動き出すグリード
あれから数日、特にクライシスに関する事件など何事もなく街の復興作業は続けられていた。
俺はいつものごとく黒雨を朧丸たちに預けて学校へと登校していた。
「なあ、東夜。街の方はどうだ?」
最初の授業が終わった後の休み時間、俺は東夜に街のことを聞いていた。
「うーん、生きているかは別として行方不明者に関しては少しずつ見つかっている。とは言えまだまだ数は多い…。それと建物の被害はまだまだ解決にいたらんだろうな。」
「そうか。いろいろ大変だな。」
「まあな。…ところでお前は家でも元気にしてるか?」
「元気にしてるって?」
一瞬、P.K.D.Fの特殊戦闘員について遠回しに質問されているのかと思って軽く焦って聞き返すと東夜は微笑した。
「そのまんまの意味だよ。」
「あ、ああ。そこそこ元気にしてるぜ。」
「ならいいんだが。」
そうこう話をしていると授業の開始を知らせるチャイムが鳴って、授業を担当する先生が入ってきた。
「ほら席について、授業を始めるぞ…ん?」
先生は教室に入るなり外を見て立ち止まった。
皆もつられるように外を見ると、何機もの戦闘ヘリがこっちに向かって来ていた。
「な、なんだ!?」
一人のクラスメイトがそれを言ったのを始めに皆騒ぎ始めた。
近くでクライシス系統の事件が発生したのだろうか。
「皆、落ち着いて! 先生は職員室に状況を確認してくる。と皆は帰宅の準備をしてその場に──」
先生が話していると窓がいきなり割れて何かが教室の中に飛んできた。
「手榴弾!?」
誰かがそう言って足元を見ると、俺のすぐ下に転がっていた。
マズイとは思ったが、行動するのが遅れた為にもろ爆発を受けてしまった。
手榴弾は爆発をするとものすごい音と光を放った。
投げ込まれたのはスタングレネードのようだ。
「…きた!…常田!」
スタングレネードの爆発後、俺は軽く気を失ってしまっていたらしく、必死に名前を呼ばれているのに気がついて目が覚めた。
「う…うん? どうなってるんだ?」
名前を呼んでいたのは東夜のようだ。
辺りを見ると数人のクラスメイトが悲惨な状態になっている姿が目に入った。俺はそれを見て一気に目が覚めた。
俺自身には特に目立った怪我は無いようだ。
起きてから気づいたが校内から銃声が聞こえる。
「お、おい、銃声が聞こえるが!?」
「落ち着け常田。教室に手榴弾が投げ込まれた後、窓や屋上から全身武装した連中が校内に入ってきたんだ。そいつ等にクラスメイトを何人か射殺された。今は俺みたいなP.K.D.F所属の生徒や先生がそいつ等と交戦している。つまり一歩廊下に出れば戦場だ。」
「そ、そうか。」
教室を見渡すと、噂の武装した連中の亡骸も目にはいる。
「常田はこの教室にでじっとしていろ。どうせ外部に連絡もできないからな。」
「連絡って無線機みたいなのはないのか?」
「そうだな……携帯でも見てみな。」
東夜にそう言われて私用の携帯端末をポケットから出して画面を点灯させた。
「な、マジかよ。」
電波が圏外になっている。
「妨害電波か…?」
「たぶん、アイツらの仕業だろう…。とりあえず俺は皆の応援に行く。なにかあったら廊下のホール側にいるから、そこへ来て声をかけてくれ。」
「ああ、わかった。」
東夜は話を終えると小走りで廊下に出て行った。
あらたまって教室を見ると、俺以外にも生き残った何人かのクラスメイトが床に座っていた。
その中には酷い怪我をした者もいる。
廊下を覗いてみると廊下の左右のに分かれて先生や生徒のP.K.D.Fが交戦していた。
それにしても屋上からとも言っていたことから、それなりに責められているのだろう。校内の生き残った生徒や先生たちがこの階に全員集まっているようだ。
俺は特殊戦闘員用の連絡端末を取り出して画面を点灯してみた。
勿論、こっちの端末も電波状態は圏外になっている。
「クソ…どうしたものか。」
しばらく作戦になるようなものを考えたが、複数人にせよ一人にせよ上手く脱出できそうな手段は思いつかない。
そんな時である。
突然、何もない空中から俺の目の前に黒いフレームのメガネが意味深に落ちてきた。
「な、なんだ?」
俺は恐る恐るそのメガネを手に取って近くで見てみた。
見たところ一見は普通のメガネのようだ。
なぜ、こんなものが降ってきた?
