴はそう言うと途中で立ち止まり、肩に掛けていた袋を地面に置いた。
そして何やら箱のようなものをその袋に取り付け始めた。
「あれは…プラスチック爆弾!?」
美穂さんがボソッと言った。
「常田君まずいわ、あいつが袋に取り付けているものは爆弾よ。」
「そるじゃあ、急がないと!」
「私は奴に接触してみる。常田君はここで様子を伺っていてちょうだい。場合によっては援護をしてもらうかも。」
「…わかりました。」
美穂さんはサッと立ち上がり奴に麻酔弾を一発撃った。
しかし奴はナイフ一本でその弾丸を弾いた。
「ふ、無駄だぜ。」
奴は待っていたぞと言わんばかりの表情をして笑うと美穂さんに近づいてきた。
「俺はcrisisウィルスとかいうので身体能力を一時的に強化している。弾丸くらいなら余裕でかわせるぜ?」
「crisisウィルス…あなた何を言っているの?」
俺にもそいつが言っているcrisisウィルスが何なのかは分からない。
「お前が生きていれば時期にわかるさ…。まあ、その前にここで殺すけどな!」
するとそいつはもの凄い勢いで走り、美穂さんの腹にパンチした。
「ぐは!」
美穂さんは数メートル程飛ばされた。
パンチの威力は相当あるぞ。
「ふはは、それにしても予想通りだ。あの研究の事もあったからな、クローンの為ならP.K.D.Fをよこすと思ってたよ。」
「ごほ、何を言っているの…?」
美穂さんはせき込みながらも立ち上がった。
「実はなクローンの処分は3日後にとかなんて決まってた訳じゃないんた。だが俺はくそガキにプライドをズタズタにされて誰かを殺さなくちゃ気が済まなくてなぁ、ボスに頼んでクローンを囮としたのさ。」
「じゃあ、無線も何もかも罠なの…?」
「ふん。 簡単に無線が傍受できることを疑わないのがわるいだろ。」
「クローン少女は!?」
美穂さんは麻酔銃を構えて質問した。
「クローンならそこにある袋の中にいる。まだ殺してはない。」
そいつはそう言いながら袋の方を見た。
「そうか…。」
俺はそう言って会話に割り込むと、勢いよく飛び出して奴の顔をおもいっきり殴った。
しかし、全然効いてないようだった。
俺は殴った方の手をつかまれ壁に投げ飛ばされた。
「おわ!」
「常田君っ!?」
美穂さんの俺の名前を呼ぶ声がして、よろめきながらも立ち上がった。
「ああん!? お前はあんのくそガキじゃあねえか!! どうしてここにいる?」
「お前にはどうでもいいだろう?」
何かできないものか…。
俺は自分の装備を見てみると、試験のときに手に入れたスタングレネードを1つ持ってきていた。俺は一か八かそれにかけることにした。
「これでも食ってろ!」
「ああん?」
俺はそいつにぶつけるようにスタングレネードを投げた。
すると奴はそれをキャッチした。
「なんだこれは? …グレードか!?」
そいつは急いで投げ返そうとしたが、その前に爆発してしまった。
「ぐああ!目があ!!」
俺はすかさず麻酔弾をそいつに何発も撃ち込んだ。
するとそいつは何も言わず倒れてしまった。
どうやら麻酔が効いたようだ。
「黒雨!」
俺は真っ先に袋に駆け寄った。
袋を開けるとと手を結束バンドで拘束された黒雨が入っていた。
「黒雨…。」
俺は彼女を袋から出すと、その袋を遠くに投げ捨て装備品にあったナイフで手を拘束していた結束バンドを切った。
「すまない黒雨…怖い思いをさせたな…」
俺はそっと黒雨を抱きしめた。
すると黒雨は無言ではあったが軽く涙を流し俺を抱きしめ返した。
「く、ふう…ガキがやってくれるな…」
「もう起きたのか…!」
さっき言っていたcrisisウィルスのせいなのかは分からないが、麻酔もあまり効いていない様子だった。
奴はふらふらと立ち上がると小さなリモコンをポケットから取り出した。
「この施設に大量の爆弾を設置しておいた。このボタンを押すとそれが次々と時間経過で順に爆発していく。お前ら、いい加減に死ね…。」
奴はそう言うとスイッチを思いっきり押した。
それと同時に俺は黒雨を抱き上げて美穂さんの元へと走った。
美穂さんの元へたどり着いた頃には工場のいたるところが爆発しはじめていた。
「常田くん、急いで! この調子だとすぐにこの工場は崩れるよ!」
「はい!」
俺は黒雨を背負ったまま、美穂さんの後を追って走った。
奴は黙って俺らの逃げる姿を見てるだけで動く様子はなかった。
ここで死ぬつもりなのだろうか。
出口付近まで逃げ走ると、一匹の大きなクライシスが門番していた。
「く…まいったわね。とにかく撃退するわよ!」
「了解です!」
俺は背負っていた黒雨を降ろした。
「一人で立てるかい?」
そう聞くと黒雨コクっと頷いた。
それから俺は肩に掛けていたアサルトライフルを構えてクライシスに攻撃をした。
「く、なんなのこの気持ち悪いのは…」
このクライシスは天井にへばりついていて、いくつものとがった触手で攻撃してくる。
俺は襲ってくる触手をよけながらクライシスに射撃をした。
