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黒雨

 俺は医院長のあの言葉を聞いて、さらに頭が混乱した。


「“普通の人間”ではないって、つまりどういう事ですか?」


「彼女は人工的に作られた人…つまり人工クローン人間なのよ。」


 医院長が何を言っているのか飲み込めずに黙ってしまった。


「わからなくても無理はないわ。さっき治療したときに、少しだけ普通の人に比べて身体のつくりに違和感を感じたのよ。そるで調べたら直ぐに判明したって感じ。…まず、これを見てちょうだい。」


 医院長は一枚の紙を差し出してきた。


「…紫雨むらさめクローン計画?」


 紙には“紫雨クローン計画”と言う聞いたことのない文章が書かれている。


「…紫雨とは女の子の名字だよ。正確にはクローン人間を作るのに一番体質が優れていた12歳の女の子の名字ね。」


「体質…?」


 クローンを作るのに体質など関係があるのか疑問に思った。


「この計画のクローンはね、元となる遺伝子情報さえあれば、いくつかの特殊な科学薬品を使用するだけで短時間で作ることができる優れものよ。おまけに作る過程で完成後の年齢まで自由に操作する事も可能なの。たぶんそこの彼女も完成した時からその姿だったんだと思う。」


 そんな技術があったことに驚いた。


「でもね、短時間で作れるといってもその特殊な科学薬品に耐性がある人間の遺伝子情報を使わないと途中で細胞が分裂してしまったり、奇形な姿になったりして完璧に作ることはできなかっいのよ。」


「それで作るのに元となる人が厳選されるわけですか。そもそも、このクローンを作る目的は何なんです…?」


「資料の本文を見てみるといいわ。」


 そう言われて本文の内容をまじまじと読み始めた。

 そこには“特殊な戦闘用のクローンの量産”と書かれた一文があった。


「戦闘用……何のために誰がこんな事を?」


「これは日本政府が公式に行おうとした計画だよ。」


「政府が、正式に…。」


 俺は睨むように紙を見た。


「勿論、いろいろ問題があって中止にはなったのよ。」


「それじゃあ、そこにいる彼女なんです…?」


 医院長はニヤリと笑い俺に問いかけてきた。


「そうね、常田ときた君はさっき誰に襲われたと思う?」


「あれは…P.K.D.Fではない組織……としか言えませんね。」


「私の推測では、その組織が彼女を作り出したんじゃないか思うのよ。」


「え?」


「君を襲ったその組織はP.K.D.F内では今現在“民間兵”と呼ばれているらしいの。分かりやすく言えばこの生物兵器騒動を利用した民間の大きなテロ集団と思えばいいわ。」


 この日本は俺が思っていたよりブラックなようだ。


「大きなテロ集団…?」


「ええ。もっとも全てが奴らのせいではないけど、事件性があるものの大半は民間兵が関与しているわ。……話してる相手が常田君だから喋っちやうけど、この事はつい先月に明確になったばかりなのよ。だからテロ行為をする理由はまだ調査中よ…。」


「ずいぶん最近なんですね…。」


 通りで一般人の俺らが知らない訳だ。混乱を防ぐ為にも、調査が進んでから公開する予定なのかもしれない。


「そうなのよ。それで、だいたい2週間前の事なんだけど。」


 俺は黙って医院長のことを見た。


「奴らは政府のとある研究施設を襲ったの。まあ、それがクローン人間を作るための研究施設で、クローンの研究データと何人かの研究員を拉致したのよ。別のところでは紫雨ちゃんの行方がなくなったと聞いてるわ。」