特に深い意味はないがそのメガネをかけてみる事にした。
恐る恐る眼鏡をかけてみると、どこか他の学校の夏服だと思われる制服を着て、その上に見たことがあるポンチョコートを羽織った見覚えのある少女がレンズ越しに現れた。
時間は常田が黒雨を朧丸たちに預けた頃までさかのぼる。
常田が黒雨を預けていそいそと学校へ行ってしまった後、黒雨は朧丸たちと基地のチームルームにいた。
「さて、相変わらずだが今日は何をするんだ?」
朧丸が暇そうに言ってテーブルの近くにある椅子に座った。
「何って、仕事しなさい。今月の活動報告とか来月の予算についてとかの書類を整理するの手伝ってよ。」
沙織がコーヒーを飲みながら言った。
「はいはい。」
黒雨は沙織の近くにある椅子に座ると、ほっと一息ついてテーブルに置いてあった来月の予算についての書類を見つめた。
黒雨にはこういう所で使われる予算はどれくらいが平均的なのかは分からない。しかし、以前に沙織が言っていた話によると、このチームの予算はかなり少ないらしい。
黒雨は黙って書類に書かれた数字を数えていると突如視界がグラグラと揺れ始めた。
「なにっ、地震?」
謎の揺れに沙織は少し焦っていた。
どうやら黒雨だけが揺れているわけではなさそうだ。
「落ち着け、ってうお──」
地震の次は停電だ。
「きゃっ、なに、真っ暗なんだけど!?」
結構な揺れに突如暗くなった状況で、立っていた沙織は動揺してその場に転ぶように倒れた。
それと同時に辺りの照明が点灯した。
「み、皆さん大丈夫ですか?」
隅にいた鈴鳴が恐る恐る質問した。
「いや、黒雨が…。」
朧丸が少し青ざめた顔で答えると、皆は一斉に黒雨の方を見た。
黒雨は頭から熱々のコーヒーを被って床に座っていた。
そんな彼女は涙目で、泣くのを我慢しているような表情をしている。その光景は熱そう…。とにかく熱そうとしか言えなかった。
黒雨の足元には沙織のカップが落ちている。
「く、黒雨!! ごめんなさい!! だ、誰かタオル!」
さっきの揺れで沙織が転んだ時に、そのコーヒー入りカップが黒雨に被弾したようだ。
「タオルです!」
鈴鳴は急ぎ足で沙織にタオルを渡した。
「あ、ありがとう! 火傷とかしてない? …ああ、何か着替えが必要ね。巫女装束なんて持ってるわけ無いし、誰か黒雨に合いそうなサイズの服持ってない?」
「それなら、私が前に通っていた学校の夏用の制服がここに置いてますよ。」
鈴鳴はそう言って自分のロッカーからその夏服を出して見せた。
「なんでここにあるのかと聞きたいとこだけど、今は黒雨を着替えさせる事が最優先ね。鈴鳴には申し訳ないけど、ここを頼むわ。」
沙織はその夏服を受け取ると、黒雨を連れてチームルームの隅にある簡易的な更衣場となっている個室に入った。
「ふう、一段落ってとこか。にしてもさっきの停電と地震は何だったんだ。」
朧丸はやれやれと椅子に座るとテーブルに置いてある予算の資料を手にとって見始めた。
「今のこの電気は非常用のものなのでしょうか?」
鈴鳴はさっき沙織がこぼしたコーヒーを吹きながら言った。
「さあな。どうにしろ今は原因を究明しているところだろうし、直ぐにわかるさ。」
すると辺りに緊急事態を知らせる警報が鳴り響いた。
「緊急事態だ、各チームの代表は直ちに大会議室に集合せよ。繰り返す──」
警報と同時に流れたこのアナウンスを聞いた瞬間、チームルームは沈黙に溢れた。
「おいおい、何だ…?」
朧丸は凄く嫌な予感に包まれた。
「何か不吉な予感がするけど、とりあえず行ってくるわね。黒雨を頼むわ。」
沙織はそう言い残してチームルームを飛び出ていった。
朧丸がふと後ろを見ると、下からローファー、黒いソックス、灰色のタータン・チェック柄のスカート、白色に近い薄水色の半袖ワイシャツといかにも青春時代らしい格好をした黒雨が立っていた。
「お、おおう。何というか……似合ってるぜ!」