しかし、クライシスは怯むことなく攻撃をしてくる。
「くそ、攻撃が弱まる気配がない…。」
たぶんアサルトライフルでは火力不足なのだろう。
俺は本体ではなくこのクライシスの攻撃手段である触手に射撃をした。
「常田くん、さっきから外に連絡してるんだけど電波を妨害されているのか返事がないの…このままじゃ私たち。」
美穂さんの方を見ると、美穂さんの足元に緑色に点滅して光っているものが見えた。
それはまぎれなく爆弾のようだ。
「美穂さん!」
美穂さんは俺が呼んだのに気がつかず無線で連絡を続けた。
もう一度その爆弾を見ると緑色の点滅がさっきよりも早くなってい?。爆発する予兆なのだろうか。
俺は無言で美穂さんをかばうように押し倒し、上に乗っかるような体制となった。
「と、常田君!?」
その直後この辺りにある爆弾が一気に爆発した。
同時にその爆風ででクライシスも吹っ飛んだ。
「…だ、大丈夫ですか?」
俺は全身から力が抜けてしまい、吐血してしまった。
身体をよく見ると、爆発の勢いで降ってきただろう鉄骨の破片が腹を貫通していた。
「く、痛ぇ…」
「常田君!」
美穂さんは慌てて俺を上から降ろして、その小さな破片を抜いた。
「くは!」
抜く瞬間はもの凄く痛い。
もう身体には力が入らない。
黙って横を見ると黒雨がそばに近寄ってきた。
「よかった…、さっきの爆発で怪我しなかったんだな…。」
そう言うと黒雨は半泣きしながら寝ている俺を抱いてきた。
こうやって見ていると、感情の制限なんてされていないのではないかと思えてきた。
俺はそんな黒雨の頭をそっとなでた。
「黒雨…、お前は死なないでくれよ…。」
そう言うと黒雨の抱いていた力が強くなった。
「こんな時にそんな事言わないでよ!」
美穂さんも俺のそばで座り込んだ。
「もう、まったく無茶するわね」
その時だった。
出口の方向から聞き覚えのある声の人が歩いてくるではないか。
「い、医院長…?」
「司令官!?」
俺は美穂さんの一言に驚いた。
なぜなら今、目の前にいる人は俺の知っている医院長だが、司令官とはいったい?
「…時間がないわ。」
医院長がそう言うと救護班が駆けつけてきて、俺をストレッチャーに乗せると外まで運んだ。
「さあて、またまた麻酔打つわよ~」
そう言うと医院長は俺に麻酔を打った。
それと同時に俺は深い眠りへと入った。
「はっ」
目を覚ますとそこはP.K.D.Fの医療棟の病室だった。
「おや、目が覚めたのかい?」
俺の寝ているベッドのそばで医院長が椅子に座っていた。
「医院長、また助けられましたね…。」
「私はこれが仕事だから気にしないの。」
医院長はいつものようにニコッと笑った。
「医院長はP.K.D.Fの司令官だったんですか…?」
「そうよぉ。ま、司令官と言ってもこの地域にある地方本部の司令官だけどね。だから普段やってるこっちの医者の仕事のほうが副業になるわけだ。でも私は副業のほうが好きでね…普段は副司令官に任せっきりなのよ。…それより黒雨ちゃん寝てしまったようだね。」
医院長の見ている方向を見ると椅子に座ったまま頭を俺のいるベッドに顔を伏せて寝ている黒雨がいた。俺は黙ってそれを見つめた。
「そういえば、医院長は黒雨の脳にセフティが掛けられているって言いましたよね。」
「ええ。」
「実は気になっていることがあって。」
「気になっていること?」
「はい。黒雨は言葉を発しないものの、涙を流したりするんですよ。」
「…ふむ、ふむふむ。確かにセフティが掛かっているはずなのに変ね。ちょっと待ってちょうだい。」
医院長はそう言うとポケットからハガキくらいの大きさの端末を取りだしていじり始めた。
「ふむ、なるほど…。常田君、どうやら私は見落としていたようだよ。」
「何をです?」
「黒雨ちゃんの脳にセフティを掛けられているのは確かなんだけど、後頭部を殴られたショックがとても大きくて、それにより脳に何らかの刺激がいったみたいだわ。そのおかげで制限を掛けている悪性細胞が少しずつ死滅しているようね。簡単に言えば、少しずつだけど感情が戻ってきて人間らしくなっているって事よ。」
「本当ですか…!」
俺からすれば嬉しかった。
無感情よりは笑ったり泣いたりしてほしかったからである。
「ただし見たところ感情や性格はほぼゼロの所から始まるわ。お世話するあなたにもかかってるのよ?」
「どういう事ですか…?」
「いい? 彼女にはもともと感情などがあったかもしれないけど、長い間強制的に感情を制限かけられていたのよ。だから正しい感情表現が上手くできなくなっているの。あなたのお世話…教育の仕方によって黒雨ちゃんの感情性や性格が変わってしまうかもしれないって事。」
俺はもう一度黙って黒雨を見つめた。
寝ている姿は本当に普通の女の子だ…。
「誤った方向にはいかないようにします…」
「約束よ。…さあて、私は仕事に戻るからね。」
医院長はそう言いニヤっと笑うと病室をでていった。