「医院長がそんなことを聞けるんですか?」


「……実は、そのクローン技術の基礎は私が開発したのよ。だから、そういう情報が勝手に回ってくるの。」


 クローン技術の開発者が医院長だという事に驚きを隠せないでいた。


「もっとも、私は医療関係の助っ人が欲しくて開発したのだけどね。まさかこんな事に利用されるとは思わなかったよ。」


 医院長は苦笑いをした。確かにお手伝い用が戦闘用になるとは、何とも気持ちの良い話ではない。


「さて、これらの状況からまとめると民間兵らは研究所を襲い、紫雨クローン計画などのクローン技術に関するデータを盗み出し、研究員たちも数人拉致した。同時にクローン人間を作るのに体質が優れている紫雨ちゃんもね。そして、独自にクローン人間を作り出すことに成功。…しかし、不満があったのか彼女が必要なくなって、それを処理といって彼女を殺すことにした。…がしかし、常田君に見られてしまい、なんやかんやで今ここに彼女がいるということにるわね。」


 俺は重いため息をついた。かなり面倒な事に首を突っ込んでしまったようだ。


「あと、常田くん」


「はい?」


「もう一つ言っておきたいのだけど、彼女は頭を打たれたと言う事で脳に異常がないか調べたんだけど、彼女の脳には思考セフティが掛けられているわ。」


 また俺には難しい言葉が聞こえてきた。


「思考セフティ?」


「簡単に言えば、彼女の脳の一部機能が強制的に停止されているの。掛けられているセフティの内容は感情の制限、言葉の制限、ある程度の自己判断の制限かな。分かりやすく言うなら彼女は笑ったり泣いたりする事はなく、喋ることもできなくて、命令されたことを忠実にこなす…ロボットのようなものね。」


「酷い事をするもんですね…。いったい何のために?」


「そうねえ、多分余計な口を聞いたり逆らったりしたときの事故を無くするためだとは思うけどね…」


 ここで口には出さなかったが、俺は一つ疑問に思っていることがある。

 感情が無く自己判断力が停止されているのであれば、民間兵に追い詰められて撃たれたそうなったとき、どうしてかばってくれたのだろか。


「人もクローンもよくわからないですね…」


「…どういう意味だい?」


「いえ、独り言です。」


 医院長は首を傾げると窓から外を眺めて言った。


「話は変わるけど、常田君は一人暮らしよね?」


「そんな事、言わなくても医院長が一番分かっているじゃ。」


 俺の両親は結成されたばかりのP.K.D.Fに入隊していて、今から6年前にクライシスの戦闘で亡くなっている。

 そのため俺の両親と仲の良かった医院長が俺の保護者代行をやってくるているのだ。


「都合がいいね。彼女のお世話をしてくれないか?」


「ええっ、俺がですか?」


「このままだと、彼女は行き場所がないからね。それに私は医療の仕事が忙しいからね~。2人分の生活費はちゃんと出すからさ、頼むよ。」


 毎月俺は医院長から必要最低限の生活費を頂いていた。

 そのためお願いとあれば断ることができないの仕方ない。まあ、彼女をほっとけないというのもある。


「わ、わかりましたよ…。」


「よ~し! 決定。」


 すると医院長は俺の前に来て、胸ポケットから封筒取り出すと、差し出してきた。


「今月の彼女の分の生活費!」


「準備がいいですね…。」


 俺はおもわず苦笑いしてしまった。


「医院長!患者さんが待ってますよ!」


 気がつくと看護婦の人が病室の入り口に立っていた。


「あ、は~い! …ごめんね常田君、一時間後までには戻るようにするから彼女の様子見てあげて。」


「あ、はい。」


 医院長は小走りでと入院室の外へ出ていくと


「そうそう、彼女は呼び名がないと思うから貴方が名付けてあげなさい。無名だとかわいそうだしね。」


 そう言うと病室の戸を静かに閉めていなくなった。


「名前か…」


 ふと彼女を見ると彼女はいつの間にか目を開けていて、寝たまま俺を見つめていた。


「お、起きてたのか?」


 なぜだか緊張してしまった。

 彼女は医院長の言ったとおり喋ることはなく、静かに俺を見つめるだけだった。


「はは…静かだな、お前。」


 なんとなくそっと彼女の頭をなでた。すると彼女は少し俺から目をそらした。


「そうだ、聞いてもダメかもしれないけど…君って名前はあるの…?」


 すると彼女は首を横に振った。少しながら応答はしてくれるようだった。

 しかし、本当に自己判断力が停止されているのだろうか。


 俺は彼女をじっと見つめた。

 名前になりそうなものか…。必死に彼女の名前を考えたが、たどり着いた先には俺にはネーミングセンスの欠けらすらないと言う答えだった。

 彼女の印象と言っても黒く長い髪と出会ったときの巫女装束くらいしか思いつかない。


「…そうだなあ、君の名前は黒雨くろさめでどうかな? 君のオリジナルである紫雨って女の子の名前の一部とその黒く綺麗な髪からとって…って説明してもダメかな。にしてもネーミングセンスないな俺…。」