一方、大会議室の方ではあまり明るくない話がされていた。
「緊急事態と言うことで集まってもらったが、まずは現状の説明からしよう。」
この話をしている人はここの副司令官だ。
「現在、上の階…つまり一般戦闘員の基地では民間兵が奇襲に来ているこれは以前にもあった事だ。しかし、今回はスケールが違う。とりあえず、これを見てくれ。」
副司令官は後ろにある大きなモニターを起動させた。
画面にはいくつもの建物を上空から撮影された映像が映し出された。
「これらは日本各地にあるP.K.D.Fの基地の一部を映したライブ映像だ。ここらも全て民間兵に奇襲されているのが分かるか?」
よく見ると地上に武装した連中が建物に入っているのが見える。
「つまり、同時多発テロって事ですか?」
誰かが質問した。
「その通りだ。間違いなく、これは大規模なテロであろう。」
会議室がざわつく中、副司令は話を続けた。
「民間兵らは以前より強化した武装をしている。しかも、クライシスも兵器として運用しているとの報告が入っている。目的はたぶん我々P.K.D.Fの無力化だろうな。さらに…。」
モニターに別の建物の映像が映し出された。
「これらは全国各地にある学校や病院など、言わば公共施設だ。奴らはこれらもテロの対象にしているようだ。」
嘘のようだが、映像を見る限りすでに確保されてしまった学校などもあるようだ。
沙織は密やかに常田の事が心配になっていた。
「さて、ここからが本題だ。奴らはきっとここの特殊戦闘員のエリアにも攻めてくるだろう。実際に既に奇襲されている基地もあるようだ。お前たちは武装して交戦準備をし、次の指示まで待機しろ。それでは解散!」
「了解!」
皆が一斉に返事をするとチームルームに駆け足で戻っていった。
「っていう事らしいわ。」
チームルームに戻った沙織は朧丸と鈴鳴、黒雨にさっきの話をした。
「さっきの停電はそれか…。」
「たぶんね。」
「弘や田中さん、それに常田が無事ならいいのですが…。」
鈴鳴がぼそりと言った。
弘と田中さんは絶賛パトロールに出ていて、基地にはいないのだ。
もしかしたら、地上からこの状況を鮮明に見ているのかもしれない。
「そうね…。とりあえず私たちも武装して交戦の準備をしましょう。……私も久し振りの戦闘になりそうだわ。」
そう言うと沙織はロッカーの前に立って深呼吸をした。
黒雨はいつも巫女装束の上に着ているタクティカルベストを装備すると、そこにホルスターやマガジンポーチなどをさげて、ポンチョコートを羽織った。
「失礼するよぉ。」
装備の着用中、足音もなしに岡本博士がチームルームに入ってきた。
「うお、何ですか?」
朧丸が驚いて岡本博士を見た。
「いやあね。誰も気づいていないみたいだから、一つ一つのチームルームまわってこれを渡してるんだよ。」
岡本博士はSDカード程の大きさをした何かを手に持っていた。
「それは?」
沙織が質問した。
「君たちが左腕につけている端末のデータチップ用のポートに入れて使うインターフェース型の機械よ。機能は妨害電波の中でもそれなりの距離で無線やデータのやり取りができるようになる拡張デバイスって言えばいいのかな。」
「妨害電波?」
「自分達の端末を見てごらん。」
黒雨はさっと左腕に付けた端末の画面を見た。
画面右上の隅に表示されているアンテナのマークが圏外と標記されていた。
「いつの間に……。」
同じく確認していた沙織がぼそりと言った。
「残念なことにさっきあなたが会議室で見ていた映像も全部砂嵐になってるわ。」
「まずいわね。これじゃ基地の外にいる弘や田中さん、常田へ連絡ができないわ…。」
沙織は焦ったように言った。
「まあ、彼らは彼らで何とかしのいでるとは思うけど……。とりあえずここに人数分置いておくわよ。」
岡本博士はそう言ってテーブルに7人分のデバイスを置いて、出て行った。