 すると彼女は静かにうなずいた。


「やっぱりないか…」




「常田くん、お待たせー!」


 40分もすると医院長が片手に紙袋をもって戻ってきた。


「お、目が覚めたようだねえ」


「医院長がいなくなってすぐに起きましたよ。」


「それはよかった。そうそう、避難警報が解除されたそうだよ。君も彼女を連れて家に戻って休んだらどうだい?」


「彼女はもう大丈夫なんですか?」


「私の医療テクを知ってるでしょ~?」


 医院長はウィンクをして紙袋から綺麗になった巫女装束を取り出した。


「あ、医院長。彼女は何で巫女装束を着ているかわかりますか?」


「ああ、それね紫雨ちゃんが神社の子だとかで時期は巫女さんになるとかどうとかだったの。それで研究所の連中がオリジナルにあわせてクローンに用意した服が巫女装束だったってだけ。多分民間兵の奴らがその用意されてた服をそのまま着せたんでしょ。」


「そういう理由なんですか。」


 そんなたいしたことでなく安心した。


「じゃ、服着替えさせるから後ろ向いててね。」


「え、はい。」


 俺は椅子に座ったまま後ろを向いた。


「う~ん、キレイな身体ね…」


 ガサ ゴソ


 俺はその発言に顔を赤らめながら黙って下を向いた。


「常田くん、もうこっち向いていいわよ。」


 前を見直すとそこには最初に出会ったときと同じ姿の彼女がいた。


「あ、呼び名は決めたの?」


「黒雨にしました。」


「黒雨? 常田君にしてはいい名前じゃない。」


 医院長は、ニコリと笑い立ち上がった。


「さあ、医療棟の玄関まで送ってあげるわね。」


「すみません。さ、行こう?」


 黒雨は頷いて俺の後をサイレントについてきた。


「常田くん、場合によっては民間兵の奴らにまた追われることになるかもしれないわ、気をつけて家に戻るのよ。」


 医院長は歩きながら俺に言った。


「そうですね…。」


 玄関に到着して、外に出ようとすると黒雨は俺の制服の端をきゅっとつかんできた。


「ははは、可愛いねぇ。」


 医院長は軽く笑った。


「ちょ、医院長!」


 俺は少しながら恥ずかしかった。

 しかし黒雨を見ると何かに怯えているのか、感情が制限されているというわりにはどこか不安そうな顔をしている。

 そんな黒雨を見ていたら、恥ずかしさがスウッと抜けてしまった。


「じゃ、気をつけてね。なにかあったらすぐに連絡するのよ。」


「わかってます。」


 俺は医院長に別れを告げると、通り道である避難所のシェルターに向かった。



「常田!」


 避難場所に行くとそこには東夜とうやが待っていた。


「おう、警報が解除されたらしいから帰ったのかと。」


「ああ…ちょっとうちの母さんがね。」


 東夜はそう言うとちらっと右を向いてため息をついた。

 東夜の向いた方向にはたくさんのママさんグループが集まって世間話をしていた。


「お前も大変だな…。」


「はは、いつものことだよ」


 東夜と話をしていると、黒雨が俺の制服の端をまた引っ張ってきた。後ろを見るとさっきより不安そうな顔をしている。

 民間兵とやらが襲ってくると思って怖がっているのだろうか。

 それにしても感情が制限されているとは到底思えない…。


「すまん、俺は用事があるから先に家に帰るよ。」


「おう、気をつけろよ。」


 それから俺は黒雨を連れて自分の家に向かった。

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