黒雨は静かにそれを取って、左腕の端末にあるデータチップ用のポートを開いて中に差し込み画面を覗いてみた。
すると4段階あるアンテナマークの2本が表示された。どうやら正常にきのうしそうだ。
あれから10分ほど経ったとき、中央ロビーに全員集まるようにとアナウンスの指示があった。
「いよいよ交戦か…。」
ロビーに向かいながら朧丸が言った。
「そうかもね。」
「にしても、お前の武装した姿を見るのは久し振りだな。」
朧丸はそう言いながら、沙織を見渡した。
「そ、そうかしら?」
そんな感じに駄弁っていると中央ロビーへと着いた。
ロビーは賑やかで、今現在この基地に在中の全チームの隊員が勢揃いしている。
「こう見ると凄い人の数ですね。」
鈴鳴は目を丸くして言った。
特殊戦闘員は一つ一つが少数な塊ではあるが、その数は多く、武器や装備品も特徴的なものを持つ者が多い。
そういった光景をしばらく見ていると、ロビーの中央に立っていた副司令官が大きな声で話し始めた。
「全員に通達する。有線による監視カメラで確認したところ、たった今奴らはここへの入り口を見つけたようだ。時間の問題で侵入してくる事は間違いないだろう。正面のエレベーターに加えて、ダクトなども警戒して欲してくれ。」
副司令官が話を進めている中、黒雨は何かを感じたのか静かにエレベーターに視線を向けた。
「どうかしたの?」
それに気づいた鈴鳴がひっそりと質問して黒雨と同じ方向を見た。
その時だ。
もの凄い音をたてながらエレベーターが落ちてきた。
ガッシャン!
エレベーターが落ちきると、ロビー側のエレベーターの扉は変に曲がってしまった。
「な、なんだ!?」
辺りは騒然とした。
「皆、落ち着くんだ!」
副司令官がそう言ったと同時に辺りが暗くなった。
再び電気系統を切られたようだ。
黒雨はベルトにつけているポーチからVゴーグルを出して、素早く装備した。
ガン ガン
エレベーターの扉を内側から強い力でたたく音がする。
辺りは沈黙してエレベーターの扉へ向けて銃を構えていた。
「な、なにがいるんだ…?」
誰かがそれを言ったのに答えるように、扉はこちら側にもの凄い勢いで吹き飛んだ。
すると猛獣のようなうねり声を上げて四足歩行の大きな生き物がエレベーターから出てきた。
「ク、クライシスだ! 全員撃ち方はじめ!」
副司令官の号令で、全員が一斉に猛獣のようなクライシスへ銃を撃ち始めた。
するとクライシスは高く飛び跳ね、手前にいる隊員に襲いかかった。
「く、くるなぁあっ、やめろぉぉぉお!」
次の瞬間、クライシスはその隊員の首を噛み千切った。
辺りには血飛沫が飛び散り、その隊員は倒れて動かなくなった。
それを見た仲間達は少しずつ距離を離して攻撃をした。
バン バン
今度は天井の通気口から小さな爆発音がした。
周りはクライシスに目を引かれ過ぎて、その音など気にしていない様子だ。
たまたま通気口の真下にいた黒雨は警戒して天井を見つめた。
すると全身を完全武装した人があちこちの通気口から降りてきた。
黒雨はとっさに銃のトリガーを引こうとしたが、今装填中の弾がクライシス用の弾なのを思い出して躊躇してしまった。
心のどこかで、敵であっても殺したくはない意志があったのだ……。
相手は床に着地すると同時に黒雨を蹴り飛ばした。
蹴りどばされた黒雨はバランスを崩して床を転げ回った。
「動きが鈍いぞ、小娘が。」
そいつは手に持っていたアサルトライフルを黒雨に向けた。
黒雨は銃を構え返そうと思ったが、自分のM4が蹴り飛ばされたときに手元から離れている事に気がついた。
腰のホルスターにある麻酔弾のハンドガンを構えようかとも思ったが、相手がトリガーを引くのが早いだろうと思い、そのまま黙っていた。
その時だ──
パン パン
相手の頭が数発の銃弾で吹き飛んだ。
「黒雨、大丈夫!?」
撃ったのは沙織のようだ。
クライシス用の弾を使ったのだろう。
黒雨はあまりの残酷な光景に固まってしまった。
「…黒雨。さっき他に降りてきた連中に麻酔弾と非殺傷弾を試してみたんだけど、誰一人効かなかった。奴らはそういったのが効かない戦闘服を着ているのよ。…だから今回は仕方ないわ。」
黒雨はその言葉を聞いて下を向いてしまった。
「人を殺すことに抵抗はあるのは当然よ。だけど今はやらなければ、私たちがやられるわ。これは戦争よ、さあ立って。」
沙織が話していると奥にいたクライシスがこっちに走ってきた。
黒雨はひとため息をついてから立ち上がり、足元に落ちているM4を手に取った。
「クライシスが来るわ!」
襲いかかって来るクライシスに沙織は銃撃を浴びせながら言った。
黒雨もその言葉を聞いてに援護するように銃撃をした。
案外クライシスは直ぐに苦しそうな声を上げて歩きながら倒れた。
「やった…?」
どうやら、他の仲間の攻撃でかなり弱っていたらしい。
しかし、安心している最中にエレベーターからまた新たな一匹が降りてきた。
「おかわり? こんなんじゃ、キリないわ…。黒雨、一旦チームルームに行って弾薬を補給しましょう。」
沙織の所持している弾はかなり少ない状態だ。
とにかく戻ろうと振り返ると、再び通気口から武装した連中が降りてきた。
そいつ等はロビーに姿を現すなり、銃で周りにいる特殊戦闘員ほ仲間たちを射殺したり、拘束し始めた。
黒雨は自分がやられるかもしれないその状況で、その無惨な光景を棒立ちして見ていた。
「や、やめてっ」
黒雨は沙織の抵抗しようとしている声を聞いて我に返った。
沙織を見ると武装した連中に背後から首を絞められるような体制でナイフを突きつけられているではないか。
黒雨はどうしたらいいか戸惑ったが、このままだと沙織が危ないと悟ると、意を決してナイフを突きつけていた奴の頭に何発か銃弾を撃ち込んだ。
そいつの頭は粉々に吹き飛び、辺りに血が飛び散った。
「げほっ、げほっ…ありがとう、黒雨…。」
沙織が咳き込みながら言った。
一方で黒雨は全身凍り付くような青ざめた感覚に覆われていた。
できれば人を殺したくはなかったのだ。
「大丈夫、落ち着きなさい。」
突如、黒雨の耳元で誰かがそうささやいた。
目線だけを声の方へに向けると、自分と同じ姿をした黒い袴の巫女装束を着た少女が立っていた。
黒雨は彼女に何者かを問いかけようとしたが、自分の脳のセーフティーのせいで何も言えなかった。
「黒雨、大丈夫?」
沙織が黒雨の違和感に気づいて問いかけたが、黒雨は小刻みに震えたままなにも反応しなかった。
沙織には黒い袴の少女は見えていないようだ。
そうもしているうちにさっき降りてきたクライシスがこっちに襲いかかってきた。
「まずいっ! こっちにきて!」
沙織は黒雨の手を引っ張って自分達のチームルームへと無我夢中で走った。
「ここなら今のところは安全かもしれないわね…。時間の問題だとは思うけど…。」
チームルームに逃げ込んだ沙織と黒雨だが、外は以前としてクライシスや武装した連中がうろついる。
とりあえずということで沙織は手短に弾薬を補給する事にした。
「朧丸や鈴鳴は無事だといいけど。それに地上はどうなっているのかしらね。」
沙織がボソッと言いながら弾倉に弾を込めた。
黒雨はまだ小刻みに震えたまま壁を背もたれに座っている。
「……ごめんね、黒雨。あなたに無理を言ってしまったわ。だいたい、人を殺すことを“仕方ない”なんて言えないわよね。」
黒雨は静かに沙織を見た。
今はあの黒い袴の巫女装束を着た少女はいない。
「本当に私は駄目なリーダーだわ…。」
「そんなことはない」と言いたいのに伝えられない自分に黒雨は嫌悪感を抱いた。
自分なりに気にしてないという感情表現のつもりで黒雨は沙織さんの隣に座り直した。
「黒雨……。私たちはこれからどうするべきかな。」
黒雨は黙って弾倉に弾を入れ始めた。
「そうだ。黒雨は光学迷彩で姿を隠した状態のまま基地を離脱して、常田と合流してちょうだい。」
黒雨は静かに頷いた。
「…これを渡しておくわ。」
沙織はフレームの細い眼鏡と小さなバッテリーを黒雨に渡した。
黒雨は「これは?」という感じで首を傾げた。
「その眼鏡はVゴーグルの簡易版みたいなもので、光学迷彩を使用している機械や人などの物体を映し出してくれるわ。それをどうにかして常田にかけさせて、光学迷彩起動したままコンタクトを取るのよ。そしたら岡本博士がくれた妨害電波のなかでも端末が使えるようになる機械とこのメモを常田に渡してちょうだい。」
黒雨はそれらも受け取るとポーチに入れた。
「それで、そのバッテリーは光学迷彩用のよ。光学迷彩はひとつのバッテリーで連続使用可能時間が15分なの。だから一応私のを予備に渡しておくわね。端末に入れ換える所があるから入れ換える時は端末の指示に従うといいわ。」
黒雨は黙って頷いた。
「さて。私は朧丸と鈴鳴に連絡を取って合流して、ここの防衛に励むわ。」
沙織はそう言いながら銃に弾倉を装填してリロードした。
黒雨は常田のロッカーから常田のM4と数個の弾倉を取り出して身に着けた。
「準備はいい?」
黒雨の頷いた反応を見た沙織は静かにチームルームの扉を開けた。
「さあ、光学迷彩を起動したら出撃ゲートへ止まらずに向かって。出撃ゲートのフリーゲートはいつも開いてるはずだから、そこを走って抜ければ基地から出られるはず。」
沙織がそう言うと黒雨は左腕の端末を操作して光学迷彩を起動し、その場から走って移動した。
「無事を祈るわ、黒雨……。」
黒雨はひたすらに銃撃戦が行われている通路を走り続けた。
道中、仲間が襲われていたりしたが、人数や武装的に勝ち目がないと判断すると目を閉じて走りつづけた。
あれから誰にも見つけられることもなく、出撃ゲートのフリーゲートから基地を脱出できた。
しかし、セーフティーの掛けられた脳から少しずつ解放されていく感情の中で、仲間達を見捨ててしまったという罪悪感を感じ始めていた。
「なんとか無事に脱出は出来たみたいだね。」
外に出てすぐに、背後からあの黒い袴の少女が声を掛けてきた。
ゆっくりと振り返ると、真後ろに例の少女は立っていた。
「大丈夫、怪しい者じゃないわ。私も特殊な光学迷彩使ってるから、あなたのゴーグル無しじゃ姿を視認できないの。」
彼女はそう言いながら光学迷彩を解除した。
黒雨もそれを見て光学迷彩を解除すると、Vゴーグルをおでこに上げた。
「私は敵じゃない、まずは自己紹介しましょ。私の名前はサード。二世代目クローン計画の三番目に作られたクローンよ。」
黒雨は黙って見つめた。
「私はあなたを知っているし、あなたが会話できないのも分かっている。…私、実はグリードから逃げてきたの。ファーストの噂を聞いて、あなた達に助けを求めに来たのだけどこんな事になっちゃうなんて。」
サードはうつむいて喋っていた。
「とりあえず、あなた達に協力をするわ。沙織さん…だっけ? 今だけその人のパートナーになってあげる事にする。あなたは当初の予定通り彼の元に行くといいわ。」
黒雨は頷きながら、丸腰のサードにサブウェポンとして腰に下げていたMP7を渡した。
「あ、ありがとう。現地調達するつもりだったけど、手間がはぶけたわ。」
サードのその言葉を聞くと、常田の元へ向かうために振り返った。
「気を付けてね。」
黒雨は静かに頷きVゴーグルを再びつけて、常田のいるであろう学校に向かって走り出した。
街中はパニック状態だった。
街にはクライシスもあちこちに出現しているようだが、P.K.D.Fの基地や各公共施設の奇襲により対処をするまで手が回っていないようだ。
さらに、仲間のではなさそうな何機もの戦闘ヘリが常田のいる学校の方向へに向かって行くのが見える。
これからどうなってしまうのだろうか…